09年9月(第370回)例会のご案内
09年9月(第370回)例会は下記の通りです。
日 時 9月27日(日)午後1時30分〜5時
会 場 名古屋YWCA(電話052-961-7707 地下鉄「栄」駅5番出口より錦通りを東へ約100m)
テキスト 丁章『サラムの在りか』(新幹社)
報 告 立花涼(会員・作家)
当日は著者チョンヂャン氏が出席の予定です。著者は在日3世世代の詩を書く人。テキストはエッセイ集。
せっかくの機会だから、皆さん、ぜひご参加を。
磯貝治良
日 時 9月27日(日)午後1時30分〜5時
会 場 名古屋YWCA(電話052-961-7707 地下鉄「栄」駅5番出口より錦通りを東へ約100m)
テキスト 丁章『サラムの在りか』(新幹社)
報 告 立花涼(会員・作家)
当日は著者チョンヂャン氏が出席の予定です。著者は在日3世世代の詩を書く人。テキストはエッセイ集。
せっかくの機会だから、皆さん、ぜひご参加を。
磯貝治良
コメント
これは!!
残念
立花さん、報告を引き受けてくださり、ありがとうございます。
9月末はソウルに行っています。
丁章さんにお会いできないのと、立花さんとのバトルが見られないのが残念です。
来週末(9月5日)、20年前日本語を教えていた釜山外大で講演をします。
タイトルは、「<在日>文学との出会いー磯貝治良から学んだこと」です。
磯貝さんに金貞恵先生から講演を頼まれたと言うと、
「浮葉さんくらいがちょうどいんじゃない」という一言。
どこまで代役を果たせるか分かりませんが、
ここ数年考えていることを韓国人向けに話してこようと思います。
今回の釜山行には、読む会の竜子さん、太田さん、許長順さんも同行します。
珍道中記も含めて『架橋』にまとめようかと考えています。
浮葉さん
そんなこと言ったっけ?
それはかなり傲慢な言い方なので、たぶん別のニュアンスで言ったと思います。
そんなこと言ったっけ?
それはかなり傲慢な言い方なので、たぶん別のニュアンスで言ったと思います。
報告は?
夏の終わりの釜山。とてもいいでしょうね。
食べ物もおいしそう。
うらやましいです。 また、行きたくても行けない身の上になりましたから・・・。
ところで、報告は日本語でされるのでしょうか?
食べ物もおいしそう。
うらやましいです。 また、行きたくても行けない身の上になりましたから・・・。
ところで、報告は日本語でされるのでしょうか?
講演は日本語です。釜山外大日本語科の卒業生や大学院生を中心にした学会ですので。
磯貝さんの発言は、韓国の在日文学研究がまだ始まったばかりであり、在日朝鮮人社会に対する長年の無関心や無理解から抜け出ていない、というお話につながっていました。また、ある程度韓国の事情に通じている私の方が適任かもしれないというニュアンスもあったと思います。掲示板への書き込み、うっかりすると人格攻撃になりかねないので注意します。
プサン
金姉さんによろしくお伝え下さい。
帰国
釜山外大での講演、読む会メンバ(許さん、竜子さん、太田さん)ーも見守る中、無事終了しました。学会では、大学院生の根本さんという方が金鶴泳の「弾性限界」について発表をしており、懇親会でもいろいろお話ししました。金貞恵先生は初日からお付き合いくださり、卒業生の車君が国際市場を案内してくれました。許さんと竜子さんから頼まれていた懸案の親族さがしも、ホテル近くの警察署の端末ですぐに分かり、連絡が取れました。東莱温泉場のホテル農心はヘルスセンターとつながっており、周囲に食堂も多いので好評でした。今月は参加できませんので、詳しい話は3人からお聞きください。久しぶりに懐かしい人に会い、人のお役にも立て、心が温まる釜山行でした。
月刊イオ
浮葉さん、お帰りなさい(あいさつが遅い)。
釜山のホテル、市場、楽しそうですね。
さて、『月刊イオ』 特集「70年代の本棚から」に掲載の磯貝先生の「戦後文学が描いた朝鮮」読みました。
松本清張を卞宰洙先生、中島敦を李英哲君、そして、スペシャルエッセイに目取真俊氏と、読みごたえ満点でした。
磯貝先生の「植民地時代に形成された他者不在の意識を克服しないまま」との戦後文学批判の視点、胸に刻みました。
ところで、埴谷の『死霊』に朝鮮人は3人だったと。李奉洋、鍛冶屋ともうひとり(違いましたっけ?)。いま事務室なので、帰ってから確認してまた書きます。
釜山のホテル、市場、楽しそうですね。
さて、『月刊イオ』 特集「70年代の本棚から」に掲載の磯貝先生の「戦後文学が描いた朝鮮」読みました。
松本清張を卞宰洙先生、中島敦を李英哲君、そして、スペシャルエッセイに目取真俊氏と、読みごたえ満点でした。
磯貝先生の「植民地時代に形成された他者不在の意識を克服しないまま」との戦後文学批判の視点、胸に刻みました。
ところで、埴谷の『死霊』に朝鮮人は3人だったと。李奉洋、鍛冶屋ともうひとり(違いましたっけ?)。いま事務室なので、帰ってから確認してまた書きます。
二人でした
胡弓を持った男。 勘違いで、二人ですね。鋳掛け屋と、李奉洋。一人相撲です。
黄英治さん
細かい点まで目をとめてもらい、感謝です。
『月刊イオ』からの原稿依頼は初めてでしたが、紙数制限のため中途半端な文章になりました。
『朝鮮画報』時代はたまに見ていましたが、『イオ』は初見。若い世代向けとしてなかなかよい雑誌ですね。楽しめる内容です。
一般書店にもかなり置かれているのですか。
細かい点まで目をとめてもらい、感謝です。
『月刊イオ』からの原稿依頼は初めてでしたが、紙数制限のため中途半端な文章になりました。
『朝鮮画報』時代はたまに見ていましたが、『イオ』は初見。若い世代向けとしてなかなかよい雑誌ですね。楽しめる内容です。
一般書店にもかなり置かれているのですか。
イオが一般書店に置かれているのはあまり見ません。組織と、朝鮮関係書籍の多い大きな書店に配本しているようです。
ところで、さて、今回の特集は、在日同胞に響いたかな?
