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2020-02

「架橋」第7号 岬をめぐる旅

岬をめぐる旅

       松(まつ) 本(もと) 昭(あき) 子(こ)

       1
 佐和子は改札口を出てから数歩も行かないうちに、じゃあね、とだけ言い残して妹の麻衣子と別れた。タクシーに乗ろうと駅舎の外へ出る。引きも切らず来てはそそくさと走り去るタクシーの流れを前にして、流れがこれでいったん滞りそうだなと思いながら、担いできたスキー板を手に持ちかえ、ほどなく開いたドアの奥へ身を屈めた。板の尖端を計器盤まぢかまで押しやり、自身の体はルックザックもろともどさりと客席へ投げこんだ。
 雪山でスキーに明け暮れたあとの呆けた状態のままもう一晩だけぐっすり眠りたい。明日は明日にまかせて・・・・・・。もう着いた? まだ着かない? 着かないとしたら、遅すぎる。着いたとしたら、速すぎる。
 走行距離と時間。時間と速度。佐和子の計器類はどこか弛んでいる。乗物の進行に身を任せてきた長い午後のせいなのか、静止したままさらに遠くへ運ばれていこうとする惰性がはびこって佐和子を受身にしている。
 着いたとしたら・・・・・・降りなくては。
 佐和子は惰性をふっきろうと努めながら料金を払い、礼をのべ、荷物を降ろした。
 もう十一時すぎかしら。すぐお風呂へ行かなくては。そのようにして一週間の休暇を終えるとしよう。
 佐和子はようやく時間の方へもどってゆく。アパートの階上にある部屋の戸口へと荷物を運びあげる。化粧袋のなかで紅筆やヘアピンとごちゃまぜになっている小さな鍵をとり出し、薄いベニヤ板のドアを開ける。
 ふいに、暗がりに潜んでいた小動物が寒天状の空気をぶるっとふるわせた。
 手さぐりで蛍光灯の紐を引き、室内を照らす。一週間の不在を託つそらぞらしい空間の浮上と無機質なベルの残響。
 荷物を運び入れるまで待ってほしいというものだわ。
 佐和子がそうしているあいだも、それは等しい間隔をおいて二度三度と催促する。さらに度重なるにつれ響きは督促の趣きを呈し、非難がましい主調を帯びてくる。
 問題は、いまだ放棄するつもりのないものを放棄させられることだ。
 いましばらくは面と向きあうのを避けていたかったところの現実の方へ押しもどされてゆく。佐和子は机上の砂時計をひょいとひっくりかえした。
 このようにして休暇は終れりか。
 逃げるわけじゃない。逃げられるわけがないじゃないか。ただいま帰りましたとだけ言おう。それからこうだ。
 麻衣子ならもうすぐそちらに着きますから安心なさって下さい。あぁそれから明日が土曜日だってこと忘れていませんからどうかご心配なく。ではおやすみなさい。
 しかし今夜、相手は容易に引き退ろうとしない。
「そうなん。それはよかったこと。母さん夜も眠れんくらい心配しとったんやわ。吹雪も雪崩ものうてほんとによかったこと。そうなん、よかった、よかった。それでね。ところでね。ちょっと頼みがあるんやけど聞いてもらえんもんやろか。それがね、さっそくなんやけど、明日なんやけど、ちょっと連れてってもらえんもんやろか。大学病院ていうたら佐和ちゃんのいる所の近くやからと思うて。実はなあ・・・・・・」
 嫋々たる声は際限なく続く。何千里のかなたからくぐもった訴状を送りつけてくる声だけの実在。
 暖房の効いた列車を降りてまもなく、タクシーに乗り継いで来たとはいえ、そろそろ体が冷えてきた。部厚いセーターだの靴下だの窮屈なスラックスだの早く着がえさせてほしいな。
「時間と場所だけ言って下さい。迎えに行きますから。明日は忙しいから待たせるかもしれませんけれど」
 夜更けて、外はかえって生暖かい。佐和子は歩いて数分の浴場へいそぐ。
 望むと望まないとにかかわらず、明日というものはすでに今日のうちに始まるものらしい。
 この晩い時刻にしばしばここで逢うおばさん。素裸の彼女と笑みを交わす。
 彼女についてわたしが知っているのは、胸から突き出ているさつま芋の乳房と鏡もちのように脹らんでいる腹回り。そして天衣無縫な湯水の使い方。給湯の栓をいっぱいに開け放しておいてからなみなみと汲みあげ、これでもかとくりかえしぶち空ける。小さな家庭用の浴槽ならとっくに使い果してしまいそうな分量だ。水ははじけ、表皮はバラ色に染ってゆくが、濡れる気配もない。
 ざっぶどどどどど。落下音を聴きながら、佐和子は肩まで浸って目を閉じた。受話器を置いたあとも耳奥にもこる不快な残響はいきおい、消滅してゆくかに思えた。
 部屋にもどり、明かりを点け、明かりを消し、ようやく使い慣れた枕に頭を落とす。
 体はほどけ、寝具との境界もあいまいに溶けてゆく。濾紙に濾されてゆくようだ。
 しかし、溶け消えまいとする意識の残滓は仄暗い箱の底で頑なに滞っている。
 ふたたび姿なく現われ、枕辺を徘徊するくぐもる声にむかって、佐和子は異議申立てを試みる。
――ひとつ。あなたの暗い身の上話は聞かされたくない。くる日もくる日も炒ったそら豆で空腹を凌いだという話よりは、風呂場の窓をあけると深い御山の夜気を吸った山ゆりの匂いがあなたの鼻先をくすぐったという美しい逸話の方を憶えていたいのです。幼くして母親に死なれたその後のあなたの苦労話とわたしとどんな関係があるのですか。十やそこらで生れ故郷を後にして奉公に出たなどという話はうんざりです。あなたの湿っぽく貧乏くさい越し方のもろもろのエピソードはわたしを鼓舞することから程遠いのです。
ひとつ。憐れむような眼差しをわたしに向けないで下さい。たしかにわたしはすでに長すぎる間、考えあぐねている。行くべき道を決めかねているところの偏屈で要領の悪い、あなたにすれば出来の悪い娘であるかもしれない。あなたはあのことを苦にしているにちがいない。卒業の年、世話好きの教授がブロマイドのような写真を幾枚もわたしに示して
゛どうやぼくに任せといたら。悪いようにはせんで。郷里へ帰ったらすぐに釣書を書いて送りなさい”と言って下さったあのいいお話をわたしがすげなく断ったことを。物心つかないうちからあなたはわたしの裏切りを許さない気迫で言ったものだ。誰の御蔭で大きくしてもろたのか、胸に手を当ててよく考えてみな、と。すると、あなたの海よりも深い慈愛によって育まれたわたしには思い悩み、迷う資格もないというのですか。わたしがわたしの人生を選びとることをわたしに禁じないで下さい。
ひとつ。わたしに幸せを望まないでほしいのです。あなたという犠牲のうえにわたしの人生を築いてそのうえ幸せな人生を築くようにとわたしに強要しないで下さい。他人の犠牲のうえに築かれる幸せな人生というものをわたしは信じることができないばかりでなく、そういうものを欲していないのです。それを言えばあたかもわたしがのろわれた人生を好む変態じみた猟奇小説の主人公であるかのようにいう。あなたはわたしに幸せをのぞむことでわたしを不幸にする。あなたの願望はわたしによって実現されることはないでしょう。
ひとつ。あなたのものをわたしに継がせようとしないで下さい。珊瑚の簪(かんざし)、べっ甲の櫛、瑪瑙(めのう)の笄(こうがい)、翡翠(ひすい)の帯締わたしはありがたがりはしない。ルビーの指輪、エメラルドの、ダイアの輝く石たちもみなあなたのものだ。装身具にはあなたの苦しみや悲しみがいっぱい詰っている。よしそれらが今に生きていてあなたを悲の淵に置いていたとしてもそれもまたあなたのものだ。わたしは受けとることができない。あなたは不幸者を一刻も早く見限って、かつてあなたがそれらを得るために骨身を削ったように、もう一度、何よりもまずあなたの悲しみや苦しみをそっくりあなた自身の希望へと変えることに骨身を削って下さい。いただいても鬼子は受領証は認めない。麻衣子が受けとるというならむろん留めはしない。
ひとつ。あなたはまたしてもわたしを憐れむのだろうか。悲しそうに嘆くのだろうか、もし面と向ってこんなわたしの胸の内を明かせば。わたしにはあなたと訣別する勇気が必要だ。それもまた手を施すすべもなくあなた次第だとなれば、わたしに何を成就することができようか。あなたはわたしを引き止める係留の綱をへその緒のように絶たねばならない。それはいたみをともなう両者にとって辛い作業だ。わたしはそれを今はもう承知している。これ以上の手出しは許さない。必要なとき振りかえるのはわたしだ。そのときあなたがそこにいないと知って驚き嘆く勝手をこんどはわたしに許さない、と心に決めた。わたしはあなたから遠去かる ―― いたみの閃光。
 その瞬間、予期した閃光は体をつらぬくことなく、にぶくゆるい角度で逸れて消えた。沖へ漕ぎ出すためにほどけた四肢を集めるいとまを与えもせずに。
 意識の残滓は明瞭な体のかたちを意識した。あくまであるがままの体のかたちを見い出した。
 異議申立てが後ろめたさの裏返しのような自己正当化であったとすれば、暗闇の証明の下で威張って見せた剛毅の面構えは肥大した白昼の自我の、もっとも脆弱な部分だった。
 佐和子は上半身を起して目覚し時計を足許に置きかえる。
 だからいやなのよ。寝付けやしない。 
 さきほどまで明日であった日が今日になっている。明日が今日に繰りあがった今この辺りでは、ひとつ眠ればやってくる今日とふたつ眠らなければやってこない明日とが、向きあった鏡面に重々と互いの姿を映しあっている。
 合せ鏡のはざまで佐和子はこちらから赴くまでもなく確かな実相でむこうからやってくるはずの、日曜日の、明瞭なかたちへと想いを移した。
 その他の日々に較べてそれは、なんとかっきりといた輪郭で截りとることのできる一日だろう。

