09年8月例会(第369回)のご案内
09年8月(第369回)例会の案内です。
日 時 09年8月23日(日)午後1時30分〜5時
会 場 名古屋YWCA(電話052-961-7707 地下鉄「栄」
5番出口より錦通りを東へ約100m)
テキスト 李恢成『地上生活者』第三部『幻像』(講談社)
報告者 吉原ゆう子(会員)
みなさん、ご参加を。
9月例会のテキストは、丁章『サラムの在りか』(新幹社)を
予定しています。丁章さん、第4日曜日を予定しています。都
合よければ、出席を。
蔡さん、中島さん、立花さん
著者からお三方に進呈の尹健次詩集『冬の森』(影書房)を磯
貝が預かっています。8月例会に持参します。10月例会あた
りに取り上げる予定。他のメンバーには7月例会の折に渡しま
した。
磯貝治良
日 時 09年8月23日(日)午後1時30分〜5時
会 場 名古屋YWCA(電話052-961-7707 地下鉄「栄」
5番出口より錦通りを東へ約100m)
テキスト 李恢成『地上生活者』第三部『幻像』(講談社)
報告者 吉原ゆう子(会員)
みなさん、ご参加を。
9月例会のテキストは、丁章『サラムの在りか』(新幹社)を
予定しています。丁章さん、第4日曜日を予定しています。都
合よければ、出席を。
蔡さん、中島さん、立花さん
著者からお三方に進呈の尹健次詩集『冬の森』(影書房)を磯
貝が預かっています。8月例会に持参します。10月例会あた
りに取り上げる予定。他のメンバーには7月例会の折に渡しま
した。
磯貝治良
コメント
冬の森
よかったです
冬の森
尹さんが詩……と。でも、立花さんが精読するとおっしゃっていたことに刺激され、書き物をする机に常備して、気が向いたときに開きます。
心にしみる作品が数多くあります。
朝鮮新報に佐川亜紀さんの書評が掲載されていました。
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2009/06/0906j0731-00006.htm
尹さんが詩……と。でも、立花さんが精読するとおっしゃっていたことに刺激され、書き物をする机に常備して、気が向いたときに開きます。
心にしみる作品が数多くあります。
朝鮮新報に佐川亜紀さんの書評が掲載されていました。
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2009/06/0906j0731-00006.htm
遅くなりました
黄さん、佐川さんの書評を読みました。確かに今回の詩集は奥さんの死とも深い関係がありますね。尹先生と昨秋八ヶ岳に登った時も、奥さんの病気は自分のせいだと後悔してらっしゃいました。
さて、前回の例会は、尹先生と同じ年に奥さんを亡くした磯貝さんの「往還する人」がテーマでした。林さんの報告に続き、太田さんから「この作品は向こうの世界の彼女が書かせた作品だと思う」というコメントがありました。ただ、作者の分身が「でも、一つだけ反論させてください」(105頁)と述べる場面の距離感が納得できない、と磯貝さんに質問を投げかけました。この場面、<息子に宛てて「(父を)ゆるしてやってください」というのは、息子へのおもねりがすぎるのではないですか? ぼくが許しを受けなくてはならない理由は見つかりません。>と続きます。
これに対して、磯貝さんは「作中人物のいやらしさやエゴイズムをうまく造形できなかった」と答えました。この作品は奥さんが亡くなってひと月もしないうちに書き始められたものであり、初めての「私小説」でもあって十分にこなれていない。言わば、「生煮え」状態ではあるものの、どこまで書けるか実験してみたかったとのこと。林さんも指摘したとおり、最初の部分では伏字になっていた登場人物の名前が中盤から実名に変わっています。これも作中人物の名前を付けることができず、途中から実名でないと書けなくなったとのことです。この作品が奥さんに対するざんげの書であることは確かだが、語り手である夫(つまり自分)を批判し切ることができなかったと答えていました。
磯貝さんによれば、「往還」というのは仏教用語であり、以前から<死者の解放>というテーマを書きたかった(例えば、金石範氏の描くような)とのこと。「死者は死者としての生を生きている」というのが最後の場面のメッセージだということです。また、この作品は妻の闘病生活、妻の過去の回想、亡き妻への語りかけという三つの部分が<記録者として語る><作者として語る><夫として語る>という三つの層に対応する構造になっている。その構造があるからこそ、小説となっているのだとも。
