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2024-03

磯貝治良の既刊書(評論)

単行本 『始原の光 在日朝鮮人文学論』創樹社1979年
『戦後日本文学のなかの朝鮮韓国』大和書房1992年
    『〈在日〉文学論』新幹社2004年

  ルポ『れんみんの中国』愛知新報社1978年

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磯貝治良著『〈在日〉文学論』について
                     2004・10・24  「在日朝鮮人文学を読む会」
                                            立花 涼
① はじめに
 既にこれまで著者は1979年に、〈在日〉の作家を主題化した日本ではじめての書『始原の光―在日朝鮮人文学論』、1992年には「日本文学」における半島を主題とする文学作品を論じた『戦後文学のなかの朝鮮韓国』を書かいている。両者はちょうど表裏の関係にあるだろう。
 前者はまず「始原の光―金史良論」、ついで「抵抗と背信とー金立寿『玄界灘』覚書」、「金石範―朴書房から万徳へ」、「剔抉と架橋とー呉林俊の軌跡」、「復元と対峙とー金時鐘ノート」、「明澄と凝視とー金泰生論」、「『在日朝鮮人文学』の地平―金石範・高史明・李恢成」の7つの論文が収められている。中でも、金史良を論じた「始原の光」はその後これに優る金史良論はないと言っても過言でない秀作であり、また金達寿論も金達寿の「玄界灘」の周到な読解を示すばかりでなく、「日本人」としての磯貝氏の姿勢を真摯に問い詰めた傑作である。『始原の光』という書には、「在日」と向かい合う著者の根源的な問いかけとその思索が、平明な文体でつづられた労作である。
 後者は、司馬遼太郎・遠藤周作・森禮子・井上靖の諸作品を論じた「歴史への視座―近代以前」、大庭さち子・角田房子・青柳緑の諸作品を論じた「歴史への視座―『朝鮮併合』前史」、壇一雄・斉藤尚子の作品を論じた「歴史への視座―植民地時代」、松本清張・桐山襲を論じた「歴史への視座―解放後」、「『責任』の所在」では、いいだもも、井沢元彦、さらには「強制連行・従軍慰安婦を取り扱った作品」として、川田文子・林えいだいその他を論じている。以上がⅠ。Ⅱは「植民地体験への凝視」(村松武司・森崎和江・角圭子)、「植民者の原風景と自己剔抉―小林勝の作品」「〈彼岸の故郷〉としての朝鮮」、(古山高麗雄・後藤明生・日野啓三)、「朝鮮への愛着と傾ぎー梶山季之の小説 李朝残影 など」、「植民地体験と戦後の意識」(田中英光・磯谷季次)。さらにⅢには、「腐食をうつものたちー井上光晴の文学と朝鮮」「『民族』が照射する『国』と『民衆』」(開高健・小田実・大江健三郎・中薗英助・早野貢司)、「架橋を求めてー1980年代以前」(山代巴・角田三郎・早船ちよ・橋本都耶子・瀬戸内晴美)、「架橋を求めてー1980年代以降」(関川夏央・佐藤健志・森詠)、「“日本名”在日朝鮮人作家について」(立原正秋・つかこうへい・伊集院静など)。
 こうして、内容を記してみると、朴春日著『増補 近代日本文学のける朝鮮像』(1969・未来社刊)が戦前までを中心に扱ったのに対し、後者『戦後文学のなかの朝鮮韓国』は戦後作家を中心として、両者を以ってほぼ日本文学に見られる「朝鮮人・韓国人」像を通史的に網羅したと言えるだろう。
 これら両著で以って磯貝氏は、2つの視点から、日本における「朝鮮人・韓国人」像をたどりなおしたと言える。「在日」の眼と「日本人」の眼と、この2つは微妙に交錯し擦れ違う。おそらくこの擦れ違いと交錯とに戦後日本社会の問題と病理が鋭く浮かび上がってくる。
 
② 『〈在日〉文学論』
2004年の『〈在日〉文学論』は、先の2著に続く著者の労作で、強いて系譜付ければ『始原の光』の後を受け、主に「敗戦後」の「朝鮮人」文学の「変容」を主題としていると言えるだろう。
 『始原の光』がまだ「戦後」の延長、あるいは70年安保の闘争の熱の冷めやらぬ頃である1979年に出ており、「在日朝鮮人」の文学も、著者たる磯貝氏も「戦後文学」の枠内で思考し筆を運んでいる。それから25年、四半世紀が経った今、「在日」の文学と共に生きて来られた磯貝氏が、同時代の同伴者としてつぶさに見てこられた「在日」文学の変容が、複雑な感懐を込めて語られている。
 Ⅰ 在日朝鮮人文学の全体像
  在日朝鮮人文学の変遷
  〈在日〉文学の変容と継承
  在日朝鮮人文学のアイデンティティ
  天皇制と文学―朝鮮をめぐって
  第一世代の文学略図 
 Ⅱ 作家・作品論
  金達寿文学の位置と特質
  金石範『火山島』覚書
  金泰生の作品世界
  〈はなし〉という原郷
  統一問題と金鶴泳
 Ⅲ 〈在日〉文学はいま
  〈新しい人〉を読む―金重明・玄月・金城一紀
  「国籍」をめぐる論争―金石範・李恢成
  小説は裁かれるか―柳美里
  セットアッパーたち①-金真須美・深沢夏衣
  梁石日はなぜ売れる
  セットアッパーたち②-元秀一・李起昇・鄭閏煕
  風は海の深い溜息から洩れる―金時鐘と在日世代の詩人  鷺沢萌の「進化過程」
   蘇れ、李良枝

