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2020-02

「架橋」第7号 批評と手紙

批評と手紙
  ――「イルボネ チャンビョク」をめぐって――


『架橋』6に掲載された磯貝治良「イルボネ チャンビョク」について、朝日新聞文化欄の東海文芸展望に丸山静氏の懇切な批評がありました。それにたいし作者から丸山氏宛てに゛返信”のかたちで手紙が送られました。批評と手紙を併せて以下に掲載します。
 このような扱いにはまったく他意はなく、評者にとって作者からの反応が得られないのは一つの不幸であろうし、作者にとってもそれに応えるのが゛礼儀”である。その二つの理由によるものです。さらに、二つの文章をネタにして小説をめぐる論議に読者のどなたかが参加してくれるということにでもなれば、それは楽しく意味あることに思えます(編集者から)

   丸山静氏の批評
 まず、磯貝治良の「イルボネ チャンビョク(日本の壁)」(「架橋」六号)。題名の示す通り、これは、「在日朝鮮人」問題と真正面から取り組んだ力作である。
 主人公崔星子(チオエ・ソンジャ)は、日本海岸のある村で、日本人夫婦の養女、花村星子として育ってきた。しかし、一九六〇年、彼女が十歳のとき、二十歳の兄は、祖国統一学生戦線に参加するため、ひそかにこの国を脱出して韓国へ渡った。別れに臨んで、兄は妹に、お前が「二十歳になったとき、ソンジャは兄さんのいるおまえのくにに来るんだよ、そのとき、ぼくたちのくには、世界で一番よいくにになっているさ」と言い残し、岸壁にハングル文字で、「四・十九万歳、祖国統一」と刻み込んでいった。
 以来、彼女のうちには、祖国=「おまえのくに」という意識、自分はパンチョッパリ(半日本人)であってはならず、どこまでもチョソンサラム(朝鮮人)だ、という意識が強く成長していった。そして二十歳になるのを待ちかねるように、単身、兄のいるはずのその「くに」に渡っていった。けれども、そこに待ち伏せていたのは、予想だに出来なかったことである、彼女は女性として言うに言えない屈辱を受けて、ポンと日本へ投げ帰された。
 しかし、この体験は、それ以上に、いままで自分がどんなに自分の「くに」を知らずにいたかという、痛烈な自己批判を呼び起こし、そんな自分の無知を断罪するかのように、ある集会でその体験をみんなの前で告白した。そして、それがきっかけで在日朝鮮人の運動にも加わり、北山という日本人の運動家とも知り合うようになった。
 しかし、やがてあの光州事変が勃発(ぼっぱつ)するというように、「くに」の情勢がいよいよ緊迫してゆくにつれて、彼女は、パンチョッパリ、日本国籍のままでいることが、事実上、いかに祖国=「くに」の親たち、同胞たちを裏切っていることになるかという、自責の念に耐えられなくなり、「無籍者」になるという恐るべき危険を冒しても、花村の籍を抜き、一切を「祖国に賭(か)け」ようとする。そしてそれを決行し、その興奮と動揺のうちに、北山と肉体的に結ばれるが、やがて大村収容所に収監されることになる。
 私たちは、この作品をどう評価すべきであろうか。作者はおそらく、この「主題の積極性」を認めよ、崔星子たちを取り囲んでいる「日本の障壁」を直視せよ、と言うだろう。よろしい、私はそれを百パーセント認めよう。しかし、この作品の暗いペシミズムはどこから生じてくるのだろうか。
「在日朝鮮人の問題」は、多分、今日わが国の最も重要にして困難な政治問題の一つであろう。しかし、それを政治的な「運動」として解決してゆくことと、文学的にそれを取り扱うことの間には、おのずから次元の相違がある。作者磯貝はこの点についての自覚が依然として不徹底であり、政治的に解決困難な問題をそのまま文学に持ち込み、そこで憂さ晴らしをしているようなところがあり、終末論的なペシムズムはそこから流れ出してくるのだろう。
 けれども、現在の私たちにとって、なおも「文学」というものが存在し得るとすれば、さしあたってどうにもならぬ現実をなんとかして変えてゆくための、さまざまな方向や手段の模索、試行錯誤的な実験の場、そしてあり得る解決の《モデル》を作り出してゆく場として意外には存在し得ないであろう。
 たとえば、磯貝の作品のなかでは、ソンジャも北山も、日本人対朝鮮人といった二律背反的な哲学、「民族」とか「祖国」という観念に金縛りにされて、彼らの言動は、つねに衝動的、突発的であり、直線的、単線的であって、二十年の歳月が経過しているのに、すこしも人間として成熟してゆかない。ソホクレスでもシェークスピアでもよい、スタンダールでもドストエフスキーでもよい。磯貝たちはもう一度初心にたちかえって、文学作品というものを読み直してみるとよい。
(「朝日新聞」名古屋本社版一九八五年七月十日付夕刊)

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