FC2ブログ

2020-02

「架橋」第7号 〈はん〉の火

<はん>の火

磯(いそ) 貝(がい) 治(じ) 良(ろう)

 風が光彩をつよめると、海面はきらめきはじめ、潮のにおいが分厚い層をなして沖合から立ちこめてくる。波頭をわたってくる風は輝きをはらんで、ふくらむ。海がうねりだす午後だ。
 すると、陸では時間がけだるそうな表情を見せはじめる。返道と家並み、神社の森と火の見櫓、すべての風景が濃淡をうしない、輪郭をぼかして影のたたずまいに変わる。おんなたちおとこたちは、倦(あ)み疲れた姿態で、よどむ空気と媚びを交す。漁港のある町が、老人のような相貌を見せるときだ。
 <はん>がながい笹竹を振りまわしながら、鉄道線路のむこうから町へはいってくるのは、そんなときだ。踏切のはしっこに石地蔵が立っていたので、<はん>は地蔵堂のなかから現れたように見える。彼女はいつものように、ぼろ衣のいたるところに、数珠つなぎにされた空き缶や、目も鼻もないのっぺらぼうの土人形や、竹笛や、よれよれの赤い布帽子や、キセルや、ねずみの死骸をぶらさげて、はだしの足が地面を踏むたびピョンとおどけたはずみかたをする跛行でやってくる。精米所の建物が一軒立っているだけの一本道をずんずん歩いてきて、四つ辻にぶつかると、くるりと方向をかえて海辺への坂道をくだっていく。
 手にしている笹竹は、ねむった時間を攪拌するためのぶきだ。彼女は笹竹を振りまわすたびに、おおうッ、おおうッ、と野太い声をあげる。怒(いか)っているみたいだ。起きろ、起きろ。腐れるぞ。やいやいやい、もっともっと起きてろ。笹竹の振りまわされたあとに風が鳴り、空気が円弧をえがいてそのさきに無数の渦が舞う。風の渦が赤くみえるのは、ぼろ衣の赤い袖がひるがえるからだ。
 <はん>は、屋敷をつつむ森と酒蔵の白壁を通りすぎ、かまぼこ工場の角を曲って、漁港の見える位置へくる。漁港のむこうに銀白色にうねる海を見る。腹の虫がおさまったのか、笹竹をおろして埠頭の石垣にしゃがむ。湾を女陰の図形に裂いてのびる埠頭は、<はん>の場所だ。
 彼女が、波しぶきにあらわれる凸凹の石垣をわたっていくとき、ぼろ衣の裾からのぞく足は白い魚の跳ねているようにみえ、足どりは跛行ではない。はるか遠い位置からながめると、ぼろ衣の色彩だけが光に映えて、浮游する赤い風のかたまりだ。
 <はん>が石垣のうえにしゃがむのは、下半身のものを洗滌するためだ。脱糞する恰好の彼女の股間を波しぶきがひたすとき、彼女は、うねる海と交合する瞬間を感じているにちがいない。
 <はん>は、腰紐がわりの荒縄から竹笛を抜きとると、沖にむかって吹いた。ピューッ、ピューッと二度吹いて、それをくりかえした。「あれ、はんがまた笛を吹いて、鳥たちの真似をしとるがん」漁港ではたらく漁師たちは笑いあったが、笛の音をききわけるのは海鳥たちだ。鳥たちはかしましく啼きかわしながら、<はん>の空へ群れてくる。漁港のおんなたちおとこたちは、はんが鳥たちにねらわれとるがん、とおもう。海鳥たちの啼き声が激しいので屍肉にたかる飢えたものたちの鬨の声にきこえるからだ。
 たけだけしく光をはらんだ潮風が<はん>をめがけて殺到してくると、彼女は、粗(あら)く刈った髪を逆立て、沖合いをにらみつける。もっと吹け吹け、吹けー。怒張した眼がふとい声を吐きだしている。すると、漁港のおんなたちおとこたちは、はんがまた悪態をつきはじめるでなん、と目くばせしあい、仕事じまいまでのひと働きに精を出す。<はん>が石垣から去ると、おんなたちおとこたちも魚網をたたみ、帰りのしたくにとりかかる。
 <はん>が坂道をかえっていく。笹竹は風の渦をつくらない。ゆるやかな弧をえがいて空(くう)を舞うだけだ。彼女がいまは怒っていないと知って、子どもたちがどこからともなくあらわれた。かれらはたちまち軍団をつくり、<はん>の前ではねたり、跡をつけたり、おもいおもいに趣向をこらして反応をうかがう。彼女がいっこうに反応を示さないので、子どもたちは声を上げはじめる。「ほーい、ほい」「やっちゃ、やっちゃ」子どもたちのはやし立てる声を無視する<はん>は彼女だけの思い入れで笹竹の舞に没頭して、坂道をのぼっていく。子どもたちは苛立ち、はやしことばが卑猥になる。「おめこ、おめこ」「まっかっかっか」「ひらいた、ひらいた」「見たがん、見たがん」
 製飴工場の職人が幹し板を道ばたに積みながら<はん>と子どもたちを眺めていた。子どもたちのなかに<わし>がいた。
 二時間ほどまえ<はん>があらわれた、あの四つ辻へきたとき、お付きの番頭(ばんと)はんを従えて駅のほうからやってくる<あのひと>と出っくわしてしまった。子どもたちの声がぴたりとやんだ。かれらは息をのんで二人を見つめた。<はん>と<あのひと>が出会うと、きまって町の時間を止めるようなことがおこる。
 造り酒屋の旦那衆で町の土地の三分の二を所有している<あのひと>は、歩くとき猫背が落ちないようにゆっくりゆっくりと足をはこんでくる。<はん>に気づくと、まるい黒縁眼鏡のおくで表情をしかめる目つきをした。たちまち<はん>の躰が鼠をねらう猫の姿勢でまるくなった。子どもたちは胸を高鳴らせた。<わし>の胸も音を立てはじめた。
 二人が鼻つきあわせる距離に近づいたとき、しかけたのはもちろん<はん>だった。彼女は通せんぼするように<あのひと>のまえにはだかり、舌をぺろりと出してみせる。芥子の花みたいに赤くそまった舌を鼻さきへつきたてると、<あのひと>が身をのけぞらせる。
 <はん>は<あのひと>のにおいを嗅ぐまねをしながら二、三度廻った。笹竹の空気を打つ音が鳴った。<あのひと>は尊大にしていた。<はん>はそれが気にいらないらしく、ぼろ衣の裾を挑発するようにもものところまでたくしあげてみせた。その恰好のまま、躰を宙にはねた。数珠つなぎの空き缶がけたたましく鳴った。つぎに躰をはねあげたとき、彼女は<あのひと>が鼻の下にたくわえたちょび髭をひっぱった。<あのひと>は尊大にしていた。<はん>が小さな躰をさらにまるめ、はずみをつけて飛びあがった直後、<あのひと>の帽子が彼女の頭にのった。<はん>が笹竹を振りまわして<あのひと>のまわりを疾(はし)りまわった。空気が鋭く裂ける音を、子どもたちはきいた。おこるぞ、おこるぞ、いまにおこるぞ。子どもたちは胸のうちで唱和した。<わし>も胸のうちで唱和した。
 番頭はんが<はん>に飛びかかった。<はん>の躰は地面にたたきつけられた。番頭はんが笹竹をひったくると、<あのひと>に恭々しく手渡した。<あのひと>は下あごに力こぶをつくって笹竹をふりあげ、異様な掛け声とともに<はん>に打ちおろした。肉のかたまりを打ちすえる鈍い音が、まえの音を追っかけるようにつづいた。<はん>の躰からはねかえってくる手ごたえに満足したのか、<あのひと>の表情に満面の喜びが満ち溢れている。
 あれは血だなん・・・・・・子どもたちはおもった。<はん>の耳たぶのうしろから肉が裂けたような流れかたで赤いものが吹きだしている。あれは血だなん。<わし>もそうおもった。
 <あのひと>のひたいに大粒の汗がうかんでいた。四つ辻の東側にある製材工場の材木置場では、角材に尻をおろしたおとこが地下足袋の小はぜをはめながら、四つ辻の出来事を眺めていた。