私なんかは、大喜びでしたけど。
ちなみに、井上光晴の小説を(実は読んでいなかった)、「書かれざる一章」から、いま断続的に読んでいます。昨日、『虚構のクレーン』を読了。古文庫屋で、井上作品が10冊1000円で買えたせい。でも、圧倒され気味・・・なんです。すごい!
ところで、さて、今回の特集は、在日同胞に響いたかな?
私なんかは、大喜びでしたけど。
ちなみに、井上光晴の小説を(実は読んでいなかった)、「書かれざる一章」から、いま断続的に読んでいます。昨日、『虚構のクレーン』を読了。古文庫屋で、井上作品が10冊1000円で買えたせい。でも、圧倒され気味・・・なんです。すごい!
文学の「兄貴」3人
嬉しいですね。井上光晴を読んでいるとは!
井上光晴とは私的には一度、家を訪ね、数回酒の席を共にしたくらいの付き合いでしたが、文学上ではほとんど光晴病ほど入れ込んだ「兄貴」でした。小さな井上光晴論もいくつか書きました。ただし文学伝習所を始める前まで。
いつか、井上光晴を語り合う機会を持ちたいですね。
もう一人の「兄貴」は言うまでもなく小林勝。会ったのは数回ですが、30歳頃の小生の未熟な小説をある雑誌に載せるよう口をきいてくれたことあり。小生が在日と日本人のかかわりを主題化し始めた頃は、小林勝がわが指標でした。
もう一人は土方鉄さん。作品もずいぶん読みましたが、文学運動を共にして、「てっちゃん」と呼ぶ「兄貴」でした。
3人ともいまは亡い。
ところで、ヨンチさん、おととい(20日)、姜春根、韓基徳らと都相太氏宅の溜まり場サラオで、サモニムの御馳走と酒、おしゃべり(といっても喋るのはチュングニ氏とキドギが圧倒的)を満喫しました。一泊。翌日、チュングニ氏と旧東海道を4、5キロ歩いて、愉しい時間でした。
井上光晴とは私的には一度、家を訪ね、数回酒の席を共にしたくらいの付き合いでしたが、文学上ではほとんど光晴病ほど入れ込んだ「兄貴」でした。小さな井上光晴論もいくつか書きました。ただし文学伝習所を始める前まで。
いつか、井上光晴を語り合う機会を持ちたいですね。
もう一人の「兄貴」は言うまでもなく小林勝。会ったのは数回ですが、30歳頃の小生の未熟な小説をある雑誌に載せるよう口をきいてくれたことあり。小生が在日と日本人のかかわりを主題化し始めた頃は、小林勝がわが指標でした。
もう一人は土方鉄さん。作品もずいぶん読みましたが、文学運動を共にして、「てっちゃん」と呼ぶ「兄貴」でした。
3人ともいまは亡い。
ところで、ヨンチさん、おととい(20日)、姜春根、韓基徳らと都相太氏宅の溜まり場サラオで、サモニムの御馳走と酒、おしゃべり(といっても喋るのはチュングニ氏とキドギが圧倒的)を満喫しました。一泊。翌日、チュングニ氏と旧東海道を4、5キロ歩いて、愉しい時間でした。
励もう
井上光晴が提起し、追及した問題は、より悪化しながら・・・。
埴谷派の私ですけど、全身小説家と宇宙人の交友が、改めて、心に沁みますねえ。
おしゃべりの嵐、情景が浮かびます。
埴谷派の私ですけど、全身小説家と宇宙人の交友が、改めて、心に沁みますねえ。
おしゃべりの嵐、情景が浮かびます。
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これは、大波乱の予感、です。
ぜひ、立ち会いたいものですが、難しそうです。
名古屋近辺のみなさん、ぜひ多数のご参加を!!