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2006-07

第9号の完成

 立花です。「架橋」の第9号の打ち込みが終わりました。
 これで、第7号と合わせて二冊が完成。

 打ち間違いなど、御意見等がありましたら、遠慮なくお願いします。

「架橋」第9号付録 「『架橋』総目次」

『架橋』総目次

創刊号(1980年冬 1月15日発行)

○エッセイ特集「会とわたし」
 磯貝治良・・・・・・・・・「会のあゆみ-中間記録ふうに」
「会のこれからは」
  蔡 太吉・・・・・・・・・「独白」
  安田寛子・・・・・・・・・「さらさねばならないもの」
  中山峯夫・・・・・・・・・「朝鮮人と、父と」
  藤本由紀子・・・・・・・「〈読む会〉と私」
  竹内 新・・・・・・・・・「極楽トンボ」
  五十棲達彦・・・・・・・「〈読む会〉に参加して」
   鐘眞・・・・・・・・・「朝鮮人としての再発見」
○ 会録 あとがき

2 号(1980年夏 7月15日発行)

○エッセイ
 磯貝治良・・・・・・・・・「〈民衆〉という陥穽-『見果てぬ夢』一つのこと」
  蔡 太吉・・・・・・・・・「金石範の小説に触れて」
  劉 竜子・・・・・・・・・「架橋に寄せて」
  藤本由紀子・・・・・・・「私自身をとりもどすための」
  小室リツ・・・・・・・・・「作品の中の朝鮮の婦女たち」
 ○「なかまの情報」 あとがき

3 号(1981年春 5月1日発行)

○評論
   鐘眞・・・・・・・・・「傷だらけの構図-李恢成著『死者の遺したもの』を読んで」
 ○エッセイ
  文 学謙・・・・・・・・・「喪失と脱自」
  与 語潮・・・・・・・・・「架橋小話」
  みたたみ・・・・・・・・・「自分にとっては」
  磯貝治良・・・・・・・・・「抵抗史を継ぐ-許南麒『火縄銃のうた』」
  ○短歌
   權 星子・・・・・・・・・「命運憶う」11首
  ○会録 あとがき

4 号(1982年夏 7月1日発行)

○評論
   鐘眞・・・・・・・・・「『見果てぬ夢』雑感ノート」1
 ○エッセイ
  劉 竜子・・・・・・・・・「『見果てぬ夢』の中の女たち」
  与 語潮・・・・・・・・・「友人の花嫁」
○ 「幕間のひとこと」 会録

5 号(1984年春 4月10日発行)

○小説
 磯貝治良・・・・・・・・・「梁のゆくえ」
 劉 竜子・・・・・・・・・「夏」
 ○評論
 鐘眞・・・・・・・・・「『見果てぬ夢』雑感ノート」2
 ○記録
  中山峯夫・・・・・・・・・「農民兵士・父からの手紙」
 ○エッセイ
  安田寛子・・・・・・・・・「私の中の朝鮮人たち」
 ○短歌
  醴  泉・・・・・・・・・「対馬万緑」28首
 ○「〈読む会〉への参加を」 会録 あとがき

6 号(1985年夏 7月1日発行)

○小説
 磯貝治良・・・・・・・・・「イルボネ チャンビョク」
 劉 竜子・・・・・・・・・「葉かげ」
 松本昭子・・・・・・・・・「野辺戯の日よ」
 ○評論
 鐘眞・・・・・・・・・「『見果てぬ夢』雑感ノート」3
 ○エッセイ
  鼓けいこ・・・・・・・・・「キャノンボールに酔いながら」
  渡部一男・・・・・・・・・「思い出の朝鮮人たち」1
 ○「〈読む会〉の愉しみ」 会録 あとがき

7 号(1986年秋 9月20日発行)

○小説
 松本昭子・・・・・・・・・「岬をめぐる旅」
 磯貝治良・・・・・・・・・「〈はん〉の日」
 ○評論
 鐘眞・・・・・・・・・「『見果てぬ夢』雑感ノート」4
 ○エッセイ
  渡部一男・・・・・・・・・「思い出の朝鮮人たち」2
 ○「批評と手紙」 会録 あとがき

8 号(1987年冬 12月1日発行)

○小説
 磯貝治良・・・・・・・・・「聖子の場合」
 劉 竜子・・・・・・・・・「紅いチマチョゴリ」
 渡野玖美・・・・・・・・・「南京虫のうた」
 賈島憲治・・・・・・・・・「雨森芳州の涙」
 ○エッセイ
成 真澄・・・・・・・・・「履歴書を書く」
咸 安姫・・・・・・・・・「〈読む会〉に参加して」
磯貝治良・・・・・・・・・「〈読む会〉10年の覚書」
 ○交流誌紹介 会録 

「架橋」第9号 「あとがき」

    あ と が き

▲ちょっと古い話。一昨年(一九八七年)の十二月六日、「読む会」の発足10周年を記念して「表現と交流のマダン」を愛知労働文化センターで開いた。
京都の民族文化牌ハンマダンを招いて詩とうたと一人芝居の構成によるマダンを中心に、会の仲間がかかわるグループも出演。ノリパンの民族楽器演奏、舞踊、うた、ノルトゥィギの会の朝鮮語民話劇、在日韓国青年同盟愛知のパンノリ、楽器演奏とうた、笹島日雇労働組合のハングル講座のうた、である。それに蔡孝、鐘真、磯貝治良の話。
参加者約一二五名。二〇名ほどの子どもたちの反応がイキイキ。仲間手づくりのタクペギ、朝鮮料理に酒、ビールが差し入れられ、大人たちもノリにノッた。マダンの熱気去りやらず、今池・養老の滝で開かれた二次交流会にも七〇名ほどが参加。ともかく、「読む会」10周年にふさわしい一日だった。
▲あれから一年余、「読む会」の身辺、相変らずあわただしかった。指紋押捺拒否裁判では、韓基徳氏の高裁判決があり、權政河氏の一審が結審し、六月一日より改悪された外国人登録法に対する徹底拒否88共同行動が一年にわたって展開され、十七年ぶりに釈放された韓国人政治犯・徐俊植氏の弟徐京植さんを招いての公園とマダン(この集いでは「読む会」の仲間で舞台俳優の中野佳子が、磯貝作・構成の呉己順オモニ語り芝居「一番きれいな解決は統一しかあらへん」を演じた)など。そしてトピックは会のメンバー朴裕子さんと韓基徳君がさわやかに結ばれたこと。
▲恒例の87・88年に読んだテキスト人気投票のベスト3は「長くきびしい道のり」「海を渡った朝鮮人海女」「猪飼物語」でした。                           (貝)

「架橋」第9号 「

会    録

第115回(1987・11・29)宗秋月「サランヘ」
       報告者・李誠姫       参加者11名

第116回(12・ 6)読む会発足10周年記念「表現と交流のマダン」
    出演・ハンマダン ノリパン ノルトゥィギエフェ 笹島日雇労       働組合ハングル講座、在日韓国青年同盟愛知
    話・蔡孝 鐘真 磯貝治良    加者約125名

第117回(1988・1・24)「架橋」8号合評会 PART1
       報告者・近藤義男      参加者21名

第118回( 2・21)「架橋」8号合評会 PART2
       報告者・檜垣徹       参加者14名

第119回( 3・21)朴重鎬「回帰」(『民涛』創刊号)
       報告者・加藤建二      参加者10名

第120回( 4・24)姜信子「ごく普通の在日韓国人」
       報告者・金成美       参加者12名

第121回( 5・22)徐京植「長くきびしい道のり」
       報告者・加藤誠       参加者14名

第122回( 6・26)『民涛』2号新人短編小説特集
       報告者・渡野玖美      参加者13名

第123回( 7・24)金石範「鴉の死」
       報告者・井上幸一      参加者12名

第124回( 8・28)梁澄子・金栄「海を渡った朝鮮人海女」
       報告者・劉竜子       参加者12名

第125回( 9・25)金蒼生「赤い実」(『民涛』3号)
       話・金蒼生 報告者・児玉信哉   参加者17名

第126回(10・30)第6回生野民族文化祭見物        
                        参加者 6名

第127回(11・27)金香都子「猪飼野路地裏通りゃんせ」
       報告者・劉竜子       参加者 9名

第128回(12・18)一年をふりかえり89年を望む会
       報告者・全員        参加者 9名

「架橋」第9号 「雨森芳州の憂鬱」

     雨森芳洲の憂鬱

           賈(か) 島(とう) 憲(けん) 治(じ)

       1
対馬藩士雨森芳洲が朝鮮語稽古生として釜山城の北東の草梁倭館へ留学したのは、元禄十六年(一七〇六)三月、三六歳の時であった。芳洲は前年に参判使都船主として倭館へ入ったので、倭館に来る朝鮮の訳官と話してみたが、相手の言う朝鮮語はまるで分からなかった。国府(厳原)に戻ると、朝鮮語のできる通詞にみっちり稽古してもらったが、やはり容易に熟達しなかった。そこで、草梁倭館で朝鮮語を二年間学べるように願いを出し、認められたのである。
 倭館は以前には釜山浦豆毛浦にあったのだが、狭いうえに南風が直接当るなど不便であったため、延宝六年(一六七八)に草梁に移転していた。芳洲は倭館へ行く前に人から聞いたり、倭館の絵図を見たりしていたので倭館の知識は多少あったが、実際に倭館に入ってみてあまりに倭館の規模の大きさに驚いた。広さは芳洲が中国語を学ぶため出向した長崎の唐人屋敷の十倍もあった。倭館には対馬から派遣された館主、裁判、元方代官、通詞などの藩士の者、さらに東向寺僧、商人、水夫、大工たち常時五百人近くがいた。倭館の敷地は東西が南北より短かい、ちょうど長方形の形をとり、岬に突き出したように倭館の東端と南端が海に接し、西端と北端は陸に続いていた。倭館の中央に龍頭山があり、ここを境に海の望める東側に東館があり、西側に西館があった。東館には館主屋、代官屋、裁判屋、東向寺屋、通詞屋などの対馬藩士の館が建てられており、西館には対馬からやってくる使節団の宿泊所があった。東端の海へと続く浜には、水夫屋、倉庫などが建てられていた。倭館の北側には朝鮮大庁、朝鮮の訳官の住居である誠信堂、そして朝鮮側役人の宿舎があった。倭館の出入り口は二ケ所しかなく、日本人が用もなく倭館から外出することを禁じ、朝鮮側の役人や商人も通行札がないと館内に入ることは出来なかった。周囲は高さ六尺の石垣が頑丈に巡らされ、その外に朝鮮側の役人が見張る番所が六ケ所あった。
 館内の立札には、天和二年(一六八三)癸亥年に対馬藩と朝鮮側で締結された約条が次のような五ケ条の条文として記されてあった。
一、 禁標定界外、母論大小事、闌出犯越者、論以一罪事、
一、 路浮税現捉之後、与者受者同施一罪事、
一、 開市時、潜入各房、密相買売者、彼此各施一罪事、
一、 五日雑物入給之時、色吏・庫子・和人切勿扶曳殴打事、
一、 彼此犯罪之人、倶於館門外施刑事、在館諸人、若弁諸用、告示館司、直持通礼、以於訓導・別差処、可為往来者也
 この条文は、館外の坂の下番所の前にも大きな石に彫られていた。
 芳洲が入館して七日目のことであった。毎日炭を持ってくる炭唐人が昨日持って来なかった。芳洲と一緒に新しく倭館へやって来た佐村甚之助とう元方代官が、「ヨボの奴、馬鹿だから、手に墨で炭いくつとはっきり書いてやらねばすぐに忘れる」と芳洲に言った。「ヨボ」とは朝鮮語で「もしもし」と人に尋ねる時に呼びかける言葉だが、この「ヨボ」がそのまま炭唐人の名前にして使われていた。炭唐人は自分の本名を呼ばれず、たえず「ヨボ」、「ヨボ」と日本人がおのれを呼んでも少しも気にかけず、愛嬌よくにこにこ笑って仕事をする男であった。佐村に「ヨボ」と呼びつけられて、炭唐人はやって来た。佐村はヨボの左手をつかむや着物をひじの所まで捲り上げた。そうして自分の机上の筆を取り、硯の墨をたっぷりつけてからヨボの腕に炭五束と書いた。ヨボは初め何事がおこるかときょろきょろしていたが、突然に自分の腕に真黒な墨を塗られたので、ひどく顔をしかめて、あわてて右手の掌でこすって消してしまった。これを見て、佐村は「昨日、炭を忘れたから忘れぬように書いてやるのだ。もう一度書いてやるから、消したら承知せんぞ」と言って、嫌がって逃げようとするヨボの左手を無理やり引っ張り、また筆で文字を書こうとした。ヨボは佐村につかまえられた左手を必死に引き離そうと真赤な顔になって暴れた。佐村はヨボがどうしても自分の言うことを聞かないので、腹を立て「馬鹿野郎」と言ってヨボを殴りつけた。ヨボはその場にひっくり返り、そのまま手足を床の上でバタバタさせて泣き喚いた。ついに、芳洲が見るに見かねて佐村をとめようとした瞬間である。そこを通りかかった金別将という訓導が目を怒らして佐村に日本語で怒鳴った。
「どういうつもりで朝鮮人を辱しめるのだ。下人だからといって馬鹿にするのか」
 この金別将の声に、元方代官の佐村はどぎまぎし、あわてて何も言わずに、その場からこそこそ逃げ出してしまった。
 芳洲は今から十四年も前、対馬藩主に仕官として間もなく江戸屋敷で聞いた炭唐人の話をふと思い出した。家臣が部屋に集まって話をしたり、茶菓子を飲み食いして寛いでいる時であった。碁を打っていた一人が「朝鮮人ほど愚鈍な連中はいない。倭館で炭唐人が炭を持って来ない時には、手に『炭』と書いた赤い判子を押してやるのだ。そうすると、奴ら、馬鹿だから、こっちは炭唐人の顔をいちいち覚えていないのに、判子を消してくれと言って必ず炭を持ってくる」と言ったので、その場にいた者がどっと大笑いをした。佐村はこうした話を誰かに聞いていて、今でもそんなことが出来ると朝鮮人を侮り、ヨボに試みたところ思いもせぬ拒絶に会ったのである。のみならず、朝鮮人は卑屈な人間ばかりだと思い込んでいたのに、訓導の金別将から叱り飛ばされて、それが大きな間違いであったことを知り驚愕したのであった。
 金別将は東萊の司訳に籍を置く三十四歳の訳官であった。芳洲は炭唐人ヨボの一件があってからすぐに金と親しくなった。金は日本語は勿論、中国語も話した。金は芳洲が中国語を話せるのを知ると、どういう訳か日本語は使わずいつも中国語で語りかけてきた。芳洲は草梁へ来る前に中国語を長崎で六年間学んだけれども、芳洲よりも金の方が発音が正確であった。芳洲がそのことを褒めると、金は「われわれ朝鮮人にとって、中国語の四声はそんなに難しくないさ、へっへっへっ」と言って笑った。
 芳洲と金はある日、竜頭山に一緒に登った。あちこちに咲いている連翹の黄色の花が目にしみた。白い蝶が連翹の花の上を何匹も飛び回っていた。竜頭山は丘のような小高い山であるが、それでも頂上まで登ってくると急に体じゅうから汗が吹き出た。二人は一息つくため山頂の岩の上に腰を下して東館の向こうの海を眺めた。波止場では対馬からやって来た船が六艘停泊しており、水夫がその船の周りで忙しそうに船の積荷の上げ下しをしている。両手で円をつくるように掛かった二つの桟橋の間を通過して、三隻の対馬向けの白い帆掛け船が今次々と大海へと進んでいこうとしている。芳洲は対馬島がこの眼で見えるかどうかと思い目を細めてじっと見つめたが、空も海も白く霞んでいるばかりで何も見えなかった。海から突然吹き上げてくる冷たい風が快かった。時々、鶯が木々の茂みの中で下手くそな声で鳴くのが聞こえた。
「よいお金もうけの口があるのだが、一口乗りませんか」
 金別将は海を見つめたまま、珍しく日本語で言った。
「お金さえあればいい女を囲うこともできるしね。なんなら、私が世話をしますよ」
 芳洲は手拭いで胸元を流れる汗を拭く手を急に止め、金をいぶかしげに顧みた。
「なんのことだ。拙者には妻子もいるが」
 芳洲が倭館へ来たばかりの頃であった。坂の下の市場を見て歩いていると、いくつも店が続くその間からふと男の子が現れるや、芳洲の手を取り、道の片端へ引っ張っていき、「ムスメがいるが、いらないか」と日本語で囁いた。芳洲は呆れて子供の顔をまじまじ見たが、子供は悪びれた様子もなく大きな瞳でにこにこ笑っている。芳洲は手を振って断ったが、子供は執拗にまといついて離れなかった。芳洲は金がまさかその子供のように女の客引きをするとは信じられなかった。
「しばられなくてもいいじゃないですか。本当は分っているのでしょう。抜け荷の手伝いをしてほしいのです」
「馬鹿な。潜商は癸亥約条制札にも記してあるように御法度ではないか」
 芳洲は金がもしかして自分をからかっているのではないかと感じ、真面目な顔つきになった。
「何をびっくりしているのです。ちょっと手を貸してくれればいいのです。大金は入るし、それに私はあなたにいい女を是非とも世話したいのです」
「いい女だと。それはどういう意味だ」
「雨森さん、世間知らずな子供みたいなことをおっしゃって、おかしいですな。私はちゃんと調べてあるんですよ。あなたが京や江戸にいた時には、さぞかし大いに遊んだのでしょ。隠さなくてもいいじゃないですか。対馬島ではちょっといないほどの別品ばかりなんです。背が高くてすらりとした女がいいですか、それとも胸が大きい女がお好みですか。ここだけの話ですが、前の館主様にもたいそう喜んでもらいました」
「なに、近藤弥右衛門氏に女がいたと言うのか」
「へっへっへっ。どこを見ても野郎ばかりの倭館に二年間もいれられて、誰だって我慢できますか。倭館の外の坂の下にこっそり女を囲っていたのですよ」
「それで、きみの言うように、近藤氏は潜商もやっていたのか」
「そうです。あいつは大金をつかんで島へ帰っていきましたよ。なに、ここにいる対馬の役人や商人はたいがいは抜け荷をやっていますがね」
「いい加減なことを言うと容赦せぬぞ」
 芳洲は思わず大声で叫んだ。
「何をそんなに息巻きなさるのですか。ここに来られたのは、語学の稽古というのは名目であって、やはり金もうけのためでしょ。どうせ草梁に来なさったのなら、金もうけをしていかねば損ですよ」
「きみはかりにも訓導の分際であるのに、本気でそんな悪事を拙者に勧めるのか。一体どういうつもりで訳官になったのだ」
「訳官ですか。私が訳官になったのは金もうけのためですよ。我々中人のものは両班と違って科挙に及第して高位高官につくというわけにはいかぬのです。いつまでたっても訳官のまま。中人は医者か訳官か算官になるしかありません。訳官の給金でどうして食べていけますか。女房や子供を養っていかねばなりません。子供が五人もいるのです」
 金別将は一瞬、自分の子供たちが玩具の取り合いから喧嘩になって泣き騒いでいる光景をありあり目に浮かべて思わずしかめっ面をした。
「雨森さん、茶房洞の卞富者をご存知ですか」
「いや、知らぬ」
「あなた、朝鮮へ来て漢籍ばかり読んでいては駄目ですよ。漢城(ソウル)では小さな子供でも知っています。名前は卞承業と言って、天和二年に日本へ行った通信使の首席訳官を務めました。彼は朝鮮へ帰ってきてから銀五十万両の大金持になったのです。卞承業だけじゃない。清の燕京(北京)へ行って大金持になった訳官もたくさんいます。今は皆金貸し業をやっていますが、彼ら訳官たちは外国へ行ってうまくやった訳ですよ。私もいつまでも訳官をやっているつもりは毛頭ありません」
「きみは日本と朝鮮の善隣友好のために訳官になったのではないのか」
 金別将は『善隣友好』という言葉がまるで彼の全神経を逆撫でしたかのごとく、眉間に三本の縦皺を立てて、地面にぺっと唾を吐いた。
「善隣友好だって。その言葉を聞くだけで胸糞が悪い。私が今、日本語を話すのにどんなに苦しい思いをしているか、あなたに分るかね。分らんでしょ。私だけじゃない。他の訳官にも聞いてみて下さい。日本語を心から喜んで習得した者が何人いますか。壬辰・丁酉倭乱で朝鮮本土を荒らし回った倭奴の言葉を聞くだけでも汚らわしいのに、どうして野蛮人の言葉を学ぶ必要がありますか。私の先祖は小西行長の軍によって殺害されたのですよ」
「では、きみは話したくもない日本語を金もうけのために嫌々学んだというのか」
「そうです。日本語を学んだのは、ひたすら江戸へ通信使の一行に訳官として行くためです。そして卞承業のように日本で人参を売りまくり大もうけをするのです」
「幕府は通信使に加わっている訳官が人参を密売しないかと厳重に見張っているから、発覚すれば処刑されねばならぬ」
「処刑なんか糞食らえさ。いいですか。雨森さん、日本人が我々に人参を持ってくることを待ち望んでいるから、持っていって売るのですよ。どんなに高い金を出してでも日本人は人参を買いたがっているのです。人助けのためにやることが密貿易などと言うのは日本の決まりが間違っているのです」
「朝鮮人参は毎年取れるからよいが、日本の銀には限りがある。銀の輸出を制限するためには、潜商を取締るのは当然のことじゃないか。今こそよく呑み込めた。きみのように朝鮮人は潜商をなんとも思っていないのだな」
 金は突然、険しい顔つきになりかっと芳洲をにらみつけた。
「何を言うのですか。あなたは朝鮮人だけが悪いように言われるが、対馬の人間はどうなのですか。あなただって御国の人たちが密貿易をしていることを本当は知っているのでしょ。はっきり言わせてもらいますが、何よりも対馬の商人や侍が抜け荷を望んでいるのですからね」
 芳洲は昨年暮れに対馬佐須奈にやって来た訳官から、人参五斤を仕入れようとして見つかり処刑された井上権四郎のことを不意に思い出し吐息をもらした。井上は芳洲に朝鮮語の手解きをしてくれた老通詞であった。
「対馬人は狡賢い輩ですね。実のところ、わたしたち朝鮮人の方がいつも欺されて損をさせられているくらいです。なかんずく、ここへ来ている対馬人ときたら、前の館守様と同じで金も欲しい、女も抱きたいという訳で、欲深い奴ばかりです。江戸にいらっしゃったあなたが、何だってよりによって遠い辺地の対馬までやって来たのですか。何か魂胆があってのことでしょ」
「拙者は木下順庵先生の推薦によって対馬藩に仕官したのであって、金もうけが目的で対馬に来た訳ではない。われわれは金銀によって動くのを恥としている」
「ふん。両班と同じことを言いますね。読書人の誇りというやつですか。でもね、いくら読書人としての誇りはあっても、書を読んでいて腹がふくれますか。ここの朝鮮大庁に勤めている役人で、私から小銭を借りている奴がいます。そいつは金貸しの私を軽蔑していますが、それでも彼は出世のためには金がいることはよく知っていますよ」
「きみに尋ねるが、日本へ渡った通信使は将軍から餞別として送られた金銀を絶対に受け取らず、帰路に何千両と川の中へ投げ捨てたと聞いたが、あれは真実か」
「それは本当でしょ。正使、副使、従事官といった両班の奴ならやりかねぬことです。彼らが金銀を絶対に受け取らなかったのは、あなたたち野蛮人からの金銀はたとえ餞別であっても、汚れているので手を触れるのを忌み恐れたからです。それに、もし彼らが大君から金をもらって帰国したら、どんなきついお咎めを受けるかよく承知していたのです。つまり、自分より下位の倭人から金銀をもらうのは、自尊心が許さなかったのです。しかしね、両班の奴らは表面では金銀を憎んでいるが、本当は金銀が好きでたまらないのです」
「わが国でも学問のある人は仁義礼智のことは言うけれど、経済について言うことは少ない。きみの言うように、どんな人でもお金がなくては生活できぬ。漢書には貨は国の本なり、唐書には財は国の命なりと記しているように、国家の安泰は堅実な財政があってこそだ。まして、対馬藩は朝鮮貿易があってはじめて成り立つことができるのだから、利をないがしろにすることは許されぬ」
「対馬藩は朝鮮貿易に携わってきた対馬の商人たちを元方代官として採用していますが、ねらいは私貿易も官貿易にして利益を独占しようということでしょ。私の懇意な対馬の商人が『これで朝鮮貿易のうまい汁は藩にことごとく吸われてしまう』と嘆いていましたよ」
「六十人の特権商人はこれまであまりにももうけ過ぎた。彼らだけ富み栄え、下々の者は貧しく苦しんでいたが、藩が彼らにかわって利益を得れば、下々の者までその利益は分配されるだろう」
「そんなこと信じられませんね。身分の高い者は口では倹約、倹約と言いながら、自分たちときたら、したい放題の贅沢三昧。贅沢するための金がいるために、わたしたちが商売しようとすると何かと邪魔ばかりする。対馬の商人は自由に交易活動がしたいのであって、腰に二本差しを差したってちっとも嬉しくはないと思いますよ。なぜって、商人なら誰でも知恵と才覚があれば貿易によって大金持になれる夢がもてるからです。運がよければ第二の卞承業になれるのですからね。あなたも堅苦しいことばかり言っていないで、夢を、夢をもたねばいけませんよ」
「何を言われようが、拙者は潜商に断じて加担できぬ。拙者は初めから富貴栄耀の望みはもちあわせておらぬ」
「そうですか。このまま二百石の真文御役で終って満足という訳ですか。真文御役と言っても対馬藩じゃ上士の中程度でしょ。惜しいですね。私はあなたがてっきり将来は江戸へ出なさる大志のある方だと存じ、そのためにもいい金づるをつかんでいただこうと願ったのに、本当に残念ですな」
 芳洲は金別将におのれの胸のうちをすべて見透かされているようで、たまらなく腹が立ってきた。一体、何だってこの男は土足で自分の触わられたくない心の中まで平気でどかどか入り込んで来る権利があるのかと思うと、激しい憎悪さえ覚えはじめた。
「雨森さん、そんな怖い顔をしなくてもいいじゃないですか。今日は引き下がりますが、いつでも相談に乗りますよ。何にしても、お金さえあれば立身出世も夢じゃないですからね」
 金はそれだけ自分で言いたいことを言うと、山の麓へひょいひょいと上半身を揺すりながら駆け下りて行った。芳洲は金の後姿がたちまち隠れてしまった青い松の木々の茂みを苦々しい思いで見つめつづけた。