 はんにはジンツウリキがあるのかなん。子どもたちはおもった。<わし>もそうおもった。
 <あのひと>に打ちのめされた翌日、彼女はいつものとうり、地蔵堂から抜けでてくるふうに踏切のむこうから町へあらわれた。四つ辻へむかってくる姿は、地面を踏むたび、ぴょんとはねて、蝶のようだ。
 きょう<はん>が着ているのは、かつて背広とズボンであった名残りをとどめるぼろ衣だ。小柄な彼女には不釣合な大きさなので、風をいっぱい入れた布袋があるいてくるようだった。背広の襟あたりをみると、きのう<あのひと>に打たれて血をながしていたはずの首すじの破れ皮膚は、あとかたもなく消えている。
 四つ辻までくると<はん>は、笹竹で町のねむりを起こしながら、海への道を疾(はし)る。やいやいやい、もっと起きろ、起きろ、起きてろ、腐れてしまうぞ。漁港を女陰の図形に裂く石垣のうえにしゃがみ、下半身のものを洗い浄(きよ)める。竹笛を吹いて海鳥たちを呼びあつめ、沖合にむかって怒鳴りちらす。機嫌をなおして町へもどってくる。
 <はん>は四つ辻へきて、<あのひと>と出会わなかったので、くるりと方向をかえた。きっと、火の見櫓へいくんな。子どもたちは目くばせで言いあって、彼女のあとについていく。<わたし>もおなじ気持でついていく。井戸掘りの竹はんが長屋の路地口に立って、タバコをふかしながら一団を眺めていた。はんが火の見櫓のほうへいけば、見物(みもの)だぞ。
 火の見櫓は、薬屋と糸繰り工場(こうば)がはすに向かいあう辻の角に立っている。火の見櫓の下は子どもたちが遊ぶ空き地になっている。かれらの予想は的中した。
 <はん>が空き地のまんなかに立つと、子どもたちは彼女を囲んで地面に尻をおろした。<わし>も尻をおろした。子どもたちはいっせいに拍手した。まえに手を拍つのを忘れたら、彼女が機嫌をそこねて見物(みもの)を中止してしまったことがあるからだ。
 数珠つなぎの空き缶がガラガラと鳴りだした。<はん>は目をむいて空を睨み、躰の回転をはやめていく。空き缶の音がいっそうにぎやかになる。はんはよく目がまわらんもんだなん。子どもたちは以心伝心で驚嘆しあう。<わし>も驚嘆する。<はん>の躰が独楽のようになった。<はん>の独楽があまりはやく回転するので、子どもたちの目はだまされてしまう。独楽が地面に屹立して停止しているようにみえる。すると、まわりの空気が回転する独楽のなかにいっせいに吸いこまれ、空き缶の音がぴたりとやんで、風の切られる澄んだ音だけが響いた。気色のええ音だなん。子どもたちの顔がそう呟いている。<わし>もうっとりとした気持になった。
 <はん>の独楽が回転をゆるめ静止したとき、子どもたちはためいきとともに盛大に拍手した。糸繰り工場のおやじが糸ぼこりで化粧したような白い顔を明り窓からのぞかせ、眺めていた。
 <はん>は第二幕の見物(みもの)にとりかかった。子どもたちは地べたに尻をおろしたまま、ズボンのポケットに手をつっこみ、さぐりあてた十円硬貨をにぎりしめる。<はん>は笹竹で彼女のズボンのももをたたく。左あしがピョンとはねた。もう一方のももをたたく。右あしがピョンとはねた。右あしと左あしがかわるがわる跳ねて、<はん>の下半身があやつり人形みたいに踊りだす。子どもたちの視線は<はん>のふしぎな下半身の動きに吸いつけられてしまう。
 かれらが脚のほうに気をうばわれているあいだに、<はん>の上半身でも騒動がはじまった。右手と左手がいさかいをはじめたのだ。右手が、笹竹をもつ左手に猛然とつかみかかっている。左手から笹竹をうばおうとしているらしい。両手はしばらく争ったすえ、左手が右手をもぎはなし、笹竹で打ちすえる。右手はたじろがず左手に逆襲し、笹竹をうばいとろうとする。左手は再度、右手を撃退し、笹竹でめった打ちに打ちすえる。両手の攻防は際限なくつづくかとおもわれる。子どもたちは笑いをこらえていたが、とうとう我慢しきれずにどッと声をあげた。かれらがどんなに笑っても<はん>の機嫌をそこねないことを、子どもたちは知っていた。<はん>も声を立てて笑った。
 左手と右手が攻防をくりかえしているあいだ、下半身はとんだりはねたり気ままにふるまっていた。<はん>の顔は手あしの騒動に知らんふりをしている。<はん>の首は胴体と別々に生きとるのかなん。子どもたちは笑いころげながらもふしぎにおもった。
 左手と右手の喧嘩はようやく終った。仲なおりしたのではない。右手が力つきてぐったりとうなだれ、左手におそいかかる気力を喪失してしまったからだ。下半身の騒動もしずまった。笹竹に打たれた右手の甲は、垢にまみれた皮膚に血をにじませている。<はん>は、敗北した右手には冷淡だった。にじんだ血を舌さきでペロリとなめてやっただけだ。そのうえ、傷ついた右手に仕事まで命じる。右手は屈辱をこらえて、子どもたちの前をひとめぐりしなければならない。子どもたちはポケットのなかでにぎりしめていた硬貨を右手にわたしてやる。<わし>も、右手がきたときわたしてやった。薬屋の店さきで、白い服をつけた主人が眼鏡をはずしたりかけたりしながら、空き地のほうを眺めていた。
 もし只見の子どもがいると、<はん>の見物(みもの)はここでおしまいになるが、きょうは全員が代償を払った。おまけがつくぞ。子どもたちは息をはずませた。
 <はん>は火の見櫓の梯子に手をかけ、背をまるめると、さっと身をひるがえした。野性の猿みたいに敏捷だったので、またたくまに火の見櫓のてっぺんにたどりつく。<はん>はそこで見事な宙返りを二度もくりかえした。子どもたちは火の見櫓を見あげ、喉を鳴らせた。<わし>も固唾(かたず)をのんだ。薬屋の店さきにいた白い服が、空き地のほうへ近づいてきたのは、そのときだった。
 白い服がゆっくりと梯子をのぼっていく。半鐘が冴えた音で一つ鳴った。火の見櫓のうえで、<はん>が海の方向を睨みすえ、つぎを打つ姿勢のまま身がまえている。はんはなにをしとるのかなん。はよう鐘をたたかな、くすり屋につかまるがん。子どもたちは苛立った。<わし>も気が気ではなかった。<はん>がたてつづけに半鐘を三つ打ち、その余韻がひびいているうちに、白い服は火の見櫓にたどりついた。
 白い服が<はん>のぼろ背広の襟首をつかんだまま梯子をおりてくるのを見て、子どもたちはため息をついた。はんはどうしてあばれんのかなん。<はん>はこれも見物(みもの)のうち、というふうに梯子をおり、地面にうずくまった。風をはらう笹竹の音が鳴って、鈍い音がはねかえった。笹竹をもつ白い服の顔がすこしひきつり、眼鏡がずりさがっている。目に満足感があふれている。空気をさく笹竹の音と鈍い擦過音が、たてつづけに鳴った。笹竹のうなりが大きくなってくると、白い服の荒い息づかいがきこえた。くすり屋はあのひとの真似をしとるのかなん、と子どもたちはおもった。<わし>も、くすり屋があのひとの真似をしているようにおもった。
 子どもたちと<わし>は、硬貨一枚を払った見物(みもの)をしまいまで見とどけようと、一所懸命に<はん>と白い服を見ていた。