 冒頭の「在日朝鮮人文学の変遷」の一節。
   一九八〇年代なかば以降、在日朝鮮人文学の世界にあたらしい現象があらわれつつある。「在日文学」と呼ぶほかない文学状況である。「在日朝鮮人文学」が在日朝鮮人によって書かれた、日本文学とは異なる在日朝鮮人特有の主題と作風をもった文学だとすれば、それとは趣を異にする。その「在日文学」のあらわれが在日朝鮮人社会の変容と深く関係していることは言うまでもない。(16頁)
 「在日朝鮮人文学」は「変遷」したのだ。著者はその理由を「簡略にいえば、日本社会への同質化である」と
記す。社会の変容とともにもちろん文学も変容する。しかしそれは「変遷して当然」ということとも微妙に違う。

②【書評から】
 この一節に触れて中日新聞の書評(04年6月6日)で黒古一夫氏は、磯貝氏は「半世紀以上にわたる在日朝
鮮人文学の歴史を鑑みて、それらについて今日では在日朝鮮人文学の枠を超え『〈在日〉文学』と呼ぶのが相応し
いと提言しているが、その呼称が著者の長年の研鑚と深い思考の結果であることを知れば納得させられる」と述
べているが、果たしてそう容易に「納得」していいものだろうか。
 あるいは林浩治氏が、「新日本文学」で「磯貝は彼ら(〈在日〉作家を指す・引用者)の文学史的役割を、「在日
朝鮮人文学」の伝統的枠組みを蘇新させ、〈在日〉社会の規制(既成の誤り?)的価値観やその文学表現のパラダ
イムを変換させると同時に、日本の単一民族社会幻想をうち破るものとして捉えている」と述べるが、磯貝氏は
そのように楽観的にこの書を書いているのだろうか? 〈在日〉の「文学史的役割」をはたして「「朝鮮人文学」の伝統的枠組みを蘇新させ、〈在日〉社会の既成的価値観やその文学表現のパラダイムを変換させる」ものとして評価しているのだろうか?
 むしろ著者は苦渋の思いでこの一説を記しているのだ。「在日朝鮮人文学」から「〈在日〉文学」への「変遷」こそ、「納得」ではなく、戦慄を以って迎えねばならない「危機」だ、と主張しているようにも読めるのである。
 興味深いことに「民族時報」は「支配的言説への対抗性をいちじるしく喪失した、つまり文壇に歓迎される作品は、支配的言説を補完し、在日朝鮮人文学が表象した生を現に生きている、いわば〈マイノリティのなかのマイノリティ〉を抑圧する言説に変身する危険性をはらみさえする。」と、磯貝氏の著作を論じている。ここには著者と同様、「変遷」を決して望ましいものとは見ない立場が顕著に吐露されている。だがしかし、「文学」の「変容」を語るには、さらに複雑な視点が要求される。

③【在日朝鮮人文学から〈在日〉文学へ――第一・第二論文】 a 文体
「変容」が断じて歓迎できないことは本書第2論文「〈在日〉文学の変容と継承」にはっきり表れている。鷺沢萌の「ほんとうの夏」に触れた箇所、「ここで金達寿や許南麒の文学とこの小説の違いを細かく指摘する必要はなだいろう」(25頁)と「金達寿や許南麒」を持ち出す点、また「『ほんとうの夏』の文体には、民族のネムセ(におい)といったものはみじんも感じられない」(同)といった言葉に着目したい。続けて、鷺沢の文体は、「在日朝鮮人文学の文体的特徴とされた濃密、重厚、反私小説的なのとは、対照にある。」その理由は簡単で、「祖先のくにのことばとしての母語をはなから持たず、日本的感性を出自とする日本語を、“母語”としているからにすぎない」こと、また、より大きくは「なぜ書くのかの姿勢の差異にかかっている」が著者の提示する理由だ。つまり、かつての金達寿たちの作品には存在した「もの」が決定的に喪われているというのである。文体や姿勢はその一端だろう。
確かに在日朝鮮人文学は、「李恢成、梁石日の文学」や「もっと後の世代の宗秋月、元秀一などの文学に」は「継がれている」かもしれないとは、著者も述べるが、「個の体験を創作モチーフとしながらも、それをこえて民族とその歴史というパースペクティブのなかで文学作品を形象するという在日朝鮮人文学の「正統」からの離脱を意味しており、個への執着と感覚信仰のあらわれを示している。(26頁)」という鋭い批判の拠ってくる所以を読者は考えさせられるだろう。これは鷺沢に限らない。