       2
 芳洲は儒者になる前には、医者であった父の清納の勧めによって、幼いうちから伊勢の高森氏の下で医学を学んでいた。十二歳のある日、高森氏が「蘇東坡が書を学ぶには紙を費やす、医を学ぶには人を費やすと言っているように、医者は薬の調合を何十ぺんとなく間違えてわが心を苦しめて、やっと良医になれるのだ」とある人に話しているのを聞いて、自分はたとえ一人でも人を傷つけて良医になろうとすることは出来ぬと悟り、医学を学ぶのを断念した。父の清納はわが子が医者をやめたいと申し出た時に、どんなに悲しんだか知れなかった。なぜなら、清納はおのれの父の清房も井上河内守に使えた医者であったので、わが子芳洲と雨森家三代に医者が続くのが彼の悲願であったからである。それだけに、清納には儒者になりたいという芳洲の料簡がどうしても知れなかった。清納は、
「儒者なぞは口舌の徒であり、国を蝕み民を害する輩ではないか。医者は儒者のごとく知識を売って官職を得なくても、自分の技術でちゃんと食べている尊い天職だ」と言って、芳洲を激しく叱った。
 けれども、芳洲は医者としてやっていくには、三代医者がつづくということよりも、まず医者が金持ちであるかどうかが問われていることを知っていた。ちょうど仏様も金ぴかの巨大な仏像でなければ、霊験あらたかと世間の人に崇められないように、医者もまた大金を出さねば手に入らぬような金きらきんの着物で身を飾り立て、大きな門を構えた立派な邸宅に住んでいなくては世間の人は信用しない。父の清納が一生流行らない医者であったのは、藪医者であったからでは決してなかった。ただ金がないために自分の家を持つことが出来ず、おのれの妹婿の井筒屋田中五郎兵衛方に同居して医業を営んでいたからであった。そうして、いつも着古した質素な着物を着ていたからにすぎなかった。一年中、浅黄染ひとえを着ていた芳洲は、次々と競うように美しい服装をしている仲間の医学生をどんなに憎らしく思ったことか。芳洲には医者が人を費やして平気で金を得ていても、世間では良医として罷り通っているのがどうしても腑におちなかった。芳洲は医者の世界の虚偽をのぞきこみ、たとえ医者になれなくても罪もない人を傷つけて良心を苦しめることもなく、好きな読書さえしていければ貧乏でもかまわないと思い、儒者になろうとしたのである。
 芳洲は父の死後、江戸へ出て十七歳の時、木下順庵の下で朱子学を学んだ。生涯の友となる新井白石を知ったのは木門においてであった。二十二歳の時に師順庵の推挙によって対馬藩の真文役として採用され、その後二度にわたり中国語を修得するため長崎の唐人屋敷へ出向した。再度の長崎行きから対馬へ返ってきた三十一歳の時に、倭館の一代官を務めたことのある二百三十石の組頭役小河加賀右衛門の二女しのと結婚した。二人の間には顕之充、権之充、俊之充の三人の男子が生まれた。
 初めて対馬島へ渡ってからすでに十年近く経っていたが、芳洲は海に囲まれ至る所山また山ばかりで田畑のない島の風景に少しも感興が湧かなかった。のみならず、対馬の人情風俗にもどうしてもなじむことは出来なかった。
「雨森は中国語は出来るかもしれぬが、いつまで経っても対馬弁を覚えようともせぬ。いったい対馬に根を下す気があるのか」とか、「江戸からやって来る連中は金目当てで来るだけで役にも立たぬ奴ばかりだ」と悪口を聞こえよがしに言う者もいた。芳洲は今ではおのれが島の女しのと結婚して子供をもうけたのは、陸地の人間を島の人間にするための重い足枷をかけられたのではないかと思われることもあった。対馬藩に江戸より招いた儒者として手厚い持て成しを受ければ受けるほど、自分には自由がなくなり、全身が対馬藩にじわじわと搦め捕られていくような深い悲しみを感じた。あたかも大空を飛んでいた森の小鳥が腹が空いたために屋敷の前庭で餌をもらっているうちに気が付いてみたら、いつの間にか屋敷の軒先につるされた竹籠の中で飼育されている哀れなわが身のありさまであった。悔しいことには、籠の戸が開かれても対馬屋敷の主人の恩義が厚くなったあまり、もはや自分からこの恩義をきれいさっぱり振り捨て、大空のかなたへ飛び去っていくことが出来なくなっていたのである。芳洲は小さな対馬島で生きて行くには、陸地への熱い憧れは海水で冷やし、諦めるすべを見つけねばならぬと思った。ここでは志をもってはならぬとさえ考えた。やがて、深酒をするようになったが、それでもつきまとう憂いを払うことは出来なかった。彼は眠れぬ夜更けに一人暗い海が眼下に広がる小高い山に上り、陸地のある方角の空にかすかにまたたく星を見つめるのであった。
 芳洲のただ一つの救いは、親友の陶山庄右衛門が対馬藩にいることであった。陶山は芳洲より十一歳年上で、木下順庵の門に入り、そのまま師の順庵に従って江戸までついていった。十七歳の時に対馬に一時帰郷したが、またすぐ京へ遊学し、二十一歳の時に帰島し、二十三歳で家督を嗣いだ。芳洲にとって陶山は木門の先輩であったので、いろいろと相談に乗ってもらった。陶山もまた、江戸へ戻りたいという芳洲の悩みを誰よりも切実に深く理解できた。なぜなら陶山は苦悩する芳洲の中にかつての自分自身の姿をまざまざと見たからであった。対馬に生まれたおのれでさえ、島のすべてがどうしても好きになれなかったのに、華やかな京や江戸で長い間生活してきた陸地の人間である芳洲が対馬島の生活に馴れることがどんなに堪えがたいことであるか自分の経験からよく承知していた。
 陶山は言った。
「私は順庵先生に島から脱出したいから、どうか陸地で仕官の口を探してほしいと何度も手紙を書いたことがある。先生はその度に『おのれの生まれた故郷を愛せずしてどうして他国の飯が食えるのか。まず今は対馬のことだけを考えよ』と書いて来られた。江戸住まいの先生には島の人間の気持ちは分らないと正直どんなに恨めしく思ったことだろう。
 私が自分の住む島に初めて関心をもつようになったのは、将軍綱吉公の襲位を祝うために朝鮮から府中へ通信使がやって来た天和二年のことだ。私は彼らを警護するため対馬と江戸の間を往還する任務に当った。道中、朝鮮の訳官が対馬についていろいろ尋ねたが、私はきちんと答えることが出来なかった。訳官は自分の故郷について何も知らぬ私に呆れ返っていた。私は自分の無知を深甚に恥じた。翌年、私は『宗氏家譜』を編纂する仕事に加わり、これによって対馬島の歴史を初めて詳しく知った。対馬の歴史は倭寇の歴史であったのだ。対馬は食糧が取れぬため、朝鮮や中国沿岸へ出かけて行って略奪暴行を働いた海賊の歴史と知って、私は唖然とした。おのれが対馬人であることが本当に嫌になった。しかし、私は気を取り直し、他国に迷惑をかけずに、対馬島で生きていくためには、私たちは一体何をしたらよいかと考えるようになったのだ。どうか、芳洲君、君もまず対馬の歴史を是非知ってほしい。」
 芳洲が草梁倭館へ留学することになった時、陶山は対馬の北端にある鰐浦の港まで付いてきて見送った。陶山は芳洲のために二人だけの宴席を設け、一夜を過ごし酒を飲み交した。陶山は酔いが回り、真赤な顔をしていた。「雨森君、君が二度目に長崎へ行った時、もしかしたら君は二度と対馬へ戻ってこないかもしれぬと私は内心恐れた。藩にしても、わざわざ出発の直前に君の婚姻願いに許可を下したのも、君を決して手離したくないという思いからであっただろう。しかし、長崎から無事に帰国した君の顔を見て、私はどんなに嬉しかったことか。雨森君はこの対馬島を決して見捨てなかったと知って、本当に有難いと思った。木門の中でも『詩は白石、文は芳洲』と言われるほどの君だから、他藩へ行けばもっと高額な禄高で仕官できただろうに、それも顧みず対馬を忘れずに帰ってきてくれたと思うと嬉しくて涙が出た。なるほど、明日にも君と別れねばならぬのはたまらなく寂しい。けれども、一方では私は喜んでいるのだ。なぜなら、今度君が倭館へ行かれれば、この対馬島の置かれた立場が何よりもよく分るからだ。文禄・慶長の朝鮮出兵の際、たとえ豊臣秀吉の命令にせよ、日本軍が朝鮮を北上するにあたり、わが藩主宗義智さまが先導役を果されたという悲しむべき事実は決して忘れてはならないことだ。たとえ対馬の者が忘れても朝鮮の人々は今もこのことをしっかりと覚えている。そうした歴史の事実をふまえて、朝鮮と対馬が今後とも仲良く付き合っていくためにも、君の力に大いに期待したいのだ。
 この島は良田がないため、お米は取れぬ。島の者は麦やそば、大豆、小豆を作っているが、それも多くは取れぬ。そのために、百姓たちは人が多くなれば食っていけぬから、仕方なく二人目の赤子が生まれると、間引きをして、死骸を山や海に捨てる。私はこのしきたりが本当に嫌で嫌でしかたなかった。私は藩医の子であったからかろうじて生き長らえたが、私がもし百姓の子であったらこの世にあることは出来なかっただろう。それだけに、百姓たちが口にすることの出来ぬ米や麦を食い荒らす猪が私にはどんなに憎たらしく思えたことか。島の人間はみな痩せて飢えているが、猪だけが大きく肥え太り、その数は人間の五倍も六倍にも繁殖している。私は百姓たちを苦しめる猪退治こそが対馬に生まれた私の使命だと悟った。そうして、おのれの命を賭けてでも猪を絶滅させねばならぬと決意したのだ。私は藩の者や村人に猪を退治するから、どうか協力してほしいと何度も話した。しかし、人々は猪が対馬にいるのは天の摂理だとか猪を殺すと祟りがあると言って私に力を貸してくれなかった。島に生きる人間を苦しめる猪の力を駆除することがどうして仁にはずれることになるだろうか。猪を根絶しなくては島の貧しい生活はいつまで経ってもよくならないと私は説得して回った。私が郡奉行となり、三年前にようやく私の建議が藩主義真公から認められて、島の猪狩りが実行されることになった。問題は『生類憐みの令』である。将軍綱吉公は犬を愛するあまり、魚や鳥まで殺すことを禁じられ、この禁を犯す者は死罪となる。けれども、お上の掟に従っていては、民百姓を救うためには、もはや時機を選んでいてはならぬと決心した。無論、対馬藩へ幕府からお咎めがあれば、猪退治の責任は私ひとりにあるから、喜んで死ぬ覚悟は出来ている。猪八万頭の首と私の首ひとつとが交換されるのなら、私は本望だ。もしかしたら、君が倭館にいる間に切腹を幕府から仰せ付かることになるかもしれぬ。そうなれば、悲しいことだがこれが君との今生の別離となってしまう。だからこそ、君に今ここでどうしても頼んでおきたいことがある。それは君に対馬藩のため、いや対馬の人々のためにこの島に骨を埋めてほしいということだ。雨森君、どうか私と共に君も対馬の人々のために命を献げてくれぬか」
 陶山は畳の上に両手をついて、芳洲に頭を深々と下げて頼んだ。芳洲は驚いて陶山の手を取り、その手に盃を渡した。
「陶山さん、これが最後の別れなどとおっしゃらずに、また拙者の帰国のあかつきには酒宴を開いてくださいよ。あなたは対馬藩の内政のために働かれる。そして拙者は及ばずながら対馬藩の外交のために大いに努める。それでいいでしょう。さあ、もう一杯どうぞ」
「そうか、そうか。雨森君、私が死んだ後も君は対馬に残ってくれるのだね。有難い。有難い。それを聞いて安心だ。これで私は心おきなく死ねるわ。はっははは」
 陶山は明るい笑いになって、盃の酒をぐいと一息に飲み乾した。芳洲は陶山のいかにも嬉しそうな顔を見て、彼は対馬の民百姓のために本気で死ぬ決心だと思った。そうして、自分もまた陶山のように心から対馬島の人々を愛し、島を好きになることが出来たらどんなにか心が晴れ晴れするだろうと思うと、陶山がたまらなく羨ましくなった。


       3
 芳洲は通詞屋で、館守の言い付けにより鄭麟趾らが編纂した『高麗史』から対馬に言及した記事を抜き出す作業をしていた。
「雨森さん、あなたは詩を書いているとのことですね。でも、詩をいくら書いてもお金にはなりませんがね」
 金別将がいきなり話しかけてきた。通詞屋には彼ら二人しかいなかったので、金はすばやく芳洲に近付いて来たのだ。先日の密貿易を勧誘したことはまるで忘れた顔つきだ。
「初めから金のために詩を書いている訳ではない」
 芳洲はあまり関わりたくないので、筆を取る手を止めず、つっけんどんに言い放った。金はそんな態度にも無頓着なふうに、芳洲の読んでいる書物を覗き込んだ。
「今日は調べ物ですか。あなたは詩を書くのが読書人として当然な行為とお考えのようですね。でも、率直に言って倭人が書く詩など朝鮮ではまったく歯牙にもかけていませんよ。倭人は通信使の一行と詩の唱酬をすると大喜びで本にするそうだが、こちらでは彼らは帰国しても倭人と唱酬したことなど恥ずかしくて一言も話しません。倭人の作る詩はまるで詩になっていないからですよ。倭人はそれも分らずに、拙劣な詩を出版して自慢しているのは、本当に子供みたいで可愛いものです」
「金さん、その倭人、倭人というのは止めてくれないか。日本人と言ってほしいのだがね」
 芳洲はふと筆を止め、腹だたしい気持ちを抑えながら金別将を見上げて言った。
「へっへへへ。これは失礼。つい口癖なものですから。でもね、あなたたちだって我々のことを朝鮮人と言わずに唐人などと言うじゃありませんか。われわれは唐の国の人じゃなくて、朝鮮国の人間ですからね。で、話をつづけますが、倭人じゃない、その日本人と詩の唱和をする文人たちにしても、はっきり言えば、朝鮮を代表する第一級の人物じゃありません。清国の燕京(北京)へ行きたい人はたくさんいるが、江戸へは行きたがらないのが現状です。喜んでいこうとするのは我々訳官ぐらいのものでね。結局、清国へ派遣する燕行使よりも一段、格の低い連中が朝廷の命で朝鮮通信使として渋々出かけていくことになります。日本の旅はそれこそ地獄への旅のような、恐ろしく憂鬱な面持ちで出かけていく訳ですよ」
 芳洲は金の話を聞きながら、なんだって不愉快この上ないことばかり自分に話しかけてくるのかと忌ま忌ましい思いがした。
「今日はね、是非あなたに会わせたい人がいるのです。対馬から新しく真文役がやってきたとあなたのことを話したら、先方が珍しがって、一度あなたを家へ連れて来いって言うのですよ。朴奉昌という七十過ぎの老人ですが、いい人です。そんな仕事は後回しにして、さあ一緒に行きましょうよ」
 芳洲は金に無理やり引っぱられるように、仕事を放り出したまま坂の下へ出かけて行った。倭館から離れた海沿いの漁師たちの住む村の一軒屋だった。小さな庭に真赤な椿の花が美しく咲いていた。舎廊は蟹の甲のような藁葺きの陋屋で、一列に三部屋あるだけであった。
 上房に儒者がふだん被る黒麻の冠を頭に付け、青色の衣服を付け坐っている人がいた。薄暗い部屋の中で、老人の白い顎鬚だけが目立った。部屋いっぱいの山のように積まれている本の中に机をひとつ置いて、本を読んでいたのを止め、眼鏡をはずしてこちらをじっと見すえたのが朴奉昌であった。
 金が「雨森さんを連れて来たよ」と言うと、老人は「入って来なさい」と言った。芳洲は名のってから、上房の前の縁側に腰かけた。
「よく来てくれましたね。御覧のとおり家の中は本だらけで足の踏み場もないありさまじゃが、ゆっくりしていってくだされ。雨森さん、珍しい名じゃが、どこの生まれじゃ」
「近江の国です」
「日本で一番大きな琵琶湖という湖のある国じゃな」
「よく御存知ですね」
 朴老人は朗らかに笑った。
「杜詩全詩を諺解するのがわしの日課にしているのじゃが、日本からの輸入品のこの眼鏡がなくては、仕事ができません。わしは小さい時から杜詩が好きじゃったが、どういう訳かわしの息子の朴承吉は杜詩が嫌いでね。息子は科挙を何度受けても及第できずに、結局は地方の役人にならざるをえなかったのは、そのせいなんじゃ。わしが杜甫は科挙によく出るから、詩の解釈をしっかりやっておけといつも言ったのじゃが、息子は言うことを聞かんかった。口うるさいこのわしに反発したんじゃろかね。あなたは詩を書かれるとのことじゃね」
「はい。もっと若い時には、同学の人たちと競うように詩をたくさん作ったのですが、自分で天分がないのを知りやめてしまいました。近頃また始めたのですが、あのままやっていたら、もっとましな詩が書けるようになっていたのに残念です」
「何でもいいから、若い時にやったことは年老いてからもずっと続けるべきじゃよ。この前の通信使の一行に、私の友人の成琬氏が製述官として加わっていましたが、むこうで彼に詩集の序文を請うた日本人がいるのじゃ。名前は新井白石という人じゃ。この人の詩集『陶情集』を成琬氏に見せてもらいましたが、格調高雅な詩ばかりでいやはやまったく感心しましたよ。日本にもたいそう非凡な詩人がいるのじゃね」
 芳洲は新井白石の名前を聞いて驚いた。
「新井白石なら、私の友人です。彼は次の将軍となられる徳川綱豊さまの儒者をしています」
「ほほう、そうか。知り合いじゃったかね。日本では科挙はないと聞いていたが、優れた詩を書ける読書人は高位高官に上れるのじゃね。わしの息子の朴承吉も杜詩が好きじゃったら、地方の下吏などにならずにすんだし、常奴に殺されずにすんだのになあ」
 朴老人は急に涙ぐんで鼻をぐずぐずさせた。と、隣の下房から女の声がした。
「おじいさん、またいつもの愚痴が始まりましたね。日本のお客さまに失礼ですよ」
 そう言って下房の前の戸が開いて現れたのは若い娘であった。背が高く面長の女で、長く編み下げた黒髪とひときわ白い肌とがよく釣り合っていた。朴老人は娘を顧みて言った。
「わしの孫の朴銀姫じゃ」
 娘は頷いて縁側のところに座った。
「いやあ、お客人にお恥ずかしいところをお見せしましたな。そうか。新井白石はあなたの友人かね。よいお友達をおもちじゃね。いずれあなたも大君の後家来衆に加えられて栄達なさるのじゃろ。もしかして、あなたは総角ではありませんか。そうなら、この銀姫を嫁にもらってくれぬじゃろか。江戸まで銀姫を連れていかれてもかまわんですぞ」
 銀姫は祖父朴奉昌の言葉にびっくりして、たちまち白い顔を真赤に染めた。
「おじいさん、突然に何をおっしゃるの。あたしがいなくなっては、おじいさんの身の回りの世話を誰がするのですか」
「なに、おまえなどいなくても、わしは自分のことは自分でちゃんとやれるわ。それにこの家の蔵書を少しずつ売っていけば、なんとか食っていけるしな」
 芳洲は二人が言い合うのを見て、思わず笑い出した。
「折角ですが、拙者は対馬の国府に妻と三人の子供がいます」
「そうか。妻子がいらっしゃるのか。残念じゃな」
 朴老人は本当にがっかりしたように慨嘆した。そうして、おのれの顎鬚を引っ張りながら、芳洲の傍にいる金別将をなじった。
「金君、どうして総角の人を連れて来なかったのじゃ。雨森さんは結婚していらっしゃると言われるがの。まあいいさ。雨森さん、折角お見えになったのじゃから、あなたが読みたい書物があれば、どんな本でもお貸ししますから、遠慮なさらずにおっしゃってくだされ。あなたが私の蔵書をめくってくだされば紙魚を防ぐことにもなりますからな」
 芳洲は朴奉昌の勧めに従って、それこそ天井を支えるような本の山の中に身を乗り入れた。驚いたことに、部屋には日本で見たことのない宋・元代の木版の書籍がたくさん積み上げてあった。芳洲は朴老人が自分の全財産を本代に注ぎ込んだことをあらためて知った。
芳洲は読みたい本が何冊もあったが、淑香伝と李白瓊の二冊を借りることにした。
「雨森さん、またいつでも遊びに来なされ。今度は最近お作りになった詩を拝見させてくださらぬか。わしの詩もお見せしますからな」
 朴老人は芳洲がすっかり気に入ったようで夕飯まで食べていくようにと言ったが、芳洲は辞退した。銀姫は庭から道まで出て、芳洲と金を見送った。庭の椿の花が夕暮の暗がりの中に鮮やかな赤色で空に浮かんでいた。
 倭館への帰途、おだやかな海の上にはいつの間にか鎌のような形の白い三日月が出ていた。朴老人の家ではほとんど黙っていた金がやっと口を開いた。「今日、きみを朴奉昌の所へ連れて行ったのは落ちぶれた両班の生活を見せるためではない。あれでも爺さんは若い頃には漢城にいてさる大官になったこともあるとのことだが、肝心なことは彼の孫娘の朴銀姫にあなたを会わせるためだったのだ」
「美しい娘であったが、あの娘がいかがした」
「銀姫は爺さんを養っている孝行娘でね。父親は慶尚道のある郡の役人をしていたのだが、ある年ひどい水飢饉があって常奴が食糧を求めて郡守の館に押しかけ、両親が常奴に殺されたのだ。日頃は犬のように従順な常奴もいざ食い物がなくなってくると、狂犬と同じで狂暴になる訳さ。そこで、両班といっても両親が殺されると、残された子供は悲惨なものでね。爺さんが銀姫を引き取って育ててきたのだが、あの通り、爺さんは本には眼がないときているから、欲しい本を手に入れるため土地や家屋敷まで売り尽くし、果てには食うために銀姫がとうとう身売りまでするという成り行きになったわけさ」
「では、あの娘は倭館の誰かの女であった訳か」
「そのとおり。前の館守であった近藤弥右衛門の女だったのだ」
「なに、銀姫が近藤氏の女であったのか」
「雨森さん、爺さんのために銀姫の旦那になってもらえぬか」
「どうして、拙者があの娘の旦那にならねばならぬのか」
「銀姫の旦那は男なら誰でもいいと言う訳じゃない。前に銀姫は海に飛び込んで自殺を図ったこともあるのだ。館守の女になって間もなくのことだがね。実を言うと、銀姫は館守を好いていなかったこともあるが、金のために身を売るのが堪らなくなっていたのだろうよ。館守と違って、あなたはまだ若いから、銀姫の気持ちも少しは分ってやれるのじゃないかと思ってね」
「おい、君は拙者が何のためにこの倭館へやって来ているのか知っているのか。朝鮮女と親しくなるためではない。まして、いかなる理由にせよ、朝鮮女と関係をもてば忽ち本国へ送還されることになるのだ」
「無論、そんなことは知っていますよ。また、あなたの給金が館守よりずっと低いこともね。それを承知でこう言うのは、あの爺さんの命もそんなに長くないからです。爺さんが極楽へ行った後は、銀姫は自由の身になります。そうすれば、彼女も幸福になれるのです。ねえ、人助けだと思って銀姫の面倒を見てやってくれませんか」
「きみは何だって銀姫のことが心配なのですか。それほど言うなら、きみ自身が銀姫の面倒を見てやればいいではないか」
「本当言えば、そうなのです。私は銀姫に惚れていますしね。へっへへへ。銀姫の旦那になってやりたいのは山々なのだが、私は金もうけをしなくてはならんのです。私は銀姫よりも爺さんの蔵書が目当てなのです。あなたもお気付きになったと思いますが、あの蔵書は何万両の価値があります。私は倭人と違って金も女もというような欲張りじゃありません。爺さんの蔵書をばらばらに売ったんではそれこそ紙くずも同然ですから、そうせぬためにもあなたに頼んでいるのですよ」
「あの爺さんは銀姫が倭館の館守の女であったことを知っているのですか」
「無論、知っているでしょ。知っているけど、自分の欲しい本が手に入るのなら、孫娘が身売りしても惜しいとは思わんのです。それこそ家が火事になった時はわが身よりも蔵書を持ち出してくれと言うような手合いの人です。おそらく何十年もかけて集めた本が灰燼に帰したら、あの爺さんは絶望して生きてはいないでしょ。どうか、あの爺さんのためにも考えてみて下さい」
 金は芳洲の顔を見つめながら熱心に言った。
 その夜、芳洲は今日出会った朴老人とその孫娘のことを考えた。銀姫は大きな瞳がなんとなく悲しげに見える顔をしていた。あの銀姫が前の館守近藤氏の女であったとはどうしても信じがたいことであった。それが事実とすれば、自分の孫娘を犠牲にしてまでわが蔵書を守りつづける朴奉昌の本に対する執着心は一体何だろうか。朴老人の存在は芳洲にとって衝撃であった。朴老人の蔵書こそ、もしかしたら没落してもなお両班である唯一の誇りであり、証拠ではないのかとさえ芳洲には思われた。
 芳洲は本を借りるために何度も朴老人の家に出かけて行った。やがて、朴老人や銀姫と気楽に世間話をして談笑できるようになった。
 五月のある日、芳洲のところへ江戸にいる新井白石から一通の手紙が到着した。先月、参勤交替から戻って来た対馬藩の同じ真文役の松浦霞昭が江戸で新井白石に会い預かって来た手紙で、府中から倭館へ来た船で回されて来たものだった。手紙の内容は、次期将軍となられる徳川綱豊さまの帝王学の講義のため日夜多忙を極めていると書いてあった。その終りに、最近読んだ魚類についての書物に「鰱魚」と「大口魚」の語句が出ていたが、これは一体どんな魚のことか分ったら教えてほしいとあった。芳洲が白石と一緒に木門で学んでいた当時から、白石の好奇心は旺盛でいつも疑問がおこると徹底的に調査して最後まで物事が明確にならないと気がすまない性格であったが、今も少しも好奇心は衰えていなかった。芳洲は白石の学問への情熱には感心させられるばかりであった。芳洲は早速、倭館に来る訳官に尋ねてみたが、誰も分らなかった。そこで、朴老人に聞くと、彼はいとも館単に「鰱魚」とはサケのことであり、「大口魚」とは「タラ」のことだと教えてくれた。芳洲は朴老人が大変な博識家であることを知り尊敬の念を深めた。
 芳洲は朴老人に言った。
「どうですか。拙者は藩命により釜山で手に入る善本を購入せよということで、お金もいただいていますので、あなたの蔵書を写本することで買ったことにすれば、双方が得をします。面倒ですが、写本をしていただけませんか。お忙しいようでしたら、銀姫さんに手伝ってもらっても結構です」
 朴老人は嬉しそうに笑った。
「写本をね。わしは死んでも本は売らんが、わしの本を写すのは一向に構わぬ。よろしい。あなたの願いだから、写本をいたしましょう。銀姫にも一通り漢文の手解きをしておいたから、わしの手伝いもしてくれるでしょう」
「銀姫さんには拙者の朝鮮語の教授をしていただければ、その分だけ余計に給金をお支払いできると思います」
「そうかね。銀姫があなたの朝鮮語の教授をね。銀姫も喜ぶでしょう。わしも久し振りに仕事が出来て愉快じゃ。そうじゃ。よいことを思いついた。対馬藩にとって是非とも必要な図書目録を作って進ぜよう。対馬藩は朝鮮と交易していくためには、どうしても中国の文献を備えていなくては話にもなりませんからな。それに即して写本をしたら役に立つでしょう」
 芳洲はいつになくはしゃぐ朴老人の様子を見て、これで少しは朴老人と銀姫の生活の足しになればいいがと思った。
 芳洲は雨の日は倭館の通詞屋で守門の軍官や訳官から朝鮮語を習ったが、天気のよい日にはいつも坂の下の市場へ出かけて行った。近海で獲れた鯛、鰺、鰆、烏賊から鮑、栄螺、鹿尾菜などの魚介類をはじめ、野菜や果物まで豊富に市場に出回っていた。芳洲は市場を歩き回るのが面白かった。市場の女たちは芳洲が来ると「またアマモリさんが来たよ」と呼びかけたり、「アマモリさんと話をしていたら、こちらが商売できずに干上がってしまう」とからかったりして、いつも歓迎してくれる。芳洲は開けっぴろげで陽気な女達から店頭に並んでいる商品の名や生産地などを教えてもらうと、その場ですぐ紙切れに書きつけて、倭館に戻ってからひとつひとつを清書した。
 夏のかんかん照りの昼下がりであった。芳洲はこの数日、夜が暑くて寝苦しかったうえに昨夜はたくさんの蚊に悩ませられ朝方までほとんど眠れなかった。そのため、市場から帰ってくる途中に、突然目がくらみ路上で転倒した。芳洲がやっと目を覚ますと、どうしたことか朴老人の舎廊の下房で横になっていた。枕元には心配そうに銀姫と朴老人が芳洲の顔をのぞき込んでいる。朴老人は芳洲の顔を見て微笑した。
「おう、気が付かれたか。暑さにやられたのじゃ。ちょうど銀姫が買い物に行っていて、気絶なさったあなたを見つけ、市場の人に助けてもらってここまで運んできたのじゃよ」
「一時はどうなるかしらと思いましたわ。顔じゅうひどい汗をかいていて、血の気がまるでなかったんですもの」
 芳洲を見下す銀姫の黒い瞳はいつもより大きく見えた。
「朝鮮の夏は厳しい暑さに毎年熱死する人が何人かいますからな。気をつけて下さらねば」
 芳洲は頭にかけられていた冷たい布切れを取り、上半身を起こした。二人はまだ不安そうに芳洲を見守る。
「どうも御心配をおかけしてすみません。もうよくなりました。この二、三日、朝鮮語を学ぶための日常会話の学習書を少しでも早く作ろうと夜遅くまで起きていたため、寝不足が祟ったのでしょう。それに暑くて食事が進まなかったのもよくなかったのです」
「どうしてそんなに朝鮮語の学習書を作るのを急がれるのですの」
 銀姫は尋ねた。芳洲はおのれが元気になったことを示そうとするかのように、二人に笑いかけた。
「特にこの数年、商売の取引の量が減ってきたため、商売のため対馬からやって来る者が減ってきたのです。それにこれまで朝鮮言葉の出来た者も今は年寄り死んだりするようになりました。このまま行けば、十年、二十年もすれば、大事な通詞がいなくなってしまいます。通詞はただ朝鮮言葉がしゃべれればそれでよい訳ではありません。当然なことに朝鮮の事情をよくわきまえることが必要です。そのために、一人前の通詞を育てるにはどうしても五年から十年はかかりますから、急ぐのです」
 朴老人は不思議そうに言った。
「朝鮮語には、『のろのろ歩いても黄牛の歩み』という格言があります。アマモリさん、命をなくしては水の泡ですよ」
「はっははは。でも、朝鮮語にも『駆ける馬に鞭打つ』という金言もありますからね。日本人は黄牛でなくて駆ける馬であらねばならぬのです。命をなくさなくとも、命を五年ぐらい縮めるという覚悟があれば必ず達成できると思います」
「わしのような老いぼれには五年は実に貴重な時間に思えるのじゃがな」
 朴老人は深い嘆息をついた。
 芳洲は「雨森さんの分も用意できましたから、是非食べていって下さいね」と言う銀姫の言葉に甘えて、三人で食卓を囲み夕食を食べた。朴老人は「雨森さんがいるといつもより食事がうまいな」と上機嫌であった。
 帰り際、芳洲はもう大丈夫だと丁重に断ったけれども、朴老人の言いつけで銀姫がすぐ近くまで芳洲を送っていくことになった。
 二人は波が静かに打ち寄せる砂浜を歩いていった。満月に近い月は明るく輝いていた。夜の風はさわやかで涼しく、昼間の肌を焼きつけるような蒸し暑さはまるで嘘のようであった。空には遙かにたくさんの星が瞬いている。薄青い月光を浴びた海面はきらきら光っていた。
 銀姫は芳洲を顧みて言った。
「対馬藩の商売の低下は、日本の貨幣が前より銀の含有量を落としたためだと朝鮮人は言っていますが、本当ですの」
「そうです。元禄銀の質が悪くなったのが原因で、朝鮮のよい人参が必要なだけ集まらなくなったのです。多分よい人参は潜商をする商人の方に流れているためでしょう。このままでは対馬藩の朝鮮貿易は破綻することになります」
「このことは雨森さん一人の力ではどうにもならないのでしょう」
「それはそうですが、日本と朝鮮が仲良くやっていくには、どうしても経済の安定が必要なのです。日本と朝鮮がお互いに富まなければ両国の平和はつづきません」
「このままではまた壬辰・丁酉乱みたいに戦さが起こるのかしら。そんなことになったらあたしたちはどうしたらいいのですか」
「そうした事態にしてはなりません。対馬はなんといっても朝鮮貿易があってはじめて成り立っている国です。もし朝鮮貿易によって利益が得られなくなれば、自給自足できないために、また倭寇になる恐れがあるのです。私は対馬の歴史を調べて分ったのですが、対馬は飢餓に襲われると、どうしても海外へ侵略していく体質があります。ですから、対馬島が倭寇となって再び朝鮮や中国を侵すような状況にしてはならぬといつも思っているのです。朝鮮政府は、対馬が倭寇と化さぬためにも、朝鮮に産しない銅・鑞・丹木の対馬の輸出品を木綿でこれまで返してきたのですが、今は木綿だけでなく、米や大豆まで返してくれているのです」
「雨森さん、あたしは慶尚道で穫れた米一万六千俵をどうして対馬へ持って行かねばならぬか分りませんわ。慶尚道の常奴は、自分たちの作った米を一口も食べることもできず、対馬へ送る米を朝廷の命令によって供出させられていますが、慶尚道のお米が余っているならば、対馬へ送ってあげてもそれは結構でしょう。でもね常奴たちはいつも飢え苦しんでいるのですよ」
「銀姫さん、あなたが疑問をもたれるのは当然のことです。対馬島は日本の領土ですから朝鮮側がどうして米や大豆を送る必要があるのか、朝鮮側が今すぐ元の通りに木綿の換えると言えば、条約を改めることでそれも出来るのです。もし、米や大豆を送るのを止めれば対馬はすぐにも死ぬでしょう。実際のところ、朝鮮が対馬を生かすも殺すも思いのままなのです。本来、対馬は江戸幕府が面倒を見るべきものです。朝鮮が面倒を見なくても非難される筋合いはないのです。あなたがおっしゃるとおり、慶尚道の百姓が汗と涙を流して作った米を見も知らぬ他国の人の口にどうして入れてやらねばならぬのですか。まして、過去には朝鮮を荒らし、あなたたちの先祖を殺しまくった倭奴の子孫たちにですよ。はっきり言って、朝鮮にとっても対馬は厄介物なのです。私の友人に陶山庄右衛門という男がいます。彼はいつも『朝鮮の米を食べている者は朝鮮人であって、日本人ではない』と言って、対馬で穫れる麦飯だけを食べています。本当ならば、陶山氏だけでなく、対馬の人間すべてが朝鮮の米を平気で食べられる筈もないのです。それなのに、この拙者も含めて対馬の侍は朝鮮の米を食べているのです」
 芳洲は沈痛な面持ちで言った。
「そうした対馬に朝鮮と日本との掛け橋役が本当に勤まるのですの」
「おっしゃるとおりです。対馬が日本と朝鮮との間に立ち誠心の交わりを果そうとすれば、朝鮮からの米や大豆をすべて辞退してこそはじめて出来るのだと思います。今のままでは対馬はいつも朝鮮から恩を受けているという負い目を感じねばなりません」
「それは本当かしら。あたしは先日も対馬の船頭たち四・五人が酒に酔っ払い、女の人にふざけかかり、それを止めようとした一人の薪売りをみんなで殴っている騒ぎを見ましたよ」
「お恥ずかしいかぎりです。対馬人でありながら、対馬の置かれている立場がよく分っていない者がまだいるのです」
 銀姫の大きな瞳が月の光に照らされて怪しく光った。
「あたしの父の朴承吉は慶尚南道の居昌の郡守の副官でした。遠くに伽耶山が見え、近くを洛東江が流れて行くところに郡守の館があり、そこにあたしの家族は住んでいました。あたしが八歳の時でしたわ。すでにその前から洪水や旱魃が数年続いておこり、常奴たちは不作のため年貢のお米を出すことが出来ず、やむなく妻子を売る者さえ出る始末でした。ついには常奴は夜逃げまでするようになりました。常奴は米の供出を減らしてくれるように哀訴したのですが、郡守は聞き入れず、騒動をおこした首謀者として一人を杖で打ち、ついには殺してしまったのです。これが常奴たちの憤りを爆発させ、常奴たちは郡守の館へ大挙して押し寄せて来たのです。忘れもしませんわ。それは粉雪のちらつく寒い、寒い晩でした。館の周りは何千という数の松明の明りで取り巻かれ、まるで一面火の海のようでした。常奴は竹槍や鎌を持ち大声で叫ぶので、あたしはとても恐ろしくてたまりませんでした。常奴たちは『郡守を出せ』『郡守は門の前へ出て来い』と喚き続けました。父が『郡守はいないので、速やかに立ち去れ』と門の中から何度も言ったけれども、常奴は聞き入れません。『郡守を出さねば、館の者すべて皆殺しにするぞ』という声が聞こえました。しばらくの間、外が静かになったかと思うと、突然にわあっという喚声があがり、館の中に松明が次々と投げ込まれました。館の屋根がたちまちめらめらと燃え上がり、館の頑丈な扉はあっけなく打ち破られ、常奴たちが一度に鉄砲水のごとく入ってきたのです。館で使われていた下人まで常奴の味方だったのです。館の女たちは悲鳴をあげてあちこち逃げまどいました。館の中は炎と煙でもう地獄そのままでしたわ。常奴の中には、米を蔵に運ぶために父親に連れられて館に来たことのある男や女の子もいました。炎に照らされて赤鬼のような形相の子供たちを見て、あたしは思わず気を失ったのです。あたしが気が付いた時には、父は斬り殺され、母は焼け死んでいましたわ。館の中の米倉の錠は打ち壊され、中にあった米俵はすべて持ち去られていました。あたしは女の子供であったから、常奴は殺さなかったのでしょう。郡守は女の着物を被って一目散に逃走していたとのことです。あたしは常奴の怒りや憎しみは一体どこから来るのかずっと考えつづけました。それは自分たちが稲を育てて作った米を、米を作りもしない者が奪って行くことへの憤怒だとようやく分ってきたのです。あたしはそれを知ると、父母を殺した常奴を怨むことがもう出来ませんでしたわ。あたしが館にいた時には、自分が美しい着物を着ているのが当たり前で、同じ年頃の常奴の子供たちが裸同然のぼろを着ていても、これぽっちも可哀想だと思いもしなかったのです。あたしは彼らの作った米を腹いっぱい食べていた時に、常奴の子供たちは麦の粉の粥さえ食べれず、栄養失調のため腹ばかり膨らませているのを気にもかけなかったのですもの。あたしは自分が倭館の館守近藤弥右衛門の女になった時も、これで常奴をいじめていた両班の子であった罪滅ぼしになると思いましたわ。しかし、すぐに自分が倭奴の囲い者になった悔しさに耐えられず、自殺を図りました。馬鹿ですね。結果は見事にしくじったのです。そうして、朝鮮のお米を奪う対馬藩を憎むようになったのです。あの館守は本当に朝鮮の米一粒でも食べる資格のない奴でしたわ。あたしは倭館の館守を許すことが出来ず、やがて館守の所に入る日本の機密を盗み出す仕事をするようになったのです」
「では、あなたは館守から得た機密を朝鮮側に流していたのですか」
「ええ。あたしはその度に報酬をもらっていました」
「あなたはどうしてそんなことまで私に話すのですか」
「雨森さんには本当のことを知ってほしかったのです」
「本当のことですって」
「そうですわ。対馬藩は朝鮮で人参の小売価格が一斤あたり五〇四匁なのに、これを八〇三匁に高騰したと幕府にまったくの嘘の申告をして、江戸で一〇八〇匁で販売していることを知りました。対馬藩は輸入元値の二倍以上の値段で江戸で人参を売って莫大な利益をあげているのですよ。幕府にもしこの事実が露見したら、大問題となるでしょう」
 銀姫の言ったことは芳洲自身も全然知らない秘密の情報であった。この情報が幕府に漏洩すれば、対馬藩の貿易の収益を出来る限り低く押えようと画策している幕府にとって、外様大名の対馬藩を打ちのめす絶好の機会になるにちがいなかった。
「いいですか。銀姫。隠密のような仕事からすっかり手を引きなさい。さもなければ、あなたはひどい目に会いますよ」
「あなたはあたしのことを心配してくださるの」
「あたりまえじゃないですか」
 銀姫は急に嗚咽した。
「雨森さん、あたしを館守の所へ突き出してくださってもかまいませんわ」
 見上げた銀姫の目からは、とめどなく涙があふれ出た。
「馬鹿なことを。銀姫さん、あなたは私の朝鮮語の師ではありませえんか。どうして自分の師を訴えることが出来ますか。いいですか、このことは決して誰にも口外しないように。いいですね。必ず約束できますね」
 芳洲がこう念を押すと、銀姫はついに堪えられなくなったかのように突然にわあっと声をあげて泣き出した。芳洲は子供のように激しく泣きじゃくる銀姫の肩を思わずひしと抱きしめた。そうして、肩を震わせて泣く銀姫を見つめ、銀姫を泣かせるものは何か、それは彼女のこれまで生きて来た二十三年間の不幸な閲歴が彼女を深く悲しませるのであると思った。それでは自分は銀姫のために何をしてやれるというのか、おのれも銀姫を悲惨な境遇から救い出し幸福にしてやることは出来ないだろうと思うと、芳洲はなぜかしら銀姫とともに突如泣きたいような衝動を感じた。