 <はん>の年齢を正確に知る町の者(もん)はいなかった。はんはまだむすめだげな、という者もあったが、<わし>が母親にたずねると、さぁ、いくつかなん? 町にあらわれてから十年ほどになるけど、ちっとも年をとっておらんなん、と答えた。
 <はん>はおとこの声を出したり、おとこの身なりをするのが好きだったので、はじめ町の者はみな、性別を判じかねたという。おんなとわかったのは、町にあらわれるようになって半年ほどのち、赤児を生んだという噂がたったからだ。
 噂は海辺から町へやってきた。漁港ではたらくおんなたちおとこたちが、女陰のかたちをした埠頭でしゃがむ<はん>を見た。彼女は波しぶきを浴びて長いあいだ石垣のうえにしゃがんでいた。日昏れになっても、血の色にそまった海を睨みすえて動かない<はん>の姿は、そこにあった。はんは岩になったなん。おんなたちおとこたちはそう言いかわして、夕暮れにかげった道を家路に急いだ。
 その夜、海辺にちかい家の漁師が、潮鳴りをつんざく海鳥に似た声を、なんどもきいた。噂はその漁師の話からうまれた。あれは海鳥じゃなく、赤児の泣き声だったげな。<はん>がしゃがんでいた埠頭の石垣は波にあらわれていたのに、翌朝、赤い花びらのかたちがそこに残っていたという者もいた。<はん>はいつもだぶだぶのぼろ衣をきていて腹のせりだしたのなど目につかなかったのに、はんの腹は蛙みたいだったなん、と確信をもっていう者もいた。そして、沖合の埠頭を夕焼けがそめるのを見て、あれは、はんの血だなん、といいかわした。
 噂がひとしきりひろがって、町がそれに倦(あ)んできたころ、噂に水をさす者が出てきた。はんが生んだというのなら、赤児をどうしたのかなん? 毎日、町にくるのに連れとらんに。それをきいたおとこは、やけっぱちみたいに言った、きまっとるが、そりゃあ、海だ、海だ。
 となり町の海岸に死んだ赤児がうちあげられたのは、そんなころである。屍体は異形にふくらみ、脱色して、腐乱しかかっていた。砂浜にむらがったおんなたちおとこたちは、赤児のからだが鮮烈な海辺の光に焼かれていまにも形をくずしていくのではないかとおもった。
 突然、風がうなり、光がゆらいだ。野太い声をはきちらして<はん>がかけてきたのだ。<はん>は赤児の首あたりをむんずとつかむと、よこざまにかかえて走りだした。おとなたちが、あとを追いかけた。子どもも<はん>のあとを追いかけた。彼女が脇目もふらずにめざしたのは、<あのひと>の屋敷だった。<はん>は、鬱蒼とした森のなかへずかずかはいっていくと、躰をかがめ、ひと声吠えて躍(おど)りあがった。その瞬間、赤児の屍体が空(くう)を飛び、<あのひと>の屋敷のうちへ落ちて、鈍い音を立てた。
 <はん>はくるりときびすを返し、どこかへ去ってしまった。
 そんなことがあってのちも、町のおとなたちは<あのひと>と<はん>のあいだを穿鑿(せんさく)することは禁忌にしていた。子どもたちだけが、赤んぼは<あのひと>と<はん>がつるんで生まれた子かもしれんなん、とひそかにささやきあった。
 <はん>が、女陰の図形をした漁港の石垣にしゃがんで下半身のものを浄(きよ)めるようになったのは、それからのことだった。