この日は太田さんが描いた絵の絵ハガキ大のコピーが回覧されました。自分が昔住んでいた街、在日のハルモニたちが闊歩する中川運河の情景を描いたという、重厚な抽象画でした。この絵は在日文学を読むことで描けたものだということです。「自分の中で突き上げてくるものがなければだめだ」という金時鐘氏の言葉を胸に、お経を読むように彼の詩を読んでいるというお話も。彼女の絵もまたひとつの在日文学なのかもしれませんね。
それから、黄さんの「あの壁まで」についても、太田さんは「あの壁」が結局ソウルの西大門拘置所の壁だという点が納得できなかったとも言っていました。トキちゃんはそこに行くまでにもっといろいろな<壁>を越えているのではないか、というのが太田さんの主張です。歴史的、具体的な<壁>の重さを描くか、<壁>を抽象化、概念化するか、ここは立場が分かれるところですね。
とにかく、この日は「太田デー」でした。もちろん、3か月連続で報告を引き受けてくれた林さんの頑張りにも拍手。来月は、50代にして大学に入り直し、在日文学を学んでいるという吉原さんの報告です。楽しみですね。
さて、前回の例会は、尹先生と同じ年に奥さんを亡くした磯貝さんの「往還する人」がテーマでした。林さんの報告に続き、太田さんから「この作品は向こうの世界の彼女が書かせた作品だと思う」というコメントがありました。ただ、作者の分身が「でも、一つだけ反論させてください」(105頁)と述べる場面の距離感が納得できない、と磯貝さんに質問を投げかけました。この場面、<息子に宛てて「(父を)ゆるしてやってください」というのは、息子へのおもねりがすぎるのではないですか? ぼくが許しを受けなくてはならない理由は見つかりません。>と続きます。
これに対して、磯貝さんは「作中人物のいやらしさやエゴイズムをうまく造形できなかった」と答えました。この作品は奥さんが亡くなってひと月もしないうちに書き始められたものであり、初めての「私小説」でもあって十分にこなれていない。言わば、「生煮え」状態ではあるものの、どこまで書けるか実験してみたかったとのこと。林さんも指摘したとおり、最初の部分では伏字になっていた登場人物の名前が中盤から実名に変わっています。これも作中人物の名前を付けることができず、途中から実名でないと書けなくなったとのことです。この作品が奥さんに対するざんげの書であることは確かだが、語り手である夫(つまり自分)を批判し切ることができなかったと答えていました。
磯貝さんによれば、「往還」というのは仏教用語であり、以前から<死者の解放>というテーマを書きたかった(例えば、金石範氏の描くような)とのこと。「死者は死者としての生を生きている」というのが最後の場面のメッセージだということです。また、この作品は妻の闘病生活、妻の過去の回想、亡き妻への語りかけという三つの部分が<記録者として語る><作者として語る><夫として語る>という三つの層に対応する構造になっている。その構造があるからこそ、小説となっているのだとも。
この日は太田さんが描いた絵の絵ハガキ大のコピーが回覧されました。自分が昔住んでいた街、在日のハルモニたちが闊歩する中川運河の情景を描いたという、重厚な抽象画でした。この絵は在日文学を読むことで描けたものだということです。「自分の中で突き上げてくるものがなければだめだ」という金時鐘氏の言葉を胸に、お経を読むように彼の詩を読んでいるというお話も。彼女の絵もまたひとつの在日文学なのかもしれませんね。
それから、黄さんの「あの壁まで」についても、太田さんは「あの壁」が結局ソウルの西大門拘置所の壁だという点が納得できなかったとも言っていました。トキちゃんはそこに行くまでにもっといろいろな<壁>を越えているのではないか、というのが太田さんの主張です。歴史的、具体的な<壁>の重さを描くか、<壁>を抽象化、概念化するか、ここは立場が分かれるところですね。
とにかく、この日は「太田デー」でした。もちろん、3か月連続で報告を引き受けてくれた林さんの頑張りにも拍手。来月は、50代にして大学に入り直し、在日文学を学んでいるという吉原さんの報告です。楽しみですね。
緊張感
私は太田さんにお会いしているでしょうか? お顔と名前が一致しませんので、この点、ご容赦を。
で、「あの壁まで」に、こういうご批評。「あっ」と思わされました。
ちなみに、作家の小沢信男さん、林浩治さん、埼玉文学学校を主宰する労働者作家の野川義秋さんと1日(土)、単に飲むだけの「小沢信男さんの会」をやりました。そこで、小沢さんの批評「へただねえ。でも最後まで読ませるなぁ」。林さんの評価とも違って、面白かった。