       4
 芳洲が草梁倭館へ来る前から、朝鮮向けの銀・銅・木綿の輸出額が落ち、元禄十年(一六九七)には対馬側の私貿易の輸出額は六千貫目近くまであったのに、ここ数年下降しはじめ今では三千貫目に達するのも困難になっていた。当然のごとく、朝鮮からの輸出額は元禄十三年(一七〇〇)には』六百六十五貫目という過去最低の記録となっていた。対馬側の売掛銀はたまるばかりで、人参、生糸、絹織物が倭館へ入らなくなっていたのである。特に、武士を相手に売る上々人参、上人参は入荷せず、人参座を通して売る町人相手の並人参の中に売物にならない尾人参を混入したり、鉛鉄などいろいろ雑多なものを仕込んだりしているので薬用にも使えないという苦情が出ていると倭館へも繰返し伝達してきた。これに対して不思議なことに、京や大坂では上々人参・上人参が大量に出回っているのであった。これは明らかに上々人参や上人参が闇で上方へ流れているからに違いなかった。東萊府の訳官僉知がある時、芳洲に「毎年三百斤は抜け荷となっている」と漏らしたが、館内の者たちは「少なくても五百斤は抜けている」と言っていた。とすると、人参五百斤の代価である銀千貫目以上が倭館を通さずに、朝鮮側へ流出している勘定になった。
 館守山本与左衛門が芳洲に館守屋へ来るようにと言ってきた。山本は芳洲が訳官や市場の人たちから得た朝鮮国や清国におこった出来事について、定期的に報告を求めた。行ってみると、山本は部屋の中で文書を見ていて、何かひどく不機嫌な様子であった。
「人参は人を救う良薬であるのに、偽薬同然の物を対馬藩が商っているのは不届き千万だと幕府からきついお咎めが来た。のみならず、人参の価格が近年あまりに高過ぎるからもっと低く押えよと厳命して来たのだ。速やかに対処せねばえらいことになる。当館より東萊府へ仕込みがある人参は一切買わないし、今後は中かまたは上の人参しか購入しないと再三申し入れると、しばらくはいい人参が入るが、またすぐ仕込み人参が混じって来る。まったく朝鮮人は日本人をなめてかかっているのだ。私が若い頃に釜山の倭館にいた時には、彼らはわれわれ日本人を見るとあわてて目をそらし、いつもびくびく怖がっていたものだ。昔のように使うべき物をちゃんと使えばもっと事がうまく運ぶのだがね」
 山本は右手で腰の大刀の柄をとんとん音を立てて叩いてみせた。山本は最近の朝鮮貿易の低下を食い止めるために派遣されて来たのだが、これでは先行きがますます悲観的になるばかりで、焦立っていたのだ。山本は芳洲の顔をちらりと見て、酒焼けした赤い鼻をぴくつかせ、急に改まった顔つきになった。
「雨森君、不粋なことを申すようだが、きみは朝鮮女と付き合っているとのことだね。きみのことだから間違いは犯さぬと思うが、館守という立場上、一言言っておくから聞いてくれたまえ。だいぶ前に対馬の者が女を三人倭館に入れて匿っていたことが朝鮮側に知れてな、仕方なく女を館外に出したところ、三人の女はただちに処刑されたとのことだ。朝鮮側はそれでもなお治まらず、女の相手を出せと要求してきて、大きな外交問題となったこともある」
「それはいつ頃の話ですか」
「知らなかったのか。それではきみが長崎の唐人屋敷へ出向していた時分の話かな。朝鮮側は対馬人の身柄を引き渡せとしつこく要求するので、結局藩士三人は対馬へ引き戻し、今も田舎で蟄居させられているはずだ。本当に馬鹿な奴だ。朝鮮女の一体どこがいいのか私には分らぬ。きみは京にいたから知っていると思うが、なんと言っても京の女が一番だね」
 山本は急に京のなじみの女のことを思い出し、にやにや笑った。芳洲は山本が館守として着任した時から二年間の任務を終え、一日も早く倭館を立ち去ることばかり考えていることをよく知っていた。自分では京都屋敷への転出を希望していたのに、行きたくもない倭館の館守にさせられたのがどうしても面白くなく、倭館の禁欲的な生活にはほとほとうんざりしていた。
「わが国では長崎の出島に来ている阿蘭陀人や清国人のために遊郭が用意してある。対馬人のために草梁にも遊郭をつくってもらえば問題もおこらないのだ。それを再三申し入れているのに、朝鮮側はそれは絶対に出来ぬと言うばかり。密陽や東萊にいる妓生を集めて来て遊郭をつくれば、双方が円満にいくのだ。朝鮮人はわが国は『礼儀の国』と言って体裁ばかりをつくろい、頭が堅くて話にもならぬ。とにかく、雨森君、つまらぬ朝鮮女と関わりにならぬ方が身のためだよ」
 館守は芳洲が何か言うかと待っていたが、いつまでも黙ったままでいるので、部屋の窓際にある棚から朝鮮酒の瓶を取り出し、目の前の机の上に置いた。
「これは朝鮮の商人が持って来たものだが、私は朝鮮酒がどうも好きになれぬ。きみは朝鮮酒を嗜むようだから、遠慮せずに持って行きたまえ。ところで、朝鮮語の稽古は捗っているかね。きみには江戸へ行く朝鮮通信使の接待に備える仕事は勿論だが、藩の財政向上のためにも大いに役立ってもらわねばならぬ。特権をもっていた六十商人は今のところ元方代官という貿易役人にしているが、やがては通詞になってもらうことになるだろう。藩のみが朝鮮貿易の利益を上げればいいからね。そのためには、いずれはあなたに朝鮮通詞稽古場を造ってもらわねばならぬ。そうなれば、六十商人の子息は今度は朝鮮通詞という立派な藩士として取り立てられることになる。朝鮮語の学習書は少しは出来たかね」
 芳洲はやっと言った。
「交隣須知一冊、酉年工夫一冊、常語録二冊を書き上げました。これで朝鮮語を学ぶものも拙者のように少しは苦労しなくてすむでしょう」
「それは結構。今後とも藩のために大いに励んでくれたまえ」
 館守はそう言うと、いつもならこの後で近頃朝鮮でおこった事件についてあれこれ芳洲に批評を求めるのに、その日はどうしたことか何も聞かないでそのまま芳洲を退出させた。芳洲はおかしなことだと一瞬思ったが、その時は館守が自分を呼んだ狙いが実は銀姫についてであったことは少しも気が付かなかったのである。
 それから三日後、通詞屋の前の松林にとまった油蝉が喧しく鳴いている朝方であった。金別将があわただしく血相を変えて芳洲のいる部屋へ飛び込んできた。
「雨森さん、えらいことだ。銀姫が殺されたぞ」
 芳洲は気が動転して口をぱくぱくさせている金を見つめた。
「落ち着いて話せ。銀姫が一体どうしたのだ」
「こ、この倭館を流れる中川に銀姫の死体が上ったのだ」
「なんだって。銀姫がどうして殺されねばならぬのだ」
 芳洲は今にも泣き出しそうな金の両肩を思わず両手でつかんで叫んだ。芳洲は瞬間、もしかしたら銀姫が再び自殺を図ったのではないかという暗い予感がちらと頭に過ったが、すぐにその考えを打ち消した。なぜなら、二日前に銀姫から朝鮮語を習った時にはそんな素振りは一向に見えなかったし、今日の午後に会うことになっていて、銀姫から慶尚道に伝わる昔話を教えてもらう約束になっていたからだ。やはり金は何か間違いをしているに違いないと芳洲は思い直した。とにかく、金に従って女の死体が上ったという中川の現場へ行ってみることにした。倭館の中を流れる中川は、海へ注ぎ込む洛東江の支流のひとつの小川であった。今年は日照りが続いて、水量はいつもより少なかった。
 二人が駈けつけると、侍や朝鮮の軍官たち二十人余りがすでに川岸に集まり、がやがやしゃべっている。芳洲と金は群集を押し分け、岸辺に横たわっている物を見た。紛れもなかった。水から引き上げられて間もない銀姫の無残な姿であった。もう少し発見が遅ければ、銀姫の死体は海へ押し流されていってしまっただろう。芳洲はその場に跪き銀姫の顔をまじまじと見た。水に濡れた長い黒髪は銀姫の蒼白な顔を隠すように張りつき、わずかに開いた唇だけがまだ生きているかのように赤かった。銀姫の左胸が一突きに刺されたらしく、青いチョゴリの胸の部分が赤い牡丹の花のごとく血がにじんで広がっていた。手足は水滴で白く光っている。芳洲は銀姫を抱きかかえ、銀姫の顔にかかっている髪を指で掻き上げようとすると、手がぶるぶる震えた。眼がかっかと熱かった。
「一体、誰がこんなことをしたのだ」
 芳洲はあたりをにらみつけて叫んだ。群がって銀姫の死骸を見ていた人たちは一瞬ざわめきをおこした。と、「荒木源八郎という侍がこの女を殺したのだ」という声が上った。その声を発したのは別差の位の訳官韓東天であった。芳洲は立ち上り、「それはまことか」と韓東天に詰め寄った。
 韓東天はおびえながら朝鮮語で言った。
「昨夜、西館から帰る途中、この女と荒木源八郎が中川のそばを歩いているところを月明りで見た。初め倭館の中に女がいるはずはないと自分の目を疑って見ていると、たしかに朝鮮の女であった。二人は何か話していたが、突然に荒木源八郎が刀を抜いて銀姫を突き刺し、そのまま川に投げ捨てたのだ。私はあまりの恐さに今まで訴えることが出来なかった」
 側にいた金が突拍子もない声をあげた。
「荒木源八郎なら私もよく知っている。あの長い刀をさしている目つきの悪い侍だ。あいつは対馬藩の殺し屋だ」
 この言葉に朝鮮語の分る対馬の通辞が金に憤慨して殴りかかった。たちまち日本人と朝鮮人が二つに分かれ、銀姫の亡骸を挟んで今にも乱闘をせんばかりににらみ合った。興奮して刀に手をかけている侍や軍官もいる。
 芳洲はみんなに向って大声で言った。
「諸君、ここで喧嘩している場合か。今は事件の解明が先決だ。私は早速、館守にこのことを報告してくる。韓東天の言うとおり、銀姫を殺害したのが荒木源八郎なら礼曹参判に出頭させるようにする。それでいいな」
 その場にいた者たちは芳洲の言葉に同意した。芳洲は金に銀姫の亡骸を丁重に運んでくれるように頼むやいなや、館守屋へと走った。荒木源八郎は藩の殺し屋だと金は言ったが、それは本当だろうか。館守屋へ行った際に、館守と荒木が何やら話しているのを二、三度見たことがあったが、荒木とは直接一度も話したことはなかった。なんでも剣術が得意な若者とは聞いていたが、彼がなぜ銀姫を殺さねばならなかったのか。突然に、芳洲はすべてを悟って、あっと声を呑んだ。もしかしたら銀姫が朝鮮側の間謀であったことを館守はすでに知っていたのではないか。だから館守は荒木を使って銀姫を殺させたのではないか。そうだ。そうに違いない。館守こそこの事件の張本人だと確信すると、芳洲は激しい憤怒で頭がかあっと熱くなり目眩がしそうになった。
 館守は芳洲の闖入にも驚いた気配もなく、極めて冷静であった。芳洲は館守に座って話すように言われたが、聞き入れなかった。
「雨森君、何を興奮しているのですか。朝鮮女を殺した真犯人を朝鮮側に引き渡せとでも言うのですか。馬鹿なことを言ってはいけません。真犯人を渡せば殺されるだけですよ。あなたは朝鮮側の味方ですか」
「館守、あなたはどうして荒木を庇うのですか。荒木を助けねばならぬ訳があるのですか」
 館守は少し慌てた。
「何をおかしなことを言うのですか。いいですか。私は館守ですよ。かりに荒木があなたの言うようにその朝鮮女を殺したとしても、部下の館員の生命を庇わないでどうして館守と言えますか。まして被害者の朝鮮女はいかがわしい女だと言うじゃありませんか。痴話喧嘩から殺しにまで至ったのでしょう」
「いいえ、銀姫は藩の秘密を知ったから殺されたのです。もしかして、あなたが命令して銀姫を殺させたのですか」
「藩の秘密だと。私はそんなことは知りません。もしその朝鮮女が藩の秘密を嗅ぎ付けたのが事実とすれば、藩にとっては一大事。間謀なら殺されても当然のことでしょう。まあ、どっちみち朝鮮女の一人や二人死んだからと言って周章狼狽することはありません。それとも、前の館守の近藤氏はあの女に腑抜けになっていたそうだが、きみもその女に惚れていたのですか」
 芳洲はかっと眼の玉をむいた。
「館守、一体あなたは日朝の交わりは誠心の交わりということを忘れられたのですか」
 館守は突然、からからと笑い出した。
「誠心の交わりだと。何を甘ちょろいことを言っているのですか。日本と朝鮮の交わりは食うか、食われるかです。欺すか、欺されるかですよ。私は藩のため、そして日本のためなら喜んで嘘も言います。朝鮮側の役人にしても、やはり朝鮮の利益になるのなら大嘘も平気で言うでしょう。それがすなわち誠心の交わりと言うことですよ」
「館守、あなたと話していても真相は明らかになりません。今すぐ荒木に会わせてください。荒木はどこにいるのですか」
「荒木か。荒木ならもうこの倭館にはいませんよ。彼は昨夜遅く本国へ帰りました。彼は二度と倭館へ来ることはありません。事件はもう終ったのです」
「なんですって、事件はもう終ったですと。銀姫を殺す必要がどこにあったのですか。あなたは藩のためには何でも許されると思っているのですか」
 芳洲は歯をむいて叫んだ。
「勿論です。藩のためにすべてが許されるのです。われわれは対馬藩のために働いているのであって、朝鮮のために働いている訳じゃない。だから、藩に邪魔する奴は排除しなくてはならぬのです。たとえ、あなたのような人でも藩にとって有害になれば速やかに排除される訳ですよ」
「それなら、私は藩にとって有害な人間ですから、今すぐ朝鮮佐役という役職をやめさせてください。そして朝鮮語稽古生という身分も外してください」
 館守はうんざりしたような顔つきで芳洲を見つめた。
「雨森さん、何を子供みたいなことをおっしゃってるのですか。あなたは対馬藩にとってなくてはならぬ人。藩はこれまで一体どれだけ貴重な金をあなたに投資してきたか、あなた自身が一番よくご存知のはず。投資した分に見合うだけの働きをあなたにこれからしていただかなくては対馬藩にとって大変な損失となります。ねえ、死んだ朝鮮女のことより、通詞をたくさん養成するに必要な朝鮮語の学習書を作ってくれればいいのです。それがひいては藩庫を潤してくれることになるのですからね」
 芳洲は館守の言葉を終りまで聞かずに館守屋を飛び出した。一刻も早く朴老人に銀姫の非命を知らせねばと思ったのだ。
 芳洲が倭館の入口に近い番所まで来ると、朴老人はすでに誰かに連絡を受けたらしく、倭館の者に運ばれていく銀姫の亡骸に取り縋り、「うちの銀姫を返せ。アイゴ、倭奴がわしの大切な銀姫を殺しよった」と叫んでいた。朴老人は「銀姫の仇を討たねば、両班であった御先祖様に申し訳が立たぬ。わしを老いぼれと思って馬鹿にするな」と言うと、側にいた侍の腰の刀をもぎ取ろうと掴みかかった。が、たちまち朴老人はあっけなく侍に激しく突き飛ばされて地面に倒れた。黒の冠が頭から取れてころころ前へ転がって行った。金別将があわてて走り寄り、朴老人を助け起そうとすると、朴老人は何か叫び、金のさし伸した手をうるさそうに払いのけた。
 朴老人はすぐ目の前に立っている芳洲を見つけると、地面からよろよろと自分で這い上がってきて芳洲の手に恐ろしい力でかじりついた。
「倭奴、おまえがうちの可愛いい銀姫を犯して殺したのじゃろ。わしはよう知っとるぞ。倭奴はいつだってそうじゃ。壬辰・丁酉倭乱の時も子供から婆さんまで女と見れば襲いかかり、犯してから殺したのじゃからな」
 朴老人はおのれの顔を近づけると芳洲の顔面めがけてぺっと唾をはきかけた。芳洲は右
頬にかかった唾を手で拭うこともせず立っていた。あのいつも穏やかな朴老人の目は、今は赤く充血し、憎しみで狂わんばかりに燃えていた。
「雨森、おまえは銀姫を一度でも抱いてやったか。銀姫はおまえが好きだったのじゃ。館守の女であった朝鮮の女は汚くて抱けぬか。おまえなぞいくら朝鮮語を話せても朝鮮人の女の気持ちも分らぬ木石漢じゃ。アイゴ、銀姫、おまえは嫁にも行かずに死によって」
 朴老人は目から涙をはらはらと出した。彼は泣きながら、芳洲の胸を二つの骨だらけの拳で力なく殴った。芳洲は朴老人に殴られながら、彼の気の鎮まるまでもっと、もっと激しく自分を殴り付けてくれればいいと願った。けれども、朴老人はどうしたことか急に足をつんのめらせて、芳洲の足元に崩れるように蹲った。朴老人は芳洲をにらみつけて右手で指さし、
「倭奴、おまえがうちの可愛いい銀姫を犯して殺したのじゃ」とまた罵ると、急に「いっひひひ」と笑った。芳州は重苦しい顔つきで朴老人の顔を見つめたまま、何も言うことは出来なかった。
 朴老人は銀姫の死骸と共に、朝鮮の番人たちに地を引きずるように引き立てられて行った。朴老人は「銀姫、銀姫、銀姫」と必死に暴れながら喚きつづけた。金は連れ去られていく朴老人の後姿を見ながら、言った。
「なぜ一言、銀姫が好きだったと言ってやらなんだ。そうすれば、爺さんも諦めもついたのだ。爺さんは銀姫が可愛いかったし、そして日本人のおまえも好きだったんだ。爺さんは日本人にも悪い奴はいるが、雨森はいい日本人だとこの私に言っていたくらいだからね」
 芳洲は朴老人から、
「対馬藩をやめて、孫と一緒になって釜山に住まぬか。わしの蔵書をおまえさんに全部やってもかまわぬから、そうせんか。そうすれば孫が幸せになるし、この蔵書もおまえさんによって守ってもらえるからな。なんなら、この本を全部売って田舎へ引っ越してもいいのじゃ」
 と何度も言われたが、その度に芳洲は冗談のごとく笑って聞き流した。けれども、心の中では府中にいる妻子のことも対馬藩のこともみな忘れ果て、一人の朝鮮人となって銀姫と共に釜山の町の中で読書三昧の生活をする幸福について思いめぐらさぬでもなかった。
「爺さんは自分の息子夫婦が常奴に殺されたから、せめてたった一人の孫娘だけでも幸せになってほしかったのかもしれん。それにしても、この世に生まれてきて一度もいい目に会わなかった銀姫が不憫で・・・・・・」
 金別将はしまいまで言い切れず涙をぬぐった。
「よし、私は対馬藩が銀姫を殺した下手人の荒木源八郎を出頭させねば、対馬藩に対する制裁措置として速やかに倭館を閉鎖するように東萊府に申し入れる。食糧の供給を停止し、貿易を廃止してしまえば、対馬藩は乳飲み児の乳を絶つも同然だ」
 芳洲は金の言葉を聞きながら、銀姫の亡骸がどんな場所に埋められるだろうかとふと思った。海が好きだった銀姫はやはり海の見える、冬でも日当たりのよい暖かい丘の上に墓をつくってやろう。そして墓の傍には一本の椿の花を植えてやろう。それが銀姫に対して自分がしてやれるせめてもの償いであるように思えた。春のある日、銀姫の家の庭に椿の花が咲いていたから、自分はそれが出来たのに、どうしてあの時、銀姫の髪に椿の花を挿してやらなかったのだろうか。銀姫の黒髪に一輪の真赤な椿の花を挿したならば、本当にどんなに美しかっただろうと思うと、芳洲の胸は震え、腸が抉られるような気がした。
 芳洲はぎゅっと歯を食いしばり海をにらみつけた。白い鴎が群れて飛び回っている海原はいつものごとく絶えず揺れつづけていた。澄んだ青空には絹のように光る白い雲が、恐ろしく巨大な塊となり、もくもくと激しく上昇していた。

「架橋」第9号 「手」

     手

          成(ソン) 真(マ) 澄(スミ)

 ざわついた店内に、そのテーブルだけが異様な雰囲気を漂わせている。向い合った若い二人の男女の表情がこわばり、ジッと一点を見つめている。女の方は、膝の上に置いた両手をきつく握りしめ、スカートを把んで何かに耐えようと努力している。そんな様子に気付いたのか、ウェートレスや周りの他の客達も無言ではあるが、互いに目配せをしている。男の方は周りの気配を察してか、早くこの場から離れるキッカケを求めている。
 ほんの二、三分前まで二人は、楽しそうに話していた。男の方は唯うなづいて、相槌を打つだけのようだったが。何が起こったのか突然話声がしなくなり、二人の視線がバラバラになっている。隣のテーブルに居る陽子は、時おり横眼で様子をうかがってみる。陽子の眼に写ったのは、女の頬を伝う涙と、あきれたとでも言いたげに黙って席を立つ男の姿だった。女は去って行く男にも気付かぬのか、声もたてず、膝の上で両手をきつく握りしめ涙をあふれさせていた。洋子はドキッとした。まるでこの姿は、三日前の自分ではないか。あの時の自分もこうやって周りの目など眼中になく、あふれる涙と怒りを押えるすべもわからず、じっと一点を見続けているばかりだった。
 男と入れ違いに明るい花柄のワンピースを着た女が入って来た。入口の扉ですれ違った男の後姿を目で追いながら、真直ぐ陽子のいるテーブルに来て坐るなり、「いい男ねえ。私の好みだワ。あっ、陽子、元気だった。私のほうはねェ、大変だったのよ。ネェ聞いてくれる・・・・・・」
 機関銃のように飛び出していた言葉がとぎれた。
「陽子、どうしたのあの人。何かあったのかしら。変ねェ。皆が見てるのに気にならないのかなぁ。ねェ、陽子どうしたの」
 どうしたもこうしたもあるものか、あんたのその大きな声の方がどうしたの、だよ。本当に優しさに欠けた言葉だ。
「もういいよ。ここ出よう」
 陽子は椅子を立った。ここは居づらい。彼女を見るのは、自分の姿が形を変えて目の前に居るようで、いたたまれない。まだコーヒー飲み終わっていないよ。その声を聞き流して、陽子は店の外へ出た。春の陽ざしが暖かくむかえてくれた。

 陽子さん、私はあなたを徹のガールフレンドの一人として、もう四年も前から知っています。徹にしては上出来の友人だと思っていました。いつか徹の嫁になってくれたら、とずっとそう思ってきました。徹があなたと結婚したいから、彼女の両親に会ってほしい、と言った時、内心、我が息子ながら、女の人を見る眼は確かだったとうれしく思いましたよ。本当にそれができたら、どんなに良いでしょう。
 でもね、それはあなたが日本人だとしての話です。徹から、あなたが朝鮮人だと聞かされた時ビックリしました。こんなに驚いたことはありませんよ。だってそうでしょう、あなた。幾度となく家にも遊びに来てくれたあなたに「私は朝鮮人です」なんてこと、一言も言われなかったでしょう。普通のお嬢さんだとばかり思っていたあなたが朝鮮人だったなんて。これは裏切りですよ、陽子さん。信頼していた私達の気持ちを逆なでして。人を騙してそんなに楽しいのかしら。朝鮮人なら朝鮮人らしく、最初からそう言ってくれれば、私はあなたと徹をお付き合いさせたりはしませんでしたよ。そうすればこんな話も出なかったし。まったく当家始まって以来の恥です。私の息子はそんなに甘チャンに見えましたか。さぞ騙し易かったでしょうね。私達に嘘をついて、楽しかったでしょう。今まであった事、徹とあったこと総てなかった事です。白紙に戻しましょう。あなたが朝鮮人だなんて知っていたら、この家の敷居をまたぐことは、私がさせませんでした。おくればせながら、知ってしまったのですから、もう二度とこの家の敷居をまたぐ事はもちろんのこと、徹と会うことも止めてもらいます。当り前の事でしょ、あなたは朝鮮人なのだから。