 はんが死んどるぞー。子どもたちが海辺の神社であそんでいたとき、ひとのおらぶ声がきこえた。子どもたちが埠頭へかけつけてみると、石垣のうえに布くずみたいな赤いぼろ衣が波にあらわれていた。海はいつになく荒れて、波頭をうねらせている。ぼろ衣からはみだした<はん>の顔はずぶぬれで、髪が藻屑みたいに石垣のうえでゆらいでいる。<はん>の躰はわざとらしく波うちぎわにずるけそうに転っているので、波がひくたびに海面へさらわれていくようにおもえる。子どもたちはおそるおそる<はん>の顔をのぞいた。彼女の顔に血の気はなく、蒼白な皮膚のなかにドングリ眼だけを見ひらいて、子どもたちを睨んでいる。はんは死んどる。子どもたちは息をのんだ。<わし>も、はんが死んどる、とおもった。
 子どもたちはいっせいにかけだし、漁舟のもやい場へ走った。はんが死んどるんな。眼をあけたまま死んどるんな。子どもたちは叫んだ。手ぬぐいで頬っかむりしたおんなが顔をあげたが、すぐ筵のうえの小魚を両手でさばきはじめた。漁舟で帆をたたんでいるおとこが、麦わら帽子の下の日焼けした顔に白い歯をのぞかせている。はんが死んどるんな。まっさおの顔して死んどるんな。子どもたちは悲痛な声をあげて叫んでまわった。二、三人のおんなとおとこが仕事の手を休めて立ちあがり、子どもたちのあとについてきた。
 埠頭にむかうあいだ、子どもたちは<はん>の様子をわれさきに喋った。<わし>も興奮して口をぱくぱくさせた。おとなたちはニヤニヤうす笑いをうかべて聞いていた。
 石垣のうえに波にあらわれるぼろ衣をみたときおとなたちは笑うのをやめた。ぼろ着の胸のあたりに、のっぺらぼうの土人形が<はん>のまねをしてぐったりとぶらさがっている。麦わら帽子のおとこがゴムぞうりのさきで<はん>の顔を二、三度つついた。
 死んでいた<はん>が、むっくりと起きあがった。
 町の者(もん)たちは、<はん>が死んだふりをするのが好きなことを知った。町にしばらく死者の出ない日がつづくと、そろそろ、はんの死に芝居が見れるなん、と挨拶がわりにする。
 <はん>は埠頭のさきだけでなく、道ばたや家の軒さきで死んだふりをすることもあった。それが死に芝居とわかっていても、子どもたちはそれも<はん>の見物(みもの)の一つだとおもい、たいそうに騒いでふれてまわる。おとなたちは、もうとりあわない。すると<はん>はいつまでも死に芝居をつづけた。
 夕がた、漁港から帰るおんなたちが、道ばたに寝ころがっているぼろ衣を見て、はんがまたやっとる、と言いながら通りすぎる。夜が白みはじめ、漁からもどってきたおとこたちがそこを通りかかると、<はん>は頭に露をためて寸分たがわぬ恰好で横たわっている。はて、こんどこそほんものか、とおんなたちおとこたちが見にくると、<はん>は思い入れたっぷりの所作でむっくりと起きあがる。
 そんなとき<わし>はおもった。はんは死んだふりじゃなくて、ほんとうは生きかえるのが好きかもしれんなん。
 町でひとが死ぬと、<はん>はすばやく死者のにおいをかぎつけて弔いの場所にあらわれ、眼をかがやかせて立ちまわる。<わし>の家の祖父(ぢい)が、酔って便甕に落ち死んだ日も、そうだった。
 四人のおとこたちに担がれた坐棺を先頭に、葬列が、海辺からのぼってくる光をあびて丘の墓地へむかっていた。鉄道にかかる陸橋をわたろうとしたとき、風の音を切りさいて鉄路わきの土手を疾駆してくる赤いぼろ衣があった。
 <はん>は野辺送りの列に追いつくと、笹竹をふりかざし、そのまわりをめぐりながら、ついてくる。ぼろ衣にぶらさげた数珠つなぎの空き缶が、乾いた音をたてる。葬列が橋をわたって三つ又道を右に折れ、潅木道を丘へのぼっていくと、<はん>はいっそう元気をだし、厳粛な表情で坐棺を担ぐおとこたちを笹竹ではやす。ほぉ、ほぉ、ほッと奇嬌な声を喉からはきだし、葬列のまわりをめぐる。はんは葬いをからかっとるのかなん。<わし>は、<はん>が沈みきった行列に腹を立て、意地悪をしているとおもった。
 坐棺を担いだ葬列が丘の墓地にさしかかると、<はん>は底抜けにはしゃぎだし、踊りだす。祭りの日の浮かれ踊りみたいだなん。
 坐棺はふとい松の木の根かたにおろされた。昨夜のうちにふかい穴が掘られていて、便甕に落ちて死んだ祖父(ぢい)のからだは棺ごと土葬される。腐乱して白骨になった祖父は一年後に掘りだされ、骨片が<わし>の家の墓石におさめられる。松の木は、土葬場所の目じるしでもある。
 坐棺が穴の底におさめられるとき、<はん>は呪いとも歓喜とも想像しがたい叫びを丘の斜面にはきちらし、踊りまくった。数珠つなぎの空き缶が、祭りの朝のふれまわりみたいに鳴った。はんはぢいの目をさまさせるつもりかなん。あんなに騒いだら、ぢいの魂がまいもどってくるがん。
 その夜、<わし>の父(とう)が葬いの酒を飲みながら言った。「死んだ人間の肉は栄養がたっぷりあるでなん。来年、祖父(ぢい)を掘りだすときにゃ、坐棺のまわりに松の根が、そりゃあ見事にびっしりと張りめぐっとるが。松の木のやつ、ぢいの屍肉を棺の外から餓鬼みたいにくらってやがる。だから根の張りぐあいは坐棺のかたちをしとる」
 父(とう)は酒の酔いで赤くそまった顔ににごった油汗をにじませている。
<わし>はおそるおそるたずねた、
「犬がぢいをほじくりに来(こ)やへんかなぁ」
 父は手の甲で口のまわりをぬぐいながら自信満々に言う、「なーに、はんがおるで大丈夫。はんが野犬を追っぱらってくれるがん」
 <わし>の目のなかに、一つの情景がパッと浮んできた。地を嗅ぎ、屍臭をあさって丘にあつまってくる野犬の群れ。笹竹を振りかざし、野太いおとこの声をはりあげて野犬の群れにおそいかかっていく赤い風。闇のなかで。光のなかで。
 <わし>はおもった。葬列のときも、土葬のときも、はんがあんなにいたずらしたのにおとなたちが怒らなかったのは、そのためだったのだなん。