③【第三論文】b アイデンティティ
 この批判は、第3論文「在日朝鮮人文学のアイデンティティ」ではより顕著である。この諸論文の配置からも上記のように変遷した〈在日〉の文学に対する著者の危機意識は明瞭であろう。「在日朝鮮人文学の積極的主題」であったその「〈文学的アイデンティティ〉の探求は、〈文学的同化〉に対抗する営為であるはず」なのに、「ひたすら〈私〉を根拠として内部世界の存在証明をこころみる〈超脱的アイデンティティ〉が求められている(35頁)」と手厳しい。第1論文「在日朝鮮人文学の変遷」にも、
  「日本名作家」の存在にも彩られた「在日文学」の特徴を雑ぱくながら言えば、〈民族〉とか〈くに〉とか〈朝鮮人〉〈韓国人〉とか〈在日〉性とかがほとんどアイデンティティの根拠とはなりえず、金石範や李恢成の最近の作品が表出しているように在日朝鮮人文学の独自の世界を基底に据えて「普遍性」をめざすというのでもなく、〈私〉あるいは〈ひと〉と〈ひと〉の関係性をキイワードに文学的アイデンティティが仕掛けられている(18頁)」
に過ぎないとも裁断していた。
 「日本」の「文学」への「同化」に「対抗する営為」たる「在日朝鮮人文学のアイデンティティ」とは具体的にどのようなものと著者は見ているか? 

③【第三論文】c 文体
以下に、1 文体、2 民衆、3 主題の順に見て行く。まずは、「文体」について。 
   在日朝鮮人文学の文体というとき、まず思い浮かぶのは、日本語で書かれながらも、朝鮮のこころ、民族の呼吸を体現し、それを具体的に他者に伝え、他者に体験させうる文体、というイメージだろう。逆説的にいえば、脱日本語の文体である。(36頁)
 具体的に言えば「『狂躁曲』の梁石日、『猪飼野・女・愛・うた』『猪飼野タリョン』の宗秋月、『猪飼野物語』の元秀一、そして『在日文芸季刊民濤』三号に「赤い実」を載せた金蒼生らである」と。
  「脱日本語の文体」、それは「さながら「在日」の身世をくぐりぬけて躍り出てきた肉体の言葉であ」り、「生の現場でのたたかいの中から生まれ、悲哀や暗愚といった負の情念を、笑いやいさぎよさといった精神の方位へと切り返す言葉である。それは「和の言語」として特徴づけられる日本語とは対立するものだ。そのような逆攻の身振りとむすびついて、日本語であって日本語ではない、もうひとつの言語表現」である。

③【第三論文】d【クレオール】
 これを川村湊は「クレオールとしての日本語」と呼ぶが、著者は断固としてこの見解を拒否する。
  在日朝鮮人(文学)の脱日本語的言語(文体)という営為を、いきなりクレオールという多声的・複合的な言語現象へと一般化してよいものだろうか。そうすることによって、表現する=表現主体(この場合、済州島サラムの猪飼野の女たち)の固有の存在性――「在日」の歴史と身世、それらと切っても切れない関係にあるくのものへの希求――そういった固有の暮らしと精神世界をも一般化し、捨象してしまうことなりかねない。(39頁)
 つまり、「クレオール」と言ったとたんに「太平洋地域やアフリカ、ラテンアメリカ」のクレオールと同質化されてしまい、「在日」の固有の歴史や差異が見落とされるというのだ。「日本語の可能性とかは、屁のつっかいにもならぬ態のことだ」と激しく否定する。
  日本語の可能性どころか、日本語を拒絶しようとする格闘のなかから、在日朝鮮人のもうひとつの言葉は生まれた。母語にむけられる親和と、日本語に服することをいさぎよしとしない営みとのはざまから、きっぷよく、簡潔な、民衆の知の表現が躍り出てくる。(40頁)
 だから「クレオール」と呼ぶのはこの「在日」の固有性を抹消することでしかない。むしろ「くにのものへの親和と、日本語への拒絶」、この「はざまに」こそ「在日朝鮮人文学の文体」は創造されるのではないか、と。 
著者はさらに激しい言葉を投げつける。
 在日朝鮮人に固有の存在性を根拠として生み出されるもうひとつの言語表現は、文学的同化を拒否し、在日朝鮮人にとっては、あらゆる言語は権力的であるという一般論以上によりいっそう権力的言語である日本語を返り討ちにしうる。それはあきらかに、体制秩序の「制度としての文化」にまつろわない、〈民衆的表現〉なのである。
 この「体制秩序の「制度としての文化」にまつろわない、〈民衆的表現〉」としての「文体」という規定は、既成の「文体/文章」を「制度」として批判的に見る視点与えてくれる、極めて有効なものでだと考えられる。しかし、それでは「民衆」とはいかなる存在か? ここに著者の最も深い思想の基底がある。