「徹さん、どうするの。あなたのお母さんは、私とのこと白紙にするって。なかった事にするって。そうおっしゃったけど、あなたはどう思ってるの。ねえ、徹さん。何とか言って。お願い」
「・・・・・・」
「私が朝鮮人だということをあなたに話した時、あなたは私に言ってくれました、『陽子が朝鮮人であろうが日本人であろうが、陽子は陽子であって他の何者でもない。ぼくが陽子と結婚するのだから、陽子は心配しなくても大丈夫さ。親が反対するのなら、家を出て二人でやって行くさ。陽子はぼくについて来てくれるだろう』って。私はあなたのその言葉を信じて、あなたの心だけを頼りに、今日あなたのお宅に伺ったのに。あなたのお母さんの言葉は、ずいぶん厳しいものでした。私はどうすればいいの。徹さん、あなたが私を選んでくれるのなら、私はどこまでもついて行きます。あの時、私に話してくれたあの言葉に嘘はありませんよね。あの言葉はあなたの気持ちですよね。本当よね。徹さん、何とか言って。私はどうすればいいの」
「・・・・・・」
「何も言わないって事は、お母さんの言葉はあなたと同じだと、そう思っていいのでしょうか。あなたは、お母さんと同じ気持ちだとそう解釈していいのでしょうか」
 徹は何も言わない。いや、言えない。何を言っても嘘になる。陽子とは結婚したい。好きだ。だが正直言って、徹も陽子が朝鮮人であるということを、つい最近知ったばかりなのだ。陽子にプロポーズをしたのに、ちっとも返事をくれなくて、問いつめるように返事を迫ったら、私は朝鮮人だから、あなたとは結婚できない。お互いの親が許すはずもないから、断ると言う。だけどあなたの事は好きだ。許されるなら一緒になりたい。この話はなかった事にしましょう、さようなら、なんて言えるわけがない。朝鮮人となら、日本人となら、どうして結婚してはいけないのか。徹には納得できない。何とかなるだろう、というのが徹の考えだった。父も母も何度か遊びに来ていた陽子のことは気に入ってくれていた。事実母は、陽子と結婚するのを望んでいるように見えた。意外とすんなり許してくれるものと思っていたのだった。徹の眼の前に居る陽子は、その名の通りいつも明るく陽気で、気分にムラがなくキザでなく輝く太陽の子に見えていた。人の悪口を言うのを聞いたこともない。時々ムッとふくれて、言いたくれ言うが、決して日を越していたことがなかった。言うだけの事を言って、すっきりした顔付になり、どんなに怒っていたり、ふくれていても翌日にはケロッとして何事もなかったように、いつもと変わらぬ接し方をしてくれる。徹が惚れたのもそういうカラッとした性格が気に入ったのだった。自分は長男で、上と下に女の姉妹にはさまれて、その上プライドの高い母がいる家に育っているので、少々の事にはへこたれない強さと、何よりも明るい性格が一番だと思っていた。陽子はその条件にピッタリなのだ。徹は友人に陽子を紹介された時、この娘ならと心に響くものを感じた。それは陽子と会うたびにより強い確信に変わり、学友にもそれとなく自分と陽子が似合いのカップルに見られるように努力もし、家族にも引き合わせて下工作は充分過ぎる程してきたのだ。もちろん陽子にも自分以外の男性と付き合う事のないようにさりげなく見守ってきたのだった。
 卒業の年には周りの誰もが二人は結婚すると思い込むまでになっていた。卒業して毎日会えなくなると、陽子が自分以外の男に心ひかれたりするのではないかと心配になり、早速プロポーズしたのだ。せめてお互いの気持ちの上だけでも婚約という形をとっておきたかった。最初陽子は驚いた様子を見せ、それでもうれしそうに「ありがとう、でも少し考えさせてね」と結婚を申し込まれた女性が一度は口にする言葉で答えた。三日も経てば返事が来るものと思っていたのに一週間が過ぎた。しびれを切らしてもう一度、自分の気持ちも結婚の条件も包み隠さず話した。陽子は時々うなづきながら聞いていた。そして「三日待ってほしい」それだけ言うと徹をおいて一人帰って行った。三日経って徹の前に現れた陽子は落ち窪んだ目が一層大きくなり、悲しそうに徹を見つめるばかりだった。
 陽子の口をついて出た言葉に徹は何と返事をすればよいのかわからなかった。驚きというだけでは表現しきれないショックだった。

 徹さん、先日の言葉、本当にありがとう。私とてもうれしかった。うれしくてすぐ「はい」と返事をしてしまうところでした。でも三日待ってほしい、そう言う私の態度があなたには不誠実な女と写ったことでしょう。これからきちんと話をします。今迄にも、話さなければいけないと何度も思い、口にしかけた事もありました。でも結婚するわけでなし、このままお友達のままで居るのなら、わざわざ話す必要がない、とそう思い、口にしなかったのです。結婚の話は、なかった事にしてほしいのです。なぜかと言えば、私はあなたと結婚はできないのです。あなたの両親はもちろん、私の両親も絶対許してはくれません。
 私にフィアンセが居るかって、そんなんいません。もちろん私は普通の二三歳の女です。ただそれだけです。でもどうしても結婚はできません。これだけでは納得できないと言われても、どう話せば良いのか私自身よくわからなくて、ずっと考え続けて、どう切り出せばわかってもらえるのか・・・・・・。
 徹さん、私は日本人ではありません。そう、日本国籍を持っていないのです。外国人それも朝鮮人です。今までずっと黙っていて、あなたはきっと、騙したと思うでしょうが、決してそんなつもりはありません。今でもあなたが好き、あなたと結婚して、子供がいて、そういう家庭を夢見ることもあるのです。本当にそれができたらどんなにいいか。でも無理です。朝鮮人の私をあなたの家族は嫁とも妻とも認めないでしょう。私の家族もまた同じです。ゼロの状態から生活ができるわけもありません。だから、この話はなかった事にしましょう。私はあなたにプロポーズされた事も忘れる事にします。いえ、そうしたいのです。
 それが何なのだ、どうということもない、陽子は陽子でしかない、なんて、あなたはそう言います。私もそう思います。あなたは徹であって、他の何者でもない。けれどそれは私とあなたの二人だけに通用する言葉であって、周りの人たちを納得させるだけの力はありません。私の両親は、私に朝鮮人らしくあれなどということは、何一つ教えもしないし強要もしません。でも唯一つだけ、日本人とは絶対結婚できないし、させない、とずっと言い続けてきました。大学に入って男友達ができると一層、口ぐせのように言い続けてきました。腹を割って心を開いて友達づき合いをするな。いつかシッペ返しをくう、そう言って。電話がかかる度に確認したものです。
 そう確かに私の両親も徹の事はよく知っています。今時珍しく好青年だとも言ってました。そしてその後で一言つけたすのです。彼が朝鮮人であればいいのに。それが本心です。いつわりのない本当の言葉です。あなたのことを一人の青年として認めてはいても、娘の婿にはしません。絶対にしません。それをしたらあの人は嘘つきになってしまいます。今まで黙っていて本当にごめんなさい。最初から日本人のような顔をせず朝鮮人として出会っていれば、こんな事にはならなかったし、あなたを苦しめる事もなかったのに。そう思うと、本当に申し訳なくて、ごめんなさい。私にはそれしか言葉が見当たりません。本当にごめんなさい。

 徹さん、元気にしていますか? 今さらあなたに便りをするのが少しばかりためらわれたのですが、私の内ではまだピリオドが打てなくて、ウジウジしている気持ちを書いてしまえば少しは落ち着くかと思って。勝手ばかりでごめんなさい。でも、あれだけ強く言ってくれたあなたが、お母様の一言で何も言わず、唯なかった事にしてほしい、とそう言われても私にはどうすれば良いのかわかりません。あなたに朝鮮人である事を話した時、私はあなたとのことは、なかった事としてあきらめるつもりでいました。けれど、あなたが強くなれと私に言ってくれたので、私も強くなろう、あなたが一緒に居てくれるのだから、この人の為にもあきらめずに強くなろうとしたのです。それなのに・・・・・・。あまりにもあっけなくはありませんか。あなたの態度は、私が知っている徹ではありません。私の知っている徹は、もっと逞しくて強い男(ひと)だったはずです。それをあんな形で終りにしようだなんて・・・・・・。
 今さら、こんな愚痴を書いても始まりません。所詮、私が姿を隠してあなたと付き合っていたのが悪いのですから。もう何も申しません。これで終わりなのですね。
 あなたに似合いの好い女(ひと)を見つけてください。幸福な結婚をされます事をお祈りしています。

 一度は書いた嫌味な手紙を破り捨てたのは昨日のこと。書いた事で気が晴れたのか、バカらしくなってポストに入れるのは止めにした。あまりにも惨めすぎる自分の姿が見えてしまったから。幾晩も考え、考えあぐねて話をした結末がこれでは。やっぱり両親の言った通りになってしまった。何度、徹の眼の前に現れて問い詰めようと思ったことか。それを思い止まったのは、自分の方に非があるのだということと、ほんの一握りのプライドだけだった。今さら、という気持ちもあった。

 街は春の装いをしている。暖かで柔らかい日差し。待ちこがれていたものがやっと眼の前に表われた、そんなうれしさが行き交う人々の顔にあふれている。花柄のブラウス、軽い服装、黒から淡い色合いへの衣替え。通り過ぎるアベックの多いこと。今も一組すれ違った。背の高い男の子の上着をつまんで、置いて行かれまいと精一杯の速度で必死について行く少女。頬を染めて、私のBFなのだと自慢げに歩いて行く。その二人を眼で追いかけていた時、「ハンメ、ハンメェ、どこ行くの。置いて行かないで」声が前方でした。見ると四、五歳の可愛らしい女の子が赤いチューリップのアップリケのワンピースに赤い靴で先を行く女の人を追っている。街中で響いた朝鮮語。祖母を意味するハンメと呼びかけながら歩くあの少女も朝鮮人の子供なんだ、と思って見てしまった。周りの子らとなんら変わるところがないのに、あの少女も後二〇年と経たぬ内に恋愛をして一人悩むときがくるのだろうか。その頃には時代が変わって自分が思い悩んだ事など遠い昔の話になってしまうのだろうか。くったくなく朝鮮語で祖母を呼ぶ少女の娘になる日が悲しみに埋まることがないように願いながら、涙が浮んでくるのを止めることができなかった。あの少女が大人になった時にはきっと今とは違う世の中になっていてほしい。
「陽子、どうしたのよ。目に涙なんか浮かべて」
「べつに。ただあの小さな女の子が朝鮮語でおばあちゃんって呼んでたから、少しばかりうらやましかっただけ。何でもないのよ」
「変なの。陽子は、おばあちゃんのこと、何と呼んでたの」
「おばあちゃんよ。私はずっと自分が日本人だと思ってたもの。おとうさん、おかあさんでおばあちゃん、おじいちゃん。普通でしょう」
「それはそうと、徹君との話どうなったの。彼、プロポーズしたんでしょう。陽子がちっとも『ウン』て返事してくれないから、俺嫌われてるのかなあって心配してたよ。他にいい男(ひと)でもいるかって。変なこと私に聞くんだもの。私から陽子に聞いてほしいって。本当のところどうなのか。どうなの陽子、結婚するんでしょう、徹君と」
「それ、いつの話」
「いつって。四日ぐらい前かな、どうして」
「それならいいの。もう返事はしたわ」
「なんて言ったのよ。まさか断ったんじゃないでしょうね」
「ウウン。断ってはいない。もっと悪いわ。断られたのよ、私。徹に話したの、私朝鮮人ですって。そしたら嫌だって。断られたの。それだけ。もう済んでしまった事だから、この話はしない事にしてネ」
「うん」
 それでもこの一〇年来の友人は納得できないようだ。彼女には自分が朝鮮人であるということは話してある。私が口にした時、彼女は「その事なら私知ってたよ。気にしないでよ」そう言った。いつ、誰から聞いたのか訊ねてみたかったけれど聞かずに居る。聞いたところでどうなる事でもないし、その前もその後も彼女の態度に変化はない。しごく当たり前のことなのにありがたい事だ、なんて思ったりする自分を時として戒める時がある。自分の中に朝鮮人である事を卑下するところがあるからこそ、普通に扱われると感謝してしまうのではないか。何も含むところがなければ普通に堂々としていればよいではないか。そう自問自答してみたりもする。自分の身近に居る友人たちに声高に話してみたい衝動に駆られて、「私は朝鮮人です」と叫んでしまおうとする事がある。どんな返事が返ってくるだろう。どんな態度に変わるだろうと色々思い、人を試すようなことを考えてみても意外に反応は鈍く、どうってことない、という返事に、かえってこちらの方が戸惑ってしまう。もっと他に言うべき言葉や態度があるはずなのに。拍子抜けするぐらいである。では何と言われたいのかと問われると返答に困ってしまうが。何も知らないから何も言えないのだ。私たち在日者の心の中なんてわかるはずもないし、理解しようともしないではないか。そう心で叫びながら自分の方から態度を一変させてしまったりもする。人は人として皆同じなのに。そう知っていながらも、どうってことないよと簡単に言われると、なぜか許されたような気になってしまうのだ。こんな考え方もあまり誉められたものではないな、と考えながら、思いと行動がチグハグになってしまって、自分の中で未消化のままいつまでも残ってしまうのだった。
「徹は、本当に陽子が朝鮮人だという、たったそれだけがイヤで結婚話を反古にしたの。他に何かあったんじゃないの」
「たったそれだけ。それがとても許される事柄ではなかったのよ、彼も彼の両親も」
 たったそれだけなんて気安く言わないでくれる。そう、たった二文字の為に生きる路さえ閉ざされている人が多くいるというのに。そんな簡単な問題じゃないのよ。そんなふうにあなたに言ってもらいたくない。あなた何も知らないじゃない。私がなぜここ日本に居なければいけないのか。なぜここに居ることになったのか。自分の存在を疑った事なんてないでしょう。私はもう何年も考えてきた。ここはどこ、私は誰、なぜ、なぜって。徹は言ったのよ、朝鮮人なら何もそのことを隠したりせず、最初から本名で本当のこと言って人前に出ろって。人を騙すなって。そんな事、できない。私にはできなかった。自分が日本人でないなんて一〇年前に知ったばかりなのに。今だっていったい自分が何者なのかわかっていないのに。
「私、徹に会うわ。会ってとっちめてやる。絶交を申し渡してくるわ。陽子、何ともないの」
「もうそんな元気ない。疲れた。もう終わったのだから、そう思ってる」
「陽子がいいっていうなら。でもやっぱり一言いってやらないと私の気が納まらない。いいでしょ、私が会うのは」
どうぞお好きなように。イヤだといっても徹に会って私から訊けなかった分全部を聞いてしまわない事には気が済まないのでしょうから・・・・・・。なんでこの子と一〇年も付き合ってきたのか。」
 ビルの地階のケーキハウス。静かな店内に時として彼女の声が響く。しゃべりながらも目の前のケーキはパクパクと食べている。元気なものだ。話題になっている芸能人のゴシップや三面記事と私の結婚話が同次元なのだろう。きれいに片付いたケーキソーサーを脇へよけると外国煙草を取りだして口にくわえた。私が煙草を吸わない事を知っていてもおかまいなしに煙を私のほうへ吐き出してくる。マナーなんて関係ないのかなあ。私の方が顔をよけ、一つ隣にイスを変わる。今日彼女に会う約束をしてしまった事を後悔し、彼女に会っていることが苦痛以外の何ものも感じさせなくなってしまった。街中に出て人混みまじることも少しは気分転換になるかと思って彼女の誘いに乗ってみたのだが、結果はもうさんざんだ。早く彼女と別れて一人になりたくて、理由を探してばかりいる。何と言ってみようか、うつむいた時、「私、買い物に行くから、これでバイバイするネ」あっさり言われてうなずいてしまった。いつも自分が中心なのだから。ホッとして席から立ちかけると、「アッ、さいふの中に現金がないわ。カードだけ。陽子、持ってたら払ってくれる。ゴチ」勝手に言うとさっさと店の外へ出てしまって、ガラスドアの向こうで手を振るや、身を翻して行ってしまった。
 もう彼女と会う事もないだろう。

 秋晴れのさわやかな日曜日、人混みの中に陽子は立っている。今すぐにでもこの場から離れてしまいたい。行楽シーズン真只中の日曜日で天気も上々。駅のコンコースは人であふれている。紅葉がりの家族連れや若者のグループが行き交う。
 駅中央コンコースの各ホームの発車案内板がある。その真ん中に遠くからもよくわかる大きな時計がはめ込まれている。駅の南口、北口を結ぶ通路との交差点にもなっているその場所は、駅の旅行案内所、キヨスク、切符売場、喫茶店等が並ぶ一番にぎやかな場所でもある。その中に人波にのまれないようにして陽子は立っている。ここで見合いをする為だ。なんという場所を指定してくるのだろう。こんな人通りの多い場所で待ち合わせるなんて。その上もう二〇分も待っているのに、今日見合いの仲人をしてくれるという人も来ないのだ。一体どういうつもりなのか、少しばかり腹が立ってきた。こんな所で人を立たせて見せ物でもあるまいし。もう帰ろうとして一緒に来た母に声を掛けると実にアッケラカンとして、一五分や二〇分待つのは当たり前みたいな言い方をしている。どういう精神構造をしているのか疑いたくなってくる。
「陽子、ほら向こうの壁のとこに立ってるの、あの二人連れ、見合いだよ。あれも朝鮮だね。それにその少し右に二組いるでしょ、あれもそうだね。きっとあの三組の内どれかだ。よく見ときなさい。まだ意識してないから本当の日頃の姿が見られるから」
 何とまあ逞しい。私はこの場に居るのが恥かしいくらいなのに。いつの間に観察したのだろう。私から見たら母と息子の二人連れとか、朝鮮人とか言われても区別できないのに。母は朝鮮人の顔は在日が長くても大体わかる、と言うのだ。それなら自分の顔も年寄りから見れば、すぐそれと見分けられるのだろうか。日本人に見られたいと思っている訳ではないが、一目見ただけで○○人と判るなんて言われると少々ひっかかる。同じ東洋人同士で区別するなんて。反対に髪の色や肌の色や瞳の色が違う人は、皆外国人であって○○人とは言わない。白人か黒人かの区別はつくけれど、それ以上の細かな所まではとても判らないのだ。陽子は、渋々見合いするのに応じたが、こんな場所で引き合わされるとも思っていなかったので、驚きと恥かしさで一刻も早くこの場から離れたいばかりだった。その母が、いつもと人が違ったように、人混みの中をウロウロ歩き廻り、それらしいと思われる仲人のおばさんに話し掛け、陽子を見せ、いい男(ひと)が居たら見合いさせてほしいと頼むその姿を見るのも、イヤだった。そのうえ頼みながら見ず知らずの人に小さくたたんだ紙幣を手に握らすのを忘れなかった。何だか人に買われて行くみたいだ。
 見た事もないおばさん達は、陽子のことを頭のテッペンからつま先まで首を上から下へ目を下から上へ、何度も上げ下げして見るのだ。そして年齢やエトを質問し、姓名と本貫を聞いた。陽子は本貫が何なのかも知らないから聞かれても答えられない。隣で母は一つ一つ朝鮮語で答えている。それも驚きの一つだ。母がこうもスラスラと朝鮮語を話すのを今迄一度も聞いた事がなかっただけに、母のもう一つの顔を見てしまったような気がする。家族と居る時、朝鮮語は出てこない。日本語だけで会話が進む。親類と一緒だと時おり単語が交じるだけの会話をしている。その母の口からは朝鮮語だけがいま飛び出している。どこで覚えたのだろう。そう考えているうちに目の前に三人の人影が立った。さっき母が話していた三組の母と息子連れの内の一組と大柄なおばさんとの三人である。
 人波にのまれそうになりながら、五人は頭を下げ、顔を見てはまた下げるということの繰り返し。三度程もそうして頭を上げ下げしただろうか、どこか坐れるところへでも、ということになって入った喫茶店は、コンコースにある喫茶店。ムードとかいうことはまるでおかまいなしだ。坐ってはみたものの、目の前に居る男性の顔もしっかりとは見られなかった。伏し目がちにチラとしか見ることができなかった。母と仲人、先方の母親との三人は、各々話をしている。本貫がどうの、学歴とか住む家のことを中心にしているようだ。肝心な当人の事柄についての話は一切ない。どうなってるんだろう。結婚するのは彼であり私なのに。当の本人達の事は関係ないのだろうか。本貫と学歴がよくて、住む家があれば。
「若い人は若い人どうし。どっか別の所へでも行って、少し話でもしてらっしゃい」
 そう仲人に言われて、一言も声を出さなかった目前の男の人は、黙って席を立って歩いて行く。その後を遅れまいとついて行く。前を行くその後ろ姿が意外に大きな肩幅なのに陽子は驚いていた。後ろから倒れかかっても支えてくれそうな気がした。頑丈でへこたれない精神を持ち合わせていそうに思えた。この男(ひと)はきっと丈夫で長持ちではないかと思いながら、一瞬感じた無口で無愛想な人との印象が好転しているのに気付いていた。

 師走に入った最初の日曜日。陽子は今ここに居る自分が信じられなかった。どこでどうなったのかわからない。雛壇に坐っている自分、隣にはあの大きな後姿の彼。二人の経歴が紹介されている。陽子はそっと隣に坐っている彼の手を抓ってみた。変化はない。痛くないのだろうか。だとしたらこれは夢だ。もう一度、今度はもっと強く抓ってみた。痛っという小さな声と共に、彼の残った手が陽子の手の上に重なった。やっぱり黙ったまま、やさしくそっと陽子の手の上に重ねられてる。
「夢でないよ」その手がそう語っているようだった。

「架橋」第9号 「何処へ」

     何処へ

          渡(わたり) 野(の) 玖(く) 美(み)

 男と女の、情欲に溺れてしまうしかない関係は嫌だから、友情を育てたいと尚鉄は言った。だが、女である郁美は、やはり、男としての、情人としての尚鉄の存在の比重のほうが大きかった。妻子のいる尚鉄にしてみれば、友情云々というのは、妻子への後ろめたさから逃れる呪文なのかもしれない、と郁美は思うこともあった。郁美が女として燃えさかることを恐れての、抑制の言葉なのかもしれない。それでも尚鉄と郁美は静かに確実に、この四年間「友情」を育ててきていた。
 郁美は在日朝鮮人の趙(チョー)尚(サン)鉄(チョル)を愛していた。愛しているが故に秘密は死守しなければならなかった。友人たちも誰ひとり、郁美と尚鉄の本当の関係を知る者はなく、行動は常に複数でだと思われていた。
 密会の後、尚鉄と別れるとき、家の前で郁美は車のテールランプが角を曲って見えなくなるまで見送る。それから後の尚鉄のことは考えないようにして過ごしてきた。みごとにチャンネルを切り換えた。
 だが尚鉄の妻金連子を知ってからは、帰って行く家にいる彼女の存在を意識した。露骨な嫉妬ではなく、尚鉄に妻を裏切らせている罪悪感のほうが大きかった。尚鉄を愛せば愛するほど、その気持ちが膨らんでいった。
 それは数カ月前のことだった。
 めったに出掛けることのないK町へ、交通事故で入院している友人を見舞った帰り、バス停にいると、見覚えのある車が道路をへだてた反対側に止まり、運転席から長身で色白の女性が降りた。スーパーへ買いものに来たらしいそのひとは、急ぎ足でスーパーのドアのうちへ吸収されていった。車は紛れもなく尚鉄のものであり、郁美は週に一度、尚鉄と密会のためにその助手席に乗るのだ。車を運転しているのは尚鉄の妻に間違いなかった。駐車中の車内には、二歳くらいの幼児が窓ガラスに顔をくっつけて郁美のほうを見ていた。――尚鉄の娘だ――
 郁美は興奮した。家族のことはめったに話さない尚鉄だったが、郁美との年月の間に三番目の子供が産まれたことぐらいは知らされていた。あんなに大きくなって・・・・・・。父親と夫である部分には意識的に目をそらして過ごしてきた歳月だったのだ。
 初めて見た尚鉄の妻の姿をもう一度確認したい、とスーパーのドアを見守った。だがバスが来て遮られてしまった。バスに乗った郁美はスーパー側に座り、未練がましく窓外を見続けた。胸が震え、何も目に映らず、気が付くとバスは目的地に着いていた。
 それからは、その場所を通るたびに、尚鉄の妻の姿を探している自分に気付く。顔はよく覚えていないが、見ればすぐわかる自信があった。
 尚鉄の妻を意識し始めた郁美は、必死で今まで築いてきたものを守ろうとした。男女の友情だと強調する尚鉄に、妬心を打ち明けることはできなかった。
「ねえ尚鉄、わたし、朝鮮語を勉強してみようと思っているの」
「また急にどうしたんだ」
「ショウテツの奥さんに習えや。朝鮮語ぺらぺらだぞ」
 何も知らない尚鉄の友人が側から言った。
「馬鹿、火花が散るぞ」
 尚鉄が笑いながら言った。
「奥さんは学校の先生だったんだってな」
「ああ、朝鮮学校の・・・・・・」
 尚鉄の妻金連子の楚楚とした姿が郁美の脳裡をかすめた。

 そんな状態の郁美の心の隙間に、ふっと滑り込んだ男がいた。三カ月の契約で近くの温泉劇場のストリップショウの前座に歌っている演歌手の大沢彰だ。
 深夜まで飲む数人の仲間が、人なつこい大沢彰の部屋に集まり、明け方まで飲むことが多かったらしい。勤め先のサパークラブがひけてから郁美も誘われて彼の部屋を訪れたことがある。ステージ用の派手なスーツが何十着も掛けてある六畳一間の部屋で、さまざまな職種の人たちが集まって愉快に飲んだ。旅館の板前、ストリップダンサー、遊び人、芸者、ホステス、コンパニオン嬢。尚鉄に会いたい気持ちを紛らすのには好都合の仲間たちだ。
 尚鉄に何日も会えない寂しさと、妻への嫉妬に耐え切れず、明け方、彰の部屋へ忍んで行き、黙って抱かれて黙って帰ったことがあった。部屋にロックしない彰の習慣を知ってのことだった。彰は一瞬たじろいだものの、忍んで来た者が郁美とわかると黙って抱いた。真っ暗の中で、事はなされた。一度きりだ。風のように空気のように吹き抜けていった一夜のことを、その後、彰と話し合ったこともなかった。郁美にとっても、旅の途中である歌手の大沢彰にとっても、夢の中のできごととして葬り去るべきことであったはずだ。特別な意味など必要ではなかったのだ。
 
 彰は執拗だった。
 受話器から伝ってくる声は、日頃の、底抜けに明るくおどけているとさえ思うようなものとは全く違って弱々しい。
「会ってほしいんだけど・・・・・・」
 郁美は電話を切ってしまいたかった。
「駄目!何も話すことなんかない。酔って暴力を振るう男はいやなの」
 昨晩、上機嫌の彰が郁美に、閉店後一緒に飲もうと言ったのを断ったのに腹を立てたのだった。閉店間際の郁美の勤めるサパークラブでのことだ。花瓶をひっくり返し、郁美のドレスを水浸しにし、郁美の顔を殴り、蹲ったところを蹴とばすという暴力だった。
「話さなくてもいい、とにかく顔を見せてくれるだけでいいんだ。一睡もしていない。眠れなくて。昨晩はほんとにどうかしていたんだ。こちらでの仕事の契約が延長して、すごく嬉しかった。それを貴方に報告して一緒に喜んでほしかった。この町が好きになったらしい。あと半月で契約が切れて、また何処かへ行くのが辛くて・・・・・・」
 午前八時四十分だ。
「わたし、眠いのよ。お昼ごろまで眠りたいし、そのころにもう一度電話してよ」
 低血圧の郁美は、午前中いっぱい眠るのが習慣だった。
「そんなに時間はとらせない。五分間でいいんだ。このままだったら僕は駄目なんだ」
 絶対にいくものかと思っていた郁美だったが、彰の哀れな声に負けて、近くの公衆電話にいるという彰のもとは出掛けて行った。
 四月の朝は眩しかった。緑が輝いている。寝不足の瞳に太陽の光が容赦なく飛び込む。
 電話ボックスの横に彰のワゴン車が停まっていた。郁美は黙って助手席に乗った。彰も黙っていた。
「あっち」
 郁美は車の方向を指示した。郁美に何処へ行くというあてなどなかった。走らせているうちに適当な喫茶店でもあれば、そこで話し合うつもりでいた。車は国道8号線を金沢方面に向かって走った。桜の花が満開だ。心が何とはなしに浮き浮きしている。隣席の沈痛な面持ちでハンドルを握っている彰の横顔を見ると、かわいそうに思えてきた。こんないい季節に沈んでいることなんかないのだ、と思った。
 郁美は大沢彰のプロ歌手としての生き様を尊んでいた。たとえ地方の小さなステージのストリップショウの前座でしか歌えなくとも、歌だけで生活していけるのは才能だ。午後七時過ぎに第一回のステージがある。少しでも眠る必要があった。
「お金、いくら持ってる?」
「えっ? うん、三万くらい」
「そう、じゃ、そこ右へ」
 不審な顔で、それでも素直に彰は郁美の指示どおりに車を走らせた。
 山裾に向って車は走り、山の中の一軒の旅館の前に着いた。あたりはその旅館一軒以外建物はなく、後方に深い山が続いている。
 案内を請うても誰も出てこない。庭先をしばらくうろついていると、中庭のほうで六十歳くらいの婦人がふたり何やら楽しそうに立ち話をしていた。
「お昼御飯を食べて、夕方まで休ませてほしいのですが」
 以前、店の客に連れてきてもらったことのある郁美が、物馴れた口調で言った。
 鎧や兜が展示してある回廊を渡って、奥の「山百合」と札の掛かった部屋に通された。
「どちらからですか」
 お茶を入れながら女中が訊く。
「埼玉です。仕事で・・・・・・」
 彰が答えた。彰のワゴン車は埼玉ナンバーになっていた。側面に音符のデザインが青色や赤色で派手派手しく描いてある。彰は髪を金髪に染めて、白いスラックスに白のポロシャツと、一目で普通の職種ではないとわかる風体である。郁美も化粧はしていないが、どことなく素人離れした雰囲気を持っていた。数年のホステス暮しで自然に身に付いたものだった。女中が注文を受けて姿を消すと、彰が言った。
「僕たちのことヌードのシロクロさんだと思ったかもしれないね」
「そうね」
 彰の部屋に集うシロクロショウのカップルの顔が頭をよぎった。
 障子戸を開けると、すぐ池になっていた。池の縁には山桜が満開で、水面に映っている。鯉が跳びはねてバシャッと水音をたて、静かな山宿にある音といえば、それだけなのだった。斜め右手のほうには古びた水車がゆっくりと回っている。斜め左手は部屋になっていて、客はいないのか真っ白の障子戸がぴたっと閉められ、池に映っている。いくつかの部屋が池を眺められるように、そして互いの部屋のプライバシーが守られるように配置されているらしい。
 郁美は障子戸を閉め、雪見窓だけを開けた。炬燵がまだあった。
「浴衣に着替えるといいわ。そのほうが疲れがとれるでしょ。料理が来るまで、少し横になっていなさい」
 彰は郁美の渡した浴衣に着替えたが、固い表情は崩れなかった。
 やがて料理が運ばれてきた。鯉の刺身と山菜が中心だ。酒を二本頼む。彰は終始黙っていて、郁美が勝手にそれらの手配をする。
「さあ、いっぱい飲んで。御飯も食べて少しでも眠るのよ。今晩もステージが待ってるわ」
 郁美が努めて明るい声で励ましても、彰の箸はいっこうに動かないのだった。郁美も次第に味気なくなってくるのはどうしようもない。宿の浴衣を着てしょんぼりと座っている彰には、いつもの精彩はなく、華美なステージに立つ人間とも思えない。
「昨晩のことは忘れなさいね。私も忘れるから」
 郁美は、彰に乱暴されたときの口の中の傷に塩味がしみて痛むのを我慢していた。体にも数カ所打撲傷ができていた。
 彰が泣きだした。郁美は無視して、黙々と箸を動かした。バシャッと鯉のはねる音がした。鯉の山宿、と傍のマッチに読めた。
「みっともなくてごめんな。こんなこと初めてだ。大の男がめそめそ泣くなんて、な」
 彰が鼻をすすりあげながら苦笑した。郁美は黙って、手もとのおしぼりを渡した。
「もう終りだな」
 彰の言葉を郁美は正確に理解した。彰と郁美は互いに恋を感じ、暗黙の了解があった。だが郁美には極秘の恋人尚鉄がいる。ゲームのように恋を楽しむのは良いが、彰の愛を全面的に受け入れるわけにはいかないのだ。
「終りなんて言葉は駄目よ。彰さんには歌があるわ。昨晩のことで歌への自信まで失くさせたくないから、わたしは一緒にここへ来たのよ。誤解しないで。昨晩のことは許していないわよ。もし彰さんでなかったら警察を呼んでいたでしょうね」
 郁美の言葉は歯切れが悪かった。彰の郁美に向う心を歌に転嫁させようとしていた。
「ありがとう」
 彰が頭を下げた。また池の鯉がはねた。
 食欲がでないという彰に、押入れから布団を出して敷いてやった。横になった彰が、炬燵でお茶を飲んでいる郁美に、横へ来て一緒に寝てくれと哀願する。何もしないからと繰り返す。
「浴衣に着替えてよ」
 彰が言った。郁美は黙って従った。
 彰の横で身をのばすと、疲れがいちどきに押し寄せてくる。女中には四時頃まで眠るから起こすな、と言ってあった。
 彰の手が遠慮がちに、浴衣の衿を割って胸に触れてきたとき、郁美は抗わなかった。郁美の無抵抗を確認した彰は、行為を進めていった。
「初めてのような気がする。本当は二度目なのに」
 彰が満ち足りた顔でささやいた。そして、「初めてで終りかもしれない」
 と付け足した。
 郁美は彰の言葉を待つまでもなく、肉の快感とは別に、心の内に離別を決意していた。郁美が一時的にでも恋を感じたのだとすれば、ステージの人間としての大沢彰にだった。女に暴力を振るったり、恋に泣いたり、性に溺れたりする男は要らない。その考え方は、尚鉄から教え込まれているのを、郁美自身は気付いていないのだった。
 部屋に風呂がないので、ふたりで家族風呂へ行った。風呂の一面がガラス窓になっていた。外を眺めると裏山になっていて、川が流れていた。何処から流れてくるのか川面は桜の花びらで埋め尽くされていた。かなり急な流れなのだった。
 大沢彰とこんな仲になったことを、尚鉄にどのように話せばいいのか、話さずに済ますのにはどうしたらいいのか。彰の生き生きと甦った様子を見て、郁美は自分のとった行動がとんでもない間違いだったようで不安になった。言葉では終りだと言ってはいるが、彰の浮き浮きした様子は、郁美とのスタートを信じているかのようだ。
「桜の川・・・・・・」
 呟く郁美の脳裡に、一年前の下呂温泉での思い出が去来した。