 漁港のある町は、海辺に沿ってひとが横臥するかたちをしていた。町には事件や騒動がめったにおこらない。その体型からして、おんなたちおとこたちが眠りの時間をむさぼってくらすには、うってつけだった。それに町がねむっていることを<あのひと>が望んでいる、と<わたし>はおもう。<あのひと>が笹竹で<はん>を打ちすえるのは、彼女のいたずらに腹を立ててではなく、<はん>が町を眠りから目ざめさせるのではないかと怖れているからだ。なにしろ<はん>は事件や騒動のたねをいっぱい連れて歩いとるみたいだから。
 <あのひと>の屋敷が祭りのように着飾った日、海から吹いてくる風は<あのひと>の機嫌をとるみたいにおとなしく、のどかな光にたわむれていた。道ばたの草や花は可憐に咲き、屋敷をつつむ森は青々と濃いにおいを放っていた。その森のなかの玉砂利の道に沿って、紅白の幕が張りめぐらされている。
 午(ひる)をすぎると、町のおんなおとこたちが屋敷のまえの広い道路をうずめはじめ、空気がすこし動きだした。役場の職員がおんなたちおとこたちを指図して、道路の片側に整列させている。井戸掘りの竹はんが酒に酔っていて、ふらふらと道のまんなかへはみだしていくので、交番に頭を五、六発ゲンコで殴られ、はっぴの襟首をつかまれてどこかへ連れ去られていった。爆笑がおこった。
 はんはまだかなん。爆笑の渦のなかで、子どもたちはそのことに気をとられていた。来れば、風が鳴るで、すぐわかる。<わし>は急(せ)く気持をおさえた。
 来たぞ、来たぞ。二百メートルもさきの四辻までとどくおんなたちおとこたちの列からどよめきが走った。子どもたちは首をのばしたり飛びあがったりして、坂道のうえを見た。来たのは黒塗りの車で、もったいぶった走り方で、ゆるゆると降りてくる.車は森の入口でとまったが、角ばった帽子に黒い服を着た運転手が乗っているだけだ。おんなたちおとこたちの鼻から牡牛のしわぶきみたいな吐息がもれた。
 黒塗りの車が屋敷のなかに消えると、ぶたたび、ひときわ大きいどよめきが四つ辻のほうから走ってきた。色どりさまざまな車が何台も坂のうえにあらわれ、一台ずつ通過するたびにそこで拍手と歓声がおこった。どこか卑猥なひびきのまじる歓声は、しだいに森の入口のほうへおりてくる。車は七台もつづいていた。森の入口で順ぐりにとまり、二番目の車からギンギラギンに飾った着もので着ぶくれしたおんながおりた。おんなは女形みたいな厚化粧をしてうつむいたままなので、角隠に邪魔されてどんな顔なのか見当もつかない。それでも見物のあちこちに嘆声がもれ、よだれみたいにそれがつづく。
 厚化粧のおんなは、番頭に先頭され、吊り橋をわたるような歩きかたで、玉砂利の道を屋敷へはいっていった。はよ来んと、間に合わんがな。子どもたちは気が気ではなかった。<わし>も、きょうの見物(みもの)はおあづけかなん、と落胆する。
 七台の車が全部、森のなかへ消えると、整列させられていたおんなたちおとこたちの秩序がくずれて、ワーッと森のまえの道路に群らがってきた。子どもたちは<はん>の見物(みもの)をあきらめるかわりに、祝い餅をたくさん取ってやろうと、人だかりの最前列に陣どった。
 四角ばった黒服を着たおとこが三人、神妙な顔つきで朝礼台みたいなものをささえもって、屋敷のほうからあらわれ、森の入口へ置き、それを護衛するように立った。あそこのうえから餅をほうかるのかなん。漁師の倅のタケやんが、はねるみたいな声を出して言った。<わし>はタケやんの汚れたシャツからプンプンとただよう魚の腐ったにおいを嗅いだ。
 おんなたちおとこたちの平伏するような声がおこった。<あのひと>が、四角ばった黒服のおとこたちに付きそわれて、屋敷のほうから森の外へ出てきた。玉砂利をふむ<あのひと>があらわれたからには、<はん>はきっと来るんな。<わし>は切れかけた希望の糸がつながったように、期待に胸をおどらせた。
 <あのひと>がすこしよろけ、四角ばった黒服のおとこたちにささえられて壇上にのぼった。おんなたちおとこたちの平伏するような声が、歓声にかわってどよめいた。<あのひと>は壇上で、傾いた躰を立てなおしたが、演説をするでもなく、祝い餅を投げるでもなく、白い手袋をはめた右手を操り人形みたいにふるだけだった。それも右手を耳のあたりでとめて、動作を節約しているふうな振りかたをしている。それだけのことがながながとつづくあいだ、おんなたちおとこたちは一所懸命、拍手したり声援をおくったりした。
 来るぞ、来るぞ。子どもたちはおとなたちの騒ぎそこのけで、<はん>が来ることだけをねがった。はんはきっと来るんな。<わし>はその瞬間を全身で待った。
 風を切る鋭い音が走った。石がひとつ、どこからか飛んできて、<あのひと>の首すじをかすめた。かすめただけなのに<あのひと>の眼鏡が吹っとんだ。おんなたちおとこたちの騒ぎがピタリとやんだ。やっぱり来た!子どもたちは叫んだ。<わし>も胸のうちで叫んだ。
 尖(とが)った風の音が、午さがりの光を裂いて走り抜けた。空き缶の音がけたたましく鳴り、笹竹をふりかざした赤いぼろ衣が群衆のなかへおどりこんできた。どの方向から来たのか見当もつかなかったが、赤いぼろ衣は密林の四足獣のような敏捷さでおどりこんできて、壇上の<あのひと>に殴りかかった。<わし>は驚嘆し、目をむいて見た。笹竹が円弧状に空(くう)を走り、しなった状態のまま<あのひと>の頬を裂いた。透明な音は一回鳴ったきりだった。
 <わし>は、黒服の三人が<はん>を地面に組み伏せているところを見た。
 <あのひと>の躰はおもむろに伸びあがり、のろのろと前のめりに傾いた。緩慢な動作だったが、ふりおろされた笹竹はヒューッと鳴った。<はん>は地面に仰向けに倒れたまま<あのひと>のほうを睨みすえていたので、笹竹は彼女の顔面をまともに打った。笹竹の風を切る音がヒューッヒューッヒューッと鳴って、骨のきしむ音が三度した。<はん>のひたいのまんなかが十文字に裂けて、血が吹いた。敗れた皮膚のめくれ目からねずみの赤児みたいな桃色のやわらかいものがのぞき、血はそこから飛びちった。血は<あのひと>のズボンの裾にすこしと、<はん>のぼろ衣にたくさんふりかかった。それはぼろ衣と同じ色だったのでいっそう映(は)えて、<はん>をつつむ空気が赤い人型にそまった。子どもたちは、きょうの見物(みもの)はすごいなん、とおもった。きょうの見物は一番だなん。<わし>もそうおもった。