③【第三論文】e 民衆
 元秀一の小説「運河」「ムルマジ」などには「民衆の解放的な演劇性」を持つ「タルチュム(仮面戯)」などを織り込んであるが、これらは「民族の所産であるさまざまな〈民衆的表現〉を現代文学のスタイルのなかに大胆に活かし、再生させ、文学的表現の閉塞性をぶち破る」ものである。また宗秋月「耳食の似本語」、それは「公教育の場で体制的秩序として注入され制度化された「日本語」ではない。肉体のうちに溢れ、肉体によって濾過され、肉体をとおして語られる、〈原初的な知〉としてのコトバ=パロールである。読む者の感性を開かせる、その衝撃とリズム、おおらかな底力」である。「制度としての日本語を溶解させることと、文学的同化を拒否することを、対の行為として可能にする」ものでもある。
 金達寿・許南麒から現代まで、この「民衆を描く」ことこそが在日朝鮮人文学の「伝統」なのだ。ここで著者の念頭にあるのは「民衆」とは、「概念化の不可能な、事実としての存在である民衆」ではなく、「能動的な行為と表現をとおして形成される変革の主体的集団としての民衆」像である。「生の現場という歴史のメルクマールの局面局面で「民衆になる」という営為」というものだ(45頁)。これらによってこそ「ポスト・モダン的な「知の世界」」を無効となしうるのだとも、著者は断言する。
 「民衆」というのは、この意味で「実体的概念」ではなく、むしろ不断に創造される「主体」の謂いなのだ。「主体」として「在る」ことはできない、たえず「成る」ことを通してしか達成できない「実存」と言っても良い。階級という固定的実体ではなく、自覚的に「成ろう」とすることを措いては「存在」しえないもので、先に著者の思想の「基底」だと言ったのも、ひとつにはこの点を指してである。
 
③【第三論文】f 主題
著者によれば、金史良から金達寿など第一世代の文学では、「日本による植民地侵略という歴史的経験をもとにその苦悩と抵抗を描き、解放後(戦後)に題材をとった作品においても、民族の分断という祖国状況への一体的な視線を失わず、具体的に祖国状況を描いていない作品でさえ、くにのものへの帰属感情や希求を濃厚に含んで」おり、これが大きな主題を形成していた。第二世代の李恢生にさえそれは見られるが、問題は第三世代であると、いう。「在日朝鮮人」にとっては今なお、「排外的な抑圧の枠組みを払拭していないにもかかわらず、「共生」という口あたりのよい言葉が先行するという、倒錯した状況も現れている。」
その中で、たとえば姜信子は『ごく普通の日本人』で「私は私よ」という「超脱的アイデンティティ」への志向の中で、「韓国人でも、日本人でもない、在日韓国人としてごく普通にふるまい、自然に生きたい」というのだが、「普通」とは何か、
 はたして彼女の標榜する「在日韓国人」はごく普通だろうか。たしかに新しい世代の心理的、精神的、生活的環境と民族性へのとまどいを代弁してはいるだろう。しかし、それをごく普通と言挙げするところに、一種の「操作」が感じられる。わたしには、宗秋月の民族性や、指紋拒否という行為を〈民族〉の奪回と位置づけている人たちの民族性のほうが、ごく普通のように思える。(51頁)
ここでいう民族性は、「母語」や「名前」「歴史」「食事」「日常・暮らしの習慣、作法」という〈エスニシティ〉とは別の、言って見れば〈政治的〉民族性=ネーションである。つまり「同族の人びとと「祖国」に向けられる共有感覚のことであ」り、「祖国の命運と、同族の人びとの喜び、苦難、怒り、悲しみにヴィヴィッドに感応し、それらを共有する感性(49頁)」に支えられたものだ。
 母国語を話せなくても、通名を名乗っていても、そういう共有感覚によって育まれる民族性もあるのではないだろうか。(49頁)
先の「民衆」が「実体概念」でないのと同じく、著者の描く「民族性」は、エスニシティとは異なる創造的概
念である。「民衆」が主体の自覚的営為であるように、出自としての「民族」も意識的「共有感覚」に基礎を置く。主体が意識的に選び取らなければあり得ない「実存」として「民族(性)」が規定されるのだ。だからこそ「通名か本名か」、「日本語か朝鮮語か」は問題にならず、さらには近代の思考の典型である2項対比的発想を乗り越えてもいると高く評価できよう。