 尚鉄から、下呂温泉へゴルフに行くから列車で来ないかと電話があったのは、午後三時を少し回ったところだった。友人たち七,八人で下呂温泉へ向う途中のドライブインからだった。
 店には休みの連絡を入れて、加賀温泉駅へ駈けつけると、十五時四十九分発「雷鳥19号」富山行きに間に合った。
 改札口の駅員が、窓口で買い求めた郁美の切符を見て、「うーん、富山からの連絡がどうかな」と言った。
「いいの。別に急がないから」
 郁美は愛想よく笑い返した。喜びにあふれた微笑だったから、駅員も優しい顔で、気をつけて行ってらっしゃい、とまるで知人のように声を掛けた。
 列車の中で読むための文庫本も一冊用意した。あとは列車がひとりでに郁美の体を尚鉄のいる下呂温泉まで運んでくれるのを待っていればいいのだ。誰もふたりを知らない町の、小料理屋か居酒屋で杯を傾けながら、ふたりだけの解放された気分に浸れるのだ。そのあとは、尚鉄の腕を枕に明け方まで眠るという幸福な時間が約束されていた。秘密を作る気持ちが郁美の心を楽しくさせていた。
 金沢はまたたく間に通り過ぎ、富山には十七時七分に着いた。高山本線「美濃大田行」に乗り換えだ。十七時四十九分までの約四十分の待ち時間を、郁美は駅の待合室へ出て、椅子に腰掛けて文庫本の続きを読むことにした。空腹を感じたが、尚鉄に会ってからの食事を楽しみに我慢した。待合室は若い女性のグループ、仲睦まじい老夫婦、生後数カ月の赤ん坊を抱いた若い夫婦、登山服に身を固めた若者などさまざまな旅客で混雑していた。
 郁美のような目的で今、富山駅の待合室にいる女は恐らく誰もいまい。読み進めている小説は、ちょうど、尚鉄と郁美をそっくりそのままモデルにしたような恋愛小説で、郁美は心の中で自分たちの愛の正当化と、目をそむけている部分を小説の中でなぞった。
「美濃大田行」は五両編成の普通列車だった。構内アナウンスが最終列車だと告げた。まだ午後六時前だというのに最終とはずいぶん田舎なのだな、と郁美は思った。妙にがらんと空席の目立つ列車に乗り込んでから、郁美は尚鉄との楽しい時間を思い描いた。まるで小娘のように心が浮き立つのをどうすることもできず、そんな自分がいじらしくて仕方がない。
 郁美は本を閉じ、夕暮れの窓の外の景色を見やった。赤い太陽が山の端に隠れてしまうと、山なみがどこまでも続いた。うすい桃色と若緑の濃淡が秋の紅葉を彷彿させ、紅葉の乾いた感じとは違って、瑞みずしい若葉の重なりがぼうっとかすんだ。太陽光線の屈折率の違いの関係で日没の瞬時、緑が一番鮮やかに目に映る。太陽のネグリジェは緑色だと詩った詩人がいる。海に溺れてゆく太陽がその瞬前、緑色の光線を放つというのである。
 緑もいつしか消え、郁美の乗った列車は山あいを走り続けた。駅員がいるのかいないのかわからない小さな駅をいくつも通り過ぎ、列車は走った。窓の外は真っ暗で、民家の灯が、あたかも夜空にまたたく星のように見えた。星空が地上にあるようだった。少なかった乗客が、一人降り、二人降りして、とうとう郁美ひとりになっていた。車掌の姿すらない。時刻は既に九時近くになるのに、夜汽車はホームに黄色い電灯がひとつだけの昏い小さな駅を通り過ごし、目的地の下呂温泉にはいつ着くのか見当もつかないのだった。心細さの中で郁美は、この列車は尚鉄をもとめている自分の心が作りだした幻の、夢の中のものではないかと思った。星空の空間を走る列車は宇宙列車なのだ。
〈お前ら(日本人)は親の敷いてくれたレールに乗って進んでいける。俺ら(在日)朝鮮人はレールがない。自分の力だけで造りながら進むしかない〉
 尚鉄と出会った頃に聞いた新鮮な言葉だった。在日朝鮮人の夫と離婚した郁美の経歴を知っての発言だった。それから何度この言葉を聞いたことだろう。だが郁美には真の意味を理解できているとは思えなかった。
 初めて明るい駅に着いた。高山だった。十五分間停車だと放送があったので、降りて売店で弁当でも買おうと思った。だが売店には空腹を満たすようなものは、なにひとつなかった。仕方なく、牛乳一本買って車中に戻った。
 雨が降りだした。
 時間を忘れようと、小説を読みふけっている郁美の耳に、下呂温泉到着の時刻を知らせる車内放送が聞こえた。十一時に数分前である。上呂、中呂、そして下呂。駅に降り立ち、改札口を出ると、尚鉄がかさをさして立っていた。胸が熱くなる。
「遠かっただろ」
「うん、遠かった」
 ふたり一緒に笑った。深夜の十一時まで会えないとは夢にも思っていなかった迂闊さがおかしかった。
「松園」という一品料理屋へ入った。旅館を尋ねると二階がそうだと言う。空腹の郁美は小量の酒で酔った。
「苦労して会えるから価値があるんだぞ」
「そうね」
「幸福か」
「うん」
「郁美の執念には脱帽するよ」
「何処へだって行くわ、尚鉄が来いって言ってくれるなら」
 酔いの中での心地よい会話だった。
 翌朝、小鳥のさえずりで目を覚したのは午前五時だった。六時の始発に乗る郁美を見送って、尚鉄は友人たちのいるホテルへ戻るのだ。それからゴルフだった。郁美が下呂へ来ていることは誰も知らない。桜の花びらをびっしりと浮かべた小川がゆったりと流れているのを見ながら、郁美と尚鉄は満ち足りて歩いた。
 その桜の川が、山宿の裏に再現されているのだった。

 その夜、彰は無事ステージを終え、郁美の勤めるサパークラブへ十一時過ぎに顔を見せた。閉店後に話したいことがあると言って、彰のワゴン車をおいてある駐車場を指定した。彰のワゴン車は、さながら移動する部屋で、旅の途中宿のとれない時などには車の中で眠れるように、後部はベッドになっていた。蒲団はなかったが、旅のときは積み込む。そのベッドに並んで腰かけた。
「結婚を考えてみてくれないだろうか」
 彰がおもむろに言った。
「結婚? 私は結婚できる女じゃないのよ」
「幸せにするよ。僕も旅から旅への生活に疲れてきたんだ。スターへの道も遠くなった。デビューしてすぐに交通事故を起こしちゃってね、一カ月入院、その間に会社の方針が変わっちゃった。演歌の神様とまで言われた僕だけど・・・・・・。あんたと一緒に小さな店でも出して、そのくらいの金はあるんだ。そうだ歌謡スナックなんかいい。カラオケはいれないんだ。僕のギターで歌う。きっと受けると思うよ。あんただって、いつまでもホステスしているつもりではないだろうに」
「すてきな話・・・・・・でもわたし以外の女を選んでちょうだい」
 郁美は笑いながら答えていた。
「どうして? 理由を聞かせてほしい。僕がステージを捨ててもいいと思った女はあんたが初めてだ。あんたとなら一緒に生きられると思ったんだ」
 彰は真剣だった。
「わたしは子供を産めない女なの」
「そんなこと関係ないさ」
 郁美は、本当のことを言わないと彰が納得しないだろうと思った。
「わたしには愛している男の人がいるのです。もちろん子供を産めない体だというのも本当ですけど」
「なに? それ、ほんと?」
「ほんとです。その人以外、今は愛せないの」
 王様の耳はロバの耳だと叫ぶ床屋になりたくて、どんなに我慢してきたことだろうか。遂に第三者に尚鉄の存在を告白した喜びが、郁美の心に広がった。
「それじゃ昨日のことは何だったのだ」
「あれは、貴方の精神の疲れを回復させてあげるため。わたしの友情よ」
 郁美の真情であった。
「友情だって? あれが友情だって言うのか? 汚い! 何て奴だおまえという女は・・・・・・男を虚仮にして・・・・・・姿かたちは人並以上に美しいが心が腐っている。毒花だ! こんな毒花に踊らされていたとは。この野郎!」
 彰は郁美の着ていたジョーゼットのワンピースを力まかせに引き裂いた。肌が露になったことでよけい興奮したのか、下着も剥ぎ取り、ずたずたに裂き、ワゴン車の後部に郁美を閉じこめ、彰は車を走らせた。身にまとうものはタオル一枚すらなく、郁美は裸体を晒したまま転がっているより仕方がなかった。
 車は乱暴な走り方をした。何処を走っているのか見当もつかなかった。カーブの多い道で、郁美の体は左右に転がった。崖渕へ車ごと落ちていくのではないか。奥深い山中で殺され捨てられるのではないか。対向車に正面衝突して事故死かもしれない。郁美は、何とか逃れる方法はないものかと考えたが、名案は浮かんでこない。祈るしかなかった。彰の精神が平常に戻ることを、郁美は目を閉じて必死に念じた。
 車が停止した。
 海があった。
 彰がドアを開けてギターを持つと、自分の上着を郁美に無言で投げた。静かな砂浜の海だが、何処なのかわからなかった。朝になっていた。背の低い浜ぐみの木が群れている。彰は海に向ってギターを弾いた。自作の曲だ。旅から旅への生活の中から生まれたのだと語ったことのある曲だった。
 郁美は上着を素裸に羽織って外へ出た。腰がすうすうし、尻は隠れているが落ち着かない。
「何処へ行くんだ」
「おしっこよ。逃げたりしないわ」
 郁美はぐみの木の間を縫って歩いた。五十メートルほど離れて一台の乗用車が停まり、傍に初老の夫婦者らしい二人が立っているのが見えた。あそこまで駈け逃げて助けを求めようかと思い、彰の様子を覗うと、じっと郁美を監視している。逃げられそうもなかった。逃げれば、事件になると思うと行動できなかった。繁みにしゃがんで用を足すと、郁美は彰の側へ戻った。
「目をつむって耳を澄ましてごらん」
 彰が沈んだ優しい声で言った。前方に波の音が、後方に車の流れる音がしていた。
「波の音と高速の車の音はよく似ているだろう。目をつむっていると聞き分けられないくらいさ」
 そう言われて聞くと、そうだった。ただ、波の音は規則正しい響きを繰り返し、高速道路の響きは、ときどき途切れた。
「たったひとりで知らない町を次々と巡業する生活を続けていると、人の情けに飢えてくるんだね。寂しさに耐えきれなくなって。あんたは優し過ぎる。でも真の優しさを知らない人だ。優しさが人を殺すこともあるんだ。受けとる相手のことも考えてくれよな」
 彰はふっと寂しげに笑った。

 彰から解放されて帰宅すると、すぐ電話のベルが鳴った。尚鉄だった。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「ううん。どうして?」
「いや、ちょっと。何度も電話したが出ないから。何かあったのかと思って」
 尚鉄は何かを感じている、と郁美は怯えた。夕方会えるから、といつもの喫茶店を指定した尚鉄に、今日はお酒を飲みたい、と郁美が言った。その喫茶店はふたりが利用するモーテルの近くにあって、そこを指定したということは、尚鉄が望んだということだった。
「酒を飲む? 珍しいことを言うじゃないか。いつもは逆なのに」
 尚鉄は不審に思っている、と郁美に伝わってくる。
「少し疲れているから・・・・・・」
「まあいいだろう。じゃ例のとこで」
 尚鉄は行きつけの料理屋を指定した。かなり遠い場所だが、二人の仲を誰にも知られないためには仕方がない。三軒の麻雀荘を経営している尚鉄の顔は広い。タクシーで行くと、尚鉄は既にいて、小上りで日本酒を飲んでいた。郁美は向い合って座り、尚鉄の注いだ酒をぐっと一気に飲み干した。尚鉄は黙ったまま、酒を注ぎ足した。
「やっぱり駄目だ」
 尚鉄が呟いた。
「えっ? 何が」
「ここを出よう」
 尚鉄は立ちあがり、勘定を済ますと車のエンジンをふかした。助手席に乗った郁美の足元に子供靴が一足転がっていた。
 いつも利用しているモーテルは自分たちの部屋のようで懐しい。風呂に湯を入れ、茶の準備をする。習慣化していた。
「お茶が入ったわ」
「ありがとう」
 尚鉄はもう上着を脱ぎ、下着だけになっている。郁美にかまれて肥大した左乳首が性的である。
「わたし今日、風呂には入らない」
「何故だ? 風呂好きなのに」
 尚鉄の目が鋭い。
「俺の前で服を脱げ!」
 郁美は怯えて尚鉄を見た。
「早く脱げ!」
 命令調の言葉を一度も使ったことのなかった尚鉄の荒げた声に、郁美は覚悟して脱いだ。郁美の体には乱暴された打撲傷と、山宿で彰の付けたキスマークがくっきりと残っていた。いきなり尚鉄の足蹴りが郁美の腹部に来た。強烈な痛みに郁美は呻いてうずくまった。腹腔に出血したのではないかと思う痛さだった。
「こんなことだと思った。昨晩から帰ってないからおかしいと思ったんだ」
「ごめん」
「馬鹿やろう! そんな体で、風呂にも入らず俺に抱かれようとしたのか」
「だから、だからお酒を飲むだけにしようと・・・・・・。それから話すつもりだった」
「何があったんだ?」
「乱暴されて・・・・・・」
 郁美には真実は言えなかった。一方的に乱暴されたのではなく、その種は郁美自身が撒いていたし、尚鉄を裏切っていることなのだった。
「早く風呂に入れ」
 尚鉄は郁美を促した。洗えば同じだというのに納得し、長年の夫の浮気を容認している妻の話を書いた小説を思い出した郁美は、ていねいに体を洗い、尚鉄の横へその体を滑り込ませた。
 尚鉄は終始無言のままで郁美を抱いた。深い安らぎが郁美を包んだ。
「サンチョル・・・・・・サンチョル・・・・・・私を見捨てないで・・・・・・ねえ、サンチョル・・・・・・」
 郁美はうわごとのように呟き、尚鉄にしがみついた。
「わかっている、何も言うな」
 尚鉄は郁美の頭を軽く叩いた。
 喫茶店に場所を変えて、尚鉄は事情を詰問した。
「おかしいじゃないか。何でもないただの客が、そんな行動にでるはずがない。それに不法監禁なんて明らかに犯罪だ。だが、そんな行動をさせたおまえの態度にも何か落度があったはずだ。これからもこの町で今の仕事を続けていくには、警察沙汰にすることは不利だろう。客商売だからな。だから、そいつには二度と店には行かないしおまえにも会わないという条件で話し合いをする。それでいいか。おまえが訴えるというのなら、そうすればいいが」
 郁美は頷いたものの、不満だった。尚鉄は郁美の行動そのものを批難せず、問題解決のみに心を砕いているように思えた。もっと怒って、郁美の不実をなじってくれたなら、男としての尚鉄の愛を感じることができるのだ。だが、それを口にすれば、女の低俗だと嘲笑されるだけだと、郁美は言葉を飲み込んだ。
 真実が尚鉄に知れるのを郁美は恐れた。郁美と大沢彰のことは、あの浜辺で解決しているのだ。話し合うことは何もないのだ。尚鉄と彰を会わせたくなかった。だが、尚鉄は、今後のためにはっきりしておく必要があると強調した。
 郁美が告げた彰の行きつけの居酒屋から、尚鉄は彰を外へ連れ出した。街角でふたりは向い合っているが、車の中で待たされている郁美には、話の内容は聞こえてこなかった。
 しばらくして、尚鉄が車に戻ってきた。
「ちょっと来い」
 ぶっきらぼうに言った尚鉄に従って、郁美は彰のところへ行った。
「おまえ、こいつの部屋へ行ったことがあるって本当か。こいつはおまえと合意のうえだと言ってるぞ。話が全く違うじゃないか」
 郁美は何も言えない。暗いので、彰の表情は見えないが、ふてぶてしく居直っているように思える。沈黙が続いた。
「よし、わかった。済まなかったな。いくぞ」
 尚鉄は意を決したように歩き出した。郁美も後を追った。
 尚鉄はどこまでも歩いた。車に乗ってきたことなど忘れているかのようだ。繁華街を過ぎ民家も過ぎ、用水路のあたりへ来たとき、立ち止まった。
「この野郎! 俺に恥をかかせやがって。ただの痴話喧嘩じゃないか」
 尚鉄が郁美の首を締めた。かなり強い力だった。一瞬、息ができなくなった。が、郁美は抵抗しなかった。一昨日、大沢彰に乱暴され、車で真っ裸のまま監禁され、そして今また尚鉄から首を締められている自分という女の業を思いながら、尚鉄の手の力を感じていた。殺意は微塵もない。不思議なことに愛を感じている。
 郁美の首から手を離した尚鉄が、用水の柵に両手でつかまった。
「俺は朝鮮人だ、わかっているのか、朝鮮人なんだぞ」
 尚鉄は呻くような声で言った。これまでの尚鉄とのかかわりの時間の中で、一度も聞いたことのない暗い重い声だった。
 だからどうなのだとは言わず、尚鉄は再び歩きだした。
 郁美も後について歩いた。
 尚鉄の背中は孤独だった。郁美のいることも意に留めていないように見えた。郁美は尚鉄を裏切った自分の罪は、単なる男と女のそれではないことを感じていた。
 尾いていくのをやめたほうがいいのだろうか。郁美の心を反映して、ふたりの距離が大きくなった。否、今、尚鉄に尾いていかないと、俺は朝鮮人だと呻いた尚鉄の心の傷痕をますます大きくすることになるのだ。思い直した郁美は、小走りで尚鉄に追いつく。
「尚鉄、わたしを見捨てないで」
 郁美は尚鉄の右腕を抱きかかえた。尚鉄は右腕を郁美に預けたまま歩き続ける。
「尚鉄、わたしはまだ孤独(ひとり)では生きられない。わたしを見捨てないで。独力で生きていけるようになるまで一緒にいてくれるって約束したのを忘れないで」
ふたりが出会い、ふたりの歴史の始まりに、尚鉄は、男と女のどろどろした関係ではなく、ふたりが人間として一人立ちして生きていくために、お互いに励ましあう間柄でありたいと言った。離婚して、どんな生き方をしたらいいのか途方に暮れていた郁美にとって、尚鉄は人生の船であり羅針盤だったのだ。
「おまえみたいな馬鹿を放っておけるか」
 尚鉄が歩きながら大声で言った。
「ありがとう・・・・・・ごめんなさい」
 郁美の目から涙がぽろぽろこぼれた。悲しみの涙でもなく喜びのでもない、不甲斐無い自分を責めるそれである。
「謝まるな。謝まるようなことをするな。自分の行動に責任を持て」
 尚鉄はいつもの威厳ある声で言った。
 そして、ずんずん歩いて行った。

 ――俺は朝鮮人だ――と呻いた尚鉄の言葉の意味を、郁美はずっと考え続けている。あのときは、ただひたすら何処までも、来るなと言われても尾いて行くことが、尚鉄への愛だと信じて歩いたのだった。
 朝鮮人だと思って馬鹿にするなという意志なのか。日本の女に裏切られ恥をかかされたことで朝鮮人としての誇りに傷付いたということなのか。朝鮮人は怒ると恐いという誇示なのか。朝鮮人だから我慢するしかないという自虐なのか。なにしろ、尚鉄はそれ以後、この事件については一言も口に出さず、かと言って郁美に冷淡にあたるわけでもなく、ふたりの関係が続いていた。ただ、事件の直後に言った。
「悪いけどおまえの存在感が俺の中で薄くなった。今度のことで、女房が眩しい存在に思えたよ。少なくとも俺を裏切らない」
 この尚鉄の言葉は郁美を惨めにさせ、心の奥底にずっと沈殿しているのだった。
 尚鉄が自らを朝鮮人だと公言するのは、少しも驚くことではなかった。だがあのとき、尚鉄の吐いた、俺は朝鮮人なんだぞ、という悲痛とも聞こえた声を、郁美は忘れることができない。
 郁美と尚鉄の歴史の中で、あのようなことが起こるはずがなかったのだ。郁美はあのときのことは忘れてしまいたいと思った。だが今、距離を置いて自分と尚鉄の姿を眺めてみると、起こるべくして起きた事件であったのだと思えてくる。
 在日朝鮮人の生き方を、ゼロからの出発点ならまだしも、マイナスからのしかもレールの敷かれていない道を行くしかないのだと主張する尚鉄の心の内面を知りたい、と郁美は切望した。
〈妻金連子とは見合いで結ばれた。結婚前には、結婚を誓いあった日本人女性がいたが、俺が朝鮮人だということで反対され、その女性はひとりっ子で、実はもらい子だと母親に打ち明けられた。育ての母を裏切ることができないとその女性は泣き、駈け落ちまで話しあっていたのに奪うことができなかった。それから後は、日本人とは結婚しないと決めたんだ。民族の血というものなのか、俺にはわからないが、ただ日本人とは結婚してはいけないと思うようになって、今の妻と結婚した。あんたが朝鮮人と結婚していたと聞いて、何となく放っておけない気持ちになった〉
 尚鉄の過去に語った事柄が、ひとつひとつ郁美の脳裡に甦る。
 日本人であることが否定材料なのだった。朝鮮語がぺらぺらで、朝鮮民族の血が流れている金連子に嫉妬した。敵意すら感じた。
―― 一度でも他種と交ったなら、その犬はもう純粋種ではない。
 尹東俊と結婚した郁美に、伯父が腹だたしく投げつけた言葉だった。子を産まなくとも? 何故? 交ることで血が混じるからだ、とある人が言った。ならば、郁美の体内には東俊と尚鉄の朝鮮民族の血が混じっているというのか。
――帰化したって中身は同じじゃないか。
 付き合いをことわってきた郁美の親戚たちが、尹東俊の帰化を知って示した反応だった。
 東俊の日本人に同化して生きる姿勢に、郁美は幽かな疑問を抱いていた。だが真向から疑問をぶつけず、東俊の方針どおり朝鮮臭さを一切捨てて生活してきた。郁美は日本人だから、そのほうが都合がよかった。
 しかし、郁美が子供を産めない体だと医者に宣告されてから、東俊の愛は冷めていったのだった。子供を産めない女は嫌だと言った。子孫を残さなくてどうする、というのだ。
 尚鉄の車が去って行く。赤いテールランプが視界から消えた。郁美は部屋へ戻って、電話の数字をゆっくりと押した。
――もしもし、尚鉄の奥さん?
――そうです。だれ? あなた。
 郁美は唾を飲んで、言った。
――お・ば・け
――バカ!
 電話は切られた。
 尚鉄は今頃どのあたりを走っているのだろう、と郁美は思った。

「架橋」第9号 「おとずれ」

     おとずれ

          劉(ユ) 竜(ヨン) 子(ヂャ)