 土曜日の夜までに実家へ帰っておくことを怠りさえしなければ、日曜日の朝はすんなりと始まってくれる。家業の手伝いくらい気楽なものはない。゛勝手に恋人をこさえた″麻衣子はもう仕方がないと諦めて佐和子に跡を継がせたがっている父とうっかり口をきくことで芋ヅル式に出てくる厄介な家庭の事情に触れさえしなければ、安息日を仕事に費やすくらいわけはない。
 仕事の手順は解り切っている。゛うちには盆も正月もない。年中無休は昔からのことやのにちかごろでは使用人の方が強うなってしもて日曜は休むようになってしもた″と母のいう昨今の情勢の余波をうけて、無給アルバイターは出発する。ヴァンの荷台に卸しの品物を積むと、私鉄K鉄道に並行して走る国道を南へと下ってゆく。道に迷うことはない。沿線の主要な駅の、たいていは寂れている方の裏側にまわって、たいていは倉庫の片隅にあるところの納品場所へと向かう。
 そこは特急電車の社内で移動販売をする売子たちの詰所でもある。積まれて満艦飾になったワゴンが並んでいる。たいていの場合、出番を待つ彼女たちの賑やかな会話とけたたましくはじける笑い声、入り交じる嬌声に気負されて、佐和子は商品の点検をだれに頼んだものかと迷うことになる。手と口を同時に使う彼女たちの特技に割りこむのは至難のわざだ。制服の白い襟元から安物のオーデコロンと汗のにおいがただようあの娘はこれ以上余分な仕事はしたがらないだろう。手鏡をのぞきこんでいる娘は容易に顔を上げてくれないだろう。゛おうい甘栗の検品、早ようしたれやあ″と運搬係の男から声がかかると、ひとりくらいは気立てのいい子が立ってきて、話の合い間に袋の数をかぞえてくれることになる。すかさず納品書を出して受取印かサインをもらうこと。そうしないとまた待たされることになる。事務机に向っている別の男に納品書B・Cを渡してまた次の駅を目指す。
 直接、プラットホームの売店までダンボール箱をかかえてゆく駅もある。鈴鹿おろしが小屋を吹き抜けるころとちがって売店のおばさんはもっと口を緩めるにちがいない。きっとひとこというだろう。゛このまえはあんたと違とったがどっかへ行っとったん? スキー? ふうん、若い人らはええね″そしてまた一から毎度おなじみの話を繰返すだろう。手と口を交互に動かす彼女の場合、それだけ余分に手間どることになる。困るのはあのセンサク好きと干渉ヘキだ。
「あんたは店員さんとちがうやろ。なんか雰囲気がちがうもんな。あー、あの奥さんの娘さんか。それであんたふだんは何しとんの? 勤めとる? どこに? へぇー、学校(がっこ)。そんなええとこに勤めとって、ふうん、あんた偉いのやねえ。休みやのに配達に走り廻るやなんて。孝行な娘さんもって楽々軒の旦那さんも幸せやね。このごろあんまり見かけんけど元気にやっといなはる? 若いころは芸者衆に気前のええとこ見せて奥さん泣かせてやったけど、もうなんちゅうても年齢(とし)やもんなあ。そうすっとあんたと妹さんとどっちが跡取ることになっとんの? もう婿さんも決まっとんのやろ。決まっとらなおかしはなあ」
 堂々と覇者のように振舞う彼女の前で、玉ねぎの皮みたいに剥がされ、顕わにそして矮小になってゆく自分の姿。歴史の年表のように過去の事実だけをずらりと並べて、身上書と履歴書の解釈と行使は持主自身に任せることにしないか。将来についてはお互い干渉せず尊重しあうことにしないか。不覊不可侵条約を結ばないか。
「納品書にサインお願いします」
「なんやもう帰るの。ゆっくりしてっていいのよ。けどやっぱりなんかこう雰囲気がちがうもんやね、先生(せんせ)ともなると同じジーパン穿いとっても」
 この類のセリフを聞かされると不当な差別を受けた気になるのだがわたしはだれに訴えればいいのだろう、と佐和子はきまって煩しく思う羽目になる。
 売子たちの嬌声に心乱されるわたし。それにあの屈託のない笑い声。あの年頃にもなかったあれと同じ声でいつわたしが笑ったことがあるだろう。プラットホームの小屋で売れ残りの週刊誌をめくって過ごす人生も屈託なく笑いころげられる人生もそれ自体得がたい尊いものだ。本気でわたしはそう思っている。けれどもわたしがどう思おうと彼女たちはわたしを同じようには見てくれない。それにこの前、倉庫の狭い通路で通りがかりにわたしの尻をさわったくせにあわてて手を引っこめた男がいたっけ。゛なんや麻衣ちゃんとちがうのか。よう似てるなあ。さすが姉妹やなあ″なんていったりして。
 ゛うちの手伝いなんかいやならあっさり断われば。要は姉ちゃんに相手がいないからあかんのやわ。ぐずぐずしてるからあかんのやわ″いまいましい麻衣子。
゛だから女に学問なんか要らんといったじゃないか。おまえの躾がなっとらん″と母を責めるいまいましい父親(オヤジ)。
 だからこうしてできるだけ協力してるつもりやわ、とは言ってみても、教師は聖職者だなどというデマなら笑いとばせるが、教育労働者と呼ばれたらどうしよう。どこに労働者と名のるにふさわしい労働の実体があるのか自信はない。
 運転中はそんなこんなが頭をかすめすぎるだろう。だけどハンドルを握ったら安全第一でいかなくちゃ。でも二進法でぐんぐん桁をましてゆくこの単純明快さ。これもやっぱり捨てがたい。タンク・ローリーなんかこわくなーい。スピード、アップ!
 この辺り、光る海が見えても海じゃない。栄えているのはボッタリした海苔の佃煮のような重油のヘドロたちだ。見たければ目を閉じて見よう、白砂青松。お日さまも隠してしまう黄色い煙と臭う風。窓を閉めよう。焼き栗の甘いにおいが台なしだ。
 かの地からほんとにようこそ日本へ。
 正真正銘、中華人民共和国からの輸入品だというのに゛ほんとに外地もんか″とからむ客がいる。そんな人のためには小粒で渋皮がこんなにきれいにはがれる栗は内地じゃ採れないわ、ほらっ、て実演してあげる。すると゛じゃあ密輸品だろ″だなんて的はずれなことをいう。登録商標にある天津の名も滋養豊富な自然食品の味もご存じないらしい。少なくともかつての侵略者たちなら身に覚えのあるはずだが、たいていは晩い帰宅のいいわけに手土産の要る酔いどれどもだ。酔ってる暇があるなら一刻も早く日中国交回復に針孔(メド)をつけてもらいたいわ、おじさま。国交回復は日本人民の願い。実現したら安くておいしい甘栗をもっとたくさん売ってあげる。なのに、去年秋の「佐藤・ニクソン共同声明」ときたら、米国の大統領が北京訪問の秘策を練っている折も折、防衛の概念を台湾省にまで拡げてみせたのよ。この軍国主義の思想を貫徹せんとするわが外交に中国は公益を制限する報復措置をとってきたの。ご存じ? あおりを食って輸入契約は不成立。入荷量は極端に減らされ、現物は今や貴重品扱い。在庫は秋まで保たないの。関連業者は青息吐息。もうすぐうちの商売もあがったり。゛ほんまにもう佐トはんがシソーを変えんことにはどもなりまへんで。佐トはんはシソーを変えんとあきまへん″て本店の社長はんは怒っているわ。だからこのところ社長はんの「もうかりまっか」も吉川(きっかわ)はんの「ま、ぼちぼちでんな」も迫力がないけれど、そんなことは無給アルバイターの関知しないところだ。だってきょうはわたしの安息日なんだもん。
 佐和子は先を急ぐだろう。国道を南へ下って行けばいい ――
 佐和子はいつの間にか眠っていた。
 なかなかやってこないと思っているうちはなかなかやってこなかった眠りの方へ連れ去られていた。目覚めているうちは頭上にうっ陶しくかぶさっている網が、幼いころ吊ってもらった蚊帳のようにあまやかな表情でかぶさっていても彼女はもうそれを意識することがなかった。
 だが、明瞭なかたちと佐和子がいう明後日の行程にはまだ残りがあった。
 現実に手に取ることのできる明瞭な世界に今はおぼろげにしか見えない世界を対峙させて、おぼろげな世界を明瞭の世界以上に鮮明にしてみせること。
 こっちだって楽じゃない。だけど私はこっちへ行く。これはわたしの選択だ、とそう思うあとから二者択一によりかかり切れない、ひとつの体をふたつに引き裂くような感情が湧いてくる。
 この宙に浮いたような、糸の切れた凧みだいだと自分でも思う不明瞭な自分の輪郭に、今すぐ黒々とした終止符(ピリオド)をつけてやれたらどんなにスカッとするだろう。じっさいには行けども行けども疑問符ばかりが増してくる。
 きのうのことだって、またひとつ、容易に打ち消すことのできそうにない黒々とした疑問符じゃないか、と思う羽目になる行程がまだ残っていた。
 佐和子は悔っていた。次々と納品場所へ向うとき揉みくちゃにされながら車を走らせることになろうとは予想していなかった。
 その昔、母が十年かけて北上してきた道。奈良の山奥から奉公に出て、熊野から宇治山田へ、津へと伊勢路を北上し、父との縁で現在の北勢の小さな街に落ち着くまで十年かかっている。今、下ってゆくには半日の行程だ。
 もういっぺん吉野の山桜が見たいもんやわ、死ぬまでに。春毎にこぼすグチなら今年もやりすごすことになるだろう。だが、やりきれないのはあの声だ。
 どんなに恐ろしかったか。もういやや。もうあんなことは二度といやや。バラバラと降ってきて・・・・・・。
 あの光景は一生忘れないといわんばかりに爬虫類の黒い眼が光る。
 一九四四年七月サイパンが落ち、米軍は十一月からサイパンを基地に本土空襲を開始した。十二月七日東南海地震が近畿地方を激しく揺るがした。天災を天罰と受けとめた民も少なくなかったこの地方だが、まだ被害の片づかない翌年一月、空からの攻撃にさらされはじめた。米軍B29の編隊は熊野灘から侵入し尾鷲の上空で結集した。攻撃はB29のほか艦載機による機銃掃射も加わりじりじり北上する爆撃下、県下の各都市はつぎつぎ焼野原と化していった。農村、漁村地帯も例外ではなかった。
 中国大陸は北支へ出征していた兵士の存在を佐和子は知らなかった。父の顔を知らなかった。
 ポツダム宣言受諾一ヶ月前のことだ。嫋々たる声が語るのは。
 航空機用ベアリングの70%を生産していたベアリング工場をはじめM重工業、Y重工業その他いくつかの工場を狙われて市街地の91%が焼け全人口の65%が罹災したときのことだ。一回目は真夜中の焼夷弾攻撃、二回目七月二十四日は正午前だった。
 バラバラと降ってきた。バラバラと隙間がないくらい落ちてきた。あんたをひっつかんであとは憶えとらん。あの御方が貨車の下へ押しこんでくれなんだら、わたしもあんたもどうなっとったか。いのちはなかったやろな。

       2
 哀れっぽく縋りつかれるくらいなら、限られた用件に関するかぎり乞われるがままに従うのがわたしの主義だ、と他の仔細は一切省いて、どこかのだれかを見舞うのに付添ってほしいという母の頼みだけを佐和子は承諾したつもりだった。
 約束の場所へは送れて着いた。会議が長引いたからだ。
 母の奥目は石垣のすきまから眼だけ光らせる爬虫類のそれに似ているので雑踏のなかでもすぐに見分けられる。
「お昼ごはんまだなんやろ」
「いいから早く用をすませましょう」
 大学病院の長い塀に沿って並んで歩いたのだったが、いったん石門の通りすぎてしまうと母は娘の先に立って建てこんだいくつかの病棟をずんずん抜けていった。とある建物の昇降口へきたとき彼女は抱えていた大仰な包みのどこかからスリッパを二足取り出し、娘の足元にも置いた。娘が脱ぎすてたパンプスは懐か腕(かいな)か袂かに納まるような印象で包みのどこかへ仕舞いこまれた。
 消毒薬の匂いが鼻孔の奥へ流れこむ。嗅ぐまいと鼻先であさく息をする。そのつど匂いが鼻をつく。息をとめる。まえよりもいっそう深く吸いこんでしまう。
 長い廊下のずっとむこうに白い細工物が現われ、繰り人形のような足どりでみるみるこちらへ近づいてきた。看護婦だったが、母は会釈しただけで案内も乞わず、ずんずん先へ行く。両側の窓枠は完璧な遠近法で迫りつつあるが、窓のむこうの動静は例外なく嵌めこまれた曇りガラスで遮られ不透明に暈かされている。
 母はもう、とある部屋へ入ってしまった。佐和子は母の影を追い、遅れてその部屋に入り、後ろ手に引戸を閉めた。
 どのくらいのあいだそこにつっ立っていたろう。遠くから呼ぶ声がする。
 ベッドと木箱とが交互に並んでいる。木箱はあれそっくりの形状だが蓋はなく高さはあれの半分くらいしかない。
 わたしをここまで誘き出した声がまたしてもわたしの名を呼んでいる。
 「あんたもここへ来て挨拶せんか」
 その語尾をかるく持ちあげる抑揚は後じさりしたい佐和子の気持をかるくするどころかかえって逆撫でる。
 いたぶられるこの気持をもってしてはあの木箱に屈むことはおろか、近づくことなどできはしない。
 「佐和ちゃんもっとこっちへ・・・・・・」
 声色は下名の響きを露わにした。誘き寄せられ爬虫類の凝視に呑みこまれそうな瞬間、さあ、と位置を譲られ、佐和子は木箱の縁へ押しやられた。そのようにして、仰むけに固定されているその人を、佐和子はついに認めた。ああ、あの人だ、というふうに。
 彼は何か言いたそうにする。
 彼? そうなのだ。彼とわたしの間には歳月が横たわっている。歳月は二度とふたたびわたしをして彼をおじさんとは呼ばせまい。
 彼はどこか指し示したかったのだろうか、腕を挙げたそうにするが、じっさいには手首の先で指がかすかに動いただけだった。
 半ばは生きんと抵抗し、半ばはもうひとつの方向へ赴きつつある過程の、逐一具体的な様相のサンプルを見せつけてくる。人間の最後の正当な権利を行使するにしては穏やかすぎる抵抗だ。ここでは生は悉く死によってその諸相を映し出されている。容易に決着のつかない綱引きが静かに進行している。
 なんというありさまだろう。やっぱりわたしの来るところではなかったじゃないか。
 こんにちわあ、といったような快活な女性の声がした。ややあって入口付近から順に患者の腋下に体温計を挟みながら看護婦がやってきた。彼女のおかげで佐和子はそこを離れることができた。
「おそかったでしょ、キムさん。ごめんなさいね。今日は特別、先生たちがいろいろと忙しかったものだから回診が遅れたの」
 先生(ドクタ)はあわてずさわがずのっそりと姿を現わした。もう見馴れた光景だとでもいうのだろうか。
 やがてキムさんと呼ばれた彼の箱へも近づいて、悠揚と躓づいた。キムさんの手の甲に掌を重ねる。
 キムさんは黙示でも授けられるかのようにうっすらと開けたままで閉じ忘れていた瞼を閉じた。そのまま永い眠りに就いてしまっても不思議ではないような閉じ方だ。
 医師の顔を見ただけで患者はそのようにも眠ってしまうものだろうか。キムさんの脈さえまともに計ろうとしなかった先生(ドクタ)にどんな秘鑰(ひやく)が備わっているというのだろう。二人はなにか共通の親密な絆を手繰り寄せあっている、そんな宥和な雰囲気をそこに感じたのだが、それ以上は深追いせず、それよりも午後のそれほど晩くない時刻だというのに部屋全体におおいかぶさってくる寂静を破りたいいっ心で、佐和子は思わず口をきいた。
「さっきは何ておっしゃったのかしら」
 母は窓の外へほらあの、と手をかざした。遠い空のかなたでも指し示すかのような仕草だったがそこには向かいの病棟の灰色の壁があるきりで、かざした手のはるか下の方に飼育箱がひとつ、金網に木洩れ陽をうけていた。
「うさぎを見ておいでって。あんたのこといつまでも子供やと思っていなさるんやわ。よおかわいがってもろたもんやからね。おじさんに負ぶってもらわな昼寝しようとせんかったし」
 看護婦は順に体温計をぬきとり目盛を読んでは記録していった。仕終えると先生(ドクタ)を従者のように促して忙しなく部屋を出ていった。母はキムさんを眺め、眺めてはハンカチを目頭に当てていたが、やがて小声を押しだした。
「ほんならな」
 ほんならなはサヨウナラだ。サヨウナラはサヨウナラバ。そうするより他に仕方がないならばそうであるより他に仕方がない、さようであるならば。
 佐和子はよその国のことばで呟いた。生な感情にじかに触れることを忌み嫌う彼女の性向は、こんなときにももうひとつの表現を対応させて現実とのあいだにクッションを置こうとする。無くて七癖のひとつにすぎないけれど、たかだかそれだけのこととはいえ、ごく稀に対置法でぴたりと収まったときには何かが判明したような気分になれる。
 病室を出てから先立って歩いたのは佐和子の方だった。昇降口でスリッパをぬぎ捨て、取返した靴を穿き、急ぎ足で門の外へ出る。
「先に帰っておいて下さい。まだ仕事がありますから」
 怪訝そうな顔にはかまわずタクシーを止め、佐和子は母を押しこんだ。
 はじめひとつの小さな呟きだった゛ほんならな” ひとつの音が共鳴し、反響(エコー)が反響(エコー)を呼んでいまにも破裂しそうなくらい外へと拡がってゆく。
 埃が舞っている。春風に埃が舞いあげられる。
 まだ仕事がありますから、だって?
 為すべき仕事は他に思いつかなかった。生温かい旋風の圏外へ一刻も早く逃れ出ること以外には。
 厚ぼったいスーツの上衣を脱ぎすてたい。もう長い塀に沿って歩きたくない。どこへも帰りたくない。
 その場で道路を横切った。病院の対面になる公園へと、長々しい生垣がふととぎれる狭いすきまを見つけて侵入する。木立の合い間をぬって歩く。
 だだっ広い公園のことだ。繁茂する木はあまたある。しかしあまたある木々のどれがわたしの求める、一本の樹であろうか。どのようにして見分けられるというのだろう。欲しいのは一本の樹だ。わたしは今すぐその樹が欲しい。あまたある木々の一本一本をたずね歩かねばならないとしたら、わたしの旅は途方もなく長いものになるだろう。
 立木のとぎれた箇所には花壇が、花壇にはパンジーの群が、群には春風が。春風はパンジーたちの花弁をなびかせている。花たちは春風を受けている。
 生温かい風のなかを素裸で泳いでいた。
 佐和子は身ぶるいをおこしスーツの襟を立てボタンを全部きっちりと掛けた。
 あのむこうの木立の方へは迂回路はとらない。最短距離はこれだ。
 佐和子は、かかとの高い靴で、花壇の花々を踏みしだいてゆく。
〈わたしの旅は・・・・・・途方もなく・・・・・・長い旅になるだろう〉だって?
 迷妄だ。そんなはずはない。
 わたしを実現することのできるいちばんの近道は――ここからもっとも遠く、近づくにもっとも困難な方法にある。
 喉に渇きを覚えた。
 旋風の圏外へ、ガード下にある岬をめざして、公園のはずれへと、直線に歩く。
 岬は奥へ入るほど自然の採光が明るい。嵌殺しのガラス窓いっぱいに公園のこんもりした木立が見渡せる。
 佐和子はいうもそうするように窓ぎわの席に腰を下ろした。彼女がグラスの水を飲み干してまもなく、白衣の男がドアを押して入ってきた。
 彼女は彼の方へするともなく会釈した。なせなら、彼女がたった今気付いたことに彼は以前からたびたびこの岬で見かけるようになっていた人だからであり、それだけならば今になって会釈する理由はなかったが――佐和子はフラッシュ・バックで溢れそうになった――たった今気付いたことに彼はあの病室へ回診に来た先生(ドクタ)だったからだ。
 かれが白衣のままここへ来たのはきょう初めてだわ。わたしは男の顔を憶えるのが苦手だ。現にあそこで見かけたときにはよくここで逢う人だとはまるで気付かなかった。
 かれは患者の前に現われたときののっそりした動きではなく、まるで待たせてしまったデイトの相手に近づくような自然な足どりでごくすんなりとかの女の前に来て坐った。
 するとかれは病室でわたしを見かけたときすでにわたしを認めていたのだろうか。
 佐和子は空のグラスをあおり、底の氷を口の中へすべらせた。ガリッと氷を砕いた。細かな氷片が溶けてゆく。
 かれとかの女は名のりあった。しかしかの女にはかれの名を正確に聞きとることができなかった。聞き糾すことはためらわれた。
 悪い癖で“Pardon”とやることを今は差し控えるべきときなのだ。要するにかれはキムなんとかだ。ドクタ・キムだ。
「キム?」
 かれの名を聞き返したのではない。先生(ドクタ)はのっそりと患者に近づいた。そえにしても彼、キムさん(その名を知ったのも今日はじめてだ)の箱に躓づいた瞬間の、なんといえばいいのだろう、ごく稀な親和感――
「するとあの方は・・・・・・」
「そうです。ぼくの父です」
「アボジ・・・・・・だったのですか」
 かれはゆっくりと眼差しの矢をつがえ、かの女の眼を射抜いた。それから不意に視線をはずした。
 苔むした公園の石垣、その上の生垣、青垣のむこうの濃緑の立木。
 かれはまさぐるように目線を這わせ一本一本を鑑別してゆく。とある一本の裸木にかれは新しい矢をつがえる。的に目を凝らす。根元から少しずつ目を這わせ、丈高い梢へと向かう。太い幹は先へと伸び、先端のしなやかな枝は支流へと拡がってゆくほど毛細血管の繊細な模様を描いている。虚飾なくそそり立つ裸木。ついに、その背後の、そこだけはそうであるにちがいない冬の空へと眼差しの矢を放った。
「アボジはよくわたくしを負ぶって寝かせて下さったそうです。お昼休みをさいて下さったのでしょうか。お布団よりもアボジの背中の方が気持よかったのでしょう、きっと」
「父はもう永くありません。母と二人の妹は三年前の秋、共和国へ帰国しました。その後中断している帰還事業が今すぐ再会されたとしても動かすわけにはゆきません。父はおそらく二度と祖国の土を踏むことはないでしょう。しかし遺骨となってでも家族と再会させたい。むろんぼくはそうします」
 佐和子は黒褐色の液体を流しこむ。一本の樹に巡り合った瞬間に、濃い、絶望に似た感情がかの女の空洞を過ぎってゆく。どこか知らない深い縁に滴り落ちて、溜る。「やはり母はきょうが初めてではないんですね。昨晩おそく電話をかけてきてなんだかもう強引にわたくしを引っ張ってゆくっていう感じでした。でもどうして今ごろになってキムさんにわたくしを会わせたかったのでしょう。父には詳しく話していないはずですし、キムさんとそれほど深いおつき合いはしていなかったように思いますけど」
「われわれの間のいくつかの出会いはいくつかの、いや無数の偶然から成る必然であるといえます。現に今朝もし医学部でおきている紛争の交渉が長引かなければぼくは午前中にいつも通り回診を終えていたでしょう。したがって父を介してあなたと会うこともなかったでしょう。たとえばまた、あなたのオモニが強引にでもとにかくあなたを連れてこられなかったならば、あなたとぼくとはこの岬に居合わせながら永久に言葉を交わすことはなかったでしょう。たとえばまた・・・・・・たとえばまた・・・・・・」
 会話は頭上の高架線を走ってくる電車の轟音と振動にたびたび遮られたのだったが、その日の最後にかの女はこう言った。
「あなたとわたくしがこれまでの習慣を変えようとしないかぎり来週もまたこの岬でお会いすることになりますね。きのうまでは偶然居合わせた他人として、そしてこれからはどういえばいいのでしょう」
 いっしょに岬を出た。
 医学書専門の書籍店と医療器械を扱う店とに挟まれているそこを出てしばらく歩いたときまたしても頭上から轟音が降ってきて、かれとかの女の交わすさようならを打ち消していった。
 かれの白衣をつけた後ろ姿が大学病院の長々しい塀に沿って遠去かる。
 佐和子は折よく来たバスの方へ駈けよりそれに乗る。バスの行き先はちょうど週末ごとに実家へ帰るための経由点と一致していたにもかかわらず途中でバスを降りた。土曜日の晩い午後、繁華街のひと混みを抜けて裏通りの映画館へ潜りこむ。