③【第三論文】g 危機
 にもかかわらず、第三世代の作品には「朝鮮のチョの字も登場しない作品が現れつつある。そこに在日朝鮮人文学の広がり、可能性も出てきているのだが、一方で文学的同化への危惧も感じる(52頁)」と著者は言う。「〈在日〉文学」が、「在日朝鮮人文学」とは異なり、既成の日本文学と同じであるなら、「在日」とは一体何なのか。著者の苛立ちはここで頂点に達する。
 ここに著者の批判的対象の二重性が隠されている。一つは当然、第三世代の民族性の希薄な文学。もう一つは、著者に倣って言うなら「批判的精神のヒの字も内包しない作品」に満ちた現代日本の文学。第三世代の文学を斬りつつ返す刀で当代の文学をも鋭く切っているのだ。
 第三世代について著者はこう批判する。「いま新しい世代をみると、「在日」の不遇性や心理的・社会的境遇を表出する作品や、民族的デラシネ状況がもたらす危機意識を「外部の世界」から剥離して内向化させていく作品の傾向がみられる。そのこと自体、「外部の世界」を逆照射しているともいえるが、どこか、境遇に固執し、そこから抜け出す道を見失って埋没しているように感じられる(55頁)」。そうではなくて、これから向かうべきなのは、「もっと直截に日本国家・社会の不条理を題材とし、それとの戦いを主題とする文学作品が登場」することではないか、と著者は自らの願望を込めて熱く語る。
 『〈在日〉文学論』のテーマはここに極まる。著者の根底にあるのは、自覚的選択に基づく「民衆」としての「民族性」、ここに立脚し、「同質化」を強いる「日本国家/社会/日本人」を異化することこそ、「在日朝鮮人文学」ではないのか! という「テーゼ/思想」であろう。
 日本の現代文学について著者はこう批判する。ことに昨今、一斉に「30年代化」へと雪崩を打って突き進むように見せる時代、「国民」に求められるのは、「権力」への批判的視点であり、同時に日常性に埋もれた自己への自覚的批判ではないか。「在日朝鮮人にたいする同化と追放の思想が」、「わたしたち日本人一般」の間に「根強く浸透し、払拭しきれ」ないばかりか、いっそう強く「根づ」いてしまっているのが現代「日本社会」であり、「日本人」である。「そのような制度化された偏見や排除意識」をどう克服するか」、それこそが「日本人」の自問し、抉り出さなければならない点だ。「その緒口としてわたしは、国家的同化を拒否することによって獲得される日本人のアイデンティティとは何かを探求したいと思っている。(54頁)」
 そのためにも「在日朝鮮人問題」は喫緊の課題だ。「人類史の危機にかかわる主題を据える、その手前のところで、わたしたちは、在日朝鮮人あるいは第三世界の民衆との関係において、ナショナルな課題をまだまだかかえている」し、「今日の状況における〈民族的責任〉という行為や日本人としてのアイデンティティ=人間解放といった、ナショナルな課題を正確にくぐり抜けてこそ、インターナショナルな視座を見出し得る(63頁)」のだ、と。
 著者にとって、「在日朝鮮人問題」こそ、「日本人」が何よりもまず真摯に受け止めなくてはならない「歴史的課題」であり、この「過去の克服」がなされない限り、一歩も前に進めない言わば「踏み絵」のごとき課題として「在日朝鮮人問題」がある。個別を通さずどうして普遍があるか。目前の課題を等閑して、海の彼方の危機など対処し得うるはずもないのだ。