その終わりがけ、「ときちゃん」=私の連れ合いが乱入。私も来るとは思っていなかったのでびっくりしました。嵐のように場をかき乱して、あっという間に、去っていきました。
磯貝先生の「文学ときどき人生」(製本印刷して63ページ)を、「小沢さんと野呂さんのことも書かれています」と、小沢さんに渡しました。
「往還する人」に関する報告を読んでいると、場の緊張感が伝わります。磯貝先生、大汗をおかきになったのではないでしょうか?太田さんの指摘、磯貝先生の応答、その場にいたかったなあ。
林さん、お疲れ様でした。
浮葉さん、報告、ありがとうございました。
で、「あの壁まで」に、こういうご批評。「あっ」と思わされました。
ちなみに、作家の小沢信男さん、林浩治さん、埼玉文学学校を主宰する労働者作家の野川義秋さんと1日(土)、単に飲むだけの「小沢信男さんの会」をやりました。そこで、小沢さんの批評「へただねえ。でも最後まで読ませるなぁ」。林さんの評価とも違って、面白かった。
その終わりがけ、「ときちゃん」=私の連れ合いが乱入。私も来るとは思っていなかったのでびっくりしました。嵐のように場をかき乱して、あっという間に、去っていきました。
磯貝先生の「文学ときどき人生」(製本印刷して63ページ)を、「小沢さんと野呂さんのことも書かれています」と、小沢さんに渡しました。
「往還する人」に関する報告を読んでいると、場の緊張感が伝わります。磯貝先生、大汗をおかきになったのではないでしょうか?太田さんの指摘、磯貝先生の応答、その場にいたかったなあ。
林さん、お疲れ様でした。
浮葉さん、報告、ありがとうございました。
浮葉さんに感謝!
すごい「書記」ぶりですね。記憶でここまで再現されるとは。
ありがとうございます。
申し訳ありませんが、今月いっぱいは身動きが取れません。
次回もよろしく(笑い)
ありがとうございます。
申し訳ありませんが、今月いっぱいは身動きが取れません。
次回もよろしく(笑い)
浮葉さん、7月例会の報告ありがとうございます。架橋26号に掲載の九州大学でのシンポ『在日文学の世界』報告を読み、そのあと書評ふくめていくつかの文章を読み、ポイントを的確にとらえた、簡潔かつ意を尽くした文章に感じ入りました。
今回のレポも短い文章の中で、議論のポイントと場の空気をキチンとまとめてもらいました。多忙な人に押し付けてはいけないのですが、例会の事後報告は、浮葉さんに、ということになりそうです。期限不限定で。面倒かけます。
黄さん、連れ合いさん乱入ですか。小沢さん、林くん、もちろん黄さんも、野郎3人の反応(たぶん度肝をぬかれた風情)。見られずに残念。
今回のレポも短い文章の中で、議論のポイントと場の空気をキチンとまとめてもらいました。多忙な人に押し付けてはいけないのですが、例会の事後報告は、浮葉さんに、ということになりそうです。期限不限定で。面倒かけます。
黄さん、連れ合いさん乱入ですか。小沢さん、林くん、もちろん黄さんも、野郎3人の反応(たぶん度肝をぬかれた風情)。見られずに残念。
太田さん
立花さん、ありがとう
ありがとうございました。30周年の会の写真ですから、お会いしてはいるのですが、お話を交わさせてもらったことは、ない、ような・・・。
さて、またこれから、ひと仕事、です。
さて、またこれから、ひと仕事、です。
ごめんなさい
こんにちは。6月に参加していた金 三淑と申します。ここに書いてもいいのかわからないですが、自分勝手に書いておきます。お許しください。
先月は子供が熱が出ていまして参加できなかったし、今月も参加できなさそうです。気持ちとしては必ず参加して皆さんからいろいろ教えていただきたいですが、なかなか都合が合わないです。すごく残念に思っております。
9月からは参加できるようにしますので、よろしくお願いいたします。
先月は子供が熱が出ていまして参加できなかったし、今月も参加できなさそうです。気持ちとしては必ず参加して皆さんからいろいろ教えていただきたいですが、なかなか都合が合わないです。すごく残念に思っております。
9月からは参加できるようにしますので、よろしくお願いいたします。
金三淑さん
気になさらずに、都合のよいときに出席してください。会はあと10年も続きそうですから。
会が役に立てればいいですね。
気になさらずに、都合のよいときに出席してください。会はあと10年も続きそうですから。
会が役に立てればいいですね。
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尹健次さんから、既に贈られて来ています。
まだ熟読はしていませんが。目は通しました。
10月くらいですか。楽しみにしております。