 機関銃を打ちまくる矢つぎ早やのセリフ。のべつ幕なしに叩きつけあう会話。目まぐるしく入れ変わる映像。しばらくは茫然と息をひそめてスクリーンを見つめるだけだった。氾濫し錯乱し交錯するイメージ。眼がチカチカする。連続を絶つイメージの重複。ナレーションは論理を挽回しようとやっ起になるが陰画の世界にちりばめられた言葉は世界を再び構築できるか。
   ・・・・・・すなわち言葉の境界は世界の境界であり
   ・・・・・・私の言葉の境界は私の世界の境界だ。話
   しながら、私は世界を限定している・・・・・・
゛するとあの方は”
゛父です”
゛アボジだったのですか”
 驚愕したのはかの女の方だ。アボジと反射的に吐いてから口をついて出たことばにかの女は不意の一撃をくらう。
 いつどこでこのことばを憶えたのだろう。気紛れにめくる月々の文芸雑誌あたりから拾ったものとみえる。すこしばかりエキゾチィックな風合いのちょっと気取ったアクセサリーとして小物入れにそれとなく仕舞っておいたものだろうか。かの女の部屋を開ける小さな鍵は、誤って、途方もなく大きく重い扉にさしこまれた。しかもあたかも扉が開きそうな錯覚にかの女を陥れた。
゛あの方はあなたの”
゛母です”
゛オモニですね”
 ことばだ。果実だ。ことばの果実だ。ことばが果実をかじったのだ。内実の詰ったことばほどおびただしい果汁を滴らせるものだ。滴る果汁はことばの果肉のいたみだ。
   論理的かつ神秘的な死がこの境界を取り払う
   とき、そして質問も解答もなくなるとき・・・・
   すべてはおぼろげになるだろう。
゛もっと近くへいらっしゃい。憶えている? あのおじさんだよ”
何を思いおこせばいいのだろう。脊椎カリエスに蝕まれているこの人の背中でわたしが午睡をむさぼったという三歳の時をか。どこのだれだか問わず知ろうとせず一切を不問に付して過ごしたそれからの二十数年をか。それとも、母とわたしのいのちの恩人たるこの人のそのときとそれからの今にいたる歳月をか。
 そもそもの始まりにおいて何がおこったといえばいいのだろう。
   しかし偶然に物がふたたび鮮明になるならば、
   それは意識の出現とともでしかあり得ない。
   その結果、すべては結合しあうのだ。

 あれから外へ出たとき外は暗くなっていた。
 今夜はいったいどうしたことだろう。踏みはずしそうな時間の不連続線上を歩いているみたいだ。気分はふわふわ把えどころなく浮ついているのに体は熱っぽくふるえている。発熱しそうな寒気を抱えて路上をさまよったあげく、明瞭なかたちの明日に備えて帰るべき処へは帰らず、アパートの一室へ舞いもどったものとみえる。
 記憶の細部は、いや記憶自体があいまいだ。
 わたしがひとりで歩いた時間帯にわたしのアリバイを提供することができるのはわたしひとりしかいない。
 昼間、あれほどかの女を脅かしたキム老人の面影は跡形もなく消えている。ドクタ・キム? もともとかれは名なしの幻影だ。
 嘘のようにかき消えた出来事の、衝撃の余震を抱えてかの女は夜の巷を彷徨したのだ。
 小刻みにふるえる体を抱えてわたしはひとりここにいる。わたしはひとり取り残されたのだ。言葉によって論理づけられた世界においては゛その結果すべては結合しあうのだ”とすれば、ひとり取り残されているわたしは結合しあうすべての内側に組み入れられ損ってしまったのだ。