 参拝客もまばらな神社の杜の木立は、師走の迫りくる暮色にこんもりと翳り、一際目を惹く朱い鳥居は、夕闇に染まる稜線を遠く従えて、ひっそりと物憂げに佇んでいた。
 なぜ石を敷くか、わかりますか。
 ショートカットの襟足に無造作にコートの襟を立てた香善は、参道の玉砂利を踏みしめて、端正な横顔をみせていった。
 賊の侵入をいち早く知るための用心ですよ。
 おだやかな口調で、肩を並べて歩調を合わせる朝子にうなずいてみせた。
 遠く街の喧騒も絶えて、色づく木々の梢から音もなく枯葉が散った。さくさくと砂利を踏む靴音が、小さく鳴って追いかけてくる。
 ウリナラと似ています。
 社殿の朽ちた屋根瓦の文様に目を凝らし、暮れなずむ空に影を落とす、屋根の上の鴟尾を見上げていった。
 日本の文化は、ウリナラ(わたしの国)がもたらしたものですよ。
 頬を上気させた香善は、古代朝鮮の百済の影響をもろに受けていると、少し興奮した面持ちでいった。イルボンマルにくだらないという言葉があります。百済に非ずば人に非ずと、当時は絶大な勢力を誇っていたのでしょうね。
 朝子のガイドのようなくちぶりに、香善はおかしそうにうなずいていた。
 ソウルの旅行者で日本人観光客を相手の通訳をしている香善は、香港経由で、バンコク、マカオ、台湾、日本へと、八日間の研修旅行を終えたのち、余暇を利用して名古屋に立ち寄った。十一月の終わりに、ちょうど香善の研修旅行の旅立ちと重なるように、大韓航空機事故が大きく報道された。分断祖国の北のテロ行為と憶測が乱れ飛ぶなか、現地で父娘と称する男女が拘束された。日本人名義の偽造パスポートが発覚し、服毒自殺を図った男女の男の方が死亡した。日ごとに色めき立つ報道機関は、トップ扱いで映像を流し紙面を賑わしていた。
 もしや研修旅行が延期になりはしないかと、朝子はソウルへ国際電話を入れた。
 韓国ソウルへ繋がりました、お話しください。
 交換手の抑揚のない事務的な声のあと、受話器の奥で電子音がつーと短く鳴って途切れ、懐しいソウルマル(ソウル言葉)が耳へ届いた。おだやかな物腰の女性の声だった。朝子は身構えるように相手の声をたしかめ、日本語を置き換えただけの片言のウリマル(韓国語)で、夜分にもかかわらず電話を入れた旨を告げた。留守を預かる香善のオモニは、朝子の心配をねぎらい、予定どおりソウルを出発したという。おぼつかない朝子のウリマルに、日本語で話してくださいと、受話器を伝うオモニの声には、親近感を込めたいたわりの響きがあった。
 娘が金さんと逢うのを、とても楽しみにしておりました。
 流暢な日本語で、身にあまるほど鄭重な挨拶を受け、恐縮しながら返す言葉もしどろもどろ、あわてて非礼を詫び受話器を置いた。
 上気してほてった頬に風をあてた。師走の暦をめくり、木枯らしの吹く季節を迎えたが、この二、三日、暖冬のあおりで小春日和がつづいている。それでもさすがに日が暮れると、冷たい北西の風が街路樹を震わせ、街の家なみを吹き抜けてゆく。冴えわたる夜空には星がきらめき、オリオン星座の三つ星がくっきりとならんでまたたいていた。南の空遠く、いまごろ香善は、どこの国の旅の空のしたで、星をあおぎ枕を抱いて眠るのだろうか。遠く香善に思いを馳せたあの夜の、受話器を伝うオモニの声の温もりが、いまもほのぼのと朝子の胸によみがえる。
 研修旅行の途次、名古屋におとずれた香善を連れだして、朝子はきゅうな思いつきで新幹線にとび乗った。冬の京都はにび色の雲におおわれて、陽は西に傾きかけていた。不案内な京都の街で、行くあてもなくタクシーをひろった。平安神宮をまわり、銀閣寺へ車を走らせた。近くに民族学校の校舎があった。一度、学生の頃に訪ねたことを、朝子は思いだしていた。タクシーの運転手は山あいの茶店の前で車を止めた。ここのうどんが名物やと声をかけ、早く行けと運転席の窓からけしかけるように手をふっていた。朝子は香善をうながして、息を弾ませながら坂をのぼった。長い髪をポニーテールに結った少女が、横道から飛びだして坂を駈けおりていった。紺色のチマ・チョゴリの裾をなびかせて、白いトンヂョン(替えり)の、爽やかな胸元の印象を残して。
 山門は閉ざされていた。坂をもどりながら、灯りをともした出店を覗いて歩いた。香善は小さな赤いこっぽり下駄を手のひらに乗せた。
 わたし悪い母親です。いちども子供たちのこと思わなかったです。
 ソウルの自宅で、小学校一年生と五つになる幼い姉妹が待っていると、済まなさそうに肩をすくめて笑った。
 香善との出会いは、半年まえの六月のソウルでだった。折しも民主化闘争の学生運動が高揚し、光州、釜山、ソウルへと、怒濤のように波及した学生デモが、鎮圧する機動隊と激しく衝突していた。日本の報道機関は韓国の民主化闘争の激化を、連日のように取り挙げていた。テレビニュースの映像では、物々しく武装した機動隊と、催涙ガスに威嚇され、投石しながら必死に抵抗する学生たちの姿を、生々しく映しだしていた。
 緊迫したこの時期に、あえてソウルへ行くのは見合わせたほうが賢明だろうか。テレビニュースの映像をくい入るように見つめ、激動する韓国の政情を憂いながら、朝子は逡巡し躊躇していた。渡韓を前日にひかえ、こころ浮き立つはずの旅支度なのに、なぜか気分が重く塞いでいた。手のひらに乗る真新しいパスポートは、「大韓民国」と厳めしくハングルで表記され、気のせいか冷たく朝子を拒んでいた。朝子の祖国を見たいという吉田の誘いがなければ、渡韓をずっと先へ延ばしていたかも知れなかった。吉田と同行することへの一抹の不安と躊躇いを拭えず、ふんぎりのつかぬ朝子の思いを、吉田は言葉にしないまでも敏感に感じとっていた。空港へ出かけたその日、吉田は普段と変わらぬ上着とジーンズの出立ちで、旅行を取り止めても構わないといいだした。唐突な吉田の言葉に朝子はうろたえた。どこか投げやりな、吉田のどうすると問いたげな目は、有無をいわせぬ何かを切実に訴えていた。
 名古屋空港の滑走路を離陸した大韓航空機は、全速で高度を増した。眼下にひろがる市街地は見るまに箱庭のように小さくなった。禁煙ライトの消灯を待ちかねたように座席から紫煙がくゆれ、周囲からくつろいだ会話が洩れ聞こえてくる。隣席の吉田はそれとなく朝子の様子を気遣い、シートベルトをゆるめる手を貸した。上昇気流に乗った機体はガクンと鈍い衝撃を伝え、雲海が見るまに視界をさえぎった。見はるかす雲の波はきらきらと陽光を跳ね返し、水平飛行をつづけていた機体は、雲海を突き抜けて高度を下げた。
 雲間に紺碧の海がひろがり、白く波の打ち寄せる海岸線が遠く見えかくれする。朝子ははやる思いを押えようもなく、子供のように額を窓に押しあてた。吉田は肩ごしに身を乗りだして、おっと小さく声をあげた。
 水をたたえた稲田が無数の填め込まれた鏡のように陽光を射返していた。なだらかにつづく丘陵は、迷彩色のような低い山なみへと連なってゆく。朝鮮戦争の忌まわしい戦禍にみまわれた山々は、祖国の分断という癒せぬ傷痕を残して、戦後三十数年を経たいまも、ところどころ赤茶けた地肌を剥きだしていた。
 機体はゆるやかに蛇行する漢江の流れを遙かに見下ろして、大きく旋回をはじめた。尾翼を降ろし翼を傾けて降下する機体の窓から、いきなり真下に迫るソウルの市街地が目のなかに飛びこんできた。遠く金浦国際空港の滑走路が、白く浮き立ち盛り上がって見えた。耳をつんざく金属音とともに、滑走路へ着陸する衝撃が、弾みをともなって伝わると、航空機のジェットエンジンにブレーキがかかった。座席に身を沈め、息つめる朝子の胸に、何かしら込みあげてくるものがあった。二時間足らずの空の旅は、祖国がこんなにも近いという実感をともない、なぜか狐につままれた思いであった。
 浮足立つ思いで朝子は通路を渡り、吉田と別れて入国審査を待つ列の後へつづいた。列のなかほど、言葉少なに交わされているウリマルは、切れぎれに妙に懐かしく朝子の耳をくすぐった。入国審査のゲート脇には、警備員が物々しくうしろ手に立ち、眼光鋭く辺りを威圧していた。異様に張りつめた緊張感に触れて、遠慮がちな咳と声をひそめた騒めきは、空港ビルの閉ざされた空間に低く淀んでいた。
 入国審査を終えて朝子は税関へ進んだ。係員は旅行カバンを点検しながら、温厚な眼差しを向けて親しげに声をかけてきた。身の引き締まる思いに気おされて、曖昧な微笑を浮べると、
 アイグク、ハングクマルドモタッナ(情けない、韓国語もできないのか)
 呆れたように係員は苦笑を洩らした。朝子は逃げるようにカウンターを離れた。到着ロビーの人混みにまぎれて、吉田は人待ち顔で片手をあげて待ちうけていた。
 おれ、心配してたんだ。
 朝子の旅行カバンに手を伸ばし、吉田はほっと安堵したようにいう。
 馬鹿ね。入国審査のゲートは日本人と韓国人は別になっているのよ。
 朝子は軽く笑っていなしたが、祖国留学生や、観光目的で渡韓した在日僑胞を、国家保安法に触れたかどでスパイ容疑で連行し、無実の罪を着せて投獄を強いている祖国の仕打ちに、深い憤りと失望を拭えずにいた。
 到着ロビーの玄関口には、賑やかな出迎えの人垣が待ちうけていた。陽気な歓迎の渦に気おされて、朝子は足のすくむ思いだった。
 吉田さんですね。
 旅行社のバッジを胸に、白の半袖ブラウスと、紺のタイトスカートを爽やかに着こなして、しゃっきりと背筋を伸ばした女性が、にこやかに声をかけてきた。吉田と名刺を交わしながら、目の端に朝子をとらえ、すかさず上から下まで視線を走らせた。
 アンニョンハセヨ、キム・チョジャイムニダ。(こんにちは、金朝子です)
 軽く会釈を交わすと、
 チェイルキョッポヨ。(在日僑胞ですか)
 ネェ。(はい)
 差しだされた名刺の、漢字で印刷された名前を、イ・ヒャンソン(李香善)とハングル読みにすると、大きくうなずき、
 ウリマルがお上手ですね。
 香善は人なつこい笑顔を浮かべて、軽くお世辞をいいながらすっかり打ち解けた。
 空港ビルを出ると、梅雨の晴れ間の真夏を思わせる陽光が、駐車場を埋める車のルーフやボンネットの上に、まぶしく照り跳ねていた。タクシー乗り場にはアヂュモニ(おばさん)たちの一行が陣取り、甲高いソウルマルが賑やかに飛び交っていた。順番待ちのタクシーへ乗り込むと、助手席に乗る香善は宿泊ホテルの名を運転手に告げた。車はフルスピードで空港をあとにした。
 ソウルは、はじめてですか。
 ええ、できるだけ多くソウルを見て廻りたいですね。
 吉田は旅行カバンを膝にかかえた窮屈な姿勢で、ガイドブックに写真入りで紹介されていた南大門市場の屋台で、きゅうっと一杯やりたいと仕草を真似ていった。
 そうですね、これから行くのはむつかしいですよ。
 夕方から予定されている学生デモのために、市内の主要道路は交通が規制され、目抜き通りの商店街は鎧戸をおろし、早々に店仕舞いをすると、香善は残念そうにいった。
 地元のソウルの人たちは、学生たちをどう受け止めているのかしら。
 朝子は日ごとに激しさを増す、民主化闘争の学生運動のことは、日本でも連日のようにとりあげて報道されていると告げ、懸念している思いを率直に訊ねてみた。
 そうですね、学生たちはとても秩序正しく行動しています。民主化は勝ち取らなければならないですよ。ソウルの人たちはもちろんのこと、学生たちを好意的に見ていますよ。
 彼女自身も学生の身であれば、デモに馳せ参じていると、屈託のない笑みを浮かべて瞳を輝かせた。
 わたしたちには生活があります。ですから学生たちに頑張ってもらわなければいけないですよ。
 学生たちへのカンパや差入れを市民は厭わず、むしろ率先して受け入れていると誇らしげに語ってくれた。
 タクシーは漢江を跨ぐ二階建構造の橋の上を、フルスピードで走り抜けた。ゆるやかに流れる漢江のさざ波に、西日がうつくしく照り映えていた。南山のトンネルをくぐり抜け、高層ビルが建ち並ぶ駅前通りの繁華街を抜けて、タクシーはホテルの玄関へ車を寄せた。
 フロントでチェックインを済ませた朝子は、客室で休息をとり、吉田と連れだって一階のロビーへ降りた。ロビーは異様な慌しさで騒めいていた。つーんと鼻腔を刺す煙りがたちこめ、目がチカチカと痛みだした。ホテルの利用客はハンカチで顔をおおい、迷惑げに眉をしかめ、慌しく玄関を出入りしていた。硝子張りのドア越しに、物見の人だかりがして通りを眺めていた。朝子は吉田の背後から通りをうかがった。デモ隊が整然と列をなして行進し、対峙する機動隊に阻まれて、催涙ガスが撃ち込まれようとしていた。目の前の光景が現実のものと思われず、朝子はまるでスローモーションフィルムのコマ送りを見ているような錯覚に捉われた。ホテルの客室で、花火が爆ぜるような乾いた音を聴いたのは、デモ隊に向けて催涙ガスが撃ち込まれていた音だったと知った。堪えようもなく朝子の目から涙がこぼれた。吉田は釘づけになったように通りを見つめていた。
 黄昏てゆくソウルの街は、人と車で溢れていた。大通りは交通が規制され、迂回路にまわる市内バスは、満員の乗客を乗せて連なっていた。渋滞する車が苛立つようにクラクションを鳴らし、街の喧騒をあおっていた。街路を阻む機動隊の物々しさと、催涙ガスの強烈な煙幕がたちこめていなければ、ここがソウルということを忘れてしまいそうだった。
 デモ隊の行進を見守る人垣をはなれて、中年の男が立ち止まり、若い男連れが声援を送って行き過ぎ、バスの窓から一斉にハンカチがふられていた。ミニスカートの女が逃げるように、地下鉄の階段をかけ降りていった。
 制服の下からのぞく機動隊員の頬べりのあどけなさに、朝子はなぜか胸が痛んだ。
 夜も更けて、公園のぐるりに軒を並べているポヂャンマチャ(幌馬車/屋台)の、裸電球の明かりがこぼれ、歩道の石畳の上を照らしていた。ビニールの被いをくぐると、先客の男連れがキムチを肴に、真露(焼酎)を酌み交わして飲んでいた。香善は男たちに声をかけ、屋台のアヂュモニに肴をみつくろって注文した。艶々と小太りのアヂュモニは笑顔を絶やさず、キムチを盛りつけ、素早くチゲ(鍋)を料理してくれた。屋台の焼酎にありつけた吉田は、香善が勧めるままに旨そうに焼酎の杯を重ねていった。隣の席で陽気に飲んでいた男たちは、もの好きに日本からやって来た客と知り、ほうっと好奇の目を向けた。
 チョヌン、ヨシダジュンイチラゴハムニダ。イルボンサラムイムニダ(わたしは吉田順一といいます。日本人です)
 吉田は酔った勢いでその場に立ち、にわか仕込みで覚えた韓国語を口ごもりながらいうと、ぴょこんと頭を下げた。男のひとりが吉田のコップに酌をした。男たちは大学時代の同級生で、時どき寄り合っては酒を飲んでいるといった。朝子が在日僑胞と知って、ウリマルで話しかけてきた男は憤慨していった。
 ハングクサラミ、ウエ、ウリマルモタヌンガ(韓国人が、なぜ自分の国の言葉を話せないのか)
 朝子は返す言葉がなかった。祖国を見たくてやって来たのだという朝子へ、追い打ちをかけるように、
 モッテムネ、チグメナソ、ソウルロワッヌンガ、トパルリオヤゲッチ(何をしに、今頃になってソウルに来たのか、もっと早くに来るべきじゃないのか)
 男は苛立っていた。屋台の隅で黙って焼酎をあおっていた男が、声を荒げる男を制して静かな口調で語りかけた。
 日本ハ、ウリナラヲ踏ミニジッテ経済大国ニノシアガッタ。日本ノ仕打チヲ、オレタチハ決シテ忘レナイヨ。
 香善は男の言葉を熱っぽく日本語に置き換えた。
 おれ、すまないと思っている。どういって謝ればいいんだろう。
 吉田は悲痛な面持ちで、一語一語、噛みしめるようにいった。
 アンタガ謝ルコトナンカ、ヒトツモナイサ。
 男はそういうと、コップの焼酎をいっきにあおった。
 おれ困るんだ。おれの気持ちがおさまらないんだ。
 吉田は居た堪らないように、握りしめた拳を震わせた。
 コレカラノウリナラハ、日本カラ学ブベキトコロハ謙虚ニ学ビ、ウリナラ独自ノチカラデ経済ヲ建テ直シ、真ノ民主化ヲ成シ遂ゲネバナラナインダ。
 男は焼酎の入ったヤカンを持ち上げて、吉田のコップへ注いだ。吉田はコップに手を添えて項垂れていた。
 アンタガ気ニイッタヨ。オレト話シガシタケレバ、マタ来ルトキニ、ソコノ姉サント一緒ニ、ハングッマルヲ覚エテキナヨ。
 男がはじめて笑った。
 ポヂャンマチャのアヂュモニは、吉田がはじめてこの店にやって来た日本人だといって、帰りぎわにキンパップ(海苔巻き)を包んで持たせてくれた。
 催涙ガスが撃ち込まれ、学生たちの激しいデモ行進が繰りひろげられている一方で、ソウルの人たちの普段と変らぬ生活があった。高層アパートの建ち並ぶ市民の憩いの広場では、子供たちが歓声をあげて無邪気に駆けまわり、若い恋人たちが肩を寄せあい、陽気に歌い踊るハルモニたちの姿があった。ソウルは活気にあふれ、国をゆるがすほどの激しさと、そこに住む人々の大らかな生活が混沌としてないまざっていた。
 京都に向う新幹線の列車のなかで、香善は、研修旅行でとても多くのことを学んだと印象深く語ってくれた。最初に訪れた香港では、貧富の差を目のあたりにして、あまり期待するものが得られず失望したという。
 バンコクにいる韓国人は、日本人によってここまで連れて来られた人たちですよ。
 バンコク在留の韓国人は八百名ほどをかぞえ、その半数以上が太平洋戦争の折り、日本兵の先鋒となって南方へ赴き、戦後なんらかの理由により、祖国へ帰ることなく現地に居残った人たちだという。日本の植民地政策による歴史の爪痕が、遠い南方の地にまでおよんでいることを、朝子ははじめて知らされた思いだった。
 わたしの大きな目と肌の色が、バンコクの人のようだといわれました。
 香善は特徴のある大きな目を細めて、はにかむように笑い、現地で韓国人の経営するレストランで食事をする機会を得、キムチを食べたが、バンコク風の味付けになっていて、あまり美味しくなかったと感想を洩らしていた。
 台北では故宮国立博物院の所蔵品の素晴らしさに目をみはったという。瑠璃、瑪瑙、水晶等の宝玉のなかに、精巧な彫刻と細工がほどこされ、手のひらに乗る玉の中には帆船が彫り込まれ、水夫の顔がそれぞれ表情豊かに刻み込まれていたと、興奮の面持ちで話してくれた。ウリナラにも素晴らしい美術工芸品が残されているという朝子の言葉に、香善はとてもその比ではないと、大仰な身振りをしていった。
 日本で生まれ育ち、物ごころの付きはじめた幼い頃、どうして朝鮮人なのかと親を責め、以来、朝鮮人としての自覚を持てぬまま、あきらめと焦燥のなかにどっぷりと身を縮めていた朝子は、ウリナラが誇る文化遺産の美術工芸品を、はじめて目にしたときの興奮と感動をいまも忘れることができない。古墳から発掘された金冠や青銅器、法隆寺の国宝に指定された半跏思惟像に匹敵する金銅弥勒菩薩、ユーモラスに描かれた李朝民画、白磁、青磁、新羅土器、等々、目をみはる美術工芸品と文化を継承してきた民族を、どうして否定できようか。朝子はそのときの震えるような感動に衝き動かされた思いを、香善に話してきかせた。
 故宮博物院を案内した老ガイドは、温暖な気候が稲の成育に適していて、毎年、二期作による収穫が得られ、とてもありがたい国だと語ったという。
 わたし、自分の国をありがたいと一度も思わなかったです。いつも不満ばかり思っていました。
 老ガイドのなにげない言葉に、はっと胸を衝かれたと、香善は自分を顧みてしみじみいった。
 ソウルから日本へ戻って間もなく、香善から国際電話が入った。
 金ちゃん、ニュース見ましたか。ウリナラはこれからよくなりますよ。
 海を隔てた受話器を伝って、香善の興奮した声が耳へ届いた。六・二九、民主化宣言がなされたのは、ソウルから戻った翌日のことだった。催涙ガスがたちこめるソウルの街角で、デモ隊と機動隊が対峙する光景を目のあたりに、遠まきに声援を送る市民にまぎれてデモの成り行きを見守っていた。興奮にまみれたソウルの光景が朝子の胸に甦った。激しい攻防を連日見せつけていたテレビニュースの映像とは、まるで違う静かなデモの光景だった。
 研修旅行の途次、名古屋をおとずれた香善は、慌ただしく帰り支度をはじめた。日本での十分なもてなしが出来ないまま、香善をソウルへ帰すことになり、朝子にはちょっぴりこころ残りだった。みやげを買うという香善と一緒にデパートをまわった。
 わたしね、ソウルを出るとき日本のものはなんにも買わないと、こころに決めてきましたよ。でも日本に来たらやっぱり欲しいです。日本の品物どうしてこんなにお金が高いですか。わたし困ります。
 ディスカウントショップの陳列台には、日本製の商品にまじって、韓国、台湾製の商品が安売り台に積まれ、低廉価格を付けて売られていた。
 どうして韓国の品物がこんなに安いですか。
 香善は大いに憤慨し、それでも日本製の品々を手にとり、散々迷ったあげく、店員にいいつけて包装してもらっていた。抱えきれないみやげの品々に、持ち運び用のバッグを買うはめになった。バッグに付いている値札に目を丸くし、おなじものがソウルではもっと安く買えると嘆き、余分な出費が嵩んだと愚痴をこぼしながら、バッグの代金を支払っていた。
 旅行カバン二個と、大きなみやげ用のバッグを抱えて空港へ向かった。搭乗時間までには二時間ほどの余裕があった。空港ビルの玄関で記念写真を撮り、ロビーのソファーに並んで座った。
 ウリナラに、サラムン、コッマンポゴヌン、ソグルモルンダという言葉があります。意味がわかりますか。
 首をかしげる朝子に、
 人の外側ばかり見ていたら、中身がわからないといいます。そんな言葉が日本にもありますか。
 朝子はうなずきながら、人は見かけによらぬものと、口ずさんでいってみた。
 そうです。日本人のなかにはそんな人が多いです。わたし職業柄、ほんとに人を見る目、勉強になりました。
 香善は、自分の職業とするガイドの体験をかたりはじめた。慰安旅行でソウルにやってきた十人ほどのグループを担当し、市内観光を済ませてホテルへ送り届け、翌日、空港へ向かうためにホテルへ迎えに出ると、ひとり人数が欠けていた。一時間、二時間と待てども現れず、そこに集まっている人たちだけでもと、待たせてあったタクシーへ乗り込むと男が現れたという。
 その男の人、なんていったかわかりますか。なんで空港へいってないんだと、わたしを怒りました。
 香善は、その男を待ったために、時間に遅れてしまったのだと憤慨していった。
 わたし我慢して空港へいきました。金ちゃんも知っているでしょ? 飛行機のるときすぐに乗れません。手続きに時間かかります。十人の手続きとても無理です。そしたらその男の人、飛行機に乗れなかったら、お前が責任とれいいました。わたし腹が立ちました。それでもお客さんと思って我慢しました。もしそうなったら、わたし自分で飛行機のキップ買うつもりでした。
 心配顔で覗きこむ朝子に、
 よかったです。飛行機が予定より遅れて飛びました。わたしの胸ほっとしましたよ。お客さんも無事で、わたしのだいじなお金も無事だったからね。
 香善は肩をすぼめて笑った。男は身なりも良く、話しぶりもきちんとした紳士だったのにと、眉をひそめて嘆かわしそうにいった。
 こんなことがありました。団体さんとバス乗って、あっちこっちまわりました。お客さんハラヘッタ、ハラヘッタいいます。わたしもう少ししたら、メシ食べましょういいました。そしたらお客さんみな笑いました。メシという言葉、日本語で悪い言葉でしょう。私、うっかりいってしまいました。メシタベマショ、メシタベマショと、お客さん手をたたいて喜びましたよ。
 後輩のガイドに、汚い言葉を使って恥ずかしいといわれたと、香善は首をすくめた。
 日本の男の人、韓国の女の人もくてきで来ますね。わたしそれいちばん嫌いです。それでも仕事だからしかたありません。お客さんつれて妓生パーティにいきます。女の人たちわたしの顔見たら嫌がります。そんなことしてたら命みじかくなって死んでしまうと、いつもいうからです。でもこの頃はあまりいいません。あの娘たちそれで家族の面倒みているからです。わたしほんとに辛いですよ。
 香善はどうにも遣り切れないという顔をして、切なそうに声を落としていった。
 ある団体さんのなかで、わたしのことずうっと見ている男の人いました。ホテルへ送り届けると、その男の人わたしにお金をにぎらせました。わたしこのお金なんですかといいました。そしたらその男の人わたしに部屋へ入れいいます。わたし男の人のほっぺたたいてお金投げつけました。わたし自分のサイフ見せてお金ありますいいました。わたしの家はむかしからの格式まもって、あんたの家とは格がちがうといって、わたしは大学も出ているし、このガイドの仕事も国家試験をうけているし、バカにするなといって帰ってきました。そのつぎの朝、男の人はずうっと、わたしの顔をはずかしそうに見ていました。そして空港でわたしの手に、あのときのお金をにぎらせました。ほんとに悪かったといって謝っていきました。
 香善はそのときの男性と、いまでも時々、手紙のやりとりをしていると笑っていた。
 こんな人がいました。もと在日韓国人で日本に帰化したひとです。その人はソウルへ来たときから帰るときまで、文句ばかりいっていました。おれは韓国がきらいだと。わたしお客さんですから、ずうっと我慢していました。そしてお客さんが飛行機のるとき、あんたはもう二度とソウルへ来るなといいました。金ちゃん、顔のきたない女の人のこと、日本語でなんといいますか。ブスね。それわたしにいいました。はじめ何のことかわからなかったですよ。でも何となくそんな言葉ということ理解しましたよ。
 香善はおかしそうにいうと、二、三日して上司に呼ばれ、散々小言をいわれたと笑っていた。
 家族連れがソウルに来ました。この人たちも日本に帰化した人たちです。ソウルを案内してどこへいっても、ほうとうに楽しそうにしていました。空港で搭乗手続きをすませて別れるとき、わたしの手をにぎってお礼をいってくれました。そして忘れものしたといって、売店でなにか買ってきました。だいじそうに持ってきましたよ。わたしそれなんですかと聞きました。その人ははずかしそうにして、わたしに見せました。それはテグッキ(太極旗)だったのです。わたし胸がじーんとしましたよ。
 香善はそのときの光景を、しみじみと思い浮かべていうと、
 わたし会社で、なんでもいちばんといわれています。お礼の手紙もいちばん、苦情もいちばんの香善とね。
 朝子はそのとおりだと、香善の顔を見て何度もうなずいた。香善の話に耳をかたむけているうちに、知らぬまに時間が経っていた。腕時計に目をやった香善は、そろそろ時間だといってソファーを立った。朝子の手をとって、
 金ちゃん、また吉田さんと一緒にソウルへ来て下さい。こんどはわたしの家に来て、わたしの料理をごちそうしますよ。
 コマッスムニダ(ありがとう)
 朝子は力をこめて香善の手を握り返した。出発ロビーへと歩きながら、
 金ちゃん、なぜ吉田さんと結婚しないですか。吉田さんのこころは真実ですよ。
 香善の言葉に、朝子は自分でも不思議なほど素直にうなずいていた。吉田の誘いがなければソウルを見ることも、香善と出会うこともなかった。朝子の気持ちのなかで何かが変わろうとしていた。もっと自分に素直になれそうな気がした。
 ソウルに帰ったら、いちばんに大統領選挙の投票にいきます。そうしないと学生たちの流した血がかわいそうですよ。
 香善はいい終えると、もう一度、朝子に手をさしのべた。
 アンニョンンヒカセヨ(さようなら)
 香善はうなずくと、爽やかな笑顔を残して手をふって搭乗ゲートに消えた。


「架橋」第9号 「羽山先生と仲間たち」

 羽山先生と仲間たち

磯(いそ) 貝(がい) 治(じ) 良(ろう)

 計量鉄骨の階段を足ばやに昇ってくる靴音が響いて、猫がドアを掻くような音がした。郵便受けにものが差し込まれる音だ。
 私は遅い朝めしの最中だった。箸を放り出して、玄関(といっても六畳二間のアパートの出入口なのだが)へ飛んで行き、ドアを開いた。郵便の配達を待ちわびていたのには理由がある。からきし売れないことで定評のある私に、数か月まえ、ほぼ一年ぶりかで小説の注文が舞い込み、それは腹の足しにはほど遠い短編ではあったが、昔の恋人に手紙でも出す想いで、一気に書き上げた。その雑誌の発行日が五日ほどまえだから、そろそろ送られてきてよい頃だ。
 胸を躍らせて、郵便受けの蓋を開けた。目当ての郵便物はない。はいっていたのは、わたしの暮しとはおよそ縁のない証券会社だか自動車セールだかのダイレクトメールが三通と一通の封書。溜息が出かかった刹那、封書の物々しさが目を惹いた。それには四隅に金箔の模様がほどこされていて、墨書きされた私の住所、名前もなかなかの達筆だった。事に「殿」の文字は堂々たるものだ。
 世間では、普通のひとが小説に限らずモノを書く風潮が盛んらしく、ひっきょう、自費出版が流行しているらしい。したがって、出版記念会という行事も後を絶たないようだ。モノを書くひととの付き合いに熱心とはいえない私のもとにさえ、既知のひと、未知のひとを問わず、三か月に一通くらいのわりで案内が届く。それにしても、この封書の物々しさはどうだろう。悪趣味とまでは言えないまでも、紙一重のきわどさだ。よほど偉い作家の出版記念会か、さもなければ、よほど偉く見せようとするひとの出版記念会か。
 封書をひっくり返してみたが、何も書いてない。差出人不明。私は、ますます有難い気持になって、指で封を開けるのは止め、鋏でていねいに切った。折りたたまれた厚手の模造和紙が出てきた。
 模造和紙の便箋のあたまには封書の宛名と同じ筆蹟で「羽山先生を励ます親睦の会」と書かれ、羽山先生の一層のご活躍を願い、かつ三十余年ぶりに旧交を暖めるべく、先の如く親睦の宴を開催する。万障繰合せの上、ご出席いただきたし――という意味の簡単な挨拶の文面が続いていた。左記の如くとは「昭和六十三年十月一日 午後三時より 五楽亭にて」というもので、これも墨書されている。五楽亭にての下に、一段小さい文字で、私が青年時代の初めまで過ごした港町の地名が括弧に入れられている。
 「ご案内」はこれきりである。出欠の返事を求める言葉もなければ、差出人の個人名あるいは主催者名もない。はて、どんな種類の集まりだろうか。三十余年ぶりとか、港町の地名などから推察すれば、小学校、中学校あたりの同窓会ないしクラス会といったところが順当だろうが、羽山(はやま)英雄先生にはまったく心当たりがない。同窓会の類なら、出欠の有無をただす返信葉書なりが同封されているのが普通だろう。かなりの案内を出すのだから往復葉書に印刷するのが理に叶っており、肉筆書きというのも不自然だ。なによりも、差出人不明というのがおかしい。
 あれこれ思いめぐらしているあいだに、記憶の薄幕を破って、五楽亭の三文字が甦ってきた。希望とも絶望とも縁のないまま、ある種の仲間たちと衝動的な日々を送っていたはたち前後の頃、アジトのようにしていた港町の飲み屋の名前だ。土地の顔役のお妾さんが女将の店だった。店のたたずまいや、漁師たちが上品とはいえない酒の飲み方をしていたこと、二階に六畳ほどの薄暗い座敷があって仲間たちと花札に耽ったことを、私は思い出した。消防ポンプと呼ばれる、町の共同井戸がある脇に、五楽亭はあった。三十年の歳月が流れて思いもよらない変容が起こっているとしても、あの五楽亭と同窓会は結びつかない。封書を開くまえ、てっきり出版記念会の案内と思い込んで疑わなかったのも、売れない小説書きのどうやら持病であらしい。
 私は、物々しい金箔模様付きの封書と、達筆の筆文字が並ぶ模造和紙の便箋をまえに、陳腐な比喩だが、狐につままれた気分になり、わざとらしい溜息をたてつづけに吐いた。
 数回目の溜息をつこうとして息を吸い込んだ瞬間、ふいに啓示に打たれ、激しくむせた。
 私が掲載誌の到着を胸おどる想いで待ちわびている小説とは、じつは三十年まえのある種の仲間たちとの交友を題材にしたものである。人物たちはほぼ実名で登場させ、五楽亭も一字と違(たが)わず登場する。 
 私は模造和紙の便箋をていねいに折り畳み、封書に納めながら、目のまえを掩っていた漠然とした疑問が溶けていくのを感じた。アパートの貧相な部屋に、はるかな時間を超えて一条の光に似た何かが訪れてきた。そう実感するのに、脈絡とか理由とかは、無用だった。
 雑誌が届いたのは九月二十八日、「羽山英雄先生を励ます親睦の会」が開かれる三日まえだった。書籍小包と朱印された茶封筒を開封して、分厚い一冊の雑誌を手にしたときの興奮を簡潔に喩えれば、ついに初恋のひとと再会できた、とでも表現できようか。平凡な題字とは対照的に人体の内臓部が抽象写真ふうにデザインされた表紙には、各一編ずつの長編小説、力作評論、文学鼎談のタイトルが、その作者ないし出場者の名前とともに印刷されている。言うまでもなく、目玉読み物であることを宣伝するための仕掛けで、そこに私の作品名ないし氏名がないのは予測通り。目次を開くと、その他多勢の創作欄の末尾に、落ちこぼれそうな恰好で、必死に隊列にしがみつく、私の名前と作品名があった。その印象は、あながち売れない小説書きの僻目とばかりは言えない。折り返し目次は頁の見開きになっていて、私の名前と作品名とは、頁と頁の綴じの部分を両手の指でグイッとこじあけて見ないと、見逃してしまう位置に刷られているのだ。
 そのような冷遇がなんだろう。私は頁数を確かめ、勇躍してそこを開いた。そして、三箇所の広告スペースを含め十一頁分の小説を一気に読み、マイルドセブンライトを一本喫い、ふたたび今度はいくらか余裕をもって読み終えた。
 こうして私は、羽山英雄先生云々の会へ出席するまでに、自作の小説を八回、読んだ。おかげで、わたしの小説が印刷されている頁の何頁目にどの高名な作家の全集広告が載っており、私の文章のどの活字の脇に針の先ほどの星型の印刷の汚れが付着しているかにいたるまで、熟知してしまったのである。

 電車が港町の駅に着いたとき、正午を少し廻っていた。雨の降った気配はどこにもなく、空はよく晴れて、乾いた風に幽かな潮の匂いがまじっていた。朝、アパートを出るときには、傘が要るほどでもないが秋の細かい雨が降っていた。知多半島の喉首あたりに位置するこの港町と、私が住んでいる土地とのあいだは、三十年間も無沙汰をするほどのへだたりではないが、その程度の空模様の差異は不思議でない距離だった。
 三時までにはずいぶん間がある。海岸に沿って馬蹄型に迂回する町の周縁を、ゆっくりと歩いてひと巡りするのに程よい時間だ。
 駅から漁港へくだる一本道が舗装されているのは当然のこととして、両脇に並ぶ家々や路地のたたずまいは意外と変容していない。外科治療にかけては乱暴なことで評判だった医院の、洒落た建物が、見る陰もなくうらぶれていたり、町史には細民部落と記されている鉄道沿いの一角が消防署の出張所や粗末な公園らしきものに変ったりしてはいたが、見知らぬ町へ来たという印象はなかった。
 私は、廃屋のような医院の前を通りながら、酔っ払って漁師の足(あん)ちゃんと喧嘩をして銛で太股を刺されたとき軍医あがりの医者に麻酔も打たずに十二針縫われたことをチラッと思い出し、自分の生まれて育った細民部落跡を感慨もなく眺めて通りすぎ、三十年まえのこの通りにはなかった自動販売機で大関のワンカップを三個、買った。ジャンパーの左右のポケットに一個ずつ入れ、一個は開けて飲みながら歩いた。ワンカップ一個が空(から)になった頃、私はうかつにもようやく気づいた。三十年まえには、急に傾斜をつよめる坂道から海が見えたはずなのに、海のかわりに見えるのは工場の建物と、林立する煙突だった。駅に着いたとき、潮の香りが風にまぎれこんでいると感じたのは、錯覚だったのだ。
 かつて埠頭があったあたりの自動車道路脇に腰をおろして、外見(そとみ)にはまどろんでいるように見えるが内部では活発に活動しているらしい臨海工場地帯の風景を眺めた。野球場をいくつも並べたほどの空き地に、玩具のそれのような自動車がひしめきあって並んでいる。だだっぴろい空間のどのあたりから聞こえてくるのか見当もつかない金属音が、ときどき荒野のしじまを突き破る。
 三個目のワンカップが空になった頃、私は眠気を覚えて仰向けに寝転った。眼を閉じて不思議なことに気づいた。ここが海だったときの空は瞼を閉じて見上げていても眩しかったのに、いまはそうではない。眠気がゆっくりと深まってきて、私は頭の下、コンクリートの地中深い海の底から、口笛の響きに似た海鳥の啼き声がひとこえ鋭くひびくのを聞いて、眠り込んでしまった。