④ 『始原の光――在日朝鮮人文学論』a 思想家誕生 
 『〈在日〉文学論』の全体を論じるには時間がないし、著者の思想は「Ⅰ 在日朝鮮人文学の全体像」にはっきり現れているゆえ、この「会」ではひとまず、著者の思想の核心(と報告者に思われる点)に触れるに止める。ただ著者の思想を論じるには、第一評論集『始原の光』に遡らなくては千慮一失と言うべきだろう。著者の思想に厳として存在するのは、60年代以前の「在日朝鮮人文学」である。このことは『始原の光』を読めば一目瞭然であり、そこにはオマージュとともに、「日本人」としての著者の声が見事に定着されていて、そこからの発想が著者には根本にあるのである。
 『始原の光』所収の「剔抉と架橋と――呉林俊の軌跡」にはこうある「抑圧者・天皇の軍隊の一少年兵士としての体験をもった」呉林俊は、それを「わたしの胸は張りさけそうである。なぜならわたしはその日本の最後の軍隊にたった一人いたし、日本人と朝鮮人の両方からなる資料に照射された、さまよい人であったことは何としてもいなみがたいのである」と「日本占領と朝鮮人」で記したが、その一節に触れて、
  日本の戦前から戦後に相わたって日本語を強要され、しかもなお、それを自己選択するという呉林俊の思想的営みの出発点が意味するものを、わたしはつかみとらなければならない。なぜなら、「在日」朝鮮人の日本語作家の表現活動を考えるとき、日本語で書くことの強制と自己選択――このはげしく相剋する関係を深層においてとらえきることなしには、その文学を安易に称揚することはゆるされないからである。(138頁)
 ここには思想を培う鋭い視線がある。では、その視線から培われる思想はどのような視野をもたらすか? 呉林俊の文学について、呉林俊は、「朝鮮人としての自己の「解放」ないしは未解放の暗部を」抉り出した。「「恥」の意識としてみずから照らしだした」のである。そうすることで「虚偽をゆるさない解放への視角をみずからのうちにすえつけた」のだ、と述べた後、
  このような彼の鋭い自己剔抉に呼応しうる、日本人のがわの自己剔抉とはなにか。それは、かれが「恥」の意識としてみずからひきうけた未解放の暗部を、わたしたち自身が自己の内部に見出すことである。「植民地支配は日本帝国主義の仕わざだった」といってすまさないことである。かれの「恥」の意識をもたらしたのは、わたしたちの内部にある未解放の暗部であり、かれの「解放」をそれほどまでに屈折させなければならなかったことの責任は、わたしたちの内部にこそあったということを、みずから照らしださなければならない。なぜなら、日本帝国主義の植民地支配をゆるしたのは、解放されざる日本人全体であったからである。
  わたしはこのことを罪障のために言っているのではない。わたしがこのことを強調するのは、かれの鋭い自己剔抉に相拮抗する自己剔抉を、わたしたちが自分の ものとすることによってのみ、呉林俊とわたしたちとの思想的架橋は、はじめて可能となるからである。日本人と「在日」朝鮮人との人間的架橋は、はじめて可能となるからである。(148頁)
 ここには『始原の光』全編を貫く著者の姿勢がはっきりと語られている。鋭い視線は、「在日朝鮮人文学」をただ鑑賞するのではなく、彼らの言説を自らに向けられたものとして積極的に受け止め、そこから自己の思想的営為を始めようとする、いさぎよい姿勢を培うのだ。この書の魅力は、自らの思想の根底を築きえた思想家の「始まりの物語」にあるとさえ言えよう。「文学」にかかわる以上、彼らの「文学」に応えることなくして、おのれの「文学」はあり得ないと見定めた、稀有な思想家の誕生の経緯をうかがわせる見事な一節なのだ。
 在日朝鮮人問題は日本人の問題である。こう言い換えてもよいだろう。著者には、「大日本帝国主義」の歴史は、いま日本人としてあることを激しく指弾するものであり、現下に存在する在日朝鮮人こそ、その帝国主義の落とし子、彼らの存在自体が著者の過去を否が応にも蘇らせる。過去はおのれ自身に終わるのではなく、おのれの属する日本国家の過去、いまだ清算されないアジア侵略の狂気にも似た歴史。
また「復元と対峙と――金時鐘ノート」にも「朝鮮人を前にするとき、一人として、安泰な日本人はありえないのが、日本の歴史性であり、その因果律なのだ。/このことばを、わたしたちは告発とうけとるべきだろうか。そうであってはならない。日本人じしんのことばとして、わたしたちが自己の内部にむけなければならない視座である。そうであってこそ、ゆがんだ朝鮮人観から自分を解放する緒がが、いいかえれば、そこなわれた自己を復元する緒が、見いだせるのである。(160頁)」と述べる。
「在日朝鮮人」の問題はいまだ解決していない。なし崩し的に「同化」の波が押し寄せるばかりである。それと比例して、過去は希薄になり行く。もっともか弱い者はすでに死し、生き延びた者たちも次第にこの世から去って行き、「戦争を知らない子どもたち」の世界では、侵略の歴史、その過去は遠い記憶と化す。しかし、「差別」はなくなっていない。むしろ陰湿な形で生き延びている。いやいっそう激しくなっているとさえ言えるだろう。この現実とどう向き合うか?
 今を考えることは、未来のためではない。過去のためなのだ。その意味で、もし未来があるとすれば、それは過去の中にこそある。過去を十全に見つめないで未来が見えてくるはずがない。むしろ未来に目をこらすことは過去から目をそむけることであり、隠蔽することだ。支配者が「明るい未来」を語るのは戦略的なもので、無力なるものはそのことに意識的でなければならない。
 著者は未来を語らない。眼を過去にぴたりと見据え、おのれの思想と文学とを培って来た。そこには著者の真摯な眼差しが、信頼するに足る思想がある。この姿勢を崩さない著者に、昨今の「〈在日〉文学」がどのように映っているかは想像に難くない。かつて著者を激しく指弾し鼓舞した「在日朝鮮人文学」は「去年の雪」のように消えてないのだろうか。そう、著者ははっきり「変質」したと言っていた。「在日朝鮮人文学」ではなく「〈在日〉文学」でしかないと。
 『〈在日〉文学論』は30年近い年月を真摯な姿勢で貫き通した著者の集大成であるのは間違いない。が、同時に「在日朝鮮人文学の終焉」という事態はいったい何を意味するのだろうか? 葬られた「在日朝鮮人文学」を考えるとき、そこに強い「国家の意思」を感じざるを得ない。「在日朝鮮人文学」の風化を一番願っていたのは国家なのだ。人は短く、国家は永い。第一世代の文学者が亡くなり、「同化」と「年月」、そのあいだ国家はじっと待っている、待つだけでいいのだ。いずれ「在日朝鮮人」問題は雲散霧消するだろうと。国家の強みのひとつは個を超えて存在し続ける点にある。だからこそ、時の流れに抗して、「在日朝鮮人」文学者、および著者のごとき姿勢を受け継ぎ、絶えることなく持続させる必要がいまこそ求められているのだ。