       3
三月三十一日七時二十一分。
 福岡行日航旅客機ボーイング727「よど」は定刻より約十分遅れて羽田空港を離陸。上空は晴れ。気温七度、視界良好。風速七ノット。羽田空港管制塔より高度、コースの指示。各種計器の点検。すべて順調に上昇。うららかな春の空へと舞い上がった。
 その昔、地続きだったと聞けば、大陸の母体からむりやり引き剥がされ今もって胎児のままあえかなるへその緒を海に沈めている日本列島だが、いかなる天変地異によるものだろうか、鋭い地形はむしろ原始時代の鏃(やじり)を想わせる。
 眼下に富士山頂が見える。
 突如、鏃を握んで木乃伊(ミイラ)と化した胎児の腸(はらわた)を蹴破り、腐ったへその緒を喰いちぎり、怪鳥のごとく飛び出した鬼子があった。
「よど」は一瞬にして恐怖の密室に変った。
 同旅客機は同7時31分ごろ富士山南側を飛行中、同乗の自称赤軍派学生九人に乗取られた。乗取り犯は機長を日本刀で脅し北朝鮮へ向かえと命じた。
 事の起りは、大陸の付録といおうか、虫垂のように突起した岬、朝鮮半島は北半部を目指せとする鬼子の狂愚がそれであった。
「福岡着陸に決定。スカイジャックは爆弾を保持。失敗の場合は自爆するといっている」7時31分日航大阪空港所航務課に石田機長より無線通信が飛びこんだ。
 日本航空史上初の旅客機乗取り事件は乗客の安全を第一にただちに陸海空一体の警備網を敷くところとなった。
 8時59分福岡空港に着陸。「燃料補給を早くしろ」「警察を近づけるな」乗客・乗員は機内にかんづめ状態。日航機は時間をかせいだが「給油を開始しないと爆破させる」との脅しに10時55分ゆっくりと給油を開始した。こどもとつれの親、韓国人は降ろす、との犯人の意向で1時35分爆弾を持った赤軍派が立つ入口から23人が降ろされた。乗取り後約6時間、じりじりと強まる緊張下で必死に続いた説得や引延ばし工作を破って「よど」の巨体は滑走路をすべり出した。機長の判断による発進。涙声の家族。「離陸させたら承知しない。北朝鮮へ連れて行かれたらいつ帰れるかわからない」と悲痛な叫びがあがる。厳戒態勢の航空自衛隊、機動隊、私服捜査官、一切の包囲の網を突破し、1時59分機体は浮上。上空へ吸込まれていった。滑走路にがっくりひざを折り祈る姿もあった。
 機長にはひそかな計画が与えられていた。「韓国上空を避けて日本海を北上、38度線を越えてから機種を西に向け平壌に入れ」インタホンを通じ専門用語で伝えられたものだった。「よど」は地上の怒号・狂号を虚しく蹴散らして北の空へと機影を没した。
 日航機は2時30分韓国東海岸浦項上空に達し、さらに北上を続けた。これに対し韓国空軍F5Aジェット戦闘機数機が飛立ち、2時38分38度線を越えたところで日航機を西南方に誘導し始めた。39度線上にある平壌へ向かうには不自然な転針である。以後、日航機は朝鮮半島を分断する軍事休戦ライン沿いに西に飛び続けた。2時52分「順調に飛行を続ければ15時05分ころ平壌に達する」との無線連絡を入れ、3時03分突然、機首を南に向けた。急旋回の謎を航跡に残し、3時10分韓国領へ入る。「平壌着陸15時16分の予定」との交信どおり同時刻に、しかし着陸したところはソウル郊外金浦国際空港であった。
 同空港は事前に韓国旗を下ろし平壌の飛行場のように偽装され、北朝鮮の軍服で変装した韓国軍空挺部隊の精鋭三十人がにせの歓迎プラカードを持って出迎えた。
 犯人たちは降りる準備をしはじめた。その様子は乗客たちに浮きたつような動きを伝えた。が、ドアをまさに開けようとした直前、リーダーの男が叫んだ。「違う。外車や米軍機がいる」「ラジオから英語の放送が流れている」「米軍のトラックが走っている」迎えに来たバスに機上からリーダーが「ここはソウルですね」と鎌をかけた。バスの運転手はつられて「そうです」そのとき韓国側のアナウンスが告げた。「ここは朝鮮人民共和国です。歓迎します。すぐ降りてきて下さい」学生側は擬装に気づき、機外に降りるのを拒否。機内にろう城。平壌に見せようとする韓国側の苦心の工作は失敗に終った。
 北朝鮮を亡命先とする日航機が十分な外交ルートの了解もなく韓国に着陸することは、ただでさえ複雑微妙な国際問題となりがちな事件を対立の火中に放りこむことになる。その理屈が日本政府にわからなかったはずはない。日航機と乗客・乗員は金浦空港で南北朝鮮対立の網の目にしっかりとからまれることになった。「よど」の車輪が金浦空港に着いたその瞬間から事件は、犯人に対する説得と日韓政府の外交折衝という二つの顔をもつことになり、百余人の安全をかけた時間は容赦なく経過しはじめた。
 エンジンを止めてから空気は悪くなる一方。「窒息しそうだから早く飛ばせてくれ」と機長は管制塔に伝えてくるまでになった。しかし乗客・乗員計百十五人は気密機内で夜を明かさねばならなかった。
 日韓両国関係者が「一般乗客を降ろしてほしい」と繰返し説得しているにもかかわらず乗取り犯は二日目の夜になってもこの働きかけを拒否しつづけた。長時間にわたる監禁によって百余人の乗客の体力、気力が限界に迫っているため、政府は決断を迫られることになった。
 北朝鮮は一日、日赤本社への返電で飛行安全と帰国の保証を表明していた。一方、犯人たちはだまして金浦空港に着陸したと硬化した態度を崩さず、乗客はジュラルミンのオリに監禁されたまま二晩目を明かした。
 韓国のイニシアチブで着陸させたとの立場を公表している韓国政府は乗取り犯の学生が乗客をソウルに降ろさぬ以上、同機を北朝鮮へ飛ばせるわけにはいかないという態度を崩していない。これに対して、不測の事態を避け、あくまでも人命の安全をはかろうとする日本政府は二日未明の段階で、乗客ぐるみの北朝鮮行きもやむなしとする考えに傾いてきたが、人命の安全が厳しい対立関係にある分裂国家の深刻な政治問題とからんで日韓両国政府は苦悩の色を深めていった。
 二日午後4時30分福岡空港の乗客家族旅団は佐藤首相、朴韓国大統領にふたたび電報を送る。「ただちに平壌へ出発させよ」
 韓国政府はギリギリの時点までソウル解決を諦めないとする強い態度をとった。人質を放すまいとする犯人学生と国の威信をかけた韓国政府の主張との板ばさみのなかで、乗取り後58時間が経過した午後5時05分乗客の身代わりとして人質になる提案を出した山村次官の声は必死だった。
「日本の運輸政務次官が誠意をもってお願いしているのです。どうかよく考えて下さい」この申入れに対して乗取り犯は山村氏の身元保証に社会党代議士阿部氏が立ち会うことを逆提案した。犯人から「アベ先生」と指名をうけた氏は大臣室で大任を依頼され羽田へ急行した。
 機内では犯人たちが一人一人自己紹介をし人生観や世界観を語っていた。わかりにくい「世界革命理論」に乗客の一人が注文した。「日本には万葉集というすばらしい古典があるのだからもっとわかりやすく説明してくれ」
 三日0時48分阿部代議士が特別機でソウルに到着。金山駐韓大使、山村次官と協議に入る。75時間が経過した10時すぎ阿部氏・山村氏「よど」に近づく。操縦席の窓越しに犯人と直接交渉。山村次官の身柄と引替えに全乗客を機外に出すことが合意に達した。しかしパイロットの交代を犯人らはゆずらず乗員釈放の交渉はまとまらなかった。
 午後2時20分「みなさんとお別れだ。パーティをしよう」犯人の一人が詩吟「べん声しゅくしゅく・・・・・・」とひとうなり。機内に奇妙ななごやかさが流れた。「世界のプロレタリアートのために最後までがん張りたい。皆さんにはご迷惑をかけた。日本を愛するゆえの行動と理解してもらいたい」
 乗取られてから79時間ぶり、2時38分と3時08分乗客九十九人とスチュワーデス四人の計百三人は政務長官一人と交代に救出された。
 韓国では北のことを「北韓傀儡」と呼ぶ。一日には早早と日航機の北行き阻止を訴えるデモさえ行われた。共産国家とくに北朝鮮に対する警戒心の根強さは、この六月からは釜山と下関の間にフェリー・ボートも就航するという、日韓両国人の交流が深まりつつある現在、韓国人をしてこう言わせている。「日本の人たちはまだまだわかっていない。だから危機感もなく何かにつけて甘い。私たちは朝鮮動乱で現実に経験したのです。北の占領下でこの目で見、ハダで感じたのですよ。暴力と統制の恐ろしさ、もう絶対にいやですよ」
 乗客の救出という一つのヤマは過ぎたが、日本、韓国、北朝鮮をめぐるさらに複雑な政治状況のなかでこんどは外交問題に発展しそうな要素が出てきた。
 韓国側が主導権を握っていた゛引延し作戦”は見事功を奏した。しかし、韓国世論は日本が利用するだけ利用して結局は乗取りを成功させたことに「そむかれた韓国の善意」(大韓日報の見出し)という日本への悪感情を表明した。「擬装とはいえ国旗まで降ろしたことは国家の威信を傷つけた」「韓国が北行きに反対しているため事態が進展しない、日本人はこう思っているのではないか」「きびしい情勢の中で、韓国政府が乗客を降ろせば北へ行ってもよいといっているのは、日本に対するせめてもの誠意なのに」と疑惑を深め、残念がる韓国人も多かった。
 6時04分身代わり人質山村次官、交代を認められなかった石田機長ら乗員三人と犯人九人の乗る「よど」は北朝鮮に向かって出発した。
 日韓間友誼による協力を袖にして「よど」の針路はふたたび岬の北半部へとめぐる迂回路。狂気ふりかざす逃亡迷児の言いなりに、終には鬼子の狂悖が成就するまで、迷妄が目的を遂げるまでの怪鳥のゆくえをめぐってが、その顛末であった。
 この「旅客機拉致事件」について言うならば、朝鮮民主主義人民共和国はそれとなんの関係もなく、またありえない。われわれはその旅客機にどんな人が乗っているのか、その旅客機の「拉致者」という日本の青年たちがなぜわが国にくるといっているのか、まったく知らない。われわれは彼らを客として招いたこともなければまた彼らを歓迎するといったことはさらにない。旅客機事件について人道主義的立場からその安全を保証してほしいとの要請があったがゆえ、これに好意的な回答を与えたまでである――と朝鮮中央通信は論評を下した。
 6時30分の平壌放送は朝鮮赤十字中央委員会が日赤あてに打った電報を伝えた――日本当局は日本領内の板付空港で解決できず、南の金浦飛行場でも解決しないまま、飛行機をわが領内に送り込もうとしている。これは日本当局が自分ですべきことをわれわれに押しつけ、われわれの手をかりて犯罪者を逮捕しようというものだ。これはわれわれがトロツキストや犯罪者を受入れることを望んでいるかのような印象を作り出そうとする策動である。こうした状態ではこれ以上わが方の当該機関はこの事件に関与することを望まない。
 7時ごろ軍事休戦委員会の北朝鮮代表から国連軍側代表を通じて伝えられたところによると「わが方は状況が変化したので保証することはできない」との簡単な回答があった。山村次官の身代わり人質により乗客全員が金浦空港で救出された事態をさすとみられる
゛状況が変化した”もとでは共産側は日本政府側の機体、乗員の即時返還要請どおりの内容を゛保証することはできない”とのべたものとみられる。
「まだ赤十字同志で純人道的問題として話し合える道があると思う」と日赤の木内外事部長は語った。
 日本時間四日午前2時10分入電による朝鮮中央通信は、日航機が三日午後北朝鮮の領土に飛来したことを報じた。同通信は「われわれは日赤などへの回答で同機の安全保証についてわれわれの当該機関からの回答を受取らなかったことを明らかにした。それにもかかわらず日本当局は前もっての通知もわれわれの同意もなしに、突然、共和国北半部に着陸させるためその領土に同機を送った」とのべた。
 朝7時。平壌放送は「よど」が北半部領域に来るまでの経緯を詳しく伝えた。
「(略)百余人の乗客を乗せたまま共和国北半部へ飛行することを強硬に主張する学生とこれを阻止しようとする日本軍国主義者たち、それに南朝鮮かいらいの間では四日間も交渉が行われた。そのあげく日本軍国主義者らと南朝鮮かいらいは結局乗客を全員おろし、その代りに人質として山村政務次官という者を乗せ、学生らと一緒に共和国北半部へ送ることにした。一方、日本外相愛知はこの左翼学生が共和国北半部領域に入る場合、当然彼等の引渡しを要求するようになるだろうと語った。(略)日本反動当局はわが方に事前通告をせず、われわれの同意も得ずに三日夜共和国北半部領域に同機を送りこんだ。この飛行機事件の全般的経緯は大きな疑いをもたらしており、ことにある種の政治的謀略にわが国を引きずり込もうとする意図がうかがえる」
 午後6時新聞社は平壌放送を傍受した。「朝鮮中央通信社は委任によって次のように声明する。(略)日本当局は、日本領内で当然自分たちの出来ることをせずに、また自分たち自身が学生を共和国北半部に送り込みながらも、いまとなってわれわれの手でいわゆる犯人を捕えてほしいという。これこそ言語道断であり、日本軍国主義者ならではあえてすることのできない恥知らずな盲動である。われわれは断じて日本警察の役割を代って果すことはできない。(略)いま日本では飛行機を拉致して来た学生がトロツキストで不良一味であり、社会主義諸国と朝鮮民主主義人民共和国に反対するものであるなど、いろいろとりざたしているが、われわれは彼らを全然知らないし、また彼らを招いたことも、歓迎するといったためしもない。しかし、いったん日本の学生たちがわが国の領内にはいってきたし、また彼ら自身が日本に帰らないといっている以上、われわれとしては彼らを送り返すわけにはいかない。わが国の当該機関はこれらの学生に対し必要な調査活動を行い、適切な措置をとるであろう。これはわれわれのやるべきことであり、日本当局が関与すべき性格の問題ではない」とした上で同声明は最後に結んだ。「国際法と国際慣例を尊重している朝鮮民主主義人民共和国の人道主義的措置に従い、日本航空会社所属の旅客機ボーイング727とパイロットおよび人質として連行されてきた日本の運輸政務次官は四月四日午後、朝鮮民主主義人民共和国北半部の領内を発つであろう」
 この平壌放送でいっきに元気づいた日本政府は「公式通告」を待たずに四日夕の記者会見で保利官房長官の談話を発表した。「暴徒によって乗取られた「よど」がやむを得ず平壌に着陸せざるを得なくなり北朝鮮当局に多大の迷惑をかけたのは政府としてはなはだ遺憾である。それにもかかわらず政府と国民の願望を理解し人道的見地からすみやかな送還措置がとられるという情報に接し、北朝鮮当局に深い謝意を表明する」
 その文面はもちろん通り一ぺんの゛外交辞令”ではなく、異例といえるほど丁重をきわめたものだった、とA新聞「記者席」欄は書いている。記者から「具体的に北朝鮮になにかするのか」と問われた保利氏はしばし天井を仰いでから静かに言った。
「心をこめてこの談話を書きました。これほど心をこめて書いたことはありません」

       4
 佐和子は机に片肘をついていた。
 成績簿、項目別に仕分けた書類のファイル、個人調査簿、小口の色褪せた学習参考書などが堆く、机の向こう半分を占めている。その手前に、シクラメンが一鉢、埃っぽい辺りを払うかのように白い生気を発散させている。
 長い一週間だった。それにもましてこの五日間は――
 佐和子の関心はあるひとつの出来事にむかっていた。中心に向かって神経を集中しようとするのだが、不可解なものを解きほぐそうと焦るあまり、核心を包む堅い外皮に跳ね返され、たちまち方々に散ってしまう。思考の乱反射にいくども眩んだ。
 出来事の核心へと入りたい衝動は、それでもまだ、消えずにあった。
 誰も彼もが口にする゛人道主義”。振りかざす錦の御旗の下にはさまざまな思惑が渦巻いている。゛人道主義”が普通の真理ではないこと。ひとつしかないのは真実ではなく事実の方だ。しかも真実にしろ事実にしろ思考の取り持つ情報整理だけでは判明しなかった。
 思考ではなく、未だ外気に触れたことのない純粋で無垢な何かが自分の中にある、と佐和子は感じていた。明るみに出したいのはそれだった。
 事件の一連の流れは新聞・テレビによる報道でおおよそ見当がつく。しかし知りたいのは外からやってくるニュースではなかった。発生の日からこれで五日目を迎える長丁場の事の成行きを受けとめる自分のなかにあるもの、それは純粋で無垢などころではない、醜いこだわりであるかもしれなかった。たとえそうだとしても、それはうやむやに消滅させてはならない性質のものだと思えた。
 関係各方面の受けとめ方といい、反応といい、主張するところ、賭ける意気込み、解決方法に対する対処の仕方といい、それぞれに異なっている。東と西、北と南、海のむこうとこちらとで゛人道主義”の衣装をまとった外交という政治的駆引きが暗躍している。あるいはあらゆる壁のむこうとこちらとでと言い換えてもよかった。