 海は昏れなずむまえの異様な明るさを風に散らして、染っていた。沖合いの水平線が夕焼けの色をにじませ、魚鱗に似た無数の粒子をきらめかせている。繊細な粒子はうねりにのって岸のほうへ近づいてくると、しだいに大粒になり、漁港の入口あたりで波にのまれて消えてしまう。石垣にかこまれた湾の内がわは、漁舟さえ身動きしないほど静かだ。群れを離れた海鳥の一羽がスーと落下して、平板な海面をついばむ。

 私は自作の小説のなかの文章を読みながら、目を醒ました。夢とも現ともつかない、奇妙な意識だった。
 時計は持たない主義だが、太陽の位置から推して、眠っていたのは一時間ほどだ。立ち上がったとき、少しよろめいたが、ワンカップ三個の酔いは消えていた。ジャンパーとズボンの砂を払って、歩き出した。
 五楽亭は、旧海岸堤防から離れた、町の本通りに面する路地の入口にあったはずだ。私が中学へはいるころまで営業していた渡船場のあたりから、およその見当をつけて本通りの方向へ折れていくと、三十年まえの共同井戸の場所へ出た。井戸は取り壊されて、目的を失った空地のようになっていたが、その脇に五楽亭があった。一見したところ、注目するほどの変りばえはしていない。ネオン入りの店の看板が目を惹く程度である。またしても私は、自作小説の場面を読んでいる自分に気づいた。三日間に八度も繰り返し読んだ因果がたたっているのだろうか。
 山車(やま)元の家は五楽亭の近くにあるらしい。祭り太鼓と笛の音がひっきりなしに聞こえていた。祭礼の日を三日後に控えて、稽古にも一段と熱がこもっている。町通りを吹き抜ける風に乗って、締め切られた障子窓をふるわせるほどだった。その威勢のよい音色に煽られて、少年たちは気前よく花札を切った。
 糞坊主! この怨み、どうして晴らしてくれようか。
 胴元格のリーの横で、ソッテが自暴自棄に繰り返している。逞しい骨格のリーと隣り合わせて、派手柄のアロハシャツを着たソッテは一層、小さく見えるが、声はでかい。
 一つ出たほいの、アボヂの口真似。
 カンスーが、負けがこんだときのソッテの口癖を茶化した。父親の土建屋を手伝っていて、カンスーの大造りの顔は真っ黒に陽焼けしていた。彼が、アボヂと言うとき、口吻は妙に幼っぽくなった。 
 ジロ吉と向かい合せて、ノリやんがしきりにシュッ、シュッと鼻から息を吹いている。ボクシングの試合でパンチを繰り出すときの癖だ。四回戦ボーイから出世できないノリやんは、リングネームをロッキー太郎と命名したが、いっこうに上達しない。まだ公式戦のリングに上がったこともなく彼より四歳年下のジロ吉に、二日前のスパーリングでダウンを奪われてしまい、あとでねちねち嫌味を言っていた。
 階下(した)のやつら、うるっさいなぁ。
 ソッテが毒ずいた。階下から聞こえる声高な話し声や笑いが、急に酒の酔いに乱れはじめたことはたしかだが、花札を早く終りにしたがっているソッテの腹のうちが透けて見えた。
 エイコねえさん、遅いなぁ。
 ジロ吉がリーの顔を盗み見て言った。エイコが酒を取りに下りて行った直後から階下の声が勢いづいたことに、皆、気づいていた。リーが、ものも言わずにジロ吉の頭を殴った。
 ソッテが手持ちの札を畳の上に放り出して、立ち上がった。
 やめとけ。
 リーがドスの効いた声で止めた。
 ちょっと、小便に。ソッテはそう言うと、素早く部屋を出ていった。不意打ちをくらわせてサッと姿をくらます、彼独得の喧嘩の手法に似ている。
 階下の騒ぎが不意に静まり、入り乱れた感じで階段を上がってくる足音が聞こえた。先に部屋へはいってきたのはエイコだった。
 ソッテが、また、ママさんの顔をつぶしたよ。
 エイコが険しい表情で吐きすてた。彼女の背後からソッテが顔をのぞかせた。実際には彼女がソッテの首根っこを掴んで階段を駆け上がってきたわけではなかったが、二人の様子はそんな情景を想像させた。
 
 入口の暖簾に画かれた達磨の絵には見覚えがある。この町には、なかなか由緒正しい博徒の一家があって、売り出し中の若き清水次郎長一行が兇状旅の途中、草鞋を脱ぎ、一宿一飯の恩義にあずかったという伝説がある。その一家が達磨一家。私たちある種の仲間は、達磨一家のファーム・チームみたいなもので、賭場が開帳される日などは使い走りをしたり、近在から手慰みに来る旦那衆の下足番に狩り出されたものだ。五楽亭の女将は何代目かの達磨親分のお妾さんで、達磨は、いわば店のシンボルマークだった。
 達磨の暖簾をくぐってはいると、店のうちに人気(け)はなく、薄暗い明かりが愛想もなく私を迎えた。そのせいか、店内の様子は三十年まえと変りばえしないように見える。一度、改装はしたものの、またもとに戻ってしまったという感じだった。
 私は、酒の染が浮く卓子や黄色く変色した天井をしばらく眺めまわしてから、声を掛けた。すると、カウンターの向こうで駄菓子でも食べるような音がして、ヌーッと人間の顔が現れた。京劇俳優みたいな厚化粧はしているが、医療費がタダになっても可怪しくない年齢の顔だ。
 彼女と私は、記憶探しでもするように互いの顔を見つめあった。
「あぁ、ジロ吉さん」
「ママさん」
 二人は同時に声を上げた。
 女将はちょっと科(しな)をつくって、かつらの鬢に指をやり、壁のスイッチを押した。店の中が明るくなった。
「昔とちがって、昼間はごらんの通りだで」
 女将は愚痴っぽく言った。老女の口ぶりだ。あの頃は、お天道(てんと)さんが真上に上っている時刻から、暁方に漁港へもどった漁師たちが一眠りしたあとの寝覚めの酒を楽しんで、屯していたものだ。
「二階に、安本さんと花田さんが来とるがね」
 女将は、店の奥の階段を顎でしゃくった。
 上がり框の前には、シューズ・ショップのショーウィンドのそれのように磨き上げられた二束の革靴が並んでいた。履き古された私のラフ・シューズを並べるのがはばかられるほどだ。
 安本さんと花田さん? はて、誰のことだったかな。部屋の障子を開けると、座卓を前に、背広をきちんと着こなしてネクタイを締めた二人の男が坐っていた。一人の男は額の禿げ上がりを誤摩化すように丸刈りにし、頬から顎にかけて垂れ下がる具合に長い顔をしている。私はゴクリと生唾を飲み込んだ。この町に漁港があった頃、石垣に生息していた牡蠣の身を連想させたからだ。冬、それを取っては海水でゆすぎ、そのまま食べたものだ。もう一人の男は黒々とした髪を古典的な七・三に分け、薄い色付きの洒落た眼鏡を掛けている。派手なチェックの背広が堂に入っていた。
 私は一瞬とまどい、次の瞬間、はっきりと思い出した。牡蠣男がノリやん、洒落た眼鏡の男はまぎれもなくソッテだった。
「よオ、桐山さん」
 二人が同時に軽く手を上げ、声を掛けた。私もそれに応じたが、なんとも中途半端な気合だった。安本さんと花田さん、はて、どちらがソッテで、ノリやんだったろうか。あの当時、姓で呼び合うことなど、まるでなかった。
 招かれるままにソッテの横に坐ると、二人は背広の内ポケットから名刺を取り出し、私に差し出した。
   パチンコ富士
    支配人 安本錫泰
 ソッテの名刺にはそう刷られている。
   中部日本ボクシング連盟副会長
   ロッキー・ジム会長
        花田則男
 ノリやんの名刺にはそう刷られている。
 私は一枚ずつ左右の手にもった名刺をまじまじと眺め、頂戴する気分でジャンパーの胸ポケットに納めた。二人の眼は私にも名刺を催促していたが、私は生まれてこのかた、そういうものを作ったことがない。
「桐山さんはとうりょおだってな」
 花田会長が、名刺を求めるかわりに訊ねた。とうりょお? 私は聞き返した。
「大工の棟梁じゃないの」
 安本支配人は花田会長の言葉をひきとった。私が何のことか、といった表情をしていると、安本支配人は探る眼つきで、さらに言った。
「新聞にサッカと書いてあったの、あれ、大工のことじゃないの」
 私と安本支配人のあいだに鍛冶屋の相槌がつづくうち、ようやくトンチンカンのなぞが解けた。事の次第はこうだ。
 売れない小説書きとはいえ、私のところにも盆暮れの付け届けみたいに新聞社から原稿依頼がある。三週間ほど前にも地方版の随筆欄に「知多半島の青春」なるエッセイを書いて、顔写真付きで載った。たまたまそれが安本支配人の目に止まり、彼のなかで筆者の名前と文章の内容と顔写真とが連鎖反応的に三十年前のジロ吉と符合した。安本支配人は新聞社に私の住所を問い合せ、その結果、羽山英雄先生を励ます云々の招請状が私のもとに届いたというわけだが、私の書いたエッセイの末尾には括弧に括って作家という二文字がゴチックで刷られていた。作家とは、読んで字のごとく家ヲ作ルである。安本支配人がそれを大工と理解したとして、至極、理に叶っているわけだ。
 私が、作家という職業について、それが大工の仕事には遠く及ばない虚業であることを説明すると、安本支配人と花田会長は、遠慮会釈もなく腹をかかえて笑った。私もそれに同調したことは言うまでもない。
 ひとしきり支配人らしく、あるいは会長らしく、そして家ヲ作ルには程遠い作家らしく、それぞれの笑いが不協和にぶつかりあって、ふいと消えたとき、安本支配人が背広の内側からタバコの箱を取り出し、しなやかな指さばきで一本抜いた。ダンヒルのライターで火を点けるまでの一連の仕種は実に素早く、手品師のそれを連想させた。間髪を入れず、小説の一説が蘇った。

 橋の袂に差しかかったとき、ソッテは急ブレーキを掛けて、自転車を止めた。ジロ吉はあわや荷台から振り落とされるところだった。谷の向こう側に立っているポリ・ボックスは目と鼻の先だ。引き返すために自転車を急停止させたのかと思ったが、そうではなかった。
 ジロ吉、ここでばらすぞ。
 ソッテが道端に自転車を放り出した。
 勿体ねえがん。
 ジロ吉は横倒しにされた自転車を眺め、言った。八キロほど離れた、知多半島では一番町らしい町の自転車店から盗(や)ってきたばかりの自転車は、春の陽差しを浴びて、眩しいほどに輝いていた。
 しけたこと言うな。
 ソッテは、口より早く、自転車の解体作業に取りかかっている。鳶の組で働いている彼には、腰のベルトに吊るしたボルトなどはお手のものの仕事道具だ。道具さばきも堂に入っている。彼の吹く口笛の音が、川面をのぼってくる風に高く響いた。いつも一触即発の雰囲気を漂わせて眼をぎらつかせているソッテが、こんなにも楽しそうに何かをする姿を、ジロ吉は初めて見た。彼も、ソッテに指図されるまま手伝っているうち、自転車の解体作業に熱中していた。
 ソッテがジロ吉の方をペンチの先で小突いた。彼は橋の向こうを顎でしゃくってニヤリと笑った。ポリス・ボックスの前で若い警官がこちらを見ていた。
 あいつ、こっちへ来るつもりだぞ。
 ソッテは自転車の解体作業に熱中するふりをしていたが、彼の声が聞こえたかのように、警官が歩き出していた。ソッテも手にしたものを放り出すと、立ち上がり、歩き出した。ソッテは素手の両腕をわざとらしくぶらぶらさせ、警官のほうへ近づいて行く。何かを物色するようにすばしっこく目線を左右に走らせる。癖のある歩き方だ。警官も、ゆっくりと歩いてくる。制服の中で警官の胸ははちきれそうに張っている。柔道の有段者にちがいない。一メートル六〇センチに満たないソッテとは対照的な体躯だ。
 橋の上の果たし合い。時代劇映画の場面みたいだな。ジロ吉がそう思って腰を浮かせた刹那、ソッテの小柄な躰が擦れ違いざま躍り上がり、警官の顔面でレンガの粉が散った。ソッテは脱兎のごとく橋を渡り、土手の向こうへ消えた。ジロ吉は彼とは反対方向の土手を駆け下り、工場の塀を隠れ蓑に海のほうへ逃げた。橋の上でうずくまる警官の姿が脳裏に残っただけで、追って来る足音はなかった。
 次の日、五楽亭で顔を合わせたソッテに、ジロ吉が訊ねた。
 ポリ公を襲(や)るために、わざと駐在所の前で自転車ばらしたのか。
 あいつはただのおまけ。
 ソッテは何喰わぬ顔でそう言い、自転車を盗んでばらしたのは、自転車屋の息子が気に入らないからだ、と説明した。どうやら、彼が近頃惚れた娘の恋人というのが、自転車屋の息子であるらしい。
 ソッテが警察に捕まって、少年院へ送られたのは、橋の上の一件から一か月ほど後だった。秋風が吹く頃、少年院から出てきた彼は、四か月間の矯正の甲斐あってか、小人閑居シテ不善ヲナスとか、働カザル者、食ウベカラズとか、陳腐な警句をしきりに口にしていた。勿論、付け焼刃が折れるのに時間はかからなかった。

 本日の招請状が私のもとに届いたわけは、安本支配人の話から解かった。ところで、羽山英雄先生とは、何者か? 私がそれを訊ねようとしたとき、一拍ごとに休止がはいるような足音が階段を昇ってきて、ダブルの背広を着こなした男が現われた。幕下あたりで廃業した元相撲取りといった、堂々たる体躯の上に浅黒く頑丈な面貌が乗っている。一目見て、私には判った。カンスーだ。
 私を除く三人は、日頃、親密な付き合いがあるらしい。いかにも磊落な挨拶を交すと、カンスーは、私の顔をまじまじと眺めた。彼の細い目は、肉瘤のように隆起した頬の肉に圧迫されて消え入りそうだったが、一瞬、驚きとともに見開いた。
「よオ、ジロ吉じゃないか」
 その声はカンスーの巨体から発せられて、部屋中に響き渡った。
「うん、桐山さんだよ」
「桐山二郎さん」
 安本支配人と花田会長が声を揃えて言った。
「あぁ、桐山さん・・・・・・そうか、桐山さんだ」
 カンスーは自分に納得させるふうに呟き、あらためて大声で笑いながら右手を差し出した。分厚い手は牛革のようで、暖かかった。ながい握手のすえ、彼は名刺を取り出した。
   土木建設 吉本組
    代表取締 吉本光秀
 カンスーの名刺にはそう刷られている。
「桐山さんはサッカだそうだよ」
 花田会長が私に代って紹介してくれた。
「サッカー? チュックの連盟の役員をしておるのか」
 吉本社長は信じられないといった顔つきで言った。彼を除く三人が顔を見合せた。
「チュック? それは何のことかね、吉本さん」
 安本支配人が、タバコの灰が落ちそうなのにも気づかず訊ねた。
「蹴球、サッカーのことじゃないのか」
 吉本社長は、同朋のくせにそれくらいの言葉も知らないのかという表情を安本支配人に向けた。カンスーはあの頃も母国語をよく口にし、どうかすると日本語と朝鮮語が彼の好む料理のようにチャンポンになって、私たちには意味が解せないことがあった。
「ちがうよ、サッカーじゃない。サッカ、小説を書く作家さんだ」
 ソッテの時代からカンスーには何かと頭の上がらなかった安本支配人が、それでも苦笑を隠しきれず、説明した。
「なに作家? そいつはたいしたもんだ。羽山先生の門下からチャクカのソンセンニムが登場したか。偉いもんだ」
 吉本社長は、自分の勘違いなど意に介せぬふうに、しきりに感心した。その口吻にいささか皮肉めいたものを感じないではなかったが。
 チャクカというのが作家の朝鮮語読みであることを、私は理解した。あの当時、カンスーが母国語とよくものしたのには、彼の家庭環境が大いに与っていたようだ。父親はこの地方の民族組織の幹部とかで、名古屋の国立大学で建築を学んでいた兄は、祖国帰還事業が始まるや否や、母国の建設に情熱を燃やして単身、朝鮮へ帰ったという話を、カンスーが誇らしげに語るのを聞いたことがある。それにひきかえ、カンスーは堕落分子だなぁ、と誰かが茶々を入れたが、彼はそれを無視していた。
 カンスーは並外れた腕力と度胸をそなえていたが、どこか寡黙のうちに悠然たる存在感を漂わせており、自分から腕っ節を行使したり、悪事に加担することはなかった。その意味では、なぜあの仲間だったのか不思議でもある。ともかく特異の存在だった。私は一度だけカンスーの家を訪ねたことがあり、そのときの印象で、なるほどと思ったものだ。それは、伊勢湾台風の折、半田新田と呼ばれる海岸沿いの一帯が高潮に襲われて朝鮮人が何人も死ぬ、その四、五年前のことだった。半田新田には朝鮮人の集落があって、カンスーの家もそこにあった。
 またしても、小説の場面が蘇った。

 町外れから水田の向こうを眺めたとき、冬の陽差しにほのめいて一塊の蜃気楼のように見えた集落は、近づいて見ると意外に大きな姿を現わし、海岸堤防に沿って、住居ともバラックともつかぬ家が迷路のように入り組んでつづいていた。
 古タイヤ、コンクリートパネルの廃材、セメント袋、古鉄などが折り重なって山と積まれている集落の入口へ来たとき、ジロ吉は何の臭いだろう、と思った。彼の家の数軒隣に豚を飼う家があったので、豚舎の臭いに似ていると思ったが、少し違う。漁港の近くにある蒲鉾工場の臭いとも、芋飴屋の臭いとも、似ているが違う。いろんな臭いをドラム缶に放り込んで潮の臭いでゴッタ混ぜにしたみたいな臭いだった。ジロ吉は臭いのことを口にしかけて、止めた。さきほどまで駄法螺を吹いてはふざけていたソッテが、とたんに温和しくなり、カンスーの表情も急に神妙になっていたからだ。ジロ吉とノリやんも、なんとなく緊張した。
 廃物の山の反対側に小さな空き地があり、一本の桜の木が植っている。水田の道を来るとき、遠くからは、その木の下に風がゆらめていると見えた白い点景は老人の姿だった。白いパジ・チョゴリを着た老人は、桜の木の下に置いた床机に腰を下ろし、悠々と長煙管でタバコをくゆらしながら、日向ぼっこをしている。チョゴリの結び紐あたりまで垂れた真っ白い顎髭に、ジロ吉は見覚えがあった。彼が中学生になる頃まで、家の近くの鉄道踏切に現われては、その傍で日がな長煙管のタバコをくゆらしていた老人だ。あのおじいさんは自分の乗る汽車がいつ来るかと、毎日それを待っているみたいだなん。ジロ吉は老人の姿を見るたびにそう思ったものだ。
 老人の傍(そば)を通り過ぎるとき、カンスーが朝鮮語で何か挨拶して丁寧に頭を下げたが、老人は長煙管をくわえたまま無視するふうに表情を動かさなかった。
 集落の奥のほうから太鼓(チャンゴ)の音が聞こえてきた。町の祭りで打ち鳴らす囃子太鼓とは音律が全然違っているとジロ吉は思った。カンスーを先頭に四人の少年は、人間一人が通れるほどの路地を歩いて行った。豚舎の前を抜けるとき、長靴を履いてゴムホースの水で掃除をしている若者にカンスーが声を掛けた。カンスーは冗談でも言ったのか、若者は笑いながらホースの先をこちらへ向けたが、水は少年たちのところまで届かなかった。
 路地を折れた間所みたいなところで三人のおばさんが声高に朝鮮語で話し合っていた。中の一人は白い民族服を着て朝鮮のくつを履き、真っ赤な唐辛子を一杯に盛った笊を抱えていた。
 しばらく行くと、路地が途切れて空き地とも道ともつかぬ広い場所に出、急に太鼓の音が耳一杯に響き渡った。空き地とも道路ともつかぬ場所にオート三輪が二台駐車してあり、飯場のような建物が建っていた。カンスーは建物の裏手に三人を案内した。太鼓は、その裏手にある家で打ち鳴らされていた。カンスーは三人を入口の所に待たせておいて家へはいっていった。家の中では酒宴が催されているらしく、太鼓の音に混って朝鮮語で歌う女の声が聞こえ、男たちの囃し声がはじけていた。
 カンスーは五分ほどして家から出てきた。入口の扉を開け閉めする瞬間、家の中で肩踊りをしている老女の姿をジロ吉はチラッと目にした。カンスーは三人を飯場みたいな建物に案内した。その中は使用人の宿舎であるらしく意外に整っていて、畳も新しかった。四人が退屈するほどの間もなく、数人の女のひとが器一杯に盛った料理を次々に運んできた。中の一人がカンスーの姉さんか叔母さんらしく、あれこれ世話を焼いていた。
 女のひとと入れ代わりに、落ち着いた雰囲気の青年が白い酒のはいった一升瓶を下げて入って来た。それをカンスーの前に置くと、アボヂには内緒だ、と言った。
 わぁ、タクペギですか。ヒョンニム、ありがとうございます。
 ソッテがいつもの彼に似合わない口吻で礼を言った。
 ソッテか・・・・・・青年は不機嫌そうに言ったきり、部屋を出ていった。
 三人はカンスーに促されるまま、座卓の上に所狭しと並べられた料理を食べ、濁酒を飲んだ。ジロ吉は五楽亭でドブロクを飲んだことはあるが、タクペギと呼ばれるそれは似て非なる味がした。辛い料理は、隣でノリやんが悲鳴を上げているほどには苦痛を覚えなかったが、口の中の辛味をタクペギが強烈に刺激して、いっそう酔いが廻りそうだった。
 薄灰白色の脂っこい肉の切り身にピリッと辛味の効いたたれをつけて食べるのがすっかり気に入って、ジロ吉がしきりにそれを口に運んでいると、カンスーが得意気に言った。
 ジロ吉、美味いだろう、とっておきの豚の頭だからな。
 いつになく神妙にしていた四人の気持が、ひとしきり飲み食いして次第に昂揚してきた。いっちょう、花札でもやるかなん。誰かがいまにも切り出しそうな気分になっていた。
 そのときである、部屋の硝子戸が突然、開(あ)いて、堂々たる恰幅の男のひとがそこに立った。陽焼けとも酒焼けともつかぬ赤銅色をした骨格逞しい風貌は、どう見てもカンスーの父親に違いない。ジロ吉がそう直感するまえに、カンスーが反射的に居住(いずまい)を正し、ソッテが得意の早業で座卓の上の一升瓶を背後に隠した。
 ノリやん、タバコやめろ。
 カンスーが語気激しく言ったので、ノリやんは慌てて指で煙草の火を消した。ジロ吉も驚いて正座した。
 カンスーのアボヂは敷居の所に立って少年たちをゆっくりと睥睨し、無言のまま戻って行った。ソッテが大仰に手足を伸ばし、ペロリと舌を出した。彼の頭をカンスーが拳骨で殴った。ゴツンという音がジロ吉の耳にも聞こえた。
 太鼓の音と女たちの歌声が急に高くなり、空地が騒がしくなった。少年たちは窓を開けて外を見た。
 三十人ほどのひとが幾つもの輪をつくって踊っていた。太鼓を打つひとも踊り、鉦を打つひとも踊っている。小さい輪は離れたり結ばれたりして、大きな円弧を描き、円の真ん中では、水色がかったチョゴリの老女がときどき剽軽に肩を踊らせては朗々と歌っている。
 足もとのおぼつかない、酔った男たちの仕種とは対照的に、円のあちらこちらには白い花が咲いたようにチマの裾がなびき、チョゴリの袖が波打っている。冬の陽差しにきらめいて、それは風の翼のように舞った。

 吉本社長が部屋にはいってくるときには気にも止めなかったが、私と向かい合せにすわって右脚を不自然に折り曲げるようにしているのに気づいた。理由を訊ねると、安本支配人が代弁して、もう二十年ほども前に土木工事の現場で大怪我をした、その後遺症だという。
「あとは、羽山会長とクムガンサンの女社長だな」
 吉本社長は、安本支配人の説明を無視し、私と花田会長を眺めた。
 すると、本日の出席者は全部で六人か。私はそんな計算をしながら、またしても謎をかけられている気分になった。クムガンサンの女社長とは、いったい誰だろう。私が誰に向かってともなく訊ねると、吉本社長が「それは会ってからの楽しみだ」と、思わせぶりな笑いを浮かべた。鬼瓦みたいな顔に浮ぶ薄笑いはお世辞にも気持よいものではなかった。安本支配人と花田会長も、私の反応を楽しむふうに笑っている。
 間もなくして、階下で甲高い女の声がはじけ、重々しい足取りの音がゆっくり階段を登ってきた。声の主が部屋に現われたとき、私の反応はたしかに他の三人を楽しませるに充分だったようだ。女はビヤー樽のように肥満した体をチャイナドレスふうな鮮やかな真紅の服に包み、その上には黒い薄皮のコートを腕を通さずに羽織り、手には一目で鰐皮と知れる大きめのハンドバッグを携えている。私をさらに驚かせたのは、ビヤー樽の上に乗っている球体形の顔――厳密に言えば、そこに施された装飾――だった。いかなる千里眼をもってしても針の先ほどの素顔の痕跡も発見することは不可能であろうと思われる、祝祭的な化粧がそこには施されていた。
 彼女がはいって来ると、部屋に澱(よど)んでいた空気が一陣の風に変容するかに見えた。彼女が私と吉本社長を左右に従える位置に坐ったとき、私は強烈な香水の匂いにいま一度圧倒された。彼女は、私が誰であるかを確かめる素振りも見せず、華やいだ声で挨拶をし、鰐皮のバッグから皮製の名刺入れを取り出した。彼女の口吻に媚びの気配はなく、尊大な印象さえ与えた。
   ホテル金剛山社長
   会員制クラブ・リムジンオーナー 
   羽山英雄先生後援会副会長
        木下栄子
 名刺にはそう刷られている。
 私は、名刺とその主の顔を何度も見較べて、クムガンサンの女社長が誰であるかをようやく納得した。三十年まえ、飛び蹴りの名手として鳴らし、ずばぬけた度胸で男たちの上に君臨し、かつ可憐な容貌をもって男たちを魅了した、あのエイコに間違いない。私はまじまじと木下女史を眺めた。見れば見るほど、木下女史とエイコの距離は遠ざかっていくように思えた。

 エイコとジロ吉は、発車が数分後に迫った武豊線の列車に乗ろうか乗るまいか、迷っていた。二人のいる改札口から三十メートルほど離れたコンコースの柱の陰に一目でテンプラ学生とわかる五、六人が屯ろして、さきほどからこちらをジロジロと眺めていたからだ。ジロ吉は少し緊張し、構える気分になっていた。相手は名古屋の不良グループ、いってみれば敵の土俵だ、しかも二対五の劣勢。
 エイコも気持を昂ぶらせているらしく、出走前の競走馬のように体を小刻みに揺すってはチッチッと舌を鳴らしている。
 あいつら、カッツン(恐喝)でもする気か。
 ジロ吉が指の関節を鳴らしながら言ったとき、来たよ、とエイコが顎をしゃくった。見ると、学生帽を頭の上に阿弥陀に載せたのが一人、コンコースの柱の陰からこちらへ歩いて来る。
 ジロ吉はここで待ってて・・・・・・
 エイコは言い残して歩き出し、近づいて来たのには見向きもせず赤いジャンパーのポケットに両手を突っ込んだまま進んでいった。柱の所で、彼女は一人一人の顔を吟味するふうに睨(ね)め廻して、何か言っている。テンプラ連中の顔は笑っていた。やつら、エイコの啖呵を小馬鹿にしとるな。ジロ吉が二、三歩、歩き出したとき、突然、エイコの体が柱の傍から離れ、次の瞬間、宙を一回転するように跳ねた。テンプラ学生の一人が体を柱に打ちつけ、両脚を折るようにしてその場に崩れ落ちた。
 エイコはとんぼを切る要領で立ち上がり、すでにジロ吉の所へ戻ってきていた。改札口をはいるとき、背後に靴音の気配はなかった。