 おんなたちおとこたちは固唾をのんで<あのひと>のつぎの一撃を見まもった。<あのひと>が笹竹をふりあげようとしてすこしよろめいた刹那、<はん>は跳ねおき、脱兎のようにかけだした。ぼろ衣はひるがえり、空き缶を鳴らして<あのひと>の屋敷のほう、森のなかへ消えた。はんは逃げたのじゃないぞ、あのひとの森のなかへはいったのだから。<わし>は森の濃いにおいを嗅いで、そうおもった。
 風が光彩をつよめると、海面はきらめきはじめ、潮のにおいが分厚い層をなして沖合から立ちこめてくる。波頭をわたってくる風は輝きをはらんで、ふくらむ。海がうねりだす午後だ。すると、町は倦(あ)みつかれた姿態で眠りはじめる。
 それでも<はん>は、<あのひと>のむすこの婚礼がすんで五日たっても六日たっても、姿をあらわさなかった。<わし>は、どこか遠くで笹竹が風を切る音をきいたようにおもうことがあった。夜、納戸の部屋でふとんにくるまって眠っているとき、潮騒にまじって赤児の泣き声をきいたようにおもうこともある。笹竹の鳴る音も、赤児の泣き声も、海のほうからきこえてきた。<わし>は現実とも空耳ともつかぬそれを信じて、<はん>が来なくなって歯の抜けたあとのように空虚な日々をたえた。
 はんはあのひとにつかまって殺されてしまったかもしれんなん。<わし>はそんな不安を打ち消して、自分に言いきかせる。あの密林の生きもののように敏捷なはんがつかまるはずがない。はんはきっとあのひとの屋敷の森にひそんで、機会をうかがっているにちがいない。
 町のおとなたちのあいだに、まことしやかな風聞がながれていた。森のなかへはいった<はん>は、樹木の枝をつたいわたりながら、そこを寝城に二晩ほどかくれていた。三日目に、十人ほども動員されて捜索にあたった<あのひと>の屋敷の黒服たちが発見したとき、彼女は大きな欅の枝の高いところにひそんでいたという。
 半日ほども森のなかを逃げまわって、とらえられた<はん>は、番頭から百タタキの仕置きをうけ、屋敷の格子牢にいれられた。それから毎日、百タタキにあっている。牢の床や壁は血の色にそまってしまったが、<はん>はまだ死んではいないそうだ。
 噂の出どころは<あのひと>の酒蔵(さかぐら)で働く職人たちの口ということだったか、根拠はない。むしろ風聞は、町のおんなたちおとこたちの願望の色合が濃かった。海がうねり、町がまどろむ午さがり、漁港ではたらくおんなたちおとこたちは、<はん>が下半身のものを浄めるためにしゃがみこんでいた埠頭のさきを眺め、はんは来とらんなん、きょうも町は無事だがな、と胸をなでおろした。
 町のおんなたちおとこたちの噂ばなしには附録がついた。<はん>は十年ほど昔にも<あのひと>の屋敷の牢に閉じこめられていたことがある。ある日、忽然と鉄道線路のむこうから町にあらわれた日、あれは鎖を解かれて牢から放された日だったのだという。はんはなんであのひとの屋敷に飼われとったのかなん。あのひとの家の血すじの者(もん)かなん。
 町の者(もん)がそんな言葉をささやき交して、町の祭礼をあと数日にひかえたころだった。
 はんが来たぞー。<はん>は笹竹をふりかざし、踏切わきの地蔵堂からぬけだすように町へあらわれると、これまでどおりの仕種で四つ辻を曲がり、海のほうへ坂道を疾(はし)った。起きろ、起きろ、腐れるぞー、もっともっと起きてろ。おとこの声で怒鳴りながら漁港の埠頭へいくと、石垣のうえにしゃがみ、波しぶきで下半身のものを洗い浄め、坂道へもどってきた。
 子どもたちは<はん>の顔をしげしげと眺め、ふしぎにおもった。あのときの血がうそのようだった。<あのひと>の息子の婚礼の日、笹竹で打たれて十文字に裂けていたひたいの傷があとかたもなく消えている。子どもたちは<はん>のあとについて坂道をのぼっていく。みんなでいっせいにぼろ衣に鼻をくっつけ、犬のまねをしてクンクンとにおいを嗅いでみたが、血のにおいはしなかった。
 はんが百タタキに合ったというのはうそかもしれんなん。壁も床も血にそまったあのひとの屋敷牢にいれられとったという噂も、あやしいもんだなん。子どもたちは落胆と安らぎのまざりあった不思議な気持で<はん>のあとについていく。<はん>は笹竹で空中に光と風の輪をつくり、坂道をのぼっていく。道ばたでは、飴屋の職人がドラム缶をたわしで水洗いしながら、<はん>と子どもたちを眺めていた。
 <はん>は四つ辻に来るたびに占いでもするように躰をクルクルと三回まわして、通りすぎた。ぼろ着につりさげた数珠つなぎの空き缶が乾いた音を立て、笹竹と風のあらそう音が鳴った。子どもたちも<はん>をまねて、いっせいに躰を回転させた。材木置場で、マル通の作業帽をかむったおとこが、鳶口に躰をもたせかける姿勢でそれを見ていた。
 駅舎と墓地の方角へと分かれる四つ辻へ来たとき、<はん>は三回まわって東へ折れた。映画館のまえで、漁師あがりの用心棒の甲はんが映画の看板に背をもたせ、せったばきの足を交叉させる恰好でタバコをはすにくわえて立っている。両腕を手首のところでぶらぶらさせながら、うす笑いをうかべている。<はん>は甲はんに近づいて、笹竹をふりかざした。甲はんは<はん>の躰から発散される悪臭にたえ、うす笑いをつくっていたが、突然、顔じゅうを真っ赤にして笹竹をうばいとり、<はん>の躰をたてつづけに打った。<はん>がいつもぼろ衣にぶらさげているきせるを甲はんの鼻の穴につっこんだからだ。甲はんはひとしきり<はん>を打擲すると笹竹をかえした。
 <はん>はなにくわぬ顔で町はずれへむかう赫土道をのぼりはじめる。道路沿いの土手で、木の根につながれた二頭の山羊が、頭ですもうをとっていた。<はん>はときどき蛙が跳ぶまねをした。子どもたちも蛙跳びのまねをした。赤はだの崖が両側からせまっている切り通しを抜けると、レンガ工場の煙突のむこうに埋立地がひろがっている。右手の下のほうに、北浦湾に面した漁師家の集落がある。
 <はん>は、野草でいっぱいの細い道を歩きながら、ときどき野花のくびを笹竹でたたき落とした。神社の森のほうへ行くつもりだなん。子どもたちは予想を立てた。途中に避病院と呼ばれる伝染病施設の古い建物があった。傾きかけた木造建は壁も屋根も灰色がかって、ひっそりと陰気な空気をただよわせている。庭に黒々と枝葉をはりめぐらした巨木が一本立っていて、年老った管理人が曲った腰をさらに折りまげて、落葉を掃いている。