 毎年、入学式の当日は式後に職員が一堂に会して、学長の挨拶と方針を聞いたあとなごやかに会食を行うのが慣例になっていたが、今朝になって急にそれが延期と発表された。理由は不明だったがもっと以前から判っていたことと推測される。式は教務主事が代行してすませたが、職員に対する新年度の方針演説だけは、勤務時間を無視して職員を待機させてでも今日じゅうに行う意向であるらしい。
「まことに恐縮ですが、本日、学長は外部で会議のためご到着が遅れております。もうしばらくお待ち下さい。部活で体育館その他部室へおいでになるのは結構ですが、放送が入りましたら至急、職員室へおもどり願います」
 退勤まぎわに教務主事から指示が出されて小一時間経ったころまたも同じ内容の指示がくりかえされた。
 ――遅いわねえ、来るならもっと早く来ればいいのに。
 ――雲の上は毎日が日曜日だそうだから貴重な土曜日に足止めされる者の気持は分からないんでしょうよ。
 ――ゴルフの帰りで大変なんだから多めに見てあげて下さいな。道が混んでますからね。
 ――学長は外部で会議じゃなかったの。
――学長だなんて勿体つけるのよしましょうよ。校長でいいんじゃない、高校なんだから。
――いえ、そういうわけにもいかないんですよ。敬称というものはより高い階位でお呼びするのが常識でありまして。
――あーらちっとも知らなかった。
――氏は短大の学長でもあられますから。
――その短大だけどさ、あんな大きいのおっ立てちゃって学生集まるのかしらね。こっちは相変らずすし詰め教室でしょ。敷地買収につぎこんだ費用も学舎建設資金もみーんな高校から流用したって、と思わない。
――それじゃこっちはウ飼のウじゃない。せっせと貢がされてるってわけね。
姦しい言挙げの中心に中條とも子がいた。彼女の作為による過剰ぎみの演出には、今夏までには少なくとも過半数を組織して組合結成を達成したいとする熱意がこめられている。天下の形勢有利とみた外部中執からのゴーサインはすでに出ている。中條は未組織の職場から個人単位で加盟する外部の組織にいち早く属し、自ら校内の分会長を務め、一人二人と仲間に引き入れた者のうち一の瀬礼子に書記長候補の白羽の矢を立てている。気難しがり屋の一の瀬は意識的に控え目を保っていたく用心深く表立つのを避けている。
「それにしても遅いわねえ、ヘイカのオデマシ」
 中條とも子はそう言いながら、机にへばりついてばかりで芝居に加わろうとしない吉川佐和子の方へやってきて、肩ごしにささやいた。
「ファッショだな」
 中條が仲間と見た者へふりまく合言葉である。反感を買う場合があっても彼女は気にしない。
「吉ちゃんきょうは出られるんでしょ」
 佐和子はふりむかずに首を横に振った。
「あらまただめなの。きのう頼んだのに。じゃあ忘れずに礼子さんに鍵渡しといてよ」
 佐和子が頷いたのを確かめてから中條は会議室の方へ歩いていった。非公然で活動している分会の会議に部屋を提供してきた吉川が先週、先々週と二度つづけて欠席したことで今後、欠席の場合は理由を明らかにすること、一の瀬礼子に部屋の鍵を預けることがとりきめになっていた。
 佐和子はちらっと小さな鍵を思い浮かべはしたが、それよりもきのうと言われて、昨日教務主事が言ったことを思い出していた。
 乗客は昨日まで金浦空港で四日三晩機内に閉じこめられたままだった。膠着状態が続いた末、ようやく身代り人質と交代に乗客救出の見通しがたったころだった。
「あっは、ふん。そりゃなんですよ。あんなところへ行ったら、もうなんですよ。そりゃもう、二度と帰ってこれませんからな。行かせちゃだめです。そうじゃありませんか、足立先生。いかがです?」
 水を向けられた足立一平は、生徒から゛ベトコン”の異名をとっている色黒の顔をいっそう赤黒くして口ごもった。
 七年前、教師になりたてのころは、若い気負いもあったのか悪びれもせず、安保のデモの渦を゛ぼくはこの辺で見ていたんだ”と過ぎた昔の新聞の切抜きを持ち出しては女生徒の関心を惹いていたものだったが、同じ社会科担当の中條とも子との仲が噂されていた五年前、ある事件が彼にふりかかった。
 担当教科のうち彼が受持った科目で彼が出題した試験問題のひとつに、世界各国の通称や略称を正式の国名で書きなさいという設問があった。足立としてはどんな故意も含めた覚えはなかったが、その中に「北朝鮮」の名があったことで、それを目ざとく見つけた同じ教科の先輩が足立の揚げ足をとるつもりで試験問題を揶揄の対象にした。同僚間の足の引張りあいなら日常茶飯事である。当初きっぱりと反論していればほんのかすり傷ですむはずだった。それを怠っているうちに教務主任から、出題者の意図は云々とやられるに及んで事は大きくなり、足立はひるんだ。
 当時、日韓条約締結を目前にして、分断されている国家の一方とだけ条約を交わすという不条理に条約阻止を叫ぶ反対派を、強権で封じ込め、動きを阻止しようとする態勢が優位ななか、一般の風潮もそれを是とする方向へ傾いていた。
 日本国政府が条約批准を交わそうとしている大韓民国をさしおいて未承認国の北鮮だけを取りあげるのは不穏当ではないか。一方的な統一を武力で謀ろうとする北だけを強調し、共産主義の脅威も知らない生徒に北への協調を助長するような言動は歴史教育に政治を持ちこむことになる。ひいては教育の中立を冒しひいては混乱を招きひいては―。年功序列の地位を利用し、優位な態勢の尻馬にのって個人的感情や敵意で他者を陥れる巧妙なわなが至る所に待ちうけていた。互いの意見の相違を蹴落としの手段にすりかえる。
「略称を正式の国名に書きかえるだけの試験問題のどこが悪いの。そんな理屈にもならない干渉はつっぱねなさいよ」
 中條とも子は足立に発破をかけた。また彼女自身、教科会議でも憤然とそれを問題にした。が、多勢に無勢で鼻も引っかけられなかった。当の足立は、正式の教員免許を持たず仮免を年ごとに更新しなければならないわが身上を慮った。
 毅然とした態度さえとれば擦過傷さえ残さないはずだった。ところが足立は傷を抱いて後生大事に温めてしまった。古傷は事あるごとに痛む。彼の姿勢は上層部のご機嫌をうかがい圧力を逸らす方へとしだいに傾いていった。中條とも子との噂も絶えてひさしい。
 ――いかがですか、足立先生。
 鎌をかけているなと足立は感じたが、とっさには適当な返事を思いつかなかった。あいまいな相槌でその場をつくろい、さも用ありげに席を立った。入学式の式場設営も新入生受入れのための煩雑な準備もすんだので、あとはてんでに残りの雑務に精を出したりひと息いれたりしているときだった。
 足立は新聞を取りにゆく振りをして休憩用のソファがる一角へ来た。そこには一ちゃん中さんと呼びならわしている一の瀬と中條、それに吉川佐和子とが休憩していて、衝立がわりの私物用ロッカーで隔てられてはいるが筒抜けに聞こえて主事の声を三人三様に聞いていた。
「うっかり物をいうと踏絵にされちゃうからな」
 足立は一ちゃんの方へ低声で言った。三十代半ばで結婚歴のない一の瀬礼子は無言のまま、淑やかな手つきで彼にコーヒーを注いでやった。趣味にヴァイオリンを弾く彼女の細く白い指先が優雅にポットのふたをおさえていたあいだ、それを見るともなく見ていた佐和子は、そのすぐあとに足立が中さんから告げられたこともまた、上の空で聞いていた。
「足立君、はっきりしてほしいわ。どうするつもり? 意思統一の問題もあるし、あしたの分会にはちゃんと出るべきよ。会食のあとですぐに始めるから。場所は吉川さん宅」
 ぷふうーっとタバコの煙を吐き出しながら中條とも子はきのうそう言ったのだった。
「吉川先生」
 急に太い声に呼ばれて佐和子が「はいっ」と顔を上げると加藤教諭の丸顔が斜め向こうからにゅうっとのぞいていた。年間行事のひとつである夏期合宿の日程が決ったので彼はさっそく水泳訓練に付き添う監督の人選に手をつけている。
「お願いしますよ。なにしろ宿泊がともなう行事は女性に嫌われますからね、今から確保しておかないと。先生なら今年も大丈夫でしょう」
 佐和子は山岳部の顧問から富士登山の付添いも頼まれている。毎夏、山から帰るとすぐ海へ引張られ、職員の研修旅行、英語科の補修授業、演劇部の指導そして生活指導部主催の街頭補導とつづくので休暇中も休日は無いに等しい。ほぼ半数に当る女性の教員はたいてい早や目に手を打って休日を確保する。海難事故を引合いに出して責任の所在の明らかでないものには参加できないというのが海浜学校の付添いを断わるさいの理由だった。せっかくの休みだもの子供といっしょに遊びたいわとでも言ってくれさえすれば回ってきた仕事なら快く引受けられるものをこれでは同性のよしみは台なしだ、とかねがね佐和子は思っていた。けれどももし佐和子が返事を渋ろうものなら「いいじゃないすか、先生はおひとりでしょ。ご亭主がさみしがるわけじゃなし」と一蹴されるに決っている。
 加藤教諭はひと声かけたら決定したも同然とばかり、もう佐和子の返事を待たなかった。類は友を呼んで三々五々雑談の環ができているなかへ人選表を片手に出向いていった。
 ――楽しみだなあ、吉川先生の水着姿。生徒とくらべて遜色がない。ワハハハハ。
 ――そうだ、今年は水着姿でコンテストでもやったらどうかね。菊花女子学園に因んでミス菊花賞てのはどうですかな。アハハハハ。どうせうちの生徒に受験勉強なんかやらせたって勝ち目はありませんからな。いっそよその私立みたいにもっと派手に芸能界へ進出をはかった方が得策ですよ。
 ――そのとおりじゃ。すらっとして結構かわいい娘がいるでよ。
 ――ぼくなんか授業中かわい子ちゃんばっかり当てたりして、ウェヘヘヘヘ。
 ――堅いこといって規則づくめで縛ったって、どうせ制服ぬいだら何やっとるか知れたもんじゃない。娘が傷つくから親は訴えてこないが相当、荒れてますよ。表面にでてこないだけでね。
 ――クラブ活動でしぼれば非行なんておこるスキがないんだがなあ。だからさあ、おれはクラブにもっと金を出してくれといいたいんだ。仕込んでやればバレーや卓球で成績を上げるくらいはできる。韓国と交流試合でもやれば親善交流とかなんとか新聞にぱっと名が出る。本校の名が挙がる。一石二鳥三鳥ですよ。
 ――それはいいアイディアですね。こういうことはね、他校に先がけてまだ珍しいうちにやらんと意味ないです。ひとつ学長に話してみますか。本校の名を世にしろしめすチャンスですからな。
 ――そうそう、どうです。こんど村上先生がA中から引き抜いてこられた張春子。あれなんか背丈はあるしテニスよりバレーに回してもらえませんかなあ。もう一人B中から推薦で入ったやつは何ていうんです? 金田? なんだこれもサンゴクジンか。多いなあ。
 ――まだいるはずですよ。
 ――ええんかなあ、こんなに入れて。面倒みきれないって就職の田中さんがぼやいてたがなあ。
 ――いやあ高卒女子は今や引張りだこですよ。とくにうちは普通科の看板あげてるけど中身は商業科並みで珠算と簿記やらせてるから企業の受けは抜群。就職率一〇〇%の宣伝に嘘はありませんや。
 ――ちがうちがう。あちらさんのことですよ。昨年、三年になっても名前を変えたがらんやつがいて往生したんだって。そのくせ就職はさせろってごねるんだから無茶ですよ。
 ――そういうことは総務の方で入学時にしっかりチェックやっといてもらわんといかんなあ。授業料免除で引抜く特待生の場合はとくに。
 交わされている雑談は書類の堆い隔壁のむこうから佐和子の耳殻めがけて集中しひんぴんと鼓膜を打ってくる。拒もうとする前に耳は音を拾ってしまう。それが人の会話であれば否応なくそれは意味を帯びてしまう。
 佐和子は頬杖をつかないように努力しながら姿勢を保っている。
 ここに坐ってこんなことを考えている自分がおかしいのか、もともとここがいるべき場所ではなかったのか。
 中條とも子はひとりラジオをつけっ放しにしてテレビのある会議室に陣取っていた。
 ルポライターをやって三十になるまでには著作の一冊くらいは持ちたいわ。ベトナムも面白そうね。著名な評論家を父に持つ彼女の口癖である。「寸叉峡」のときもいち早くテレビをつけた彼女だった。
 日本航空史上初のハイジャック事件に当初、ほおっと息をのんだ世間は、乗客の全員救出が成功した今となっては急速に関心を失った。試合の結果がわかってしまうと早々と席を立つ飽きっぽい観客みたいなものである。かえって、これまで人命のためにすべてを犠牲にして犯人のいうなりになってきた外国の方が日本の型破りなやり方に注目した。離陸防止や擬装工作を大きくとりあげた。人質交替についての報道、反響はなおさらである。
 ニューヨーク特派員三日発――何とかして福岡からの離陸を食いとめようとした日航の努力、ソウル空港でのトリック、犯人とのかけひき、米国の新聞は事件の進展を刻々と伝えた。人質の交換という方法はこれまで世界に例のないやり方だ。犯人との長い交渉もはじめてだ。日本や韓国政府はよくやったではないか。むしろ称賛に値する。乗客の安全を考えればあれ以外に方法があったか。
 パリ三日発――山村次官の犠牲的行動は全フランス人を驚かした。「私たちの国の大臣にこのような勇気のある人がいないことを絶対保証します」とある婦人は断言した。フランス・ソワールの紙面では有名なコラムニストが劇的に語った。「日本の一学生グループが乗客を閉じこめた狭い獄舎に突如として一つの声が響きわたった。――もし諸君が乗客を自由にするなら私が諸君の所へ行くぞ。たちまち数時間のうちに、ムッシュ・ヤマムラは暴力の荒れ狂うこの宇宙で最も有名な人物となった。それは彼が暴力にこたえるのにヒューマニズムの姿勢でこたえたからである」同紙は一面の社説でも大変なほめようである。「彼は現代の英雄だ。ムッシュ・ヤマムラは暴力が支配する状況の中にあって、最も称賛されるべき行動を示した。人道主義をもってテロリズムにこたえたからである。一九七〇年四月二日いわゆる市民社会の歴史上初めて、支配階級の一人が被支配階級のための犠牲になるという快挙があらわれた」と持ちあげた。ル・モンドは多くを語らずロベール・ギラン特派員の警告的な意見を載せている。「これは現在の日本政府に有利な作用を及ぼすかもしれない。なぜなら佐藤首相らは日本はまったく危険な世界の中心にあり、中立と非武装という幻想の中で生きることはできないのだぞ、と国民に繰り返し説いてきたからである」
 愛知外相は「よど」が北朝鮮で対空砲火をうけたという未確認情報をもとに「北朝鮮は日航機を受入れないだろう」と言明し、韓国に着陸させた理由のひとつにしていたが、その見方は北朝鮮の公式声明で完全にウラ目に出た。また、日航の「人命第一」の原則に対して政府筋から「北へやるのはまずい」との意向が伝えられていたことは公然の秘密とされている。しかも、ついに平壌入りした今となっては、「よど」の機体と山村次官と乗員三名とがいつ返還されるか、いつか返還されるものかどうか。疑心暗鬼が根を張っていた。大きな声ではばからず物がいえる人々のあいだではそれだけが話題性のある、辛うじて価値あるニュースとして生き残っていた。
 ――身代り人質とはうまい手を打ったもんだな。これで山村次官はオトコをあげたわけだ。日本男子ここにありってよお。こりゃ桃太郎の現代版てとこですかなあ。
 ――いやあ桃太郎さんなら凱旋しますがなあ、しかしィあそこへ行ったら二度と戻れやせん。まそれくらいの覚悟はしとるでしょう。
 ――しかしこれだけ人命尊重をいいたて人道主義を前面に押し出してきたんだから北鮮も簡単には手が出せんでしょう。問題はいつ帰れるかだが、こりゃ難しい。ちょっとやそっとでは無理だな。
 ――大韓航空機だってずいぶんかかっているからね。そう簡単には返さんでしょ。世界の注目を浴びている事件なんだからそこを利用して日本政府はもっと強く出なきゃいかんですよ。あちらも学生らとの関係否定にやっきになっとるがこっちも釘をさしとかんとだめだ。仮にも犯人を泳がせたなんて流言の出んようにせんと。
 ――トロキスト集団なんて受け入れるところなんかあるもんか。
 吐き捨てるように入ったのは佐和子のま向いの席でむこう向きに背中を見せている足立一平だった。彼のセリフは他のだれのセリフともぶつかり合うことなくその場の雰囲気に吸いこまれていった。
 ノートルダム寺院の鐘を模した時鈴(チャイム)が鳴った。平日ならば午後の授業が一コマ終る時間である。
 佐和子はいつのまにか頬杖をついていた。
 自信たっぷりに賭け事の予想を占うようなにわか評論家の評論を小耳にはさむたびに、胸にざわめくものがある。かれらの物言いは人それぞれのまともな精神の営為から出ているとは思えない。不正確な情報の断片を鵜呑みにし、それぞれの生理感覚の付き合わせで生じてくる生理現象として、欲求のおもむくままあたりかまわず排泄するかれらの言葉は汚物さながらだ。
 頭のなかではしきりに何かが蠢いていたが思考の連鎖は繋がりかけてはほどけてしまう。
 思考も、想像も、かき乱されている。生活も? ひとりぐらしに生活と呼べるほどの形式などあるはずもなかったが、ぐずぐずしているうちに時間に追い越されてゆくような生活に、いつかは、そして本当のところは一刻も早く決定的な審判を下してやりたいと、猶予の期間に対して自己の意思で下すであろう裁定をおそれつつ心待ちしていた。その一方で自己の選択にためらいも覚えていた。
 わたしほど妥協しやすく影響されやすく修身の教科書に忠実な輩はいない。「期待される人間像」の鑑だ。だからこそ見えた、これは現実との裂け目である、と呟いてみる。
 わたしなら、心配しないでほしい。わたしなら、おそれないでほしい。まるで人畜無害だ。欲しているのはスカッとしたくてハッシと打ってみたい、黒々としたピリオドなのだから。
 思想なんてありはしない。生きる希みと現実との相剋があるだけだ。他の誰かをオニにして排斥して止まない人間の暗い部分、それは人間の弱い部分だというなら、我にも彼にもある弱い部分をこそ明るみに出して光の中へと消滅させるべきではないのか。オニはわたしの中に棲んでいると。わたしなら、大手を振ってこう言える。もともとわたしに思想なんてありはしないと。しかしそれでもなお抱くおそれは、この情感の不安もまた、゛いくつかの、いや無数の偶然から成る必然”なのであろうか。
 あー。これはゲームだ。ゲームをやっているのだ。
 佐和子はため息をつきそうになって、やめた。
 何が起こり、どんな経過を踏まえて次の段階へ向かい、いかに展開しようとしているのか。虚と実とがよじれ合わさっている。あるのは与えられた現実だけだというわけか。
 佐和子は坐ったまま腕を高く突きあげて、ノビをした。ついでにうえを見ると、毎日、葦の髄からのぞいている職員室ののっぺりした天井が見えた。
 長い五日間だった。それにもましてきょうの一日は――
 ふと机上のシクラメンに動きを感じた。むこうから誘うような華やいだ姿に映る。
 にょきにょき伸びてきた茎の先で白い花は外へ外へと反りくりかえっている。この咲きようは――そういえば、羽ばたき飛び立つときの水鳥に見てとれる。平たい葉っぱの陰にもまだたくさんの蕾、水鳥の予備軍が犇めいている。そこだけみずみずしい生気の漲ぎる圏内に、佐和子は彼女を思い出した。
 ちょうど四週間前のことが力を得て甦ってくる。あれ以来のことを佐和子は反芻した。
 卒業式を明後日に控えた土曜日、職員室ははれて教師との打ちとけたおしゃべりを楽しみ、ついでに記念のサインももらっちゃおうという女生徒でごったがえしていた。机のまわりに黒山の人だかりができている。佐和子も囲まれていた。
 彼女は鉢植えを持って現われた。
 二千名近い女生徒が犇めくマンモス校である。名前と顔とが一致するのはせいぜい授業に出るクラスの生徒に限られる。彼女の場合、佐和子が一年次のクラスを受持った。
 運動クラブでの過度な練習がたたって体をこわした子である。特待生であることが余分に負担を強いた。無理をしているうちに内臓をいためた。成長期にそんなケースは少なくない。秋ごろから入院、退院をくりかえし、出席日数不足のため一年次の終りには進級が危ぶまれた。担任の佐和子は各教科の担当者に平身低頭で補充授業をたのみ、春休みも彼女を出校させて不足分を補い、それでも不足する分は数字の操作で辻褄を合わせた。書類上の時間数さえそろえば問題は表面に出ない。重要なのは書類上の数字だった。
 佐和子は彼女の顔と名前を憶えていた。
「お世話になりました」といわれたとたん目に熱いものが寄ってきた。裸のつき合いなどという代物は大の苦手。生な感情をぶつけ合うのは動物的、本能的でどこか卑猥。けれどもあのときは、お世話になりましたなんてどう訳すんだろうと七癖のひとつを行使する余裕がなくて不覚にもそうなってしまった。
 それから彼女は余分なおしゃべりを省略してさっとサイン帳を差し出した。
 またこれか。年々歳々、少女趣味まるだしのサイン帳とありきたりの文句との狎れ合い。よくもまあ飽きもせず、と思う反面、わたしときたら五年もここにいて贈る言葉ひとつ持ち合わせがない、とふがいなさに卑下したくなる気持も手伝った。佐和子は彼女がもたらした白い花をクロッキーにしてページを埋めることにした。
「あなたの名前どこに入れようか、このへん? このへん?」
 落着きのいい箇所をここと決めてコンテを下ろそうとしたとき、彼女の手が突っかかる勢いで佐和子の手を払った。
 どうしたの、と顔を見上げるスキを与えず、ちがうってそんなはずはないのに、と訝がるいとまも与えず、彼女は群をわけて職員室を出てしまった。
 あっという間の出来事だった。二人三人と連れ立って来る子が多いのに彼女はひとりで来たらしく呼びとめる友だちは見あたらなかった。佐和子は順を待つ他の生徒の求めに応じて、サイン帳に彼女たちの似顔絵を描いていった。元気でね、と言って渡した。彼女たちの前途に掛値なしに言ってやれるのはそれだけだ。
 制服の汐が引いたあと置き去られたサイン帳を繰ってみた。
「希望と前進」「いつも明るくいつも心に太陽を」「失敗は成功のもと」「いかなる時にも挫けない勇気を持て」「従順と素直」「根性ひとすじの道」「人から愛される人になれ」
 彼女は先生たちから自署入りの達筆でこんな言葉を贈られていた。佐和子がひるむ思いでさがした彼女の名はどこにもなかった。
“Look before you leap” Kenji Okada というのがあった。辞書には「ころばぬ先のつえ」と訳されているあれだ。「跳ぶまえに見よ」とはいかにもケンジ君らしい。
 当節、若い活力を注ぐには魅力の乏しい教員職だけに定年退職後に公立から回ってくるご老体が多いこの職場に、岡田先生は昨年れっきとした新卒で入ってきた。たちまち生徒の人気の的になりご満悦である。「もう生徒ったら若いオトコなら何でもいいんだから」と中條とも子をして嘆かせる始末だった。民主主義的歴史教育の実践、集団主義を重んじる実践による明るい明日のための要求実現のために、ルポライターの夢を犠牲にしてこのくすんだ職場にとどまっている彼女にはがまんがならなかった。
 バレンタインデーのプレゼントが一番多かったのも岡田先生だった。大もてに気を良くしていたがそのうちのひとつを開けてびっくり玉手箱。彼が誓っていうには見たこともないハート印のゴム製品だった。
「ぼっぼくは、こんなもの使ったことありません。だいいちぼくは独身です。どっ童貞です。ぶっ侮辱です」
 岡田先生は送り主を厳重に処分してほしいと生活指導部へ訴えた。
「年ごろの娘がよくやるいたずらですよ。先生のお気持も分からんではないが、そこはひとつ大人になって勘弁してやってはいかがです」
 指導部会で長老たちはなだめたが、高潔の士は訓戒どころではおさまらない。プレゼントの送り主は訓戒のほかに停学三日間を言い渡された。
「そうですかあ、先生は童貞なんですかあ」
 歌舞伎役者のように整った顔立ちのケンジ君は口をへの字に曲げて頷いた。足立が吹き出しそうになった。
「足立先生はマイカーを乗り回して結構、楽しんでおられるようだが、先生近ごろの若い子はどうです?」
 処罰を決めたあとは授業終了を告げるチャイムが鳴るまでたいていはこんな漫談に花が咲く。佐和子は長い楕円型のテーブルの端っこからケンジ君のプロフィールをスケッチしていた。゛アナクロニズムの時よ止まるな、君はこっけいすぎる”と鼻先に落首を入れた。
「吉川先生、こんなことは記録せんでええんだよ」
 指導部長の永井教諭が記録係の佐和子に冗談を飛ばした。
「はい、心得ております」
 あられもない雑談、裸の王様たちのあられもない姿、みんな記録に残してやるとも。
「何年何組のあれは処女じゃないな、どう見ても。鑑定する方法はないもんですかねえ、リトマス試験紙みたいなのがあれば便利なんだがなあ」
「妊娠してれば見分ける方法はあるんですよ。蛋白が出ますから。だけど外から見ただけじゃねえ。そんな方法は今のところ、裸にしたって・・・・・・あっはっは」
 街頭補導に出て非行生徒を捕えるのに人一倍熱心なベテランの竹取先生が女太夫のような声をあげた。
「足立先生もフィアンセに気をつけていらっしゃらないと・・・・・・」
 竹取先生から注意を受けた足立は苦笑した。
 その四・五日前生徒の母親と名のる人から娘のことで話があると足立に対して゛脅迫”の電話があったばかりだった。永井教諭は足立を出さず「そんな言いがかりには応じられない。どこにそんな証拠があるか」とえらい剣幕の一場を演じて電話の相手を一蹴した。
 足立は永井教諭に借りを作った。所属している合唱団の練習が忙しいのを表むきの理由に、それまでも欠席がちだった分会から身を退いた。分会では数少ない男性だけになんとか引き止めたいところだったが、足立は一ちゃんと中さんに弁解した。
 あのなかにはトロツキストがいるからな。
 分会の中でも外でも、それは通用する弁解だった。彼はひとつの選択をしたにすぎないが、どんな選択だろうと、した選択はしたのだった。
 とうとう佐和子は実行するしかないひとつの考えに追いつめられた。
 この何の変哲もないサイン帳がどうしてこうもわたしの胸をさわがせるのだろう。ケンジ君は「跳ぶまえに見よ」とのたまうけれど、lookとleapを矢印で入れ替えとこうか、そんな誘惑をおさえかねるわたし。それにしても彼女の名を入れようとすれば・・・・・・。
 結局、クロッキーの余白に彼女の名を添えることができたのは、卒業式の当日、担任に伝言をたのんで彼女を来させ、本人の口から名前を聞き出したからだった。
 はんなりした性格の彼女は一昨日のことに大してこだわる様子もなく、佐和子が気抜けするほどあっさりとサイン帳を受けとった。
 彼女はこの花みたいに七百余名の水鳥とともにいっせいに飛び立っていった。
 その通りなのだが、と振りかえる佐和子はその先にこだわらずにいられない。
 前触れもなく手を振り払われたことの以外さと一瞬であれ、彼女がそのとき込めたあの凄まじい力の意外さとが佐和子をその先へと導いてゆく。
 卒業生が巣立ったあとも一・二年生の学年末試験の採点、クラス毎、学年毎に出す五段階評価の割出し、年間通しの成績処理、通知表への記入、学籍簿への記載など、忙しかった。
 ある放課後、佐和子は図書室へ仕事を持ちこんで、出席簿の欠席日数だの欠席事由だのを調べていた。
「吉ちゃんここにいたの」
中條とも子が入ってきて大きなテーブルの向いに坐った。
「職員室は息苦しくて仕事がはかどらないものね。いつも背中見られているような気がして。だけどここも安全地帯じゃないわよ。主事が購入希望図書の申込み用紙にも目を光らせてるっていうから。あなたも気をつけないと狙われるわよ。吉ちゃんじゃない、あの本、図書へ入れたの」
 中條は同じ装丁の大型本が十巻ほど並んでいる書架の方をあごでしゃくった。それは五年前、自著の歴史教科書に対する検定を憲法違反として国に賠償要求の訴訟を起した歴史学者が監修した日本史で、公立では不採用とすることが暗黙のうちに了解されている代物だった。
「専門教科の範囲にしておいた方が無難じゃない。足立君も言ってたし。詩集なんかは礼子さんが選ぶからっていってたわよ」
 教科の範囲に制限していたら「芸術」に美術を取り入れていないこの学校では美術全集ひとつ揃える人がいなくなるだろう。百科事典さえない貧弱な図書室に昨年やっと司書が来て、わずかだが予算もついた。購入希望のあった図書を入れるのも没にするのも司書の役目だ。
「そんなことはこちらから自己規制しなくてもいいんじゃないですか」
 言い合っているうちに仕事がはかどらなくなってしまった佐和子は手を休めて、あれ以来気になっていた彼女のことを中條にかいつまんで話し、意見を求めた。
「中條さんは彼女が朝鮮人だって前から知ってました?」
「さあ、受持ちクラスにちょくちょくいるのは知ってるけど。三、四年くらい前だったかなあ、共和国へ帰ろうかどうしようかって相談されたことがあるわ。もう帰れなくなりそうだからって。歴史的経緯から言えば、帰るのが当然でしょうね。いづれにしても生きてゆくのに他力本願じゃどうしようもない。だけど最近そんな話し聞かなくなったわ。難題よねえ。五年前には足立君がつぶされた例もあるし」
「でも彼女はなぜわたしに? そのへんが腑に落ちないんです」
 佐和子は、とも子さんのように歴史に詳しいわけでもなく、贈る言葉ひとつ自信をもって書けないわたしにはとっかかりさえない難題だ、といいたかった。
「それは、あなたが期待されているせいよ。あなたの教育実践が彼女を動かしたと見るべきね。本名宣言、すばらしいじゃない。吉川先生はもっと自信をもって進むべきだわ」
「ちょっと待って下さい。これはそんな美談じゃないと思うんです。彼女にとってもわたしにとっても。こちらから彼女に働きかけたことは一度もないし、彼女だって・・・・・・本人が名のらなければそれですんでゆく。担任までしたことのあるわたしが本人の口から聞き出さなければならなかった。これは相当いびつなんじゃないかと思うんです」
 中條とも子は彼女が本名を告げたという部分だけを拡大解釈して、ひとつの喜ばしい事件のように言う。とも子さんの「教育論」のフィルターを通すと゛本名宣言はすばらし教育の賜物である。教育指導のすばらしい成果であり、すばらしい教育効果をあげた教育者はすばらしい”となってしまう。
 決して美談じゃない。もろもろの自称からひとつの事件を抽出するとひとつの出来事としてたちまち他から切り離され、問題の関連性が見えなくなる。本名宣言がそんなにすばらしいならその前に、本名そのものがすばらしいはずではないか。すると、それまで彼女を通名で呼んではばからなかったわたしたちの行為はどうなるのか。本名を呼べば呼んだで、本人が名のれば名のったで彼女に襲いかかってくる困難はどうなるのか。
「あなたの言いたいことは分るけれど今すぐには解決しそうにないわ。今、外の問題はベトナムで忙しいでしょ。あなたがやりたいなら一応、上げてみてもいいけど。上げても下りてくるまでにそういうのは時間がかかるのよ。それに、ねっ。今は職場にとって一番大事な時期でしょ。まだ口外しないでほしいけど五月旗上げ予定、決定よ。だからもう秒読みの段階まできているの。早くきちんと組織化してみんなでまた安保をたたかいましょうよ。そのなかで、そういうこともおいおい・・・・・・そういうことでさ」
 そういうなかで、そのなかで。あれを言われると、佐和子はいつも自分の意思らしいものが゛そのなかで”に吸収され解消されていってしまいそうなおぼつかない気分にさせられる。
「わたしが言いたいのはちょっとちがうんですけど、どう言えばいいのかしら・・・・・・」
 言い淀む佐和子を制して、中條とも子は言った。
「結局、こういうことじゃない。おこがましい言い方だけど、あなたもわたしも救われているのよ」
 あのとき、中條とも子は事もなげに言った。そのとき、佐和子はそれに強い反発を抱き、反射的にちがう、と思った。救われているんじゃない。免れているだけだ、と。しかしその先はよく分からなかった。わたしが言いたいのはちょっとちがうんだけど、と言ってそのままにしてしまった話の、その先の方にこだわった。こだわりは今も持ち越している。
 つまり、組織拡大を最優先して組合結成を急ぎ、旗上げ成功の暁にはおいおいそれにも取組もうというわけか。
 意外な考えの発展に、まさかと驚き、佐和子は自分を疑った。
 中條とも子への個人的で感情的な反発なら以前からあった。節分の豆まきみたいに撒き散らす゛ファッショだな”は煩わしくて仕方がない。ベトナム解放戦線支援のカンパを募るのにディエンビエンフーの勝利から説きおこすくどくどしさ、裏会合の妙に形式ばったやり方、指令はいつもどこからか下りてくる。奥に控えて姿を見せない覆面の上という秘密っぽい存在。団交がもてるようになったところで賃上げ要求にはまっ先に反対するだろう゛教育専科”の一の瀬礼子を書記長候補に祭りあげて仲間うちで唯我独尊の態度をとりあい、自分たちだけで感激しているような趣きがある。
 何をそんなに頷きあっているのだろう。目を皿にしたって今のわたしに肯うことのできる対象なんかひとつもありはしない。
 中條とも子は今日で発生以来五日目になるよど号ハイジャック事件にも興味津々である。事件そのものよりも、事件に関心のある自分に周囲の関心を惹きつけることに関心があるみたいだ。テレビのある会議室と職員室をこまめに往復している。大っぴらに言う乗取り犯批判の口調は彼女が批判的な足立一平のそれと奇妙に一致している。
 佐和子はシクラメンを見つめながら、こだわりの先の方を追った。
 わたしたちは救われているのよ。
 それはいい気な考えだ。しかし、中條とも子との間にたとえ考え方の相違はあるにしろ、彼女が告げたかったであろう、ちがいます、のひと言の前には、救われているわたしたちの世界は成立しようがない。中條とも子と言い争ってみたところでその解釈の方法はさぐりようがない。
 こちら側のああかこうかの観念の操作などいかほどの作用も及ばないところで、彼女はこの学園で三年を過ごした。この学園が受け容れることのできる名前で彼女が過ごしたところの三年間は、彼女にとってうそいつわりの三年間だった、と言うことはいともた易い。しかし、彼女が誰なのかを佐和子が知らないでいたその三年のあいだも、彼女はむこう側からこちら側を見ていたのだ。むこうから見えるこちらの世界が虚構であることを彼女はすでに知っていた。
 なるほど佐和子は彼女を朝鮮人として差別しなかった。なぜなら彼女を差別するための根拠をまだ知らなかったから。しかし、その間も彼女が朝鮮人であることに変わりはない。したがって、差別している自分を知らなかっただけだと言い換えることもできる。
 佐和子の手を振り払ったとき彼女が言いたかったであろう「ちがいます」のひと言はこちら側のうそいつわりを際立たせる。
 彼女はひと言でこちら側の世界の虚構を暴いたのだ。こちら側の拠って立つ足場はとうの昔にはずされていたのだ。
 佐和子ひとりが迂闊だったわけではない。中條とも子ひとりが不謹慎だったわけではない。救われているのよ、と言えるのはどっぷりと温い湯に浸っていられる、救われている者の言い草だ。
 こちら側の確固たる現実とみえていたものは、もうひとつの現実を突きつけられて、瓦解した。
 在日朝鮮人、それは朴華純(パクハスン)のことだ、と佐和子はようやくにして思う。
 ノートルダム寺院の鐘を模した時鈴(チャイム)が鳴っている。平日ならば一日の最後の一コマが終るころである。
 開け放しの窓から渡ってきた春の風が白い花影をそっと風下に流して通りすぎた。
 朴華純はどこへ飛び立っていったのだろう?
 空が見える。ぽっかり浮んだ雲の上に一対の人形が見える。黒いタキシードと白いウェディングドレスに盛装した二人は蒼穹の奥間から下界を見下している。
 佐和子はあわてて目を伏せた。
 だからいやなのだ。こんな晴れた日にうっかり空を見上げるのは。
 時鈴が鳴り終ったとき、放送の入りを告げる別のチャイムが鳴った。
「先生方、大至急、職員室へお戻り下さい」
 女子事務員の声で三度同じ内容がくりかえされた。
 大股で会議室から出てきた中条とも子は佐和子の肩を背後からぐいとひと揉みして通りすぎた。佐和子が顔をあげ振りかえったときには、書類の山のむこうに沈んだ中條の姿はもう見えなかった。
 式の当日早々、体育系のクラブでは新入生もまじえて猛練習を開始する。出払っていたクラブ顧問たちがどやどやと戻ってきて、職員室は活気づいた。
 ややあって学長が中央の席にこじんまりした体を据えた。
 まだあちこちで空席が目立つ。集まらないのではなく、幼児をかかえている女性の教員が待ち切れずに早退したのだった。
 主事は、だれだれはやんごとない理由でお先に失礼したのでお許し願いたい、と恐縮しながら前置きし、異例の遅い職員会議が始まった。
 オコトバを賜るだけの会議である。
 開口一番、私学経営の危機を強調した上、全職員一丸となって努力されたい、との由。入学金・学費の大幅値上げについては一切触れず、募集時に公表した定員を百名も上回る無茶な水増し採用については、公立を落ちた者に便宜をはかるのは私学の勤めであり、私学だからこそ融通のきく、取れる措置であり、この特権を生かして生徒急増期に当る今こそ当学園発展のために規模拡大を計らねばならない、との由。
「また申し添えますが、定員上乗せ分につきましては、先生方および事務員の全職員へ給与等で還元することをお約束いたします」
 食い扶持がかかってますからな、と新入生の頭数を気にしていた木下教諭の一段と大きい拍手。ほかにもパラパラと賛同の拍手が聞こえた。
 本校の教育目標については従来どおり何ら変わりはないが、とるべき各方針については教師間に意見の相違は絶対にあってはならない、との由。
「たとえて言いますれば、一つの家庭で両親がそれぞれに勝手な意見を押しつけた場合、迷うのは子供であります。学園というところも家庭と同じであります。従いまして教育の大本を同じくして、生徒を惑わす余分なトラブルの原因となるものは極力これを避けねばなりません。先生方はこの点、特に一致ご協力願いたいのであります」
「異議なーし」
 ものの数分で終った。
 あまりのあっけなさに、主事でさえあわてた。学長は気を利かしたつもりだったかもしれないが、主事は、会食の予定をはずした上に長時間待機させた職員への手前、以上をもちましてとも言えず、とっさの機転をきかせて、予定になかったにもかかわらず生活指導部から報告があると付け加えた。
 生活指導部長永井教諭はよいこらしょ、と立ちあがり、学長へ深々と一礼した。部厚い指導部記録簿をとりあげ、ページをさばきながら、ここ一ヶ月余りのあいだにおこった非行の補導事例を一つ一つ報告しはじめた。
 が、報告書は表の書式をとっているので永井教諭は口調をととのえるのに四苦八苦している。事例の多さといい、老眼鏡を上げ下げしてのしどろもどろの読み方といい、これならたっぷり時間がかかるだろう。それは指導部会の席上、佐和子が記録係としていつも記録しているものである。
「去る三月○日私服で盛り場を徘徊したAに家庭謹慎を命じたところ、えーえー、本人の反省を認めて二日目に謹慎を解くもえーえー、Aは前科が多く今後とも要注意でありまして・・・・・・Bは他校男子生徒が運転するバイクに同乗し暴走中、検問に遭い、職務質問に対する態度が悪く、警察から連絡があったものでありましてェBは余罪が多く情状酌量の余地なしと認めて無期停学といたしました。えー申し添えますが今後、Bとの接触は指導部が一括して行いますので担任にはBとの個人的接触はつつしんでもらいたい。(生徒に甘く非行を軽く見ると評判のBの担任に釘をさしたものと思われる)つぎに下校途中、喫煙中を婦人警官に補導されたCを中心とするグループには他校の生徒も入っておりシンナー吸引をそそのかされた可能性もあります。非行のグループ化は最近とみに目立つ傾向でありまして・・・・・・エーつぎはD子の場合、D子はお好焼屋で知り合った年上の社会人男性と長期にわたり付合っておりィ、・・・・・・発覚した時すでに、すでにねんごろの間柄になっておりィ、本人には何ら改悛の情は認められず、指導部はいったん退学処分の結論を出すに至りましたがあ、えー、実はこの生徒、父親の方は知る人ぞ知る財界の大物でありましてェ、そちらの関係で、停学一週間にとどめました。すでにオンナになっているD子には厳重な監視と厳格な態度でのぞむことが必要でありまして・・・・・・昨年夏休み中、行方不明になって以来、休学届の出ていたEは最近になり喫茶店マスターと駆け落ちし同棲していた事実がつかめました。学業放棄ということですがえー、ただしEの前途に傷のつかぬよう退学処分以前に自発退学を勧めたところ親もこれを了承しましたので即刻、手続きをとらせた次第であります。
F子の場合・・・・・・G子の場合・・・・・・永井教諭の下が少しずつなめらかに回りはじめるにつれ、一件一件の報告からは「近代女性育成」の大看板の下からはみ出した彼女たちの悲鳴が高鳴ってくる。
盛り場徘徊、未成年者喫煙、私服外出、無断アルバイト、無断旅行、それにおどろおどろしい不純異性交遊という語彙。佐和子には記録簿にはじめてあの語彙を見つけたときのゾッとする感じが今もある。記すたびに抵抗を覚える。
その抵抗感は、指導部会が持たれるたびに、非行生徒のとった行為に相応の処罰を決めたあと時間つぶしに交わされるあられもない雑談のなかで、揉みくちゃにされながらも、いっこうに衰えてくれない。
ま向いの席にいる足立さんはどんな気持でこの報告を聞いているだろう。永井教諭の報告はまだ続いている。「最後に」と彼は急に声を張りあげ、そして急に声を落とした。
「これは別件といいますか、本来ならば報告の必要のないものでありますが、先月、飛び込み自殺が一件、本校の生徒でありました。(だれなの? だれか知ってる? とささやきあう声)私共生活指導部の不徳のいたすところではございますが、幸い卒業後でありましたので本校の名を伏せるよう新聞社に依頼いたしました。その際二・三の先生方には非常にご尽力いただきましたのでこの場をお借りしてお礼申し上げます。またこういうことは口外無用の原則があることもひと言申し添えます。以上」
 永井教諭が腰を下ろすやいなや事務長直属の主事がすかさず中央に歩み出て教務主事の指名を待たずにマイクを握った。
「えー事務からもひとつお願いします。毎年、新年度に申し上げているわけでございますが、クラス担任の先生方、お忙しい時期に誠に恐縮でございますが、新入生の場合、家庭調査書をよーくお調べ願いたいのであります。と申しますのはサンゴクジンが紛れ込んでいるやもしれませんので、その点どうかおひとつお見落としのないように願います。また戸籍抄本又は謄本は来週中に事務へも各一部提出していただくことになっておりますので申し添えます。以上」
「ではこれをもちまして本日の・・・・・・」
 教務主事は会議の終了を告げた。
 いっせいに立ち上がったので、学長が引きあげるのを総立ちで見送る格好になった。