 私は一瞬、野鳥のように飛び立つ赤い影を幻覚し、現実に返った。特別念入りに飾りつけたデコレーションケーキの顔が私の眼の前にはあった。
「羽山先生は遅いじゃないか。主役の座が空(から)っぽじゃ、始まらんぞ」
 吉本社長が言っている。
「木下さん、連絡でも聞いてませんか」
 安本支配人が、吸殻のたまった灰皿にまた一本タバコを押し潰した。
「遠方からの出席者もいることだ」花田会長が私を見て、言った。「先に始めたらどうかね」
 木下女史が花田会長を睨みつけた。
「安本さん、先生の事務所に電話を入れて下さい」
 彼女は、爪の先に真っ赤なマニキュアが塗られた人差指を安本支配人のほうへ突き立てた。
 安本支配人が羽山英雄先生の事務所へ電話するため階下へ下りていくと、私は、その話題の人物が誰であるのか、ほとんど確信に近い見当をつけた。只今、ここに並んだ顔ぶれからして、残るは彼以外にない。三十年まえ傷害事件を犯して刑務所に収監された彼が、刑期を終えて出所する日、五楽亭の二階で待たされていた時の記憶が不意に蘇えった。九十九%、羽山英雄先生がリーであることを確信した。
 しかし、問題は残る一%で、これがなかなか厄介に思えた。なぜリーの名前が羽山英雄なのか。彼がセンセーと呼ばれ、五人の面々によって励まされなくてはならない理由は、何か。
 いまから二十年ほどまえ、私はリーにまつわる事件を新聞の社会面で読んだ。知多半島の地元暴力団幹部・李元男が、折から進出してきた広域暴力団山口組系の組長を、白昼、駅前通りで斬殺し、血まみれの日本刀をぶらさげて警察に出頭した、そんな内容だった。リーが所属する地元暴力団の名前を目にしたとき、私はそれが達磨一家ではないかと疑ったが、聞き覚えのない名称だった。達磨一家というのは通称で、正式な名称は別かとも思ったが、深くは考えなかった。その記事には、結構美男子であったリーの顔写真が似て非なる兇々しい面相で載っていたこと、そして彼の年齢が(32)となっていたのを記憶している。
 その後、刑期を満了して出所した彼は自立更生をもって組を興し、飛ぶ鳥を落とす勢いで勢力を伸ばしているという噂を風の便りに聞いた。そのリーが、ある日、突如として先生に変身したというのだろうか。
 一%の難関に立ち往生している私の前に、話題の人物は颯然と現われた。
「羽山先生がお見えになりました」
 階下から戻って、まず注進に及んだのは安本支配人だった。それに数拍置く間合いで、部屋の鴨居に頭がつかえんばかりの大男が立った。黒々とした髪をきちんと整髪し、掘り深く血色のよい面貌には立派な口髭をたくわえ、渋い紺色の三つ揃いスーツを見事に着こなしている。どこから見ても、非の打ちどころない先生の風格だが、彼はまぎれもなくリーだった。
 羽山先生は右手を軽く上げ、よぉッと声を掛けて一同の者に挨拶すると、物色する様子もなく席に着いた。彼が長い脚を鮮やかに折り畳むようにして坐った席は、木下女史と向い合って他の四人の男たちを左右に睥睨しうる来賓席である。
 事実、羽山先生は一同の者を睥睨した。そして、先生というよりは修羅場をくぐりぬけてきた人物に巧まずして備わる、その鋭い視線が、私の前を通るとき、一、二度往きつ戻りつした。
「桐山さんです」
 すかざす安本支配人が紹介した。
「やぁ、桐山二郎さん。遠い所をよく来てくれました」
 羽山先生は満面に笑いを浮かべて言うと、わざわざ立ち上がり、私の席までやってきて握手を求めた。私は、このたびはどうも、お招きをいただきまして・・・・・・などと歯切れ悪く挨拶を返すほかすべがない。
「桐山さんは、その、芸術の方面で活躍しているそうで。安本君から聞いたよ。立派、立派、うん、たいそうな出世だ」
 羽山先生は磊落に言って、私の肩を何度も叩くと、席へ戻った。
 私はひそかに感心せざるをえなかった。三文作家を芸術の方面で活躍しているなどという形容は、たとえ外交辞令であるとはいえ、凡庸な技ではない。実に憎い。私がそれ以上に感心したのは、安本支配人の紹介を聞いた瞬間、すかさず、桐山二郎さん、と私のフルネームで応じ、間違っても、あぁ、ジロ吉か、などとは口走らなかった事実である。さすが、というほかない。
 五楽亭の女将が料理や酒を運んできた。階段の上がり下がりが億劫そうだった。
 女将は何回目かに部屋へはいってきっとき、箕(み)ほどもある笊一杯に盛ったワタリ蟹の茹でたのを座卓の真ん中に置いた。真っ赤に染った甲羅から湯気が立っている。何十年ぶりの対面だろう。私は遠い昔の味覚をまざまざと蘇らせて、ゴクリと生唾を呑み込んだ。
「乾杯のまえに、まず羽山先生から一言」
 安本支配人が言った。拍手の音が不調和に起こったが、吉本社長と私はそれに和さなかった。吉本社長の真意はともかく、私のほうは不意のことで、つい拍(う)ちそびれてしまったにすぎない。羽山先生は、この顔ぶれだ、畏った挨拶もないだろう、と言いながらも、おもむろに立ち上がって喋りだした。咳払いこそはなかったが、「皆さん、本日はご多忙のところを小生のために・・・・・・」と紋切り調で始まった挨拶は、出席者の虚を衝くように意外と長びき、三十分ほども続いた。それを五分の一ほどにダイジェストすると、およそ次の通りである。
 皆さん、まさに背水の陣です。小生、本年とって五十三歳、退くに退けない剣ガ峰に立っているのであります。
 前回は、ここに見える皆さんの私利私欲を超越した、献身的な支援にもかかわらず、あと一歩の力足らず無念の涙を飲んだのでありまして、責は負って一重に小生の不徳の致すところに存するのでありますが、しかし、皆さんのご協力が充分であったとは、お世辞にも言えないのであります。
 来年四月の決戦の日まで、余すところ半年の猶予しかありません。その間に只今の劣勢をいかに挽回するか。まさに背水の陣なのであります。小生にとっての背水の陣は、言うまでもなく皆さんにとっても背水の陣なのでありまして、小生にとっての正念場は、これまた、皆さんの正念場なのであります。もし今回のいくさにおいて小生が一敗地にまみれるようなことがあれば、皆さんもまた、血にまみれるやも知れないと覚悟していただきたいのであります。(ここで羽山先生は、眼光を鋭くして一同を文字通り睥睨した)
 そこで、諸君は何を成すべきか? この場を借りてお願いしたいのであります。
 安本君・・・・・・(羽山先生は、突然、安本支配人を指さした)君が小回りをよく効かせて働いてくれたことには感謝する。特に、小生にとってアキレスの腱である婦人の票を開拓してくれたことは高く評価する。しかし、前回のいくさにおける君の武勲の大半は、遊技組合の役員ルートを固めたにすぎない。そのような域にとどまっているとしたら、ふたたびわれわれは苦渋を嘗(な)める結果となるだろう。君にたいする小生の不信感は払拭されないであろう。安本君、そこで君には次の二つの対策を特に要望する。一つ、圧倒的な人口を擁する知多半島一円のパチンコ愛好家を網の目ももらさず羽山のものとすること、一つ、前回、開拓した婦人票をネズミ講の手法をもって五倍に増やすこと。
 次に、花田さん、(このときも羽山先生は花田会長を指さした)あなたについても残念ながら安本君と同じ問題点を指摘せざるを得ない。ボクシング関係者にのみ目を向けているとしたら、それは怠慢というほかない。これまた圧倒的人口を擁するスポーツ愛好者全般をわれわれの手中にしてこそ、あなたの任務は全うし得たと言えるのである。草野球の青年層、ソフトボールの中年層、ママさんバレーのご婦人方、ゲードボールのお年寄り、競艇ファンに競馬ファン、スポーツ界は黄金のごとき票の宝庫なのであります。
 木下副会長、(羽山先生は木下女史を指さした)前回のいくさにおけるあなたの献身的な支援にたいして、羽山英雄、いま一度、衷心より感謝の意を表したい。あなたが獲得した中高年男性の票が実に貴重なものであること言うに及ばないのであるが、何よりも、資金面における援助は他に代えがたいものであります。実弾なくしていずくに春が来るや、であります。旧に倍する、その方面の支援を伏してお願いする次第であります。(羽山先生は、実際に、軽く低頭した。羽山先生が頭(こうべ)を上げた瞬間、私はドキリとした。その視線が私を真っすぐに射ぬき、こちらに右手人差指が突き立てられたからである)
 桐山二郎さん、あなたが遠路も厭わず馳せ参じ、この席に連なっていただいたことは誠に感謝に堪えない。羽山英雄、満腔の思いをもって、あなたの誠実を感じとることができるのであります。残念ながら、あなたには地元に顔というものがありません。しかしです、幸いなるかな、あなたには文化人としての顔と名声があるのであります。その肩書をひっさげて、講演会を開いていただきたい。勿論、主催は羽山英雄講演会が一切を取りしきらせていただきます。芥川賞作家・桐山二郎、故郷に錦を飾る!羽山英雄と共演。いかがです、大当たり間違いなしであります。必ずや、異色の政治家・羽山英雄の誕生に寄与するでありましょう。(私は羽山先生の演説の間隙を捉えて訂正しようと思った。芥川賞などとはまるで縁なき衆生のモノ書きであることを断らなくてはならない。しかし、その機を失ってしまった。羽山先生は間断するところなく語をついだからである)桐山次郎さんにはいま一つ、小生との三十年来の友情を礼賛する随筆を、ぜひ新聞に寄せていただきたいのであります。これは公示の数日前あたりがグッド・タイミングでありましょう。
 最後になりましたが、吉本社長に一言。(ここで羽山先生は声のトーンを少し落とし、どういう理由からか、指を立てる仕種をしなかった)吉本社長の持論は、小生、充分に承知しているつもりであります。わが同胞が何故(なにゆえ)あって他人の国で選挙などに出馬するのか、あるいは投票する権利を主張するのか。そのような行動は日本国にたいする服従であり、わが民族の恥である、というのが吉本社長の信念でありましょう。しかしであります、(羽山先生がそう言ったとき、吉本社長の不機嫌そうに呟く声が聞こえた。「ウェノムまがいが、何を言うか!」私はドキリとして、羽山先生の顔を窺った。羽山先生は吉本社長の言葉を耳にとめたのかどうか、顔色一つ動かすことなく話をつづけた)土木建設業界の繁栄が政治と深く結びついていることは、小生が改めて強調するまでもなく、吉本社長ご自身の痛感しておるところでありましょう。政治家・羽山英雄の誕生は、必ずや吉本社長のうえに福音をもたらすであろうと信じるのであります。政治家はまさに打出の小槌なのであります。
 さらにである。小生は次のことを特に声を大にして言いたい。小生が日本の政治に参画することは、七〇万在日同胞の権益獲得闘争に背反しないばかりか、民族精神の涵養にも大いに寄与するのであります。まさに画期的かつ歴史的事件として、若き世代に夢を与え、民族の誇りをもたらすのであります。(「チョッパリまがいが、まだ何を言うか」ふたたび吉本社長の吐き捨てるような呟きが聞こえた。羽山先生はこのときも眉一つ動かさなかった)吉本社長にはぜひとも真実のほどを理解していただき、権勢少なからぬ土建業界に楔を打ち込んでいただきたいのであります。
 以上、わが衷情をるる述べたが、これも一途に、皆さんに寄せる羽山英雄の信義と期待の発露に他ならないのであります。もし来たる決戦に敗れんか、小生の政治生命は雲散霧消して果てるのであります。いや、政治生命のみでなく、小生の人生そのものがかのアルプス連峰の崩れるがごとき大音響を立てて潰(つい)え去るのであります。小生が耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、泥を飲む思いをもっておのれを捨ててまで築いてきた人生は、すべてオジャンになるのであります。もしそのような終末の日を迎えんか、小生は何故に伝統ある任侠の道を捨ててまで政界への道を志したのか、あぁ、何故に、一族同胞の白眼視にさらされ、アボヂ、オモニの涙を振り切ってまで民族逃亡者への道を選んだのか・・・・・・
 羽山英雄、いままさに背水の陣なのであります。崖っぷちに仁王立ちの心境なのであります。正真正銘の正念場なのであります。
 羽山先生は、挨拶の終盤を吠えるように、締めくくった。咆哮の背後にはどことなく哀切感が漂っていた。
 羽山先生は挨拶を終えてなお数秒、その場に仁王立ちしている。彫り深く立派な口髭をたくわえた面貌が、すでに相当量の酒を血液に入れたひとのように紅潮している。眼光鋭い両の眼が心なしか潤んでいるように私の目には映った。
 羽山先生が長い脚を折り曲げて坐に着いたとき、私はさきほどの失敗もあって、まっさきに拍手を、と構えた。ところが、そのまま手を引っ込めざるをえなかった。他の四人は寂然として咳(しわぶき)もなかったからである。ある種の感動のゆえなのか、叱言とも、無理難題ともつかぬ要望をつきつけられてそれぞれこもごもに内心面白からず機嫌を損ねているためなのか、あるいは余りの長広舌にうんざりしたせいなのか、私にはそのいずれとも判断しかねた。
「では、羽山英雄先生の彼岸達成を祈って、乾杯を。木下副会長、お願いします」
 安本支配人が部屋の空気を払った。
「小生の悲願達成とともに、いま一つ付け加えて欲しい」羽山先生がすかさず口を挟んだ、「諸君の奮闘を誓って」
 木下女史は、巨大な胸を前方にせり出してさらに膨らませ、ビールのコップを掲げた。
「羽山英雄先生の悲願達成を祈り、私共一同の大奮闘を誓って、カンパーイ」
 全員が見事に唱和した。羽山先生の意を簡潔に取り入れてみせた木下女史の才覚に、私は感心しつつコップのビールを飲み干した。ささやかな人数のどこからこれほど盛大な、と思えるほどの拍手が部屋を満たした。
「本日は、無礼講でいこう。いくさに臨んでは、なんといっても英気旺盛にして・・・・・・」
 羽山先生が言葉を継(つ)いでいるうちにも、幾つもの手が座卓の中央に伸び(言うまでもなく、そのうちの一本は私のものである)、笊に盛られたワタリ蟹の山が突き崩された。一切の私語が消えた。甲羅をはがす一瞬の、耳に小気味よく響く音、蟹の脚を折る瞬間の、枯れ枝が折れるようないさぎよい音、身と皮をもろともに噛み砕く、快適な音、間断なく発散する、舌なめずりと喉笛の音。それらの音が鳥の囀りのように飛び交い、一同はひたすらに蟹と戯れた。
 いかなる饒舌をも寡黙の世界に変容させてしまう、その時間は、どれほど続いたろうか。獲物一杯の笊が空虚となり果てるまでの時の移ろいは、あまりに呆気ないものに思えた。私は、豊穣から空虚への転変を惜しみ、かつ恨みつつ、最後の楽しみに残しておいた甲羅に酒を注いだ。とても一気に飲み干す勇気はなく、味わい味わい飲み終えた。酒はたっぷりと詰ったみその美味と見事に調和して、私をあわや無我の境地に誘なうかと思えた。
 無我の境地へ行き着くわずかの手前で、ハッと我に返ったとき、あたりは葬儀のあとの祭り。まがまがしい喧騒につつまれはじめていた。ビール瓶とコップがぶつかっては離れ、銚子と盃が出会っては別れ、宇宙を跳梁している。
「まぁ、まぁ、桐山さん。一献、二献、三献」
 すでに背広を脱ぎ捨て、ネクタイとワイシャツのボタンも外した安本支配人が、私の背後に来ていた。勧められるまま盃をたてつづけに干すと、今度は横合いからビールのビンがにゅッと現われ、木下女史が艶っぽい笑みを浮かべている。私は注がれたビールを空け、「木下さん、事業のほうも益々の発展で」と世辞を言いながら返杯した。受け取った名刺をたよりに言ったまでのことで確信のあるはずもなかったが、うまく的に当たったらしく、木下女史は満足そうに頷き、私の返杯を受けた。
 三十年まえ、この港町で食べていた味とは、どうも違うな。そんなことを思いながらはぜの刺身を摘んでいると、座卓越しに銚子が来て、「さぁ、さぁ、桐山さん、私のも一杯。ジムでスパーリングをした仲じゃないかね、受けられないとは言わせんよ」と花田会長が言った。禿げ上がった額だけでなく丸刈りの頭の地肌までが赤みを帯び、脂光して、花田会長はすでに酩酊の気配である。受けるとか受けられないとか、いったい誰が言ったというのか・・・・・・気分を損ねたのを抑え、盃を差し出す。
「そっちだよ、そっち」花田会長は顎でコップをしゃくった。グイッと空けたコップの酒が意外に激しく胃の腑を襲った。町に着いたとき、すでに大関のワンカップを三個飲んでいたことを思い出した。そいつが目を覚まして、新しく来たのと合流したらしい。
「吉本さん、ご健在で」
 銚子では追いつかないとばかりに女将が持ってきた徳利を私は持ち上げた。吉本社長は相好も崩さずコップを差し出した。ふいに右方、視界のはじを掠めるものがあった。それは切っ先に殺気めいたものを込めて私を射ている。私は徳利を持ったまま条件反射的に立ち上がり、ふらつく足取りで席を移動した。
「羽山先生、ご奮闘を祈っていますよ」
 私は徳利を捧げるふうにして言った。
 羽山先生は棘立った表情をゆっくりと緩め、私の酌を受けた。
 「私も一度、桐山さんの名作に接してみたいものだ」
 すでに政治家の風格をたっぷりと備えた豪快さで、羽山先生は破顔大笑した。演説を終えた際には浮んでいた紅潮の色は消え、造作たくましい面貌は蒼黒くくすんでいたので、破顔大笑には異様な陰鬱もひそんでいる。私は早々に座を立とうとした。
「ところで、ジロ吉よ」
 突然、思いもかけぬお言葉が羽山先生の口からもれて、私は浮かしかけた腰をまたしても条件反射的に下ろした。
「おれの人生は波瀾万丈の極みだった。こいつばかりは誰にも負けん。自民党の大物政治家が何んだ。黒野忠義などという男は、おれの目から見れば、老いぼれた案山子だ。捻り潰すくらい、朝めし前だ。二十年前のおれだったら、一太刀見舞っただろう。一匹殺(や)るのも、二匹殺(や)るのも、理屈は同じじゃないかね。いや、そうじゃない。一匹殺(や)れば殺人者、百万匹殺(や)れば英雄、そんな格言もある。黒野忠義一匹が何程のことか。しかし、いまのおれは歯をくいしばって自重しておる。なぜか?暴力はもう古い、議会政治、民主政治の時代だ。ここは文化国家、法治社会の国だ。おれは文化的戦術をもって乱に臨みたい。そこでだ、きみにたっての願いがある。波瀾万丈のわが人生を書いてくれんか。政界を志すにいたったわが真情を、一本のペンをもって訴えてくれんかね。そう、わが立志伝を一冊の書物にものして欲しいのだ。どうだ、ジロ吉よ、引き受けてくれるか。芥川賞作家の面目にかけて、引き受けてくれ」
 羽山先生は言い終えると、鷹のような眼で私を睨み据えた。私は軽い目眩を覚えた。鋭く射抜く眼は私を黒野忠義なる人物に擬しているかに思える。ふいに両手が迫ってきて、すでに半ば硬直している私の胸倉を鷹の爪でガクリと掴まえるかと思える。しかし、私が即座に返答できず、恐怖に捉われていたのは、そのせいばかりではなかった。羽山英雄先生の立志伝を一冊の書物にものするなど、とても鈍才の及ぶところではない。正直に告白して諦めていただこう。そう思いつつも言葉にならない。もはや私を芥川賞作家と信じて疑わない羽山先生は、必ずや曲解して一直線に憤りを爆発させるにちがいない。目の前の羽山先生は、まぎれもなく三十年前のリーの姿に変じて迫ってきた。私は、羽山先生が再三、力説した通り、まさに正念場に立たされた。
「さぁ、さぁ、皆の衆、酒もほろよく廻ったところで、歌と行こう」
 そのとき、安本支配人の声が福音のように聞こえた。安本支配人はワイシャツの前を完璧にはだけ、開け放った障子戸の前に上半身をふらつかせながら立っていた。
「まずは、エイコから、やれッ」
 安本支配人は色付き眼鏡の奥で両眼を据え、呂律のあやしい口吻で木下女史を指名した。女史は、きッと安本支配人を睨み据えた。その顔は、酒酔いの色がデコレーションケーキの化粧を浸蝕して赤斑(まだら)に染っている。
 安本支配人は虚を衝かれて、酔いの狭間に一瞬の正気を取り戻したらしい。
「木下副会長から、口火を切っていたらきます」と、言い直した。
 木下女史はビヤー樽とも思えぬ敏捷な動作ですっくと立ち上がった。カスマプゲだ。日本語と朝鮮語を巧みに織り混ぜて、声量ゆたかにあざやかに歌い切った。
「それれは次に・・・・・・」
 安本支配人が言いかけたとき、木下女史はそれを無視してふたたび歌い出した。ここに幸あり、である。すでに三十年まえのエイコの雰囲気を取り戻しつつある木下女史が、ここに幸ありとは意外だった。エイコにはカスバの女がよく似合う。酔っ払い、正体たがえず、の諺どうり、私が日頃の評論家癖を出して口の中でぶつぶつ呟いていると、ふいに別のメロディが耳に飛び込んできた。いつの間にか木下女史の歌はカスバの女に変わっている。過剰なまでに感情がこもって、こちらの肌に粘ついてくる歌いっぷりだが、私は聞き惚れていた。
「次はジロ吉だ」
 木下女史が歌い終える瞬間をのがさず、安本支配人が怒鳴った。
 カスバの女の余韻にうっとりしていた私は、驚いて安本支配人の顔を見た。眼鏡を外した顔が二重にかすんで見える。おまえ、何者か・・・・・・その顔をまじまじと見つめた。
「桐山さん、ろうぞ、ろうぞ」
 何を勘違いしたのか、安本支配人は言い直した。おれは木下女史とは違う、ジロ吉と呼ばれたからといって機嫌を損ねなどしない。歌がからきし駄目なだけだ。おれが歌えば、蕁麻疹を呼ぶ、のだ。しかし、酒はしばしば思いがけぬ勇気を与えてくれるだろう、などと自問自答しているうちに、私は歌い出していた。それが三十年まえ仲間うちで流行った春歌であることに気づいたのは、しばらく歌ってからである。世に言うツンツン節の替え歌で、ボクとアナタが出会い、結婚し、温泉宿で性の契りを結び、生まれた子どもは二人によく似たエロ(色)男、云々といった叙事物語ふう純情春歌の、はずであった。ところが、一同が橋をバチ代わりに皿を打ち、ツンツンと合の手を入れはじめた刹那、二章節目にも辿り着かぬうちに私の記憶は時の闇に呑み込まれ、酒の魔域へ掻き消されてしまった。
 闇の魔域を漂流している私の耳に、軽やかな歌声が聞こえ、ツンツンの合の手が心地よく響いた。花田会長があとを引き取って歌っているらしい。私は名状しがたい恥辱感を覚え、目のまえのコップを取って呷(あお)った。
 ヤンヤの拍手が耳にはじけたかと思うと、間も置かずに、朝鮮語で歌う野太い声が聞こえる。どうやら私のなかで時間の流れは随所に欠落し、時計の針は私の意識を無視して進んでいるらしい。そえなのに束の間の明晰な感覚が何の前触れもなく蘇えって来たりもする。
 眼を見開くと、吉本社長が瞼を閉ざし、悠容迫らぬ風情で歌っていた。朝鮮語の内容は理解する術もなかったが、農夫歌に似たその歌声は、野を渡る風のように、江(かわ)を走る水のように、谷間を染める光の音のように、私の耳を打った。つい、うっとりと気を緩めたのがいけなかった。岩の上で若い娘でも舞っているのか、白いチマの裾が風を孕んでなびく姿を視界のはしに捉えながら、私はふたたび欠落した時間の闇に沈んでしまった。
 おい、見ろよ、ジロ吉のやつ、坐ったまま眠っとるぞ。なんたることだ、眠ったまま、徳利だけは抱えて離さん! ひとの言い交わす声が山の彼方で聞こえた。おやッ、おれはいま返事をしたような気がするぞ。たしかに大声で叫んだ。だが、何の反応もなく、頭の中はシンと静まり返っていた。まぁ、いい。放っとけ、放っとけ。
 ふたたび、何の前触れもなく周囲に喧騒が蘇ってきたとき、私はこの瞬間を取り戻すために長い時間を努力していたのだと思った。耳もとで木下女史の甲高い嬌声がはじけ、男たちの笑いが部屋に渦巻いているのをはっきりと耳にし、瞼を開こうとする。上の瞼と下の瞼は、心中を決意した男と女のように、容易には離れようとしない。ようやく開いた視界に飛び込んできたのは、二つの顔だった。巨人のそれのように大きなへのへのもへ字が、ふとい眉を上げ下げし、分厚い唇を開いたりすぼめたり、歪めたりしている。なんと、その上にもう一つ顔が載っていて、目と耳が六つあり、鼻と口が三個並んでいる。なんだ、ありゃ? 夢にしても冗談がすぎるぞ。私はおいおいに気分を害し、憮然として二つの顔を見つめた。へのへのもへ字は、そんな私を嘲笑うようにいっそう顔の造作をゆらゆらと波打たせ、滑稽の表情を繰り返した。妖怪め、ひとを馬鹿にするのも程々にしろ。襲いかかろうと尻を浮かせた瞬間、はたと気づいた。ソッテのやつが得意の腹踊りを披露しているのだ。眉が六本、耳が六枚、鼻が三個、口が三個の奇怪な顔は、ソッテのそれが三重に見えたにすぎず、非は私のほうにこそあった。
 至極、心もとない意識のすみっこで自己嫌悪に陥っていると、急激な落下感に襲われた。上半身がグラリと揺れ、平衡を失った精神もろともに深い奈落へ直下降。ゴツンという音が聞こえて、落下感が消えた。額をしたたか座卓の上に打ちつけたらしい。なんの痛痒も感じなかったが、音だけが嫌にはっきりと耳に残った。
 もはや、これまでか・・・・・・軟体動物みたいにふにゃふにゃになってしまった意識で他人事のようにそう思った直後(実際には相当の時間が経過していたにちがいない)不死鳥のように私は蘇った。羽山先生が荒ぶる声で演説しているのをはっきりと聞いたのだ。
「小生は憤慨に堪えん。この羽山英雄を人殺し呼ばわりするチョッパリ共が後を絶たん。蟲ケラ一匹の命を奪って、どこが悪い。正義はわが胸にあり、だ。にもかかわらず小生を殺人者と誹謗するやつらの魂胆は、何か? 恐怖だ。小生が政界へ打って出たならば、一切の悪が暴かれるのではないか、歴史の悪の上に只今の悪を重ね、さらにその上に未来の悪を積み重ねて成り立っている日本国家めが、その根底から突き崩されるのではないかという恐怖。すなわち、小生の炎のような正義感を恐れているのにちがいない。そして、諸君にぜひ認識してほしい。やつらの恐怖のウラに潜んでいるのは、わが民族にたいする蔑視と排外の邪念であることを・・・・・・」
 泣きごとを抜かすな!
 突然、思いも及ばぬ野次が飛んだ。はてな、あれは誰の声か? 奈落から這い上がろうと踠(もが)く意識の底で思ったとたん、私は慄然とした。野次の声は安本支配人のものだった。
 わが民族? ハヤマ・ヒデオがどの面(つら)下げてそれを言うか!
 安本支配人の声につづいてふてぶてしく吐き捨てる声が聞こえた。はて、あれは誰だろう? 吉本社長の声にも思えるが・・・・・・
 羽山先生の吠えるがごとく反論する声が響き渡った。
「諸君、羽山英雄が何者か、リー・ウォンナムが何者か、帰化とはいったい何ぞや? 天のみが知るとおもえ。このリー英雄、(羽山先生はたしかにそう名乗った)父祖の墓に誓って、魂は売り渡さんぞ」
 荒野に叫ぶような声が終るか終らぬうちに、何かが壁にぶつかり、倒れる音がした。
 何が起こったのだろう。私は座卓から顔を持ち上げ、両眼を開けようとした。瞼に体中の力を集めて懸命に踠いているうちにも、今度は障子をぶち抜いて人間がもんどり打つような音が耳に飛び込んできた。
 私は息苦しくなり、両眼を見開く努力を放棄した。すると急に全身が軽くなり、あぁ、もはやこれまで、と妙に明晰に呟きながら意識の果てへ沈んでしまった。沈む瞬間に聞いた音、見た情景は、遠い祭りの日の賑わいのように晴れやかだった。
 町の大通りを、祭り半纏を着た若者たちが、行く。先頭を行くリーは、真っ赤な法被を着て、家々の軒に届かんばかりの長身を威風堂々と進めて行く。すぐあとに行くのは、これまた真紅の法被を着たエイコだ。あでやかな笑みが祭り気分に似合って、見物衆を魅了している。続いて蒼い法被と黄色の法被が並んでいくのは、ソッテとノリやん。ソッテがトンボを切り、ノリやんがシャドーボクシングを披露すると、見物衆から拍手が沸く。数歩離れて、カンスーが行く。白い法被のカンスーがはためには思索に耽っている風情だが、ときどき鋭い視線をめぐらせてあたりを睥睨する。どんじりを行くのはジロ吉、茶色がかった派手ない法被を着せられて、やけに目立とうとする魂胆か、やたら飛んだり跳ねたり無駄な動作を繰り返している。
 海からの風にあおられて、太鼓の音が響き渡る。鉦と笛の音(ね)がチーン、チーン、ピーヒョロロと吹き渡る。祭り半纏の若者たち六人、見物衆に睨みをきかせ、風を切り、まばゆい光を切り裂いて、大通りを行く。どうやら彼らは、祭り囃子も、見物衆も、潮の香りも、青い空も、海も、彼らのために誂えられたものと信じているらしい。たしかにそれらは討ち入りにふさわしかった。
 町の大通りを、若者が六人、風を切り、光を裂き、祭り囃子にはやされて、見物衆のあいだを行く。

 「羽山英雄先生を励ます親睦の会」は、私にとってはまるで落雷に当てられたような結末であった。
 誰かが部屋の障子をぶち抜いてもんどり打つ音を最後に無間の奈落へ沈み込んでしまい、ふたたび意識を取り戻すまでには十五時間はゆうに経過していたろうか。目を覚ましたとき、私は、幹を裂かれ薙ぎ倒された巨大な樹木の傍に投げ出されている自分を発見した。部屋は惨憺たる情景。座卓は廊下へ放り出され、撒らかり放題に撒らかる畳の上に、粗大ゴミのような五人の男と一人の女が転っていた。私の頭あたりに薙ぎ倒されて横たわる樹木は、上半身裸かになった羽山英雄先生だった。
 あれから三週間経った今日も、私は宿酔に悩まされている。いや、酒による宿酔は三日酔いで済んだ。ところが、四日目から別の宿酔の苦痛(厳密には宿酔に似た苦痛と言うべきか)が、私を襲い、日を経るにしたがっていよいよ募ってきた。手を拱いていては取り除きがたい宿酔だ、原因は分かっている。
 と、言うのは、港町を去るとき立志伝の執筆を羽山先生に約束させられてしまったからである。強く固辞したにもかかわらず、小生の顔に泥を塗る気か、との羽山先生の鶴の一声で承諾せざるを得なかったのである。いかに売れないモノ書きとはいえ、あることないこと飾り立て作家の良心を売り渡すような立志伝を書くなど、とうてい私の潔しとしない行為である。そのことを充分に弁えているがゆえに私は悩み、かといって羽山先生との約束を果たすまでは宿酔(に似た)苦しみもまた、払拭されないだろう。進退きわまれり、である。
 そこで窮余の一策、宿酔の原因を融和させ、執拗な欝気を他に外らすため、次善・応急の措置として、急遽、この小説を書き始めたというわけである。ところがである、いよいよ小説が結末に近づいたいま、俄かに私は不安に捉えられている。旧に倍する、恐ろしい不安だ。
 明日、私が新聞の朝刊を開く。鼻孔を擽るようなインクの臭いを楽しみながら、頁をめくっていく。スポーツ欄に少し長く目を止め、さらに二枚ほどめくったとき、不意に、ある記事が目に飛び込んできて、その見出しを見ただけで私は慄然とする。元組長、国会議員を斬殺 次期選挙戦のもつれか?
 たとえば、そんな不安だ。

避暑旅行

 七月例会で避暑をかねた一泊旅行を愉しもうという計画が提案
されました。下記のようなものです。

 日時 8月19日(土)~20日(日)
 会費 1万円(宿泊代とガソリン代その他、飲み代は別)
 場所 民宿「若草物語」(磯貝の妹がやってる。以前に会で 
        行った事もある。いまは松本市に合併さ  
        れたが元は南安曇野郡奈川村。朝晩は要   
        長袖、夜は星が手に取れそう)

 まだ決定ではありません。参加希望者が7、8人はいないと実施しません。参加者で車の段取りが出来るかどうかも実施の要件。出欠の返事を7月末までに必ずください。待っています。

                           磯貝治良

7月〈第332回〉例会のご案内

 7月〈第332回〉例会を下記のように行ないます。

日時 7月23日〈日〉午後1時30分~5時
会場 名古屋YWCA
 (地下鉄「栄」駅5番出口より徒歩5分
   052-961-7707)

テキスト 李正子『マッパラムの丘』(作品社)

報告者 林安沢氏
 
奮ってご参加ください。      磯貝治良

 (管理者追記)
 331回目の「読む会」は主宰者磯貝氏不在の中、浮葉正親氏の司会のんもとで「粛々と」行われました。磯貝氏の連続司会記録が惜しくも途絶えてしまったのですが、もちろん、「中部ペンクラブ賞」受賞記念会が同日行われ、磯貝氏がそちらに出席せねばならなかったからです。

 もっとも当日2次回に磯貝氏は合流。星が丘のライブハウス(ヨンジャさんの店の常連さんたちの演奏でした・名前を失念、ゴメンナサイ)で、邂逅しました。花束を抱えた氏はまさに受賞にふさわしいいでたちでしたが、そのバラを一輪抜き取った安沢氏、ライブハウスで演奏中の人たちに投げ込んだ一幕は意想外のことでした。

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