 <はん>は老人のほうへ走りよっていった。四つんばいになって老人の足もとを嗅いだ。鼻を鳴らして老人のまわりをうろついていたかとおもうと、交尾する犬の恰好をまねてみせた。老人は知らんふりをして落葉をかきあつめていたが、ふいにほうきを地面に投げすてた。<はん>の手から笹竹をもぎとった。<はん>がはだしの足で土人形をふんづけ、唾をペッペッと吐きかけはじめたときだ。老人はすさまじく歪めた表情とはうらはらに、弱々しげな動作で笹竹をふりおろし、よろけた。老人は一度だけ<はん>を打って、笹竹を返した。あのおじいさんはなぜ怒ったのかなん。はんが土人形をふみつけたのが気にいらんのかなん。子どもたちは納得できない気持だった。<わし>もけげんにおもった。
 <はん>と子どもたちが神社の森へ近づいたとき、太鼓の音がきこえてきた。太鼓の音は鬱蒼とした森のなかから吠え立ててくるようにひびいた。森がゆれているようだった。祭りの稽古をしとる。子どもたちは胸をときめかせた。<わし>も、さきほどの不可解な気持が晴れるのを感じた。
 <はん>は太鼓の音にさそわれるように森のなかへはいっていった。丈高い樹々の枝葉が生きものみたいにふるえ、木もれ陽に小さくきらめいている。あたりに立ちこめる濃いにおいを断(た)ちさくように、鳥が梢のうえで啼いた。薄暗くかげって静まりかえった樹々のあいだで、物音だけが透き通ったひびきを立てた。<はん>は落葉におおわれて消えてしまっている道をすばしっこく歩いた。子どもたちは一列になって<はん>のあとについていく。<はん>の足音が背後のほうできこえたようにおもえたとき、子ども達の足音もうしろのほうからきこえた。うしろのほうから、落葉をふむいくつもの足音が一列につらなってきこえてくる。<わし>もそんな感じがした。
 森のなかに祠があった。祠のまえの小道を抜けると、神社の境内に出た。拝殿わきの社務所の軒下に筵(むしろ)をしいて、はっぴを来たおとこたちが大太鼓、小太鼓を打ちならしている。<はん>と子どもたちは、かがり火を焚くために積まれた薪の山の近くに立って、おとこたちを眺めた。おとこたちも、太鼓を打つ手を休めず、<はん>と子どもたちを見た。
 太鼓の音に浮かれて<はん>が踊りだした。数珠つなぎの空き缶が太鼓の音に不協和音をはさんだ。<はん>は卑猥な所作で腰をふり、薪の山のまわりをめぐっている。<はん>につられて彼女のあとのぞろぞろついていた子どもたちが、驚きの声をあげた。わー、はんがねずみをくわえとる。腰ひもがわりの荒縄にぶらさがっていたねずみの屍骸が、いつのまにか<はん>の口にくわえられていた。
 薪の山を何回かまわったとき、子どもたちは薪に火がつけられたのかと錯覚した。<はん>の口から赤いものが吹きだし、顔一面に照り映えたからだ。赤いものは<はん>のがんじょうな歯で食いちぎられたねずみの血だった。<はん>は四肢を躍(おど)らせて、血まみれのねずみを空中高く投げた。ねずみは太鼓を打つおとこたちの鼻さきをかすめて、筵のうえに落ちた。太鼓の音がピタリとやんだ。
 おとこたちはバチを置いて<はん>のほうへ歩いてきた。屈強なおとこたちは、あっさりと彼女を地べたに踏んづけ、順ぐりに笹竹で殴った。<はん>の躰からはねかえってくる音は、太鼓のそれとはすこしも似ていなかった。おとこたちはひととおり<はん>を殴ると、笹竹を返した。<はん>はむっくりと起きあがり、血の色にそまった口から野太い声を吐きちらして走りだした。
 <はん>は神社の石段をかけおり、広場をかけぬけて海辺の道を漁港のほうへ疾った。子どもたちがあとを追う。<わし>も、風を切りさく笹竹の音と空き缶の音を追う。ふたたび鳴りだした太鼓の音がさらにあとから追ってくる。起きろ、起きろ、腐れるぞ、もっともっと起きてろ。<はん>はおとこの声でおらびながら海辺の道を疾る。道で出会いがしら、おんなたちおとこたちに笹竹をふりあげながら。足音がだんだんふえてきたなん。子どもたちは背後から追ってくる足音の変化に気づいた。
 <はん>が女陰の図形をした漁港の埠頭についたとき、海は夕昏れの気配だった。沖合から海面を這ってくる翳(かげ)りは、陸に近づくほど濃くなり、漁港を薄やみでつつむ。空の高みでだけ、夕陽の残照が雲をそめている。影をまとった鳥たちがそれをついばんでいた。
 <はん>は石垣のうえにしゃがむと、下半身のものを波しぶきで浄め、竹笛を吹いた。鳥たちの影が<はん>の空へ群がってきた。まがまがしい啼きごえが漁港に満ちた。
 おんなたちおとこたちが埠頭をふさぐかたちで横に並んで<はん>のほうへ近づいてきた。数十人にもふえたおんなたちおとこたちは、タバコをくわえたり、腕ぐみしたり、ズボンのポケットに両手をつっこんだりしているが、どの顔も仮面をかむったような表情をしている。いつもの様子と、ちょっとちがうなん。子どもたちは異様な雰囲気を感じとった。
 おとなたちは目くばせして、<はん>におそいかかった。節くれだった手が<はん>のぼろ衣をつかみ、はぎとった。<はん>は笛を吹くことをやめた。裸かにされた<はん>の上半身を、おとなたちが順ぐりに笹竹で打ちはじめた。笹竹が手から手へわたるうちに、<はん>の背にみみずが何匹も這いだした。おとなたちは黙々と笹竹をふりおろしつづける。何匹ものみみずが裂けて血が吹きだし、沈む瞬間の陽の光が血の色に溶けた。鳥たちが激しく羽ばたいて飛びかい、悲痛に騒ぎ立てている。きょうの見物(みもの)はあのひとの息子の婚礼のときと、ええ勝負だなん。子どもたちは胸のところで大きな音が鳴っているのをききながら、<はん>の背を見た。異様なほどに白い肌に描かれた血の紋様は、あざやかな入墨みたいだ、と<わし>はおもった。
 おとなたちは打ち疲れると、こんどはおまえたちの番だと、誰かが怒鳴った。子どもたちはおそるおそる<はん>の背に笹竹をふりおろした。<わし>も<はん>の背を一回打った。子どもたちが打ちおえると、おとなたちは、どッと笑った。これで、きょうも町は無事だなん。おんなたちの誰かが言った。あのひとも安泰だでなん。おとこたちの誰かが言った。<はん>の背からながれだした血が、石垣のうえをぬらし、波にさらわれて海へ溶けこんでいくのを<わし>は見た。