 もしそれができるなら、佐和子は生徒たちをひとり残らずそれぞれ一片の書類と化して処理してしまいたかった。学籍簿、学業成績書類一式、家庭調査書、素行記録、健康管理個票、なにもかも統計にして数字で表わしてしまえばはみ出しはなくなり、仮りにあったとしても、統計上の数字から異種の記号をつまみ出してしまえばすむのだ。不覚にも涙を流す機会が残存することは管理の手落ちである。管理が不徹底だからこうなるのだ。どこまで管理は徹底して個人を踏みつぶしてゆけるだろうか。五年前に辞令を押しいただいた瞬間からつきつめればそれが、与えられた最終的任務であったように思われてならない。不断にそれをやれと命じられているようなものだ。もしそれがわたしにできるなら、わたしはそれをやるだろうか。そんな問はこっけいだ。わたしはすでにそれをやってきた。できるとは資格か能力か。実業界での実力の世界みたいに言うのは明らかに誤りだ。それがやれること自体が誤りだろう。ここに居坐りつづけたのはなぜだろう。ほんとにかすかな望みに愚かな望みを繋いできたものだ。何を望んできたのだろう。
 目新しい環境での最初の一年間はともかくとして、二年目からは何事も慣例どおりに滞りなくすませるだけが最高の善とされる、判で押したような年間行事の踏襲があるだけだった。問題は山積していたが、あたかも無為という自然態に抗してはならないかのように、時間割表の桝目に埋没して当てがわれた時間数だけをこなしてゆけば、事足りた。
 問題はそんなところにあるのではなかった。時間割表からはみ出した外に、教科書から、教室からはみ出した外に、問題はあった。
 佐和子は白い生気の圏外へ放り出された。
 もはやこちら側の世界の瓦解以上に明白なものはない。永井教諭や事務主事が述べたてているあいだ、佐和子は、こちら側の世界が音をたてて崩れてゆく瓦礫の音を聴いていた。
 堅牢な外皮の内側に入りこんだのではなかった。蹴破って外へ飛び出たのでもない。現実の内側がぬるりと外にまくれて裏返しになったのだ。現実そのものになにひとつ変化はおきていなかった。
 長い一日だった。それにもましてきょうの午後は――
 しかもまだ午後は終っていなかった。
 ひとつの中心になる核とは思想なのか思考の方法なのか、行動なのか行動を提起する自分なのか。このわからなさが佐和子の存在をあやふやにし、影をうすくしている。
 土曜日の午後。それが何だろう。岬をめざして公園を抜け、公園のはずれへ行けばいい。あの窓ぎわの席に坐りさえすればいい。それからのことは、一週間前のきょう、かれ、ドクタ・キムが言ったように、無数の偶然からなる必然が決定を下してくれるだろう。わたしに対して事を運んでくれるだろう。わたしはそこでもまた決して手を汚しはしない。事の成行きを見守る傍観者の地位からすべり落ちることもないだろう。
 佐和子は席を立った。ロッカーへハンドバッグを取りにゆき、化粧袋の中から小さな鍵を取り出した。一の瀬礼子は席にいなかったが、校内にはいるはずだ。佐和子はメモ用紙にくるんでS・V・Pと上書きした鍵を彼女の机上に置いた。それから休憩コーナーの隅にある流しへ何か器を、とさがしに行った。が、やかんもポットも庶務係のおばさんにきれいに片づけられた後だった。
 佐和子は一つだけ残っていた湯のみ茶碗で三度四度と水を汲み、シクラメンの根元を充たしていった。
「ずいぶん永く保っているね」
 ま向いの席から佐和子のすることを見ていた足立一平が声を掛けた。
「ええ」
 ままごと遊びにひとり興じているところを見つかったようで、佐和子はバツが悪かった。
 だけど、と佐和子は思った。わたしが知っている足立さんは、花の水遣りに興味を持つような彼ではない。この狂おしく水を吸いあげる植物についてベトコンと共有できるものは何もない。まして朴華純は彼とは無縁だ。語り合う相手として彼を想定したことはなかった。
「君がスキーに行ってるあいだ、おばさん毎日水遣ってたよ。ぼくが頼んだから」
「おばさんには帰ってすぐにお礼を言いましたけど、そうだったんですか」
「いっしょに出ないか」
 佐和子は断わった。これ以上遅れたくなかった。お先に、と言って席を離れた。その日の勤務状況がひと目でわかる名札板の前へ行って小さな板ぎれにぶら下がっている自分の名前を裏返した。
 校門を出て歩いて行った。佐和子は何も考えずに歩いていた。かかとの高い靴を穿いて歩くことに専念していた。うしろからクラクションが鳴るまでは。
 車は狭い道いっぱいに停まった。
「乗らないか、吉川さん」
「すぐそこまでだからいいです」
「話があるんだ」
 佐和子は彼の隣に坐った。ハミングしているご機嫌なベトコン。
「足立先生ご結婚まぢかだそうですね」
「ああ」
 所属するアマチュア合唱団で「ピオネールは木を植える」を歌っているあいだに芽ばえた恋は「第九」練習中に歓喜の歌と燃えあがり、発表の舞台本番で頂点に達した。結婚式でカタルシス。愛の巣はぽっかり浮んだ雲の上。やがてまもなくカタストロフとなるかどうかは、神のみぞ知る。演劇部顧問はシニカルなシナリオを思い浮かべながら、促した。
「話って何ですか」
足立のハミングがやんだ。
「分会じゃぼくのことよく言ってないだろう。一ちゃんと中さん何か言ってなかったか?」
「別に聞いていません。ご自分でお決めになるしかないんじゃないですか」
「ちがうんだ。君はどう思う、ぼくのこと。忌憚のないとこ聞かせてくれないか。・・・・・・正直いって参っているんだ」
 ゛キタンナク言うけど”それは足立が彼のいう過激派をなじるとき決って付ける枕詞だった。足立一平は今初めて、自分自身に向けてキタンなく言えと言っている。
 吉川佐和子ははげしい昂りを覚えた。
 わたしが足立さんにキタンナク物を言うことはありえない。たとえ彼が組合へ入ってきても、わたしは彼に心を開くことはないだろう。キタンナク言えというからにはまず心を開くことのできる関係が前提だ。相手がだれだろうとキタンナクいえる間柄ならどんなにいいだろう。
 車はひと走りで路地を通り抜けた。もう公園の入口まで来ている。
「ここで降ろして下さい」
 車は道端に停った。
「君は知っているんだろ。あの白いなんとかって花を持ってきたやつ、君はあいつをよく知っていたんだろう? 吉川さんだろ、サイン帳に本名なんか書いたの」
 佐和子は足立を振りかえった。浅黒いだけで表情の乏しいベトコンの貌がゆっくりと向き直り、崩れて歪んだ。
「こんどのこと正直いっておれも辛いんだ。頼む。人に言わないでくれ。あいつもバカだよ、飛び込むなんて・・・・・・」
 公園のこんもりした木立が前方に迫ってきた。佐和子はからみついてくる風のなかを泳いでいた。
〈白い花、サイン帳、本名、あいつ・・・・・・〉花びらがひとひらひとひらガクを離れてゆくスローモーションの映像を見ていた。〈バカだよ〉とつぜん最後の切片が疾風に吹きちぎられて飛んだ。
 ほんとうに恐ろしい考えが閃いたのはしかし、それからだった。
 なぜ足立さんがそれを?
 佐和子は花壇の前で大きくつんのめった。花たちを踏んづけた。踏んでも踏んでも踏みたりない。跣で踏みしだいた。ひとつ残らず踏んづけてやる。
 空を抱くような格好で佐和子は大きく両手を拡げた。