④ 『始原の光』b 民衆
 「金石範の〈原〉民衆像――朴書房から万徳へ」の一節。『万徳幽霊奇譚』を論じる著者のことば、「「幽霊」が「銃を持った幽霊」になるということは、「幽霊」という民衆的虚構をとおして、民衆の恨と願望が「抵抗」へと変質してゆくことをしめしているといえよう」と記して、以下のように述べる。
  このように原民衆・万徳が「銃を持った幽霊」にメタモルフォーズしてゆく変革の過程をみるとき、「幽霊」は民衆=生活とパルチザン=抵抗をむすぶ、イメージの異化作用としての役割をはたす。「万徳幽霊奇譚」において、「幽霊」という民衆的虚構=伝承は、そのように読みうるのである。
   「銃を持った幽霊」は、骨太い風刺精神と抵抗精神との結合によってささえられた民衆的虚構あるいは民衆伝承の構造が、象徴化されたイメージである。(125頁)
 『〈在日〉文学論』における著者の「民衆」観はすでに見た。「変革の主体的集団としての民衆」像であり、「実体的概念」ではない不断に創造される「主体」としての「民衆」像であった。ここに著者の「民衆」に対する変わらぬ傾向を見ることは可能だが、ことは微妙である。「実体的概念」でない、と著者がいうのは、「不断に創造される主体」という点で、思想的営為としては深化しているとも読みうるものの、同時に、第一世代の文学には「実体」として存在したものが現代においては消失した事態を踏まえての発言とも取りうるからだ。著者自身、「抵抗する」「変革の主体的集団としての民衆」なるものを「実体」と想定できないほどに世界は「変質」したのかも知れない、その事実に気づいていたとも。「民衆」は社会に埋没する「大衆」と化してしまった?
 いずれにしろ、『始原の光』と『〈在日〉文学論』との「民衆」像の比較検討は興味深い問題を提供するだろう。

⑤ さいごに
 「在日朝鮮人文学」の「変容/変質」は疑いない。『〈在日〉文学論』の言葉の隙間から、危機感を通り越してやるせない思いすら聞こえるようだ。若い人たちにクレームをつけるその姿は、まるで「在日朝鮮人文学」のご意見番のようでもある。かつての激しさ、たとえば「切り拓かねばならないことは――それは日本語の放棄ではなく自分を救いうる、日本語であって日本語でないことば=思想の形成ということである。(『始原の光』212頁)」そう、「在日朝鮮人文学」から突きつけられた匕首を、今度は著者自身が握り締め、「日本人」として「日本語」で「日本社会」に向かって突きつける勢いはもはや、かなり希薄になったと言わざるを得ない。
 時代が移ったのか。世界が変わったのか。それとも著者が変わったのか。かつての「セムネ」は確実に希薄になり、均質化した「日本社会」だけがわが世の春同然に泰然自若として存在する。弱いチームと当たって無様な試合をするかつての強豪チーム、それにも似て、「変質」した「在日文学」に呼応するかのように、『〈在日〉文学論』は、かつての激しさや鋭さ、読むものに迫る気迫が確実に薄まっている。これは批判ではない。問題点の指摘のつもりだ。
 第三世代が軟弱なのは、民族性の希薄だけではない。社会全体の問題であり、右傾化がその証拠であろう。学生がデモをしないどころか、社会的関心を喪失し、スポーツとセックスに狂喜乱舞するのがこの時代なのだ。
『始原の光』時代の著者の激しさは、時代の激しさでもあったろうか。著者に異化と衝撃をもたらした第一世代の文学者も同じ時代の空気を呼吸していたろう。文学自体が「変容/変質」したとも言えるし、時代が変わったとも見うるのである。
その意味で、過去の「在日朝鮮人文学」との対比による第三世代文学の批判は、いま有効なのだろうか、という疑問を呈したい。いま求める必要のあるのは、もっと根底的な批判的視座だとは言えないだろうか、と。
 その意味で、「日本人」から見て異質な「民族のネムセ」を発し続けることは、同質化した「日本社会」を異化する点で、大いに意味のあることだろう。「日本社会」が「日本人」だけの社会でないことを告発し続けるためにも不可欠でさえあるだろう。著者が携わる「ノリバン」の活動なども同じである。
 「同化/同質化」の波が不可避のものである限り、意識的にそれらを「持続」させないことには、ますます「国民国家」的発想が蔓延するのは火を見るより明らかだ。大切なのは自覚的な「持続」であり、均質化する「日本社会」に異を唱えることとも言える。「戦略としてのエスニシティ」。
 さらにこの問題を考えるためにも、幾つかの論点を提示してみたい。

A 「アイデンティティ」概念の超克
 アイデンティティは60年代のUSAにおいて、ひとりの心理学者が考え付いた述語である。一方、フーコー以後の現代思想では、「主体性」としての「人間」は解体されている。もはやアイデンティティ(自己同一性)や「主体」なる概念はその神話性を暴露されているとも言えよう。人は「自己同一」的存在などではない。「ある時は~、ある時は~」、このよう存在するし存在してきた。人間は不断に「構築」される存在なのだ。
 「アイデンティティ」概念が、国家との「アイデンティファイ/一体化」を強化する言葉として機能している「日本社会」を見れば、むしろ「朝鮮人/韓国人」の「アイデンティティ」を論じることは、翻って「日本人」のアイデンティティを強固にすることを結果しないだろうか。さらに言えば、「祖国」や「国籍」や「言語」にアイデンティファイするという姿勢こそ、乗り越えられなくてはならないものではないか、とも。
共有すべき感覚は「国家」に対してでなければ「言語」でもない。むしろ生の現場にある不条理(権力の横暴/差別という制度)ではないか。著者の出版記念会での名言、「こちらが戦いながら歩いていけば、必ず向こうから歩いてくる人たちと出会える」。共有すべき感覚は、いや共有すべき姿勢はこの「闘い」である、ただし後ろ向きに(過去に向って)歩いて行く姿勢で。「未来に向かって前向きに」ではなく、過去をみつめながら、今を作り出すことだとも言える。「共生」は「強制」いや、「去勢」に通じる。未来に向かうことは過去を忘れることだ。忘れてならないのは過去であり、過去を闘うところにしか「未来」はありはしない。
 「共闘」は求めても「共生」はいらない。「闘うこと」を忘れた人々とは「共に」歩けない。「戦い」の中でしか、人は「共に」生きられない。だから姜信子の批判点は、「普通の」を求めるところにこそあると言えよう。金時鐘のことば「・・・いつの世にも、“心ない人々”によって隣人が侵されるのではない。おおむね「庶民」という“心ある人々”の徒党によって侵略がもたらされるのである。/まさに「地獄への道は善意で敷きつめられている」のである。(『始原の光』161頁)」この「庶民」を「普通の人」と置き換えれば、姜信子の主張がどれほどイノセント(無邪気)であるかが見て取れるだろう。