 あすが祭りの日というときになっても、<はん>は町に姿を見せなかった。<わし>はなんども同じ夢を見た。あのとき<はん>の血は波にさらわれて石垣のうえから海へながれこんでいたが、<わし>が夢に見たのは<はん>の血ではなく、ぼろ衣につつまれた彼女の躰だった。夜、激しくなった波にのまれて、<はん>の躰がぼろ衣のように石垣から海へさらわれていく。<わし>は夢の話を誰にもしなかったが、子どもたちは言いあった、はんはこんどこそ死んだかもしれんなん。
 子どもたちは、海が満ち潮になると、漁港の埠頭へ行った。ある日、<はん>の姿によく似た大きな白い雲が水平線から浮かんできたのを見たが、彼女の死体は流れつかなかった。<はん>が町へ来るときあらわれる鉄道線路のほうにも行ってみた。踏切わきの地蔵堂の手まえで、子どもたちの足はすくんだ。鉄道線路は、漁港のある町と異域との境界線だったので、子どもたちは隣り町へ行くことは禁忌にしていた。線路のむこうに、野良と森と茅ぶき小屋が見えた。黒々とした森の影におおわれて一軒だけ立っている小屋は、線路のむこうの陰鬱な風景と似合っていた。子どもたちの目に、ひとが住んでいるようには見えなかった。
 子どもたちは鉄道線路の手まえできびすをかえし、町へもどった。
 祭りの日、その季節にはめずらしく強い風が吹いた。夜明け頃から吹きはじめ、祭りの進行とともに激しくなった。まるで海の主(ぬし)が機嫌をそこねて腹立ちを町にぶっつけているような風だった。砂塵がつむじを巻いて町なかを走りぬけ、<あのひと>の屋敷の森も、神社の森も、怒ったようにゆれて獰猛に吠えた。
 神社へのぼる高い石段まえの広場に、五台の山車(だし)が勢揃いし、あやつり人形の踊りを披露している。あやつりが早よ終らんかなん。子どもたちは興奮の予兆に胸をおどらせていた。五台の山車のあやつりがひととおりすむと、山車は潮のひいた浜辺へつぎつぎと引きおろされる。祭りが最高潮に燃えるときだ。<わし>もそのときを胸おどらせて待った。
 石段は観衆で埋まり、そのうえの境内からは太鼓のひびきがひっきりなくきこえてくる。それは高くなったり低くなったり、風にあおられて、ときどきよじれたりしてひびいてくる。石段と広場で幟旗がひきちぎれそうにはためき、大きな音を立てている。境内に張られた天幕も、風をはらんでふくらんでいる。天幕のなかには、赤や紫地の派手な刺しゅう飾りの祭りかんばんを着たおとこたちが陣取り、そのまんなかに<あのひと>がいた。
 おんなたちおとこたちの歓声がどよめいた。最後の山車があやつりを終えたのだ。子どもたちは、祭り酒に酔ったおとなたちの声に負けじと、声をはりあげた。山車のまわりに群がっていた子どもたちは、おとなよりさきに浜辺へ走った。山車がギシギシと軋む音を立てて、ゆっくりと動きだす。梶棒に肩をいれたおとこたちが野卑な声をはりあげ、夜の秘めごとをうたいこんだ音頭を歌う。綱引きの連中が、あれはええな、よーいな、よーいと合の手をいれる。歌と囃子は、強い風に巻かれ、いっそう野卑にひびく。
 子どもたちは、広場から浜へおりる泥道の側壁によじのぼって、まず東の山車が凄まじい勢いで浜へ引きおろされるのを見た。山車は横倒しにならんばかりに傾き、前のめりになり、悲鳴をあげて浜辺へ突進した。山車が引きおろされるたびに、おんなたちおとこたちは歓声をあげ、子どもたちはヤンヤとはやしたてた。<わし>も喉が痛くなるほど声をはりあげた。半裸のおとこたちは顔を泥まみれにし、これでもかこれでもかと、浜辺で五台の山車を引きまわした。
 祭りは終った。終ってみると子どもたちは、ふと忘れ物でもした気持になった。酔っぱらったおとこたちが道ばたにころがって寝息をたてているのは、祭りのあとのいつもの情景だったが、なにか変だなん、と<わし>もおもった。ことしの祭りは歯が抜けたみたいだったなん。<はん>のいない祭りだった。毎年、<はん>はまるで祭礼をとりしきるふうにふるまって、手品みたいにつぎからつぎへと見物(みもの)をくりだした。祭りがはねるときなど、とっておきの見物(みもの)を披露して、子どもたちを楽しませてくれたものだ。その<はん>があらわれなかったからには、やっぱり死んだのだ。<わし>は悄然とその日の夕昏れをむかえた。風は夜になっても吹きやまず、海のほうから吠えつづけた。
 夜更けたころ、<わし>は夢のなかでひとの声をきて目をさました。雨戸が風に鳴っていた。さめた耳に、誰かが怒鳴りながら外の道を走っていく声がきこえた。<わし>はそれが自分を呼ぶ声のようにおもい、納戸の部屋をそっと抜けだし、家の外へ飛びだした。真っ暗な道に人影はなく、道ばたの木々が大きな人間の姿みたいに黒くゆれていた。丈高い樹影のむこうに薄明かりがただよっている。夜空に星がいっぱいまたたいていたが、かすかな明るみはずっと下のほうからひろがってきている。<わし>は驚いて、目を見はった。海辺のほうが赤くそまって闇の色を溶かしている。
 火事だんなー、海のほうが燃えとるがん。<わし>は家のなかにむかって叫ぶと、暗い路地を走りだした。路地の家は暗く、寝しずまっている。おんなたちは祭りに浮かれて疲れ、おとこたちは酒に酔いつぶれて、丸太ん棒みたいになっているらしかった。海が燃えとるがん、海が火事だんなー。<わし>は路地を走りぬけながら、なんども叫んだ。路地を出た。角の天理教の家で雨戸のすきまから明かりがもれていたが、ひとの起きだしてくる気配はなかった。
 材木置場のある四つ辻まできたとき、火の手は意外に近く見えた。火柱は高くのぼり、風に巻かれて分厚くなびいている。火事は海じゃないなん。<わし>は坂道を走った。海辺へ下る坂道は闇のなかに白っぽくぼやけた輪郭でつづいているばかりで、人影がない。
 火の音が、風にはこばれてきこえてきた。飴(あめ)工場(こうば)の四つ辻へきたとき、<わし>の足がすくんだ。<あのひと>の屋敷の森から火柱が立ちのぼり、森じゅうが風の音を吐きだしながら赤くゆれている。火の音が栓でも抜くようにはじけるたび、火柱は別の方向から立ちのぼり、巨大な刷毛で撫でるように空にひろがる。<わし>は立ちすくんだまま、躰をふるわせ、焔の乱舞に目をうばわれていた。あのひとの屋敷が火に巻かれてしまうがん。星の光が消されてしまうほど、空は赤かった。森のなかで<あのひと>の屋敷の番頭たちが騒いでいる様子は感じられなかった。
 町のおんなたちおとこたちが集まってきたときには、消防団も手がつけられない火の勢いだった。火の声は風のうなりと競い合って吠え立てた。焔が思う存分に四肢を伸ばしたり振りまわしたりするのを、おんなたちおとこたちは驚嘆の表情で眺めていた。そのとき、警防団のかんばんを着たおとこたちが、海辺のほうから息を切らせて駆けつけてきた。神社の森も燃えとるんな。かんばんを着たおとこは興奮して告げた。火をつけたのは、はんのやつだ。はんは生きとった。別のおとこが行った。はんが火の棒をふりまわして町のとおりを走っているのを、この目でちゃんと見た。他のおとこが手柄話でも報告するふうに言った。はんは風みたいに走っていて、あッと叫ぶまもなく闇のなかへ消えてしまったので、手も足も出なかった、と警防のおとこたちは言いあった。
 この森に火をつけたのも、はんかなん。<わし>がそうおもったときだった。火の見櫓の半鐘が鳴りだした。その音をきいて、おんなたちおとこたちははじめて、いままで半鐘を鳴らす者がいなかったのをいぶかしがった。半鐘の音は風にあおられて、けたたましく鳴ったり、遠のいたり、乱調な鳴りかたをしている。森の火は、半鐘の音に元気づいて、さらにはげしく燃えさかった。火柱が夜空に高く舞いあがり、花火のようにひろがるとき、どこかで見たようなかたちをしとるなん、と子どもたちはおもった。<わし>も、夜空に浮かぶ焔のかたちに目をうばわれた。あれははんの死んだ赤んぼにそっくりだなん。別の方向からひときわ高く立ちのぼった火柱が、風にあおられて伸びたり縮んだりし、夜空でかたちをむすんだ。埠頭の石垣にしゃがんで竹笛を吹く<はん>の姿を<わし>は連想した。その姿の足もとのほうから崩れてひろがってゆく火の屑が、<はん>の下半身を浄める波しぶきのようだった。
 火勢にあおられて風がいっそう元気を出しているふうだった。焔たちは風に舞って踊りだした。跳ねあがった。走った。回転する。はんが踊っとるみたいだなん。<わし>は度肝を抜かれて、夜空に舞う焔に見惚れた。はんの火はすごいなん。
 半鐘の音が、せわしなく高くなった。誰かを呼んでいる音だった。おんなたちおとこたちが、啓示でもうけたふうに駆けだした。子どもたちもあとを追って走りだした。飴工場のまえを駆けぬけ、材木置場の四つ辻を東に曲がった。道は暗かったが、空のほうは森の火に照りはえて明るみがさし、火の見櫓のうえで半鐘をうつ白い姿がはっきりと見えた。火の見櫓が近づくと、おんなたちおとこたちは走るのをやめて、歩きだした。子どもたちと<わし>もそのあとを歩いた。おんなたちおとこたちは、棒を手にした警防の者(もん)のあとについてゆっくりとした足どりで、火の見櫓の下へ群がってきた。何人かのおとこが道の小石を拾って、にぎりしめた。
 <はん>は白い襦袢を着ていたので、火の見櫓のうえで白い姿をしていた。白い襦袢は風に吹かれて、夜闇になびいた。おんなたちおとこたちは押し黙ったまま、黒い人だかりになって火の見櫓の下に群がった。
 <はん>は町じゅうに急を知らせるように、半鐘を打ちつづけている。白い姿が夜空にいっそうくっきりと浮びあがった。はんはやっぱり、祭礼の日にとっておきの見物(みもの)を披露したなん。<わし>は心のうちで呟いて、火の見櫓を見上げた。警防の者(もん)が二人、その火の見櫓の梯子をのぼっていくのが見えた。

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://yomukai.blog11.fc2.com/tb.php/28-0c952824

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

磯貝治良

磯貝治良

「在日朝鮮人作家を読む会」へようこそ!