 ――吉川さん何かあったのかしら。こんな時機に三回も連続欠席じゃこの先ちょっと不安ネ。
 ――スキーから帰ってから少し変よ。彼女、観察の要ありネ。
 ――この部屋、学校に近いし便利でいいわ。合鍵つくって自由に使わせてくれないかしら。
 ――彼女まだそこまで行ってないんじゃないかしら。そんなこといったら彼女のことだから私有財産の没収だとかなんだとかってわめくんじゃない。
 ――あー早く旗上げしたいわネ。いつまでも日陰の身じゃ。
 ――だけど過半数とるなんて夢のまた夢みたい。きょうも康代さんたらヴァージンにペニスをヴァーペレンだなんてはしゃいだりして。あんな人も取りこまなきゃいけないかと思うと泣けちゃうわ。
 ――なにそれ?
 ――ほら、あの゛べ平連”のもじりよ。
 ――足立君はもう諦めた方がいいわね。
 だれかの座布団の下でガガッググッとにぶい音がした。
 ――なにこれ? 壊れちゃったわ。おもちゃの砂時計みたい。
 ――さあそれじゃはじめるわよ。いっぱい下りてきてるから。えーとまず先週まとめた三本の柱からね。
 ・・・・・・・・・・・・
 分会は終っただろうか。まだ使用中だろうか。自分の部屋に電話をするのははじめてだ。ベルが鳴っている。仄暗い箱の底で寒天状の空気をふるわせて。