B 一国史的視点の超克、または世界史の中に位置づけること
 「在日」の問題をきちんと捉えるためには、「日本」という国家、社会、国民だけを考えていては、これまた十全とは言えない。日本の半島・大陸侵略は、西洋列強の植民地争奪戦争によって引き起こされたものであるともいえるし、戦後の「日本社会」を導いてきたのが中ソ・米を中心とする国際情勢であり、そもそも「朝鮮戦争(市民戦争)」自体、この枠組みの中での出来事だったと見ることができる。
 いま、世界の「抵抗する民衆」として手を握らなければならない相手は、このような西洋列強を中心とする「西欧中心主義」的思想に抑圧された人々である。「日本」のマイノリティへの抑圧はこの「西洋中心主義」を抜きにしては語れない。というのも、元をただせばアジア人への蔑視は「西洋中心主義」に内蔵されたものだったから、その視点を内面化した「外は黄色いが中身の白いバナナ」たる「日本人」がアジア人蔑視に走るのは当然と言うべきなのだ。
 その意味では、世界の被抑圧「民衆」との連帯は必然ではないか。インターナショナルな志向性を欠いては有効な闘いを展開することなど覚束ないようにも考えられる。「在日朝鮮人」の問題は、インターナショナルな問題の一歩手前にあるというより、ナショナルな課題はインターナショナルな課題と切っても切れない関係にあると捉える方が展開の可能性を持ちはしないだろうか。
著者の言う、まず「在日」の問題を、という発言は、例えばパレスチナ問題などを論じる論客が往々にして「在日」の問題に無頓着というより無知なことに対する苛立ちの表現だと解することができ、その意味では「日本人」はまず何よりも「在日」の問題を「日本人」たる自らの「原罪」と覚悟して、「闘う」べきなのは言うまでもない。だから緊急の課題としてあるのは、内に向っては「在日」の問題を闘い、外に向っては世界のマイノリティとの「共闘」を願うことこそ、これからの「日本人」に求められるべきことだとも言えないだろうか?

C 文学の内向性の超克
 第三世代の「変容/変質」だけでなく、「日本社会」の「文学」自体の変質、いや(日本の)近代文学自体が、外部の喪失(内向化)を、インテリの遊戯と化して来た事実を見据えたい。日本の近代文学だけでない、近代文学の発祥地ヨーロッパにおいても、小説はさまよえる「個人」の内面への注視を糧に成長して来た。「何かを語るのは何かを語らないことだ」という「soio-critique/社会批評」の言葉を参照するなら、近代「市民社会」での「個」の位相を語る近代小説が「内面(心理)」に着目し、たとえばフランスで「恋愛小説」が発展してきた経緯の中には、「個」を包囲する「社会」の諸相への関心を閉ざすことでもあったと言えないだろうか。小説が外部社会への関心を喪失したことに見合って、小説の芸術的自律が果たされた、曰く「完璧な小説」「優れた文体」という基準が打ち樹てられた。小説の作品としての完結性、文章の洗練、これが閉ざされた小説内部での評価基準となり了った。
 片や小説ではなく、物語の発祥を鑑みるに、物語は公定の物語に対抗する「民衆」からの「抵抗」の表現であった。巷のあちこちから湧き上がる権力への反抗、それが物語の力でもあった。文字を持たない「民衆」の武器はその語り、口承性にあったのだ。
 このように物語の力が公定の権力との相剋にこそ、その本領を求めるべきだとするなら、小説がこの物語の力を奪回しない手はないだろう。「闘う」姿勢こそ、小説の本領だと見定めることが、小説の再生に不可欠とも言える。「芸術的」完成など小説にはいらない、洗練された文体など書斎の暇人に任せておけばよい。小説は世界の不条理と「闘う」ところにこそ、その生きる力が発揮される。「在日朝鮮人文学」だけでなく、「〈在日〉文学」も、「日本」の「文学」も、現実と「闘う」この姿勢のないところに、優れた「文学」など生まれるはずはないのだ。

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