 午後五時すぎ山村運輸政務次官と石田機長らは帰国に先立ち、平壌で記者団と会見していた。共同記者会見は平壌国際ホテルで行われた。
 ――共和国北半部の許可なしに領空にはいり着陸したことは、国際慣例からみてどうか。
 ――四日間も金浦空港に乗客をとどめ、不安と苦痛を与えたのは、人道主義と矛盾しないか。
 ――国交関係のない国にくるほど勇気ある山村氏はなぜ朴一味を説得しなかったのか。
 ――学生らと共和国側は関係のないことを認めるか。
 席上、朝鮮側から最後に「日航機と山村氏ならびに乗組員を日本に送り帰す」ことを明らかにした朝鮮中央通信の声明が読み上げられた。
 翌朝「よど」は平壌-東京間を二時間で飛び午前九時十分羽田空港に、無事帰着した。
 二点間の距離を速度で表わす地図がある。三十一日出発以来一二二時間にわたった「よど」の航跡ほど風変わりな地図を想起させる旅がまたとあろうか。

       5
 いつごろからだったろうか。かの女が土曜日の午後になると岬に足を向けるようになったのは。かれがそこに現われるようになったのも同じころだったろう。
 しかし過去のおぼろげな記憶をたどるよりも重要なことは、その日初めてかの女はかれに出会った、そのことだ。そしてさらに重要なことは、かの女がかれと出会うに至った経緯のことだ。
 もしもこの奇妙奇天烈な巡り合いについて語ろうとするならば、ありとあらゆる神経を集めて、注意深くそうしなければならない。いかなる無知からも偏見からも免れてある日こそその時機にふさわしい。
 かの女はそうするにふさわしい時機を心して待つだろうか。それとも意思をおこして自らその時機をたぐりよせるだろうか。

 ――ドクタ・キム、わたくしにも帰りたいところがあります。タンポポの綿毛みたいに風に吹かれて飛んでいきたいのです。誓います。どこに着陸しようと文句はいいません。ぜいたくな夢でしょうか。
 ――ぜいたくかどうかではありません。あなたひとりにとってではなく人類にとってそれはすでに失われた夢でしかない。あらかじめ失われた夢を追っていては絶望的になるだけです。
 ――でもどうしてもといったら・・・・・・
 ――歴史の歯車を逆に回転させることはできません。いかなる場合も現時点に原点を求めるべきです。掌にのる小さな分度器を考えて下さい。角度は先へ行けばゆくほど拡がります。たとえわずかな誤差といえども原点で方位を違えれば誤差はひらく一方です。そうなればわれわれは途方も無く長いたびをへめぐらなければならなくなるでしょう。
 ――わたくしは今すぐ欲しい、のです。今すぐこの手にすべてを。それがわたくしのすべてです。

 かれとかの女の目前で春の岬をへめぐった船影が遠のいてゆく。なし崩しの春。
 かの女の旅を背後から動かす欲望がかれらに向かってかの女に言わしめることがある。
 ――祖国建設に甘い夢は通用しない。額に汗して働くことをおすすめする。一日千里を馬のように駆けて甘い夢を砕くがいい。どんなに辛い労働であることか思い知るがいい。働いて老いて死んでゆくがいい。それこそが君たちに必要な学習だ。そうしてこそ鬼子らしく鍛えるがいい、君たち自身の理論を。
 黒々としたピリオドを打たねばならない。岬をめぐる春の小さな誤差の旅に。
 だが、旅の終りに這いのぼってくるこのにぶいいたみは赤いピリオドの来襲だ。
 この岬では充ちてくる汐までが赤い。窓ぎわの椅子の白いカバーを染めてゆく。鉛錘のように垂れ、滴り落ちて、淵に溜る。
 何を求めていたのだろう、うららかな春の空に。
 見なさい。嵌殺しのガラス窓のむこうに、あの一本の樹を、その背後の冬の空を。
 だが、外はもうまぎれもない新緑の季節だ。

   〈付記〉作中、左記の資料を参照、引用、借用させていただいたことをお断りします。
    『三重県の歴史』県史24(西垣・松島著、山川出版社)。ゴダール全シナリオ集Ⅲ『彼女について私が知っている二、三の事柄』ナレーション14。『朝日新聞』一九七〇年四月三日号社説および「よど号事件」関連記事。――